表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
110/135

41.ついにその日が

 それから半月、私は城の王族が暮らす区画にある一室に滞在することになった。

 王女様の部屋にほど近い、夜会までの二日間お泊りしていた部屋で、案の定、その日の夜中に夜会帰りの王女様が乗り込んできた。すでに誰かから経緯は耳にされていたみたいで、「何なら本当に王妃になっちゃえばいいのに」と言われた時には面食らってしまった。勿論、全力で辞退申し上げたけどね。

 次の日からは、その部屋から対魔情報戦略室に出勤することになった。半月も部屋に閉じこもってばかりも嫌だし、それだとまたサムエル殿下が城に軟禁しているだの何だのとうるさいらしい。事実無根だ、それこもれも誰のせいだと思ってるんだ! って怒鳴ってやればいいのにって思うけれど、外交上そういうことも難しいらしい。

 詳しいことはよく分からないけれど、陛下は若くして即位したばかりで、しかもまだご自分の治世が盤石じゃないのに加えて、フェルゼナット国は帝国と良好な関係を築いているので、サムエル殿下をあまり無碍にもできないのだそうだ。

 だからだろうか。城内を歩いていると、ほぼ毎日、どこからやってくるのかサムエル殿下が現れて話しかけてくる。他国人なのに、どうしてこの人はこんなにも神出鬼没なんだろう。お城の中ではここからここまでは入っちゃいけません! とか制限できないものなんだろうかと疑問に思うけれど、やっぱりサムエル殿下に厳しい対応はできないんだろうなぁ……。

「やあ、リナ。今日も相変わらず美しいね」

 昨日は、出勤途中に渡り廊下で待ち伏せされていたんだよね。そんでもって今日は、資料を探しに書庫へ向かおうとしたところで中庭から話しかけられた。

 今、私には騎士団から派遣された護衛の騎士がついている。ファリス様は騎士団復帰に向けて忙しいので、日替わりで色んな騎士さん方が護衛してくれているんだけれど、異国のとはいえ王族であるサムエル殿下には強い態度に出られないのか、一歩引いたところでただ見守っているだけだ。

 つまり、サムエル殿下に話し掛けられたら、私が対応しなければならない訳で。

「……はあ。……ありがとうございます」

「今日も仕事なのかい? 可哀想に、毎日毎日こき使われて。我が国に来れば、毎日贅沢三昧の悠々自適な生活をさせてあげるのに」

 一瞬、ほんの一瞬だけ、贅沢三昧の悠々自適な生活に心が傾きかけたところを、ぐっと踏みとどまる。

「いえ。私はこの国の為に働きたいのです。その願いを叶えてくださっているクラウディオ陛下には感謝しております」

「ああ、何と素晴らしい。崇高な理想を掲げて日々邁進しているとは、さすがはリナだ。けれど、そんなに根を詰めると身体に毒だよ。どうだろう、息抜きに今から私とお茶でも……」

「申し訳ございません。急いでおりますので、また次の機会に。失礼いたします」

 昨日はなかなか断れなくて、危うく遅刻するところだった。その経験から、断り方も昨日より少し強気な口調になる。そのまま踵を返したものの、怒らせたかも、と内心ヒヤヒヤしていると。

「本当だよ? 楽しみにしているからね」

 ふざけているのかと思うくらい、あっけらかんとしたサムエル殿下の言葉が背後から投げかけられた。それを聞いて、ああ、切れられなくて良かったと内心ホッとする。

 余りのしつこさについ言い過ぎて、そのせいでサムエル殿下の機嫌を損ねて外交問題に発展とか、本当に洒落にならないから。

 まあ、でもあと少しの辛抱だ。この人が帰国していったら私は家に帰れるし、その後は西部の樹海への視察というお楽しみが待っている。ここはじっと我慢のしどころだ。



 私のメンタルを削る出来事がもう一つあった。

 私が王妃になるかも知れないという貴族たちの誤解を解くまでは、城から出るのは危険だということで、ギルドへ行くことも禁止されてしまったのだ。視察に出発する前に、オレアさん達にも会って色々と情報収集をしたかったのに。

 でも、落ち込んでばかりもいられない。せっかく城で暮らすようになって時間に余裕があるのだから、それを活用しない訳にはいかない。

 ギルドへ行けなくなった分、早めに事務仕事や資料集めを終えると魔導室へ向かう。

 夕刻に近いこの時間帯に、リザヴェント様に時間を作ってもらい、魔法の特訓を受けられるようにして貰っている。万が一視察先で何か不測の事態に陥っても、トレウ村の時のように魔力切れで倒れたりしないように鍛えておかないといけないからね。

 そんなお気楽な気持ちで臨んだ特訓だったのだけれど……。

「思ったよりも魔力が衰えているな」

「最近、魔法を使う機会が全くありませんから……」

 以前の半分くらいの訓練量でへばった私を見下ろしながら溜息を吐いたリザヴェント様に言い訳がましくそう答えながらも、じわじわと危機感が募ってくる。

 ……まずい。このまま安穏と貴族の生活に浸っていたら、私って魔法も使えない聖女様になっちゃう。過去の栄光を食いつぶしながら年をとって、いつしか聖女の看板を取っ払ったら何の取柄もない、ただの異世界人に成り果てちゃうんだ。

 やっぱり、聖女として格好がつくぐらいの魔法は使えるようにならないと。それには、せめて魔将軍が襲来してきた時ぐらいの実力を取り戻さなければ。

「確か、魔力の量を増やすには鍛えればいいんですよね?」

「ああ。魔法を使うことで魔力の限界値を大きくすることはできる。それから、練度を上げて魔力を効率的に使えば、同じ魔法を使っても魔力の消費量を減らすことも可能だ。私は限界値も他人と比べると桁違いに大きいが、例えば転移魔法なら同じ魔力量で他人よりも数倍の距離を飛ぶことができる」

 ……さり気なく自慢しましたね、リザヴェント様。

 じと目で見上げると、さも当然だという風に見つめ返された。

 ここ最近、リザヴェント様は私の近くにいても挙動不審にならない。冷静に論理的な会話をしてくれるし、魔法を教わる時も手が触れたからって飛び退ったりもしない。

 ありがたいことなんだけれど、何故かちょっと寂しさを感じてしまう。本当に、人の心って移り変わるものなんだなって思い知らされた。いつか私も、アデルハイドさんのことなんか甘酸っぱい青春の一コマになって、他の誰かを心から愛せるようになるのかな。

「ときに、リナ」

 リザヴェント様が急に目元を薄らと朱に染めて咳払いをする。

「その、……トライネル殿の妹君とは親しいのか?」

 ははーん。早速チェルシーちゃんのこと、探りを入れてきましたね?

「私もあの夜会で初めてお会いしてお話したのですが、親しいと言えるほどの関係ではありません。でも、可愛らしい御方でしたね」

 そう言った瞬間、リザヴェント様の白い肌が一気に赤くなった。

「……可愛らしい。……そうだな」

 何だよ、その反応。大の大人が顔を赤くして照れてるんじゃねーよ。

 ちょっとムカッとしちゃったのは、自分の事を好きだったリザヴェント様が他の女性を好きになったのが寂しいのか、それとも自分の恋が絶望的だから他人を祝福できないからなのか。

 どっちにしても、自分の心の狭さが虚しい……。

 チェルシーちゃんとだったら、リザヴェント様とも身分が釣り合うんじゃないかな。でも、宰相閣下は、政治的な駆け引きや貴族社会での立ち回りが得意でないリザヴェント様をサポートできる人を結婚相手に望んでいるらしい。それって、田舎育ちのチェルシーちゃんには少し、ううん、だいぶ荷が重いんじゃないかな。

 ……べ、別に、チェルシーちゃんがリザヴェント様に相応しくないってケチを付ける訳じゃない。ただ、あの純朴そうなチェルシーちゃんが陰謀渦巻くドロドロの貴族社会で苦労するのは可哀想かな~なんて思うだけで、別に嫉妬なんてしてないんだから。

「では、お願いできるか?」

 自分の心の中の汚い部分に必死で蓋をしていると、いきなりリザヴェント様にそう言われてポカンとする。

 え? 今、何か言いました? 私、何を頼まれたんでしょうか。

「……無理なら構わない」

「えっ、いえっ、すみません!」

「そうか。やはり無理……」

「そうではなく、リザヴェント様のお話を聞いていませんでした。申し訳ありません!」

 勢いよく謝ると、たっぷり五秒沈黙したリザヴェント様は目を伏せて息を吐き、それから首を横に振った。

「いや。やはり、リナに頼むことではなかった。忘れてくれ」



 絶対に、私にチェルシーちゃんとの仲を取り持ってほしいっていうお願いだったんだ。間違いない、絶対にそうだ。

 ……それなのに、また自分の思考に囚われて話を聞き逃すなんて、本当に駄目な奴だ、私って。

 でも、過去に偽装婚約から本気の告白までした相手の私に、新たな恋のキューピットになってくれ、なんてよくよく考えれば無神経なお願いだよね。一度は頼んでみたものの、やっぱりよくないって思い留まるなんて、リザヴェント様も成長した……もとい、いい意味で変わられたんですね~。なーんて、上から目線で感心したりして。

 魔法を使った後は、疲労感もさることながら、お腹もペコペコだ。部屋に戻って着替えると、出された食事をペロリと平らげる。

 お腹が満たされると眠気が襲ってくるけれど、その前に届いていた封書を開く。

 差出人は我が聖女家の執事ウォルターさん。彼は、私が家に帰られない間、使用人の差配やら屋敷の維持管理やら執事としての仕事をきっちりこなし、それをほぼ毎日報告書にまとめて届けてくれている。

 ――リナ様が楽しみにしておられた庭の薔薇の蕾がだいぶ膨らんできました。ノア達が寂しいと毎日嘆いてかないません。料理長が絶品チーズケーキのレシピを入手したそうです。リナ様が戻って来られたら皆で一緒に作りましょうと意気込んでいます……。

 報告書の最後に書かれている近況報告に、涙が出そうになる。

 私には、帰る家がある。そう思うと、胸の奥から温かいものがじんわりと広がっていく。これが、満たされるってことなんだろうな。



 数日後、対魔情報戦略室のメンバーが揃う中、ファリス様の騎士団復帰と、西部の樹海へ向かう調査隊のメンバーが発表された。

 ……げ。

 思わず強張った顔のままクラウスさんを見つめていると、不敵な笑みを返された。

 そう。メンバーの中に、クラウスさんがいたのだ。対魔情報戦略室から選ばれた他の三人も、どちらかというと私を否定的に見ている有能な人ばかり。

 もしかして、これは宰相閣下の虐めか? なんて邪推してしまうけれど、クラウスさん達の仕事内容と優秀さを考えれば、調査隊に選ばれるのは当然だ。寧ろ、私がこの調査隊に加わる方がおかしいんじゃないかと思われても仕方がない。

 これは、トレウ村の時のような楽しい日々は望めなさそうだ。

 正直、がっかり感が大きい。せっかく地方に行って羽を伸ばせると思っていたのに、日々のストレスの元凶と一緒だなんて。

 ……まあ、いい。どうせ私の事を邪魔者扱いするだろうから、それに便乗してなるべく距離を置いて行動しよう。そんでもって、ファリス様と街を散策して美味しいものをたくさん食べて、今度は家の皆にもお土産をたくさん買って帰るんだ。

 気を取り直し、選ばれたメンバーでの話し合いに参加する。案の定、私は一人蚊帳の外だったけれど、気にしない気にしない。だって、どうせほったらかされて別行動になるんだから。

 よく分からない専門用語を交えて話し合っているメンバーをニコニコしながら見つめていたら、皆に気味が悪そうな顔で見られた。話の内容を理解するつもりがないの、バレちゃったかな~。



 その後、サムエル殿下に何度も何度もお茶に誘われ、何だかんだと理由をつけて断り続ける日々が続き、そしてとうとうその日がやってきた。

「リナ。悲しいけれど、今日でお別れだ」

 その日の朝、そこの角を曲がれば対魔情報戦略室という廊下の片隅で待ち伏せしていたサムエル殿下は、素早く私の手を取って甲に口付けした。うぎゃっという悲鳴を何とか飲み込む。

「……帰国されるのですか。寂しくなりますね」

「本当に、そう思ってくれるのかい?」

 目を潤ませるサムエル殿下に、心の中で「社交辞令だから」と突っ込みを入れる。

「私は、リナをこの酷い国から救ってあげたかった。この手で、リナを幸せにしてあげたかった」

「……はは」

 サムエル殿下の、聖女はこの国で虐げられているという妄想は、否定しても否定しても打ち消すことができない。だから、最近では否定するのも疲れてしまって、適当に受け流すことにしていた。

「最後に、もう一度だけ聞かせてくれ。我が国へ共に来てくれないか? 私と結婚して欲しい」

「それはできません」

 ここは、できるだけはっきりきっぱりとお断りする。無理なことは、下手に期待を持たせると相手にも失礼だし、まだ脈があると勘違いされても困るから。

 私は、元の世界では男の人に告白されたことなんてなくて、誰でもいいから私の事好きになってくれないかな~ってずっと思っていた。それが現実になったのは喜ばしいことだったはずなんだけれど、実際にはこんな胡散臭い人に愛を囁かれても、正直気味の悪さが先に立って嬉しくも何ともない。

「どうして? きみは自分を虐げるこの国に、何の義理を感じているというのだ?」

 どうやらこの人は、自分が嫌がられているなんて微塵も考えてはいないらしい。寧ろ、自分が断られるのは、そうしなければならないのっぴきならない事情が他にあるのだと信じて疑っていないって感じだ。どうしてこうも自分に自信があるんだろう。

「そういうことではないのです」

「いいよ、リナ。この場できみが本音を語れないのは分かっている」

 サムエル殿下は、呆気に取られている私の背後に立つ騎士を睨む。つまり、見張りがいるから私が自分の本心を語れないと……?

 呆れて物も言えない私の手を、サムエル殿下はぎゅっと握り締めた。

「大丈夫だ、リナ。私は全て分かっている。必ずきみを助け出してあげるから」

 駄目だこりゃ。

 ……もう、笑って受け流すしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ