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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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43.なんてこったい

 ギルドから城に帰ると、ちょうど中庭を挟んで一つ向こうの廊下を歩いていく貴族令嬢の集団を見かけた。

 その先頭に立っているのは、貴族令嬢のリーダー的存在ロザリッタ嬢だ。相変わらず扇で顔の半分を隠して澄まして歩いている。あの人が王妃候補筆頭なんだよね。私が言うのも何だけど、先行き不安だなぁ。

 ……ん? その最後尾付近にいるのは、あれはもしかしてキャスリーン嬢?

 これまで彼女はロザリッタ嬢の取り巻きの中にいるのを見たことはなかったし、この前の夜会ではファリス様に群がる令嬢達の中にも加わっていなかった。だから、あまり群れることを好まない性格なのかな、と思っていたんだけど、実はそうじゃなかったのかな。

「あれ、あの方はファリス様の……」

 ロブさんが足を止めて目を細め、令嬢達の姿を眺めている。

 ……ん? ロブさんもファリス様のお相手を知っているの?

「キャスリーン嬢ですよね」

「そう。ファリス様の婚約者。リナちゃんも知ってたんだ」

「ええ、まあ」

 勿論ですよ、と頷きながらも、婚約者という言葉に、胸の奥からモヤモヤしたものが沸き上がってくる。

 ふうん。ファリス様の元部下までそう認識しているってことは、お二人の縁談はかなり進展してるってことじゃない。

 ……何だよ。好きな人がいるから結婚したくない、だから聖女様、代わりにファリス様と結婚してくださいー、なんて言っておいて、結局は縁談を断り切れなかったんじゃないか。

 自分勝手な願望で振り回され、思い悩んだ日々を思い出すと、沸々とキャスリーン嬢に対する怒りが沸き上がってくる。と同時に、ふと自分が知らぬうちに回避していた恐ろしい可能性に今更ながらに気付いて、背筋を冷たいものが流れ落ちていった。

 もし、私が本当にキャスリーン嬢からのお願いを真に受けて、ファリス様と結婚しようなんてしていたらどうなっていたことか!

 誰が見てもお似合いの美男美女カップルに強引に割り込もうとする、異世界から来た冴えない女。聖女の地位を与えられて何を勘違いしたのか、身の程知らずにもあんなに美しい婚約者からファリス様を奪おうとするなんて。と、非難の嵐が吹き荒れる様が目に浮かぶようだ。

 ああ、元々乗り気じゃなかったのもあったけど、王女様の提案をスルーしてて本当に良かった! 

 ――彼もそろそろ身を固める時期だ。平騎士で任務が聖女の護衛というのではお相手の家に対しても格好がつかないこともあるのだよ。

 宰相閣下がそう言っていたのを思い出す。

 元々、ファリス様が騎士団副団長から対魔情報戦略室付きの平騎士へ降格されたのは、私の我儘を叶える為に規則違反を犯したからだった。だから、本当は一日も早く副団長へ復帰できるようにと願わなければならなかったのに。私は自分が心細いからってファリス様が近くにいてくれることを内心喜んでいて、できればこれからもずっと身近にいて守って欲しいと思っていた。

 ……本当に、馬鹿だな、私。

 ファリス様には、ファリス様に相応しい、華々しい人生があった。なのに、私のせいで出世コースから外れてしまって、縁談にまで悪影響をもたらしていたのに。私はそんなことにも気づかずにただ甘えていたくせに、早く結婚しないと中年になって劣化したらモテなくなるよって身の程知らずの心配までしていた。

 ファリス様があまりにも親切だったから勘違いしていたんだ。もしかしたら、ファリス様は本当に私を嫁に貰ってくれるつもりなんじゃないかって。

 私も、ファリス様には、好きな人がいるから彼と結婚したくないだなんていう人と一緒になって欲しくなんかない。だから、本音を言ってしまえば、王女様の提案通り私がファリス様と結婚してもいいかな、……なんて心の片隅では思っていたんだ。

 ……本当、馬鹿だよね、私って。

 自分があまりも情けなくて、フッ、と笑いが込み上げてくる。ちょうどその顔をロブさんに見られてしまい、妙な顔をされてしまった。

 確かに、ファリス様はアデルハイドさんに怒られるまでは、私に対して厳し過ぎるほど厳しい人だった。段々と優しく接してくれるようになって、今では笑顔や言動にドキッとさせられることもあるけれど、これまでの経緯があるから、やっぱり恋愛の相手として見るには腰が引けてしまう。

 それでも、物凄いイケメンかつ優秀な騎士で貴族令嬢に大人気のファリス様と結婚できれば、これまで私の事を馬鹿にしてきた貴族令嬢達を見返すことができるんじゃないか。そんな邪な考えが心のどこかに確かに存在していた。そんな愚かな自分をボコボコにしてやりたい。

 ふと、陛下に縁談は滞りなく進んでいるのかと問われた時、私に「大丈夫だ」と言ったファリス様の笑顔が脳裏を過る。

 私が要らぬ心配をしていただけで、キャスリーン嬢も好きな人への想いを断ち切ってファリス様との結婚を決意したってことなんだろう。

 その選択は、キャスリーン嬢にとってはとても辛い事だったに違いない。好きな人への想いなんて、そんなに簡単に断ち切れるものじゃないってことは、私も痛いほどよく分かるから。

 でも大丈夫だよ。クラウスさんなんかより、ファリス様の方がずっと優しくてカッコいいから。その選択は間違ってなんかない。

 ……でもなぁ。

 何だかやるせない思いが胸の奥から突き上げてきて、思わず特大の溜息を漏らしてしまう。

 結局、イケメンは美女と結ばれる運命なんだなぁ。元の世界でも、こっちの世界でも。

「リナちゃん、大丈夫? 対魔情報戦略室、通り過ぎちゃったよ」

 ロブさんの心配そうな声でハッと我に返る。

 いけないけない。城では気を抜いちゃいけないんだった。

 てへっ、と誤魔化すように笑うと、ロブさんは困ったように頭を掻いた。



 それから半月ほどがあっという間に過ぎて、いよいよ明日は西部の樹海に出発する日だ。

「そうか。明日か」

 相変らず執務机に山と積み上げられている書類から顔を上げた陛下は、心なしかやつれているように見える。サムエル殿下が帰国して一安心なされているのかと思いきや、まだまだ陛下を悩ませるネタは尽きないらしい。

 つくづく、国王陛下って大変なお仕事だよねって思う。好きだからって誰でもなれる訳でもないけれど、かといって王家の嫡男に生まれたら嫌だからって簡単に放棄できる訳でもないし。早くいい人が王妃様になって、陛下を支えてあげてほしいな。

「はい。私の望みを叶えていただいてありがとうございます」

「本当にそれで良かったのか?」

 陛下にそう問われた意味が分からずに首を傾げる。

「はい。あの……?」

「お前が最も望んでいたことは、本当にそれだったのか?」

 私の心を見透しているような陛下の言葉が胸に突き刺さり、息が苦しくなる。

 もしかして、陛下には分かっていたのだろうか。私が、アデルハイドさんに会いたいという望みを言い出せなかったことを。

 ……でも。

「はい。そうです」

 いいんだ、これで。手紙の遣り取りさえしたくない相手にいきなり訪ねて来られたって、アデルハイドさんも戸惑うだろうし。

 そもそも、魔族との戦いの最前戦にいるアデルハイドさんに会うなんて、テナリオに辿り着けたところで叶うことかどうかも分からない。それに、もし危険を冒して会いに行ったところで、そこですでにアデルハイドさんが結婚していた、なんてことになったら目も当てられない。

 だから、これでいいんだ。これで。

「そうか……」

 陛下は一つ深く息を吐きだすと、机の引き出しから何かを取り出して握り締め、拳を突き出すようにして差し出してきた。

「これを身に付けておけ」

「え?」

「護り石だ。以前のように何処かで迷われては適わんからな」

 両手を差し出すと、陛下は当て付けるような口調でそう言いながら私の掌に丸い石のついたブローチを落とした。

「御守りですか?」

「ああ。そんなようなものだ」

 抵抗なく受け取れたのは、そのブローチにはめ込まれた石の色が陛下の瞳の色ではなく、乳白色に虹彩が混じった綺麗な色をしていたからだった。

「ありがとうございます」

 例え、また迷惑を掛けられては困ると思っているとしても、こうやって身を案じてくれるのは素直に嬉しい。

「今回はご迷惑をお掛けしないよう細心の注意を払って行動し、無事に戻ってまいります」

「くれぐれも、そうして貰いたいものだ」

 陛下は一瞬目を細め、それからジュリオス様に促されて再び書類に目を落とした。



 明日、調査隊が城を発つ時間は早い。だから、私は昨日のうちに荷物をまとめて我が家を後にし、今夜は城に泊まることになっている。

 我が家の皆さんとは、すでに今朝しばしの別れを惜しんできた。

「ご安心ください。サクマ家のことは、このウォルターが責任をもってお預かりいたします」

 ウォルターさんが胸に手を当てて恭しく一礼する姿を思い出す。

 うん。ウォルターさんに任せておけば安心安心。それに、調査は十日くらいのものだから、半月もしないうちに帰ってくるし。留守にするのは、ちょうどサムエル殿下の一件で帰られなかった期間ぐらいなものだ。

 それなのに、ノアさんは目を潤ませているし、侍女さんの中には泣きべそをかいている人もいた。嫌だなぁ、永久に会えなくなる訳じゃないのに。

 心配なのは分かるけれど、私だって前回の失敗を踏まえてちゃんと学習しているんだよ。勝手な単独行動は取らない、危険な場所には近づかない、例え逸れても自己判断で動かずに助けが来るのを待つ。

 それに加えて、リザヴェント様に特訓をしてもらったお蔭で、何とか魔将軍が襲来してきた時ぐらいまで魔法のレベルを戻すことができているから、何かあっても少しぐらいは自分の身を自分で守ることだってできる。

 西の樹海付近は魔物の数が増えているらしいけれど、今回私達はあくまで調査をするのであって、樹海の魔物を討伐する訳じゃない。そもそも、樹海の奥まで入る予定も無くて、ほとんどが周辺住民からの聞き取りや樹海付近の魔物の生息状況を調べるくらいだし。

 それに、調査団に選ばれた騎士さん達も少数ながらファリス様を含め精鋭揃いだから安心だ。傍を離れなければ、危険な目に遭うことなんてないだろう。

 更に、魔導師さんも三人ほど同行することになっている。そのうちの一人はレイチェルさんなんだそうだ。私が調査団に加わると知って、リザヴェント様が気心の知れた女性をと配慮してくれたらしい。

 そのリザヴェント様なんだけど、何と自分から積極的にチェルシーちゃんとの距離を縮めるべく、トライネル様に働きかけて交流をしているそうだ。そう言えば、私の時も自分の気持ちに気付いてからは強引とも思えるくらいの行動力を発揮していたよね。押しが強過ぎて、チェルシーちゃんにドン引きされなきゃいいけど。

 荷物の中から、新調したメモ帳を取り出してページを捲る。昨夜のうちに、その最初のページにオレアさんが残してくれたメモの中身を書き写していたのだ。

 オレアさんからの報告の内容と協力してくれたお礼、明日から西部の樹海へ向かうことをエドワルド様への手紙に書いて、借りたままだったフラウのワンピースと共に送ったのは昨日のことだ。もう届いたかな? それとも明日には届くかな? 

 視察から帰ったら、エドワルド様に報告できるくらい何か新たな発見があるといいな。



 期待と不安が入り混じってなかなか眠れない。

 西部の樹海ってどんなところなんだろう。調査隊の事前の打ち合わせや、ギルドで聞いた話で何となく想像はつくけれど、トレウ村よりも魔物の被害は深刻な所らしい。そこに住んでいる人達は、きっと凄く困っている。私は、その人たちの為に一体何ができるだろう。

 あれこれ考えを巡らせば巡らせるほど目が冴えてしまう。

 明日は早朝に神殿の魔法陣からイステリア領まで移動魔法で飛んで、そこから調査隊の宿営地となるセリル村まで馬車で一刻ほどの移動になる。馬車の同乗者がレイチェルさんだけだったら居眠りもできるけど、クラウスさんとか対魔情報戦略室のメンバーだったらそういう訳にはいかない。

 寝なきゃ寝なきゃと寝返りを打っているうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい。侍女さんに起こされて目を覚ますと、身支度を整えるには結構ギリギリの時間になっていた。

 ……なんてこったい!


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