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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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42.手紙くらい

 サムエル殿下が、陛下をはじめ多くの人々に見送られて城を離れ、帰国の途についた。

 その時を、私は人も疎らな対魔情報戦略室で迎えた。見送りの場に私が呼ばれなかったのは、私と陛下の関係を多くの貴族が誤解したままの状態で、私を公の場に出す訳にはいかなかったのだろう。

 そうしてくれて助かった。だって、サムエル殿下の最後の言葉が気味悪すぎだったんだもん。最後の最後で、公衆の面前で公開プロポーズとかやらかしてくれるんじゃないかと最悪な状況を想像していたから、それが回避されただけでも本当に良かったよ。

「うふ、うふふふ……」

 これでやっと家に帰れる。帰ったら皆で絶品チーズケーキ作り。庭の薔薇もそろそろ咲いている頃だよね~。

 美しい花を愛でながら、お庭で出来立てのチーズケーキとお茶を楽しむなんていいよね~と幸せなひと時を想像しながら湧き上がる笑いを堪えていると、対魔情報戦略室付きの女官さんに変な目で見られてしまった。

 いいんだ。多少、変な子に見られたって。だって、ようやく窮屈な日々から解放されたんだから~!



 サムエル殿下が城を離れた後、陛下はその場で王妃選定の計画について発表したらしい。そして、私があの夜会で陛下の瞳の色と同じ宝飾品を身に付けていたのは、私の身を守る為だと説明して、貴族の皆さんの誤解を解いてくれたのだそうだ。

 そして夕刻。私は、お迎えに来てくれたウォルターさんと一緒に、聖女家の馬車に乗って半月以上も留守にしていた我が家に帰り着いた。

「ただいま~!」

 馬車を降りると、ノアさんはじめ侍女さん方や料理長まで、ほぼ全員が玄関前に立って待ち構えていた。

「おかりなさいませ、リナ様!」

「お待ち申し上げておりました」

 期待していた以上の熱烈なお迎えに涙が出そうになる。というか、ノアさんや他の侍女さん達は本当に泣いているし、他の男性使用人さん達も目元を赤くしているし、……えっ、今、ウォルターさん、眼鏡の位置を直すふりして目元を拭わなかった……?

「今日は、リナ様のお好きな料理をたっぷりご用意してお待ちしていましたよ」

 料理長の言葉に反応するように、腹の虫が騒ぎ出す。

 お城の料理は確かに絶品だったけれど、やっぱり我が家の料理が一番口に合うもんね。



 今日は帰ってきたばかりで疲れているから、絶品チーズケーキ作りはお預けだ。でも、明日はお休みだから時間はたっぷりある。楽しい時間は長い方がいいしね。

 お休みといえば、以前私達の休みが合う日にファリス様が王都を案内してくれるっていう約束をしたけれど、残念ながら明日ファリス様はお仕事らしい。っていうか、騎士団に復帰したばかりでとっても忙しくて、しばらくは休日返上で働くことになるんだって。

 ウォルターさんにその約束の事を話したら、自分が代わりに案内しましょうと言ってくれた。ありがたい申し出だったけれど、私は首を横に振った。だって、約束していたのに、休みが合う日がないから他の人と行ってきましたって、それはちょっとファリス様に失礼でしょ。


 久しぶりに潜り込んだ自分のベッドは、何だか懐かしい匂いがした。

 何だか不思議だ。トレウ村から帰ってくるまでは、我が家なんだけれど居辛くて息が詰まる場所だったのに。ノアさん達に気遣って貰って、自分からも距離を縮めて、今になってようやく馴染んできたってことなんだろうな。

 ……アデルハイドさん。私、ここで頑張っていますよ。

 お城にいる間、ずっと身に付けられずに隠していた指輪を通したペンダントを首にかけ、アデルハイドさんの瞳と同じ色の石を指先でそっと撫でる。

 我が家で働いてくれている人達にも心を許せるようになって、今私は幸せです。アデルハイドさんが最後に書き残した「幸せになれよ」の幸せとは意味が違うかもしれないけれど、私は今、満たされています。

 あなたは今、どこで何をしていますか? ずっと我慢していたけれど、もう手紙くらい書いてもいいですか? ……届いたら、読んでくれたなら、たった一言でもいい。お返事をくれますか?

 生きていてくれていますよね? アデルハイドさん……。



 和気あいあいのチーズケーキ作りが終わり、午後からは咲き始めた薔薇の庭園でまったりとお茶をいただき、楽しかった時間はあっという間に終わってしまった。

 今日からまた、対魔情報戦略室での勤務が待っている。

 ファリス様が騎士団に復帰してしまったので、私はますますこの職場で孤立している、と思われるかもしれませんが、そうはいきませんよ!

 そう、聖女家の使用人さん達のように、まず私が心を開いて、それからやるべきことを一つ一つしっかりとやっていけば、この職場の人達にもいつかは同僚として認めて貰えるはず。何となく、そう確信めいたものが私の中に生まれていた。

 ま、クラウスさんとか、有能な御方達のお眼鏡に適うのは至難の業だけどね。

 ともかく、私はできるだけ自分から元気よく挨拶したり、対魔情報戦略室付きの女官さんにお茶を淹れて貰ったらきちんとお礼を言ったり、基本の所から己の行動を見直すことにした。これまで、嫌われているんだって委縮して、そういうところが疎かになっていた。それが相手に生意気だ、偉そうだって思われて、余計に嫌われていたかも知れないから。

 そうしたら、いつも不愛想な女官さんに「頑張っておられますね」って声を掛けて貰えた。やっぱり、人間関係は相性もあるけれど、努力次第で少しは変えられるものなんだって嬉しくなった。

 勿論、全員といきなり仲良くなれました! なんてそう簡単にはいかないけどね。

 

 

「あれ? リナちゃん、久しぶり……って、もうこんな軽口叩いちゃいけない人になっちゃったんだよね」

 今日護衛に来てくれたのは、騎士団でファリス様の部下だった騎士さんの一人だった。二度目の神託を受けて城に連れ戻された後、訓練所で知り合って、その後も気さくに声を掛けてくれた人だ。

 お名前は、……えーっと、聞いたことありましたっけ?

「お久しぶりです。以前と同じで構いませんよ。その方が嬉しいですから」

「そう? そんな風に言われたら本当にそうしちゃうよ?」

 そう言ってニコニコ笑っている騎士さんへの罪悪感で、自分の笑顔が引きつっていくのが分かる。申し訳ないけれど、お名前を確認させて貰いたい……という訳で名前を聞いたら、案の定、知らなかったのかとショックを受けた様子だった。ごめんなさい!

 陛下が私との関係をきちんと貴族たちに説明してくれたので、もう城内では護衛は必要ないんだけれど、城を出てギルドへ行くとなると話は別だ。あの夜会の前にも、ファリス様の代わりに別の騎士さんが護衛についてくれていたし、これからも誰かがついてきてくれることになる。

 今日は、このロブさんと一緒だ。


 久しぶりにギルドの扉を開くと、カウンターの中にいたダイオンさんが顔を上げた。

「これは、リナ様。しばらくぶりですね」

「お久しぶりです、ダイオンさん。少し事情があって、しばらく顔を出せなかったんです。すみません」

「いえいえ。貴族様ともなれば、自由にならないこともたくさんあるでしょう。どうぞ掛けてください」

 にこやかに笑うダイオンさんに示されたのは、いつものソファだ。そこへ腰を下ろして、ふとさっきから気になっていたことを訊ねる。

「今日は随分、人が少ないんですね」

 お目当てだったオレアさんの姿もなくて、正直がっかりだ。

「ええ。つい最近なのですが、またハイデラルシアの戦士達が複数テナリオへ向けて旅立ってしまいまして。残った者もその穴を埋める為、魔物の数が多くて依頼の報酬も高い東部の荒野周辺へ出ずっぱりなのですよ」

 東部の平原と聞いて、何となく記憶が甦る。王女様救出の旅に出発して何日か後に、初めて野宿したのがその辺りだったような。でも、それほど魔物が出たって記憶もないんだけど、人の多い街道沿いを進んでいたからかな?

「お蔭で、西部地域の依頼はあの有様です。なので、騎士団の方々が討伐に乗り出してくれるというのはありがたい限りですよ。この国出身の新人戦士では、まだまだ手に余るところがありますからね」

 ダイオンさんの視線を追って依頼票を掲示する壁に目をやれば、そこは貼りつけられた紙でほぼ隙間なく覆われていた。

「ひょっとして、オレアさんも東部へ?」

「ええ。あの後、まずハイランディアの神殿に寄ってから依頼をこなした後、一度ここへ戻ってきたのですが、リナ様と会えないまま仲間と東部へ旅立ちました。ああ、そうそう、リナ様に試した薬について取り敢えず報告しておくといって、書置きを残していったのですよ。駄目ですね、年をとると物忘れをするようになってしまって……」

 困ったように笑いながら、ダイオンさんはカウンターの奥へ一度戻り、数枚の紙を持って戻ってきた。

「ありがとうございます」

 受け取って、オレアさんらしいやや乱暴な字で書かれた書置きに目を通す。

 ――青露草を魔蛇に噛まれた傷に塗布、やや傷口に沁みるが耐えられないほどではない。膿むことなく翌日には腫れが引いた。魔鹿の毒かぶれには効果なし。こちらはやはり白月草の軟膏がよく効く。

 赤陽草については、出血多量となるほどの怪我はなくまだ試していない。ただ、仲間の一人が、この草は疲労が溜まった時に齧ると体力が回復すると聞いたことがあると言っていた。今度、自生しているのを見つけたら試してみることにする。

「はあ……」

 オレアさん、色々情報収集してくれているんだ。

 ありがたさに胸がいっぱいになりながら一枚目の紙をめくり、二枚目の内容を目にした瞬間、私は凍り付いた。


 ――テナリオの東、アフラディアの砦において魔王軍と三度目の交戦。死傷者多数。兵士、食糧、医薬品の不足は深刻。


「リナちゃん、大丈夫?」

「はっ、申し訳ありません。別のメモが混ざってしまって!」

 ロブさんが心配そうに私の顔を覗き込むのと、ダイオンさんが私の手から紙を引っ手繰るのが同時だった。

「貴様、リナ様に何を見せた……?」

 普段の軽い感じから一変し、怒気を纏うロブさんの腕を掴んで引き留めながらも、私の頭の中にはメモの内容が渦巻いていた。

 ――死傷者多数。

 息が苦しくなり、締め付けられるように痛む胸を押える。

 ……アデルハイドさんは? ……アデルハイドさんは、もしかしてもう……。

「大丈夫ですよ。アデルハイド様はお元気です」

 その声にハッとして顔を上げれば、ダイオンさんが困ったような複雑そうな笑顔を浮かべていた。

「本当、ですか?」

「ええ。そのメモは、ひと月以上前の情報です。それに、その後アデルハイド様からの手紙が届いております」

 一気に不安になった分、安心し過ぎて力が抜ける。

 ソファに深くもたれて溜息を吐いた私に、申し訳なさそうに眉尻を下げたダイオンさんが頭を下げた。

「申し訳ございません。リナ様が、意図的にテナリオの、アデルハイド様に関する情報を避けていることは見ていて察していましたのに、私の不注意で目に触れさせてしまいました」

「……気付いていたんですか?」

「ええ。ですから、リナ様はああいう形で去って行かれたアデルハイド様のことを憎んでおられる、だからもう関わり合いになりたくないのだろうと、私はそう思っておりました」

 思ってもみなかったダイオンさんの言葉に愕然とする。

「そうじゃありません。でも、確かにアデルハイドさんのことを聞きたくなかったのは本当です。だって、魔族と最前線で戦っているのに……」

 いつ、死んだと聞かされるのかと考えたら怖くて。だから聞けなかった。聞きたくなかった。

「だから、ダイオンさんが誤解するのも無理はありません」

「そうだったのですね。では、少しだけですが、現状を教えてさしあげましょうか?」

 そう言われて、反射的に身構える。……だけど、ダイオンさんの表情を見る限り、死んでいるとか大怪我を負っていると言われるようには思えなかった。だから、おずおずと首を縦に振る。

「アデルハイド様は今、アフラディアの砦で兵を率いて戦っております。直近の戦いでも勝利し、また更に奪還できた国土も増したようです」

「そうですか……」

 それを聞いて胸を撫で下ろすと同時に、今度は別の不安が沸き上がってくる。

 アデルハイドさんは、もうとっくに結婚して家庭を持っていていい年齢だ。ハイデラルシアの生き残った数少ない王族でもあるし、きっと早く結婚して血筋を残すべきという声も多いだろう。以前、オレアさんもそう言っていたし。

 手紙を遣り取りしているダイオンさんなら、きっとそのことについても知っているはず。

「……アデルハイドさんは」

 聞いてすっきりしたい。結婚したって聞いたら、その時は辛いけど、きっとすぐに諦められる。その方がいいんだ、私にとって。

 だから、聞かなきゃ。思い切って、今。

「その、……け、……っこんとか、は、……その」

「さあ。そのようなことは手紙には書かれておりませんでしたので分かりかねますが」

 ダイオンさんにそう否定されて、一瞬呆然とした後、本当に知らないのだろうかと疑いたくなった。本当のことを言ってくれとじっと見つめても、真面目な顔で首を横に振るダイオンさん。それでようやくホッとしたような、でもますますモヤモヤするような。

 その直後、まだ私にアデルハイドさんへの気持ちが残っていると白状してしまったような状況に気付いて、何だか居たたまれない気持ちになる。

 こちらを見るダイオンさんの視線が痛い。だって、ダイオンさんは私の存在がアデルハイドさんの重荷になることを嫌って、まだギルドにいたにもかかわらず、アデルハイドさんはもう王都を発ったって嘘を吐いたような人だ。私がまた何か我儘を言い出すのではないかと冷や冷やしているんだろう。

 ダイオンさんと手紙の遣り取りをしてるってことは、アデルハイドさんはやろうと思えば私にも手紙を書けるってことだ。なのに、今まで一通も手紙を寄越してくれなかったってことは、つまりそういうことなんだろう。

「……そっか」

 できるだけ素っ気なく聞こえるように吐き出して笑顔を浮かべる。

「もういい歳なんだから、さっさと身を固めないとね。お互いに」

 これが、私が吐き出せる、精一杯の強がりだ。

 だから、そんな風に哀れな者をみるような目で見ないで下さいよ、ダイオンさん。


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