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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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44.イステリア領へ

 侍女さん達に手伝ってもらい、急いで身支度を整える。

 着るのは、襟元から胸元にかけてレース飾りのついたクリーム色のブラウスに訓練着と似た型の白いズボンだ。編み上げブーツで足元を固め、丈が短めでウエスト部分が細くなっている臙脂色のジャケットを羽織る。

 この世界の貴族女性は絶対にしないであろう格好だけれど、まさか魔物が出没する地域をドレスなんか着て調査する訳にはいかない。けれど、今回の視察は騎士団が主体となって編成された正式な調査隊だ。いつも着ている訓練着ではしょぼすぎて格好がつかない。だから、ウォルターさんに相談の上、仕立て屋さんにも協力して貰い、女性らしいデザインながら動きやすい服を新しく誂えていたのだ。

 その服装に合わせて、髪も邪魔にならないよう後頭部できっちりまとめる。化粧も落ち着いた大人のできる女性に見えるよう、口紅の色合いとかアイメイクを工夫して貰った。

 最後に、ジャケットの左胸に陛下から頂いたブローチを付け、昨日のうちからしっかりと荷造りしておいた斜め掛けの鞄を持つ。滞在中に必要な大きな荷物は先に神殿へ運んであるから、自分の手荷物はこの鞄だけだ。

 急がないと、もう皆、神殿に集まっているかも知れない。いやだな~、神殿に入ったら全員集合してて、一斉に白い目を向けられたりしたら。

 半ば走るように神殿に到着すると、そこにはまだクラウスさんと数人の騎士さん、それに移動魔法で私達をイステリア領まで送ってくれる魔導師さん達の姿しかなかった。ふ~、良かった。

 でも、全員揃ってないってことは、揃うまでここで待たなきゃいけないってことだ。しかも、騎士さん同士、魔導師さん同士とお仲間で固まって立っているから、私が同じ対魔情報戦略室のメンバーであるクラウスさんを無視してその輪の中に割り込んでいくのも躊躇われる。

 ……仕方ない。意を決して、クラウスさんに歩み寄ると声を掛ける。

「おはようございます」

 おずおずと挨拶すると、クラウスさんはちらっとこちらに目を遣り目礼しただけで、すぐにこちらから視線を外した。どうやらこの人は、これから数日調査隊の一員としてよろしく、なんて親し気な言葉を交わしてくれるつもりはないらしい。

 いくら私の事が気に入らないからって大人だろ、仕事なんだから外部の人達の前でくらい外面を取り繕えよ、と段々腹が立ってくる。対魔情報戦略室の中だけならまだしも、こうやって騎士さんや魔導師さん達がいる前でこういうあからさまな態度を取られると、こっちがいかにも侮られてますって見せつけられているようなものだ。

 ……冷静になるんだ、リナ。相手が非常識だからって、同じ土俵に立つことはないぞ。

 そう自分に言い聞かせ、クラウスさんと着かず離れずの位置をキープしつつ、壁際に寄って他のメンバーが集まってくるのを待つ。傍目には、同じ対魔情報戦略室のメンバーで集まっているように見えるだろう。たぶん。

 前回、トレウ村へ発つ時には、同行者であるレイチェルさんが私達を連れて最寄りの領地まで飛んでくれた。でも、今回は人数も多いうえ、何か不測の事態が起こった時に対処できるように、メンバー以外の魔導師さん達がイステリア領まで連れて行ってくれることになっている。

 ……その不測の事態に備えることになった原因というのは、ずばり私ですね。前科があるから仕方がないです。



「リナ」

 しばらくして神殿に入ってきたファリス様がこちらに気付いて、満面の笑みを浮かべながら近づいてきた。

 相変わらずキラキラのイケメンぶりだ。それに加えて、最近では風格というか頼もしい感じが滲み出てきている。やっぱり、騎士団の要職に復帰して多くの部下を抱える立場になったお蔭なのかな。確かに、ペーペーの文官をしている聖女の護衛なんて、ファリス様にとってはお遊びみたいなものだっただろうし。

「その服装、なかなかいいじゃないか。訓練着よりもきっちりしていて、なおかつ女性らしいデザインながら動きやすそうだ。それに、良く似合っている」

「ありがとうございます」

 さすがファリス様。いいところをちゃんと分かった上で褒めてくれるなんて。やっぱり女性の人気があるイケメンは、カッコいいだけじゃないね。誰かさんとは大違いだ。

 ……でも、キャスリーン嬢と結婚しちゃうんだよな。

 他の人のものになるって意識した瞬間に、何ともいえない寂しさで胸がいっぱいになる。

「でも、頭が少し寂しいな。どうして飾り一つ付けていないんだ?」

「えっ? ああ、別に必要ないかな~って」

「いや。何かあった方がいい。そうだ、これでも付けたらどうだ」

 不意にファリス様は自分の手荷物の中から小振りな髪飾りを取り出した。

「えっ、どうしたんですか、それ」

 これから地方の視察に行くっていうのに、女性物の髪飾りを持ってきているって。何でそんなもの持ってるの? ファリス様を見る目が、自然と不審げなものになってしまう。

 すると、ファリス様は急に挙動不審になった。

「べ、別に。……この間、たまたま見つけて、これだったら仕事中のシンプルなドレスにも合うだろうと思って」

 簪みたいに、纏めた髪にサクッと差し込めばその先についた小さな金色の花の飾りが揺れる、可愛らしいけれどシンプルで普段使いにできそうな髪飾りだ。

 もしかして、私が夜会の時に、前に貰った髪飾りは仕事中に付けられないって言ったことを覚えていてくれて、わざわざ買って持ってきてくれたの? 私の為に……。

 でも、気軽に受け取ってもいいものかな。ファリス様にはもう婚約者だっているのに。

「えぇ、悪いですよ……」

「いいから。気にしないで貰っておけ」

 ちょっと不機嫌そうな口調でそう言うと、ファリス様は止める間もなく髪飾りを私の髪に差し込み、それから満足げな笑みを浮かべた。

「やっぱり良く似合っている。それなら、普段でも付けられるだろう?」

「そうですね。ありがとうございます」

 戸惑いと嬉しさが混じり合い、変に弛緩した笑みが浮かんでしまう。

 ああ、今、私ってデレデレしてる顔になってるな。だって、イケメンにここまで気を遣ってもらうなんて、駄目だって分かってても幸せな気持ちになっちゃうんだもん。

 その時、ふと不穏な視線を感じて振り向いた。

 そこには、こちらを冷やかすように笑っている騎士さん達と、呆れたように肩を竦めているレイチェルさん、それから全員揃って何やら話し合っている魔情報戦略室のメンバー達がいた。

 ……何だろう。冷たくて突き刺さるような視線を感じたと思ったんだけど。

 ま、いいか。気のせいだ。きっと、婚約者のいるイケメンと仲良くしてるって背徳感みたいなものがそう感じさせたんだ。自意識過剰過ぎるんだよ。誰も、私がファリス様に相手にされてるなんて思ってないって。



 調査隊のメンバー全員が揃った後、宰相閣下が神殿に現れて訓示した。

 その後、私達は魔法陣に入れる五人前後の人数と荷物に分けられ、魔導師さんによって順番にイステリア領へと飛んだ。

 着いた先は、イステリア領の領主館に程近い神殿の魔法陣だった。さほど大きくない神殿の広間は、次々と到着する三十人近い調査隊メンバーとその荷物によってあっという間いっぱいになった。

 出迎えてくれたイステリア領主に挨拶をした後、用意されていた馬や馬車に荷物を積み込み、準備を整え、少し早い昼食を領主館でいただいた。

 ここで、なんと嬉しい誤算が発覚。元々、対魔情報戦略室から派遣されるメンバーはクラウスさんはじめ四人の予定で、その四人が一台の馬車に乗ることになっていた。なので、余り物の私はレイチェルさん含む三人の魔導師さんと同じ馬車に乗ることになったのだ。やった、これで馬車の中ではリラックスできる!

 魔導師さんは少し変わった人が多い。レイチェルさん以外の二人の魔導士さんは二十代半ばと三十過ぎくらいの男の人だ。でも、まだ若いのにだるそうに欠伸したりボーッと山の方を見つめていたりと無気力そうで、腕力なら多少剣に覚えのある私の方が勝ててしまうそうなくらい線が細い。二人とも眠そうな目をしてるな~と思っていたら、案の定馬車に乗るとすぐに居眠りを始めた。

「リナちゃんも眠そうね。着くまで一眠りしたら?」

 レイチェルさんにそう言ってもらって、私もありがたくそうさせて貰うことにした。



 樹海から程近いところにあるセリル村は、トレウ村と違って小さな街ほどの規模があった。村長の家も大きくて立派で、トレウ村の村長の家とは比べ物にならないくらいだ。

 ただ、今回は調査隊の人数が多いこと、事前の準備期間が充分あったこと、他に宿泊できる場所が確保できたことから、村長宅にお世話になることはない。ただ、調査の最終日には大々的に慰労会を開催してくれるらしくて、どうやらこの地方の特産品を使った美味しい料理がたらふく食べられそう。今から楽しみだ。

 この村が発展しているのは、樹海で魔物を狩る戦士達の拠点となっていたからだった。トレウ村にはなかった宿もここには五件ほどあって、その他に酒場や料理屋、裏通りにいけば小さいながら盛り場や賭博場まであるらしい。

 ただ、ここ半年ほどは日ごとに戦士の数が減っていって、街も火が消えたようになっていたそうだ。ハイデラルシアの戦士がテナリオや東部の平原へ移ってしまったことが原因だ。

 そこで、村に金を落とすという目的もあり、宿屋の空き部屋を調査隊が利用することになった。さらに、この村に魔物討伐の騎士団が駐留できるポテンシャルがあるかどうか、何が足りていて何が足りないのかも調査の対象になっている。

 私に割り振られたのは、やどりぎ亭という宿屋の一室だった。同じ宿にはレイチェルさんはじめ他の魔導師さん達、それからクラウスさんや他の対魔情報戦略室のメンバー達とも一緒だ。騎士さん達は何班かに分かれて別の宿に泊まることになっている。

 夕刻までにはまだ早い時刻に村に到着したけれど、荷物を部屋に運び込んだりしているうちに日が傾いてきた。各自、村の飲食店で夕食をとってその後は自由時間。調査は翌日からになる。

 夕食はやどりぎ亭の隣に料理屋があるし、少し歩けば酒場もある。ただ、私はお酒がまだ飲めないので、レイチェルさんと連れ立って料理屋に入ることにした。



 レイチェルさんと話していると、自然とリザヴェント様の話題になった。

 魔導室長になってからもリザヴェント様は相変わらず忙しいけれど、前魔導室長をサポートしていた時と比べて的確に部下に仕事を割り振り、自分のペースでバリバリ仕事をしているらしい。

 さすがは宰相閣下の甥。この国最強の魔導師というだけではなくて、ちゃんと部下をまとめ上げてトップとしての職責を果たしているなんて。怒ると怖いし、マイペース過ぎる変な人だ、なんて思っていたけれど、やっぱりリザヴェント様もファリス様と同じように、本来なら私が相手して貰えるような人達じゃなく、雲の上の存在だったんだなぁと思い知らされる。

「室長は将軍閣下の妹さんにご執心かと思いきや、やっぱりリナちゃんのことも気に掛かるのね」

「すみません。また私のせいでこんな遠くまで来ていただいて」

 思えば、レイチェルさんは私のお守りの為に二度もこんな地方の片田舎まで来ることになったのだ。しかも、そうは見えなくてももう若くはないのに。

 申し訳なくて肩を竦めると、レイチェルさんはにっこりと笑みを浮かべる。

「いいのよ。ずっと魔導室に籠り切りなのも息が詰まるし。それに、魔物対策は重要な課題よ。我々魔導師も、これまでのように安穏としているのではなく、できることを模索していかなければいけないわ。例えば、騎士団と共に魔物討伐に加わったり、それから……」

 何かを言いかけて、レイチェルさんは言葉を濁すと、不意にこちらの顔色を窺うように上目遣いになった。

「ねえ、リナちゃん。呆気なく別の女性に心を移した室長のこと、怒ってる?」

「えっ!? いえっ、そんな。……まあ、確かにちょっとは複雑ですけど、リザヴェント様の想いに応えられなかったのは私の方ですから。だから、幸せになっていただきたいな、と思っていますよ」

 突然の質問に狼狽えながらも、自分の素直な思いを吐き出す。

 好きになった相手への想いが叶わなければ、気持ちを切り替えて別の相手を探すしかない。一生その人だけを愛さなければならないなんてことはないんだから。私だって、初恋はなるみ君だし、その次はトライネル様だし、ちょっとときめいちゃった程度の人なんてその他にも数えきれないほどいるし。

 だから、リザヴェント様がチェルシーちゃんを好きになったからって、「私の事を好きだって言ってたじゃない!」なんて怒れるはずがない。勿論、すでに恋人や夫婦っていう関係になっている場合は別だけどね。

「そう。それを聞いたら、きっと室長、泣いて喜ぶわよ」

「ええ~、そんな大げさな」

「本当よ。あれで意外と、ロマンチックで涙もろいところがあるんだから」

 そう言われて、リザヴェント様からの求婚に首を横に振った時、泣かれてしまったことを思い出して苦笑いしてしまった。

「他の人を好きになったとしても、室長はリナちゃんのことを大切に思っている。きっともうすぐ、それが分かると思うわ」

「どういうことですか?」

「ふふっ。それは秘密」

 恐らく私の母親と同じかそれより上の年齢らしいレイチェルさんは、全くそうは見えない可愛らしい笑みを浮かべて話をはぐらかしたのだった。


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