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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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40.禍を転じて福と為す

 陛下が現れるのと同時に、ファリス様は素早く立ち上がり敬礼する。その動きに私も慌てて席を立ち礼をすると、陛下は片手を挙げて応えると上座の椅子に腰を下ろした。

 陛下は冴えない表情で、背もたれにもたれて深い息を吐いている。何だかお疲れのご様子だ。

「構わない。食事を続けてくれ」

 そう言われましても、こめかみを指で押さえながら眉間に皺を寄せて悩ましい表情を浮かべている陛下の前で食事を楽しめるほど、私は無神経じゃありませんから。

「どうかなさったのですか?」

「何でもない。気にするな」

 まるで撥ねつけるような否定の言葉に面食らって瞬きしていると、ジュリオス様が酒を注いだグラスを陛下に差し出しながら苦笑した。

「正直に答えてあげればよろしいではありませんか。リナも無関係ではないのですから」

「えっ」

 私に関係のあることで、またもや何か問題が起きたんですか?

 ジュリオス様は、不安になってきた私の胸元で光るサファイアブルーの宝石に視線を向けた。

「その色。陛下の瞳の色であるその色を、陛下の意を受けて身に付けることの意味は知っているね?」

「……その、私が陛下の物であると周りに知らしめているんですよね?」

 確か、サムエル殿下がそんなことを言っていた。でも、他人から初めて聞いたばかりの知識だから、自然と自信なさげな答えになってしまう。

「そう。それは彼の王弟殿下を牽制する為だったのだが、勿論あの会場にいる全ての者がリナのその姿を目にしていた訳だ。内情を知らぬ者は、必然的に陛下とリナはそういう関係であると思い込む」

「あー……」

 ……そ、……そうですよねぇ。寧ろ、その内情を知らない人の方が多いだろうし、その人たちからしたら、私が「ねぇねぇ、私って陛下の良い人なんだよ~」って言いふらしながら歩いているように見えてたってことだよね。

 うわ~、何か急激に恥ずかしくなってきた。この宝飾品にそんな意味があったなんて知らなかったし、サムエル殿下を牽制する為に身に付ける必要があったから仕方がなかったんだけど、それでも周囲に自分がどう見えてたかって考えると居たたまれない気持ちになってくる。

「陛下の妃候補を娘に持つ貴族達は内心穏やかではないだろう。リナにわざわざ聖女という特別な位を授け王家の庇護のもとに置いたのは、いずれ王妃の座に据える為だったのかと勘繰る者もいる。実際、先ほどまでカシュクロール伯爵にしつこく問いかけられて、はぐらかすのに一苦労したのだ。彼の王弟殿下の手前、本当の事を話す訳にはいかなかったのでね」

 ジュリオス様の言葉尻に、陛下の深い溜息が重なる。

 カシュクロール伯爵ってあれだよね。いつも扇で顔を隠している、あのロザなんとかって貴族令嬢のお父さんだよね。娘が王妃様候補の筆頭って言われているのに、私がこんな色のアクセサリーを身に付けて現れたもんだから、相当焦ったんだろうなぁ。

「申し訳ございません。何だか、ご迷惑をお掛けしてしまって」

「リナのせいではない。そもそも、さっさとお妃を決めてしまわない陛下が悪いのだから。ですよね? 陛下」

「……返す言葉もないな」

 ふてくされたようにそう呟いた陛下は、視線をこちらに定めると、不意に悪戯小僧のような表情を浮かべた。……あ、これは何か来るぞ。

「では、リナを妃にする」

「却下します」

 私が反応を返す間もなく、ジュリオス様が陛下の冗談をバッサリと切って捨てた。

「リナは確かに我が国の英雄ではありますが、王妃として迎えられるかといえばそれはまた別問題ですと何度も申し上げているでしょう?」

「分かっている。冗談だ」

 陛下は冗談だと苦笑しながら言っているのに、ジュリオス様は尚もその冗談を真面目に論破しようとする。

「いくらあなた様が全力で守ろうとなさっても限界があるのです。それどころか、守られているばかりで王を支えられない王妃など、王妃たるに相応しくないと非難されるのは目に見えております。そうなれば、辛いのはリナなのですよ」

「だから分かっていると言っているだろう!」

 陛下がテーブルに拳を振り下ろした弾みで、食器が跳ねて耳障りな音が響く。

「……でしたら、よろしいのですが」

「何が言いたい?」

 厭味にもとれる口調のジュリオス様に陛下が噛みつき、不穏な空気が流れる。このお二人がこんな風に険悪な雰囲気になっているのを見るのは初めてだ。

 どうしよう。とっても居づらい。しかも、原因のほとんど全部が私に関することだし。

「あの……」

 この空気を何とかしようと思い切って口を開くと、お二人が一斉にこちらを振り向いた。……うっ、視線が怖い。

「どうして私、この部屋に呼び出されたのでしょうか。何かお話があったのではないのですか?」

「別に、これまでも何の関係もない話をしていた訳ではないのだけれどね」

 ジュリオス様はにっこりと笑みを浮かべたけれど、その作り笑顔が怖い。明らかに、目が「察しの悪い奴め」って言っている。

「つまり、彼の王弟殿下の積極的過ぎるほどの行動を制する為に取った手段が、リナの立場を益々微妙なものにしてしまったのだよ」

「はぁ。微妙、ですか」

「我が国で王家に次ぐ権力を掌握していたと言っても過言ではないエクスエール公爵は、子息の失態で勢いを削がれ、今は権力闘争から完全に外れている。貴族達は今、誰の側に付けばよいか神経を尖らせているのだ。陛下の妃候補筆頭と言われているロザリッタ嬢の生家カシュクロール伯爵家に付くか、それとも王女殿下におもねって子息を婿入りさせ王配の座を狙うか」

 ……あ、そうだった、ロザリッタ嬢だ。

「そこへ、リナが陛下の色をまとって現れた。どうなると思う?」

「……え?」

 いきなりジュリオス様に質問をぶつけられて混乱する。

 えっと、何だか嫌な予感がするのは確かなんだけど、具体的にどうなるとか答えろって言われても、全然考えがまとまらない。

 そんな私を後目に、ジュリオス様はあっさりと答えを教えてくれた。

「これから、リナを持ち上げて妃に据え、その見返りを求めようとする輩が出てくるだろう」

「はぁ……」

「そして勿論、逆にそれを阻止しようとする者も」

 まあ、ロザリッタ嬢やそのお父さんからしたら、みすみす王妃の座を私なんかに奪われるのを、指を咥えて見ているはずはないよね。

 フムフムと納得していると、腕組みして眉間に皺を寄せた陛下が不機嫌そうに問いかけてきた。

「反応が薄いな。リナ、自分が命を狙われるという可能性についてきちんと認識しているのか?」

「はっ、い、命、ですか?」

 ぎょっと目を剥くと、陛下やジュリオス様だけでなく、ファリス様にまで顔に手を当てて大きな溜息を吐かれてしまった。

 え~。命を狙われるなんてご冗談を~。……え? ……冗談じゃないの? 本当に?

「じゃあ、私これからどうしたら……」

 いきなり殺されるかもよと言われてパニクる私を宥めるように口を開いたのはファリス様だった。

「夜会の会場でリナに接触してくる貴族がいなかったことを考えれば、本気で陛下がリナを妃に望まれていると考えている者は意外と少ないのではないでしょうか」

 ジュリオス様は苦笑しながら頷いた。

「だといいのだけれどね。彼の王弟殿下が帰国したら、真っ先に誤解を解いて王妃選定を急ぐ。それまで何も起こらないことを願うばかりだが、何の対策も施さない訳にはいかないだろう。万が一ということもある。故に、リナには彼の王弟殿下が帰国するまで、王城にて生活をしてもらう」

「しかし、それでは逆に貴族達への誤解を深めることにはなりませんか?」

「致し方ない。自宅待機も考えたのだが、安全面を考慮して聖女家の警護を増やせば結局は誤解を深めることには変わりがない。その上、王城から遠ざければ、陛下とリナとの仲は偽りだったと彼の王弟殿下に疑念を持たれてしまう」

「では、やはり城に滞在するしかないようですね」

 私の目の前で、話が勝手にまとまっていく。まるで、エクスエール公爵の息子と結婚させられそうになり、リザヴェント様と偽装婚約した時と同じだ。

 非力な自分が悔しい。陛下に特別に与えて貰った地位とか、お情けで与えて貰った職とかではなくて、リナはこの国にとって必要不可欠だって皆に思ってもらえていたなら、こんな風に振り回されることもないのかも知れないのに。

 結局、私はあの時と同じように他人に振り回されるしかない存在なんだ。それは、私がそれだけの人間でしかないってことで。

 そんな風に考えていると、自然と目頭が熱くなってきた。

 ああ、落ち込むなぁ。私はあの時から比べたら成長できた部分もあるって思っていたけれど、結局この程度なんだなぁ……。

「リナ」

 不意に名前を呼ばれて我に返ると、椅子から立ち上がった陛下がこちらへ近づいてきて、身を屈めて私の両手を優しく取った。

「サムエルが帰国するまで、あと半月足らずの辛抱だ。それまで、住み慣れた家に戻れないのは不満だろうが、堪えて欲しい」

「そ、そんな。私は全然構いません」

「無理をするな。嫌なら嫌と言ってくれ。他の手段を考える」

 陛下の指が、そっと私の目元を撫でていく。あ、そうか。私、泣きそうな顔になっているんだ。別に、嫌で泣きそうになっていた訳じゃないのに。

「いえ、大丈夫です」

「そうか。……ならば、詫びと言っては何だが、そなたの望むものを与えよう。何がいい?」

 ええっ、望むもの? それって、何でもいいの?

 ……一番初めに脳裏を過ったのは、アデルハイドさんの顔だった。

 でも、リザヴェント様でさえ転移魔法で飛べないところにいるアデルハイドさんに会いに行きたいだなんて、あまりにも我儘過ぎるんじゃないかと思って、出掛かった言葉を咄嗟に飲み込んだ。

 だって、私一人じゃとてもテナリオまで辿り着けそうにない。それに、誰かについてきてもらうにしても、危険な旅に何十日も付き合わせてしまう訳だし。

 ……それに、別れの言葉さえ言って貰えなかった相手をまだ忘れられないのかって思われるのも嫌だった。この想いは、いつか自分の中でいい思い出になるまで大切にしておきたい。だから、一番の望みは心の奥底に秘めておくことにした。

「何でもいい。遠慮なく言うといい」

 私の手を握っている陛下の手の力が急かすように強まった。こちらを見つめている陛下の吸い込まれそうなほど青い瞳が、まるで私の心を見透かしているようで一瞬息が詰まる。

 その息苦しさに抗うように、お腹に力を込めて声を出した。

「では、お願いがあります」

 すると、何故か一瞬、陛下が緊張したような表情を浮かべた。

「近々、騎士団が西部の国境付近にある樹海へ派遣されるとお聞きしております。その樹海や周辺の土地に出没する魔物や自生している薬草等を事前に調査したいのですが、お許しいただけないでしょうか?」

 すると、陛下は一瞬戸惑ったような表情を浮かべた後、私の手を離して身を起こし、難しい表情で溜息を吐いた。

 あれ? 駄目なの?

 宰相閣下は、私がトレウ村で集めてきた情報を評価してくれて、また地方視察を許可してくれそうな雰囲気だったから、このお願いは陛下にもすんなり受け入れてもらえると思っていた。

 でも、トレウ村の山の中で迷って、ファリス様をはじめ陛下にまで随分とご心配とご迷惑を掛けてしまったからなぁ。

「……駄目でしょうか」

 ギルドで聞いた話では、あそこはハイデラルシアの戦士がテナリオへ行ってしまって、魔物を狩る戦士が不足しているという、この国が抱えている問題が顕著になっている現場らしい。その問題を打開する役割を担っているのが対魔情報戦略室であり、私もその一員なのだから、この国の為にできることをやりたい。やって、皆に認められたい。

 ……それに、トレウ村の時みたいに地方でのんびりしながら地元の人達と触れ合いたいし、その土地独特の珍しい物を見てみたいっていう、願望もあったりして。

「ジュリオス」

 問いかけるような視線を向けながら呼びかけた陛下に、ジュリオス様は苦笑しつつ頷いた。

「リナの上司である宰相閣下の意見も聞く必要はあると思いますが、騎士団派遣には事前に調査隊を向かわせることになっております。それに同行するのであれば、トレウ村の時と違って護衛に人数が割ける分、危険も少ないかと思われます」

「分かった。リナを同行させる方向で調整させよう」

「本当ですか!」

 陛下の返答を聞くや否や、喜びのあまり思わず椅子から立ち上がり、その場で小躍りしてしまった。すぐに我に返って、陛下の前で礼を欠く行動を取ってしまったと青ざめたけれど、陛下は笑って許してくれた。

 ……いよっしゃぁぁあ! 禍を転じて福と為す! サムエルとかいう訳の分からんおじさんに目を付けられて気味が悪かったけれど、お蔭で念願の西の樹海へ視察に行ける! 嬉しいな、ったら嬉しいな。よぉし、これで半月城で過ごすのも苦じゃなくなったぞ。

「良かったな、リナ」

 そう声を掛けられて振り向くと、ファリス様も我が事のように喜んでくれていた。

「俺も、その調査隊に加わる事になる予定なんだ」

「そうなんですか」

「樹海のあるイステリア領の街も賑やかな所だという話だぞ。またイストの時のように二人で探索してみような」

「楽しみです」

 そんな会話で盛り上がっていると、そこへ陛下の抑揚のない声が割り込んできた。

「そう言えば、ファリス。ヴァセラン伯爵令嬢との縁談はどうなっている」

「それは……」

 言い淀むファリス様に、陛下は表情を曇らせて胸に手を当てた。

「縁談がまとまるという重要な昼食会の直前にそなたを城へ招集したこと、私はずっと気に病んでいたのだ。よもや、あのせいで破談になった訳ではあるまいな?」

「……いえ、そのようなことは」

「そうか。ならばよい」

 満足そうな笑みを浮かべた陛下の横で、何故かジュリオス様が困ったように肩を竦めた。

 そうか。キャスリーン嬢との縁談は進んでいるのか。

 正直、ファリス様には、クラウスさんのことが好きで破談を望んでいる彼女と結婚なんてして欲しくない。でも、キャスリーン嬢の本当の気持ちを伝えたら、ファリス様はきっと傷付く。とってもプライドの高い人だから。

 どうしたらいいんだろう、とファリス様を見上げていると、ふとこちらを見たファリス様は目を細めて「大丈夫だ」と声に出さずに呟いた。

 大丈夫、縁談は順調に進展している、ってことですよね。だから、それが心配なんですってば。


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