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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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45.打ち合わせをしましょう

 料理屋を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 通りに面する店や家の明かりに照らし出された道の向こうに、ちらほらと騎士さん達の姿が見えた。何人かで固まってご機嫌そうに喋ったり笑ったりしながら、角を曲がって細い路地へと入っていく。

 あんな細い道の向こうに何があるのかなぁ、と首を伸ばして見つめていると、レイチェルさんにジャケットの袖を強く引っ張られた。

「あの人達のことなんか、気にしちゃ駄目」

「いえ。気になるとかじゃなく、ただ単純にどこに行くのかな、って思っただけで」

「だから、女の子は知らなくてもいいことなの。あ、でもリナちゃんももうお嫁に行ってもおかしくない年か。それじゃあ、少しは知っておいた方がいいかもね」

「……あ~、そういうことですか」

 レイチェルさんの言葉で皆まで聞かずとも察した私の口から、乾いた笑いが漏れ出た。

 魔物討伐で滞在する戦士たちの為に作られた、遊技場や盛り場。宿屋や料理屋と同じように、今は閑古鳥が鳴いていてどこも苦しいだろうから、騎士さん達がお客になってあげれば一息つけるに違いない。

 でも、……もしかしてファリス様も?

 もやもやする。物凄くもやもやする。

 私だって、もうお子様じゃないもん。男の人にはそういう場所が必要だってことぐらい分かっている。でも、ファリス様には爽やかイケメンってイメージを崩して欲しくないんだもん。……あ、でも前は結構な遊び人だったんだっけ?

 そんな私の自分勝手な心の葛藤を見透かしたように小さく溜息を吐くと、レイチェルさんはにっこりと笑みを浮かべた。

「ま、連中を擁護するとすれば、これも調査の一環かな」

「え?」

「騎士団が駐留するに当たって、こういうこともちゃんと調べておかないとってこと。もし、犯罪組織が関わっていたり、へんな病気が蔓延していたりしたら大変なことになるからね」

 あー、なるほどね。そう言われればそうかなって思う。でも。

「そういうことって、村長が把握してたりしないんですか?」

「勿論そうだけど、それでなにもかも済ませるんだったら、そもそも調査隊は必要ないってことになるわ。魔物に関しても、王都でギルドの戦士達から聞き取りをするだけでいい。でも、それじゃ不十分だから、わざわざここまで出向いてきているんでしょう?」

「そうですね」

「それにファリス様は、今夜は村長宅で会合。村の若者達が樹海付近の道案内をしてくれるからその打ち合わせと、現状の聞き取りをしているわ」

 そうなんだ。ってことは、ファリス様は少なくとも今夜はいかがわしいお店に行ったりしないってことだ。

 ホッと肩を撫で下ろす私を後目に、レイチェルさんはしみじみと頷く。

「あの人も変わったわよね。以前は、平民なんて歯牙にもかけなかったのに。自分は貴族の中でも特別な存在なんだってオーラを振り巻いていて、私達でもちょっと近寄りがたい所があったもの」

「確かに、ちょっと怖かったですよね」

 正確にはちょっとどころではなかったけれど、そこは気を遣って少しマイルドな表現にしておいた。

「良い方向に変わったのは、リナちゃんのお蔭ね」

「えっ。……そんな」

 慌てて首を横に振ったものの、ファリス様が優しくなったきっかけを思い出してみると、全く無関係という訳ではないかも知れない。

 城に呼び戻されたばかりの頃、ファリス様のことで貴族令嬢から厭味を言われた私は、泣き顔をトライネル様に見られてショックを受け、逃げるように出た城の裏庭でアデルハイドさんと再会した。いつまでも自室に戻らない私が城から逃げたのではと探し回っていたファリス様は、アデルハイドさんに怒られて、これまで厳しい態度を取り続けていたことを謝ってくれた。

 それが、ファリス様が良い方向に変るきっかけになったのだとしたら、それはまあ、私のお蔭とも言えるのかな。

 んー、と唸りながら首を捻っていると、レイチェルさんはそんな私を見て面白そうに肩を揺らして笑っていた。



 やどりぎ亭に戻ると、受付カウンターの前に置かれた長椅子に魔導師さんが一人座っていた。レイチェルさん以外の二人の内、年上に見える方だ。

「ああ、ようやくお帰りか。なんでも対魔室の奴らが、明日からの調査について全員で打ち合わせをしたいそうで、上で準備してるぜ」

「私達も一緒に?」

「ああ。どうせ行動を共にするんだから、連携が取れてた方がいいだろうって。真面目だねぇ、文官ってのは」

 レイチェルさんが面食らった様子で目を瞬かせると、魔導師さんは呆れたような小馬鹿にしたような暢気な声で答えながら立ち上がった。

 やどりぎ亭の二階には、低料金で雑魚寝できる大部屋がある。稼ぎの少ない戦士たちの為に設けられている部屋らしい。でも、西の樹海へ魔物討伐に来る戦士が激減してしまった上、報奨金が吊り上がっているので戦士たちの実入りが多くなっている今では、この大部屋を利用する人は全くいなくなってしまったらしい。

 その大部屋を利用して、やどりぎ亭にいる調査隊のメンバー全員を集めて打ち合わせをしようなんて考えつくとは、やっぱり頭がいい人達だな。

 と同時に、今までその打ち合わせの予定すら聞かされていなかったことに軽くショックを受ける。

 ……いやいや、きっと馬車移動の際か夕食の席で急遽決まったんだろう。だから、私が知らなくても仕方ない事だ。きっとそうだ。そうに違いない。



 階段を上がって二階まで来ると、対魔情報戦略室のメンバー達が椅子やテーブルを大部屋に運び込んでいた。若い方の魔導師さんまで手伝わされているけれど、見た目通り体力がないのかすっかり顎が上がってしまっている。

「ようやく帰ってきましたか。では、この資料を配布お願いします」

 振り向いたクラウスさんが、鞄から取り出した紙の束をレイチェルさんに向かって渡した。

 ……えっ、同じ職場の私じゃなくって、レイチェルさんを使う?

 ずん、と胸が重くなって、知らぬ間に目が熱くなってくる。もしかして私、居ない者として扱われてる?

 資料を受け取ったレイチェルさんも、戸惑った表情を浮かべている。

 ……駄目だ、リナ。こんな扱いされたくらいで泣くなんて。我慢しろ、大人になれ!

 グッと拳を握り締めて深呼吸すると、思い切って口を開いた。

「あの。私は何をすれば……」

「え? ……ああ、じゃあ、お茶を淹れてくれるか?」

 クラウスさんは素っ気なく答えると、大部屋と続きになっている給湯室を顎で示した。

 ……相手にしてくれた!

 何だ。無視されていた訳じゃなかったんだ。やっぱり、私の方からもっと積極的にかかわっていくべきだったんだ。

 そうだよ。よく考えれば、私って王家が後ろ盾になっている『聖女』っていう特別な爵位を賜っている訳だし。クラウスさん達からすれば、特別扱いされている身分の使えない同僚って、どう接していいかも分からないし、扱いにくい事この上なかったに違いない。その上、私がビクビクして逃げ回っているもんだから、いいや放っておけってなっても仕方ないじゃない。

 でも、私が協力する姿勢を見せたら、向こうも変わってくれるんだ。

 胸につかえていたものが取れたみたいだ。安堵すると同時に、急にやる気がみなぎってくる。

「宿屋の主人に声を掛ければ湯をくれるそうだ。それから茶葉は……」

「あ、私、いいのを持ってきていますから大丈夫です!」

 急いで大部屋から飛び出すと、まず自分の部屋に戻って荷物から茶葉の入った容器を引っ張り出した。

 ウォルターさん厳選のこのお茶は、味が日本茶に似ていて口当たりがマイルドで飲みやすい。私のお気に入りなのだ。滞在期間中にレイチェルさんと楽しもうって思って少しだけ持ってきてたんだけど、いいや。嬉しいから、大盤振る舞いしちゃう!

 それから一階のカウンターにある呼び鈴を押して、出てきた宿屋の主人にお湯を分けて貰う。ヤカンに淹れたお湯を持って二階に戻り、給湯室にある食器棚からカップを人数分出す。ポットに茶葉を入れてお湯を注ぎ、ウォルターさんから聞いていた通りに時間を置いてカップに注ぐ。

 カップをお盆に乗せると、すでに席に着いている全員に端から配っていく。気分はまるでお茶汲みのOLさんだ。途中でレイチェルさんが手伝ってくれて無事配り終わり、一番手前の入り口近くに用意されていた自分の席に腰を下ろした。

 早速、みんな一口飲んでくれている。

 イステリアの料理って、香辛料が多めで辛いんだよね。私も早速、一口飲んだ。口の中に残った辛さが、お茶のマイルドな甘みで中和される。きっと、クラウスさん達も辛めの料理を食べて喉が渇いていたんだろう。

 うん、やっぱりこのお茶、美味しいな。


「では、明日からの調査について打ち合わせを始めます。まず、この調査で我々が為すべき調査内容についてですが、まず資料の一枚目をご覧ください」

 クラウスさんの司会で話し合いが始まる。

 さすが、と思わず舌を巻いてしまうほど纏まっている難しい単語が並んでいる資料と、綿密に練られた調査計画を聞いていると、しばらくして頭がボーッとしてきた。

 移動疲れと寝不足に加えて、お腹が満たされた後の会議だから眠くなってきたかな……。

 眠っちゃいけない、居眠りなんかしたらクラウスさんにどれほど冷たい目で睨まれるか。朦朧とする頭を覚醒させようと首を横に振った時、何か人が呻くような声が聞こえた。

 そう言えば、いつの間にかクラウスさんが喋る声も聞こえなくなっている。

 ……あれ?

 何かがおかしい。っていうか、この眠気と、引きずり込まれるような身体の重さは異常だ。

 机に腕を付き、重い頭を持ち上げて顔を上げた瞬間、目に飛び込んで来た光景に思わず息を呑んだ。

 机に突っ伏して全然動かない人、空を掴むように手を伸ばしてもがいている人、苦し気な息を吐きながら喉元を押さえて呻いている人……。

 一体何が起きたのか分からない。駆け寄ってどうしたのか何があったのか聞きたくても、身体が痺れて動かないし、舌も回らずに喋ることもできない。

 ガタン、と音が響く。そちらの方へ視線を向けると、椅子から床に転がり落ちたクラウスさんが机にしがみ付きながら、血走った眼でこちらを睨んでいた。

「……茶に、……何をっ」

 唸るように絞り出されたクラウスさんの声に愕然とする。

 これって、私のせいなの……?

 視界が歪み、世界がぐるぐる回りはじめた。

 お茶を淹れたのは私なのに。でも、私は何もしていないのに。どうしてこんなことに。

 どうして……。


 …………そのまま、何も分からなくなった。



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