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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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64.夢の中で


 …………リナ。


 繰り返し聞こえてくるその声に促されるように、深く暗く冷たい所に沈んでいた意識が徐々に浮上していくような感覚がした。


 ……リナ。


 ぼやけていた意識が次第にはっきりしていくにつれ、それが気のせいなんかじゃないと気付く。もう一度聞きたいと、何度も何度も願った声だ。

 でも、夢ではこうやって呼びかけてくれるのに、目を開けるといつもその人はいない。毎回毎回、あれは夢だったんだって思い知らされて、もう二度と会えないんだって現実を突きつけられる。

 目を開けて、またあの絶望感を味わいたくない。


 リナ。


 嫌。ずっとこの夢を見続けていたい。だって、夢から覚めなければ、すぐ近くにアデルハイドさんを感じていられる。


 リナ……っ。


 夢の中なのに、誰かに頭を撫でられている感じがする。誰かが私の手を握っている、夢にしてはやけにリアルな温もりも伝わってくる。


 リナ……。


 もしかして、本当にアデルハイドさんが戻ってきてくれたとか……? 寝ている私の傍にいて、目覚めるのを待ってくれているとか……? ……まさかね。

 あ~あ、この夢、このまま永遠に覚めなければいいのになぁ。まるでアデルハイドさんが本当に傍にいるんだって思える、この幸せな感覚にずっとずっと浸っていたい……。


 リナ?


 そうだ、そうだよ! ずっと眠っていれば、この幸せな夢を見続けていられるじゃない! そうと決まれば二度寝、二度寝……。


「リナ!」


 いきなり乱暴に肩を揺すられて、再び沈みかけていた意識が一気に覚醒する。

 ええっ、嘘!

 まだぼんやりしている頭の中に真っ先に沸き上がったのは、幸せな夢から叩き起された悲しさと、起こした相手に対する怒りだった。

 ……もおーっ、誰よ、起こしやがったのは!!

 いやいや、待て待て。今すぐまた眠ったら、あの夢の続きを見られるかも知れない。まだまだ眠くて朦朧としているから、このまままたすぐに眠りに落ちてしまえそうな気がするし。

 そのまま、すうっと眠りの世界に落ちていこうとした瞬間、誰かが物凄い力で私の肩を揺すぶった。

 ……もうっ、誰よ、さっきから邪魔するのは。

 薄らと開いた目に、突き刺すように光が差し込んでくる。眩し過ぎて目を瞑ると、また誰かが乱暴に肩を揺する。その手を振り払おうとするものの、身体は思ったように動いてくれない。

 一体誰よ。ノアさんや他の侍女さん達なら、私が寝坊してもこんな風に乱暴に起こしたりしないのに。

 起こそうとする力に抗いながら、目から熱い物が込み上げてきて溢れ出た。

 ……もう少しだけでいいから、夢の続きを見させてよ。



「リナ!!」

「……ふぇ?」

 至近距離から怒鳴りつけられて、自分でもおかしいくらいに間抜けな声が口から飛び出た。

 ……私、夢から覚めた夢でも見ているの?

 やけにリアルに耳に響いたのは、記憶にあるアデルハイドさんの声によく似ていた。っていうか、そっくりだ。胸の奥からじわっと熱い感情が沸き上がってくるから間違いない。

 やっぱり、これも夢だ。

「しっかりしろっ。目を開けてくれ、リナ!」

 泣きそうな声で縋りつくように懇願されて、ズキューンと胸を電流のような衝撃が走った。

 アデルハイドさんが私を心配してくれている。目覚めて欲しいって、必死に縋り付いている!

 きゃーっ! ……う、嬉し過ぎる! これって、この状況ってまさに私、物語のヒロインみたいじゃん!

 でもねー。嬉々として目を開けてみたら、そこにいるのはどうせアデルハイドさんじゃない別の人だったってオチなんでしょう? 

 以前、トレウ村の山の中で迷った時だった。魔力切れを起こして山の中で倒れてしまった時、アデルハイドさんが助けに来てくれたと思って喜んで目を開けたらオレアさんだった、という苦い思い出が甦ってくる。

 そう、アデルハイドさんはもう二度とグランライトに戻っては来ないんだから、今、ここにいるわけがない。

 目尻から流れ落ちる涙を、誰かが指先で優しく拭ってくれている。少なくとも、誰かが私の事を心配してくれて、傍にいて助かって欲しいと願っているのは確かなんだ。

 ……そう。いつまでも非現実的な夢に浸っていちゃいけない。悲しくても辛くても、目を開けて現実に向き合わなくちゃ。



 ゆっくりと目を開けると、眩しい光の中に浮かびあがった光景はぼやけてよく見えなかった。

 けれど、重い目蓋をこじ開けるように何度か瞬きを繰り返していると、段々と目の焦点が合ってきて、こちらを覗き込んでいる人の顔が見えてきた。

 ボサボサの黒い髪、長い前髪の隙間から見える額に走る引き攣れた大きな傷跡。その下で輝いている空色の瞳を見た瞬間、さっきの比じゃないくらいの衝撃が身体を貫いた。

「俺が分かるか? リナ」

 優しく響くその声は、間違いなくずっと聞きたいと願っていた人のものに間違いなかった。

 驚き過ぎてなのか、それとも喉が渇き過ぎているからなのか、答えようとしても喉に何かが詰まったようにうまく声が出て来ない。

 ……本当に、アデルハイドさんがここにいるの?

 感動して胸が熱くなると同時に、今度はすさまじい勢いで疑問が頭の中を駆け巡る。

 ……どうして、アデルハイドさんがここにいるの?

 そもそも、ここは何処だろう。私はどうしてここで眠っていたんだっけ?

 まだ夢か現実か分からないモヤモヤする頭の中から、直近の記憶を何とか呼び起こす。

 確か、私はフェルゼナットから樹海を通ってグランライトに逃げようとしていて、崖から落ちたんだったよね……?

 割れるような頭の痛みと、どこもかしこも痛くて全く動かない身体。木々の間から覗くアデルハイドさんの瞳のような青い空を見上げつつ、このまま死ぬんだって悲しみに包まれながら意識が遠のいていったんだっけ。

 私、助かったの? さすがにもう駄目だと思ったのに。それとも、まさかここは所謂あの世?

 だとしたら、目の前にいるアデルハイドさんも魔族との戦いで死んでしまっていて、あの世で再会したってこと?

 私の記憶にあるよりも、アデルハイドさんの顔は若干日に焼けて頬がこけているように見える。やっぱり、話に聞いていた通り、テナリオの環境って厳しいんだ。額に結構大きくてヤバそうな傷跡もあるし。

 でも、私の両肩を掴んでいる大きな手からは、着ている服の布地越しにアデルハイドさんの体温が伝わってくる。その温もりは、とても死んでいる人のものとは思えない。

 それとも、やっぱり夢の続きを見ているのかな。ほら、夢から覚めたと思っていてもまだ夢の中だったってことってあるもんね。

 そんなふうに悲観的に考えていても、目の前にあるアデルハイドさんの潤んだ瞳と、今にも泣き出しそうな強張った表情を見ているだけで胸がキュンキュンしてしまう。

 夢の中だもん。……チューとかされちゃったりして。

 ふとそんな願望が沸き起こってきて、期待しつつ目を閉じてみたりして。

「……リナ?」

 アデルハイドさんが息を呑む気配にドキドキしながら、唇に落ちてくる感触を待つ。

 けれど、夢の中でも自分の思い通りにならないのはいつもの通りで。

「おい、しっかりしろ。……ちょっと待ってろ、すぐに誰か呼んでくるからな」

 ええっ!? そう受け取られちゃいましたか!?

 ハッと目を開けたときにはアデルハイドさんの姿はそこにはなく、感じられていた温かい体温も消えていた。



 夢の中ではあっという間に状況が切り替わる。さっきまで現実かと思えるくらいリアルだったアデルハイドさんの気配は微塵も感じられない。

 ……あ~あ。また消えちゃった。

 がっかりした。物凄くがっかりしたけれど、夢だから仕方がない。でも、やっぱり胸の奥から震えるような寂しさが込み上げてくる。

 ……ずるいよ。

 もう二度と会えないのに、たまにこうやって夢に出てくるから、いつまでも忘れられないじゃない。

 そんなの、アデルハイドさんのせいじゃなくて、自分の問題だってことは痛いほどよく分かっているのに、ついそんな恨み言めいた愚痴をこぼしたくなる。

 さっきまで触れられていた温かい感触を反芻しながら目を閉じると、涙が一筋こめかみを伝って流れ落ちていった。



 名前を呼ぶ声と、騒がしい気配で意識が覚醒し、ゆっくりと目を開ける。今度はさっきよりも頭がはっきりしていて、これは夢じゃなく現実なんだってことはすぐに分かった。

「リナ様!」

 悲鳴のようなキンキン声が耳に突き刺さり、思わず顔を顰めながら、あれ? ハンナさんだ……と思う間もなく、恰幅のいいその身体を押しのけるように神官服姿のエドワルド様が現れた。

「リナ。大丈夫? 痛い所や苦しい所はない?」

 ……うん、大丈夫。

 そう答えようとしたけれど、声が上手く出て来ない。代わりに小さく頷くと、やけに真剣な表情でエドワルド様は私の目を覗き込んできた。

「僕が誰だか、分かる?」

 え? 分かるよ、当然じゃん。

「……どわ、……ど、さま」

「……言えてないけれど、分かっていることは分かった」

 顔をくしゃっと歪めて笑顔になったエドワルド様を見て、こっちもホッとする。

 ここはどこだろう。

 改めて、視界に入る室内の様子に目を凝らす。

 見覚えのある天井に、泣いているハンナさんや、同じ制服を着ている侍女さん達。……ここは王城? 何で私、こんな所にいるの? 

 その瞬間、意識を失う前の恐ろしい記憶が一気に蘇ってきた。


 ――反逆罪だぞ。処刑されるに決まっている。


 血の気が引いていく。

 私、何で王城にいるの? ……そんなの決まってる。捕まったんだ。

 でも、どうして? あのまま放っておけば死んでいたのに。やっぱり、大勢の前で断罪して、処刑しないといけないから……? 

「リナ? どうしたの……」

 屈みこんでくるエドワルド様に縋るように手を伸ばす。

「……うの。……がうんです」

 違うんです。私はお茶に毒なんて入れていない。全部フェルゼナットのせいなんです。だから……。

 そう言いたいのに、言葉が掠れて上手く出て来ない。息が荒くなって苦しくて、エドワルド様の袖を掴む指にも力が入らない。

「どうしたんだ、落ち着いて、リナ」

 エドワルド様が、縋りつく私の手を握り返したその時、物凄い音を立ててドアが開いた。その音に肩を震わせて振り返ると、目に飛び込んで来たのは鬼のような形相をしたファリス様の姿だった。

「リナ……!」

 腰から下げられた長剣が揺れる度に立てる金属音が、どんどん大きくなってくる。


 ――王都に連行する前に、ファリス様が直接手を下さないか……、お怒りなんてもんじゃないよ、あれは。


 殺される。

 目の前が真っ暗になる直前、部屋に悲鳴が響き渡るのが聞こえた。



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