37.爆弾発言
その後、駆け付けてきたお城の侍女さん集団に半ば拉致されるように執務室から連れ出された私は、王族の居住区にある一室に連れ込まれた。
そこで有無を言わさずドレスを剥かれて採寸させられた後、次々に運び込まれるドレスを着せられては脱がされ、その間にも解かれた髪を様々な形に結い上げられては解かれ、着せ替え人形だってこれほど酷使されないだろうというくらい散々な目にあった。
出勤時に着るドレスが立て襟なのをいいことに、お守り代わりにと身に付けていた指輪を通したネックレスを、最初にドレスを脱がされる時に素早く外し、何とか自分のドレスのポケットに押し込んだ。きっとこの後、アクセサリーも合わせたりするんだろうから、他人の手で外された後、どこかへ紛れて無くなってしまうなんてことになったら泣くに泣けない。
それにしても、一体いつまでこの苦行が続くんだろう。重いドレスを着たり脱いだりって、結構体力使うんだよね。足も踏ん張ってないといけないし。
疲れてきて、侍女さん達にドレスを引っ張られたのにつられてふらつくと、陣頭指揮を執っている王女様から叱責が飛んできた。
「これしきのことで草臥れていてどうするの、リナ!」
「……そ、そう言われましても」
私の周囲では、侍女さん達が、やっぱり聖女様だから白い衣装がいいのでは、とか、リナ様には優しい色合いのドレスが似合う、とか、意外と胸元が大きく開いているのもいけるわ、とか、好き勝手にワイワイ騒いでいる。やっぱり、侍女さん達のいい玩具にされている気がする。
結局、夜までかかって選ばれたのは、白地に金糸や銀糸で繊細な刺繍が施されたドレスだった。しかも、結構大胆に肩や胸元が開いている。
こんなの恥ずかしくて着られませんと訴えたけれど、そんなのは全然普通だと王女様に一蹴されてしまった。確かに、王女様の大きなお胸がポロリしそうなほど大胆なドレスに比べたら、ずっとマシな方だけどさ……。
今度は、そのドレスに次々と針が打たれ、私の身体に合わせて修正が行われる。完璧に合わせるのは時間的に無理だけれど、限られた時間の中で出来る限り私の身体に合わせて直していくんだそうだ。
ドレスを脱ぐ前に、今度は運び込まれてきた無数の箱の中から、眩い宝石をちりばめたアクセサリーが次々に取り出され、髪や耳や首周りに当てられていく。しかも、もれなくサファイアらしき濃い青の宝石がついているものばかりだ。
それって貴重な宝石なのはわかるけれど、色は好みじゃないし私には似合わない。寧ろ、王女様なんか、ご自分の瞳の色と同じだから、それに合わせたコーディネートってことでありだと思うけど。でもどうやら、他の宝石という選択はないらしい。
アクセサリーが決まった後は、ご丁寧に靴やら扇子やら細々とした小物まで全て揃えられる。
「お疲れ様でした、リナ様」
侍女さん達にそう声を掛けられて、ようやく終わったと深い溜息を吐く。疲れ切って長椅子に座り込んでいると、王女様から、今日はもうこのまま城へ泊まっていくようにと告げられた。
確かに、今から我が家に戻ったら、夜中に近い時間になってしまう。すでに聖女家へは城に宿泊する旨連絡済みだと言われ、大人しく従うことにした。
……が、用意されていたのは、何と王女様の部屋にほど近い王族方の居住区にある部屋だった。
そんな、王族方の居住区だなんて畏れ多いと尻込みする私にお構いなく、侍女さん達は淡々と私を部屋に押し込む。
そして、その後に私を待っていたのは、侍女さん達による容赦ないエステフルコースだった。
女性は、例え素材がどうだろうと、磨けば変わる。それは、地味で野暮ったかった女子高生の私が、ザーフレム領から連れ戻され城で暮らすことになって以降、トライネル様に恋をして自分を磨くことを覚えてからの変化で実感していた。
そして私は、我が家に戻ることも許されず、夜会までの二日間で文字通り徹底的に磨き上げられた。更に、王女様付き侍女さん達がプライドを掛けて作り上げられた私は、まるで別人になっていた。
「お綺麗ですわ、リナ様」
そんな言葉を素直に受け止めてしまえるほど、鏡の中の私は原型をとどめていなかった。大きく、やや垂れ目がちに見えるように施されたアイメイク。透明感がありながら、頬にはピンクのチークが入れられ、唇は熟れたサクランボみたいにぷっくり艶々だ。
あな恐ろしや、メイクの威力……。
勿論、メイクだけじゃない。複雑に結い上げられた艶やかな黒髪に、煌びやかな金糸銀糸の刺繍が施された純白の衣装、そして髪や耳、大きく開いた胸元に燦然と輝く青い宝石。
準備を終えた私を迎えに来たのは、騎士の正装に身を包んだファリス様だった。今日は私のエスコート兼護衛役として傍についていてくれるらしい。これまでの夜会ではこんなことはなかったんだけれど、やっぱり隣国の王弟殿下を警戒しての措置なのかな?
「リナ……」
私を見るなり目を見開いて絶句したファリス様は、そのままむっつりと黙り込んでしまった。
あれ? ファリス様には不評……?
お洒落のセンスが抜群なファリス様に褒めて貰えなかったとなると、何かが拙いのかも知れない。ゴテゴテ飾り過ぎ? そもそも似合ってない? それとも化粧濃すぎ? 髪型がおかしい? ……原型が悪いっていうのだけは勘弁して欲しい。
その後、夜会の会場に着くまで、ファリス様はほとんどこちらを見ようともせず、言葉も最低限の声掛けしかなかった。
じゃあ、会場に着いたらいつもファリス様に戻ったかと言えば、それはよく分からない。何故なら、騎士の正装でバッチリ決めてイケメン度割り増しのファリス様に貴族令嬢様方が群がり、あっという間に離れ離れになってしまったから。
結局は、壁の花かよ。
夜会の会場で、誰にも相手にされず、壁際にひっそり佇んでいる女性の事を、壁の花と言うらしい。聖女となって夜会に初めて参加した半年前、そんな言葉の存在を知る前に、私はまさにそれそのものになっていた。
以来、夜会に参加する度、会場に着いて見知った人々との挨拶を終えると、大抵私は壁の花になっていた。そして、まだ皆さんがダンスやお喋りに興じている間に迎えが来て、早々に会場を後にする。それがいつものパターンだった。
今日は異国からの客人をもてなす大事な夜会だけど、早退はありなんだろうか。
そんなことを考えながら、果実を絞ったジュースのグラスを片手に溜息を吐く。
すでに、ファリス様を中心に巨大化する一方の人だかりからは距離を取っていた。だって、近くにいたら私までファリス様に群がっているみたいに見られちゃうし、結構皆様密かに牽制し合っていて怖いんだよね。
おーい! 今日は、私のエスコート兼護衛だったはずじゃないんですか~?
人だかりの中心にいる、影も形も見えない相手に心の声を投げかけてみるものの、勿論届くはずもない。
まだこれだけご令嬢方に大人気だってことは、ファリス様とキャスリーン嬢との婚約は世間様には知られていないのかな。
それとも、ご令嬢方にとっては、そんなの関係ないってことなんだろうか。ファリス様は見ているだけで目の保養になるくらいカッコいいから、皆、アイドルの追っかけしているような気持ちなのかも知れない。
でも、ファリス様なら、わざわざ他の男に恋しているキャスリーン嬢と結婚しなくても、他に好きになってくれる令嬢なんて掃いて捨てるほどいるのに。人生って本当、ままならないものだよね……。
会場を見回してみても、キャスリーン嬢らしきご令嬢は見当たらない。ファリス様を取り囲んでいる人垣の中にいるとは思えないから、この夜会には出席していないのかも知れない。
そう言えば、陛下とジュリオス様のお姿もまだない。大体、いつも陛下は夜会に出席するとしてもかなり遅れてきて、挨拶が済むと早々に帰ってしまうことが多かったように思う。もしかして、今日もそうなのかな。
別の場所にもう一か所、人が集まっている。老いも若きも男性方が十重二十重に取り囲んでいる、その中心にいらっしゃるのは王女様だ。まだ異国に嫁ぐ話は極秘のままだから、王女様の結婚相手の座を狙っている貴族令息やその親達がしのぎを削っているんだろう。
まずは王女様にご挨拶を、と思って移動しかけていた私は、その人垣の大きさに畏れ慄いて足を止めた。
……もうちょっと待った方がいいかも。
私は背が低い方だから、男性ばかりの人垣に突っ込んでいったら、気付かれずにもみくちゃにされて踏みつぶされてしまうかも知れない。痛い思いをするのも嫌だし、せっかく侍女さん達の汗と涙の結晶で出来上がったこの格好が崩れるのも申し訳ない。
そんなことを考えながら会場を眺めていると、ふと隣に誰かが立つ気配がした。
「これほど美しい花をほっぽらかしだなんて、やはりこの国の人間は愚か者ばかりだ」
振り向いて見上げると、サムエル殿下が笑みを浮かべながら、その表情にそぐわない挑発的な口調で囁く。
「あなたも、そう思わないかい?」
「いえ、別に……」
咄嗟に否定の言葉を口にすると、サムエル殿下は困ったように眉を下げ、顎を引いて上目遣いにこちらを見つめた。
「あなたは謙虚過ぎる」
「え……?」
「もっと、自分の価値を知らしめるべきじゃないか? 王の対抗意識の為に、普段は呼びもしない夜会に駆り出しておいて、会場ではほったらかしだなんて考えられない。おまけに、似合わない王の色をこれ見よがしに身に付けさせられているなんて。これでは、周囲にあなたは王の所有物だと喧伝しているようなものだ」
「……所有、物?」
思いがけない言葉に、ザラッとした不快な感情が胸を撫でていく。
「おや、もしかして、あなたは知らなかったのか? そうか、異世界にはこのような風習はないのか。何も知らない女性に黙ってこのような仕打ちをするなんて、ハッキリ言って卑劣だよ」
どういうこと……?
呆然とする私に、サムエル殿下は爆弾を投下する。
「随分と露骨な真似をなさるものだね。王の瞳の色はサファイアブルー。その色の宝石をあなたに身に付けさせているということは、あなたはすでに王のものだと、そう周囲に知らしめているのだよ」
「え……」
「おおかた、私へのけん制の意味を込めたのだろうが、そうであるのなら、あなたには事前にその意味をちゃんと伝えておくべきだ。そうじゃないかね?」
憐れむような口調に、胸がぎゅっと締め付けられる。
……そんなつもりだったなんて。
まるで、この濃い青の宝石を身に付けるのがさも当然のような侍女さん達の言動を思い出す。最初からそうするようにと、陛下からのお達しが出ていたんだろう。
「私のことも、警戒しているのだろう? あの男には気を付けろと、ある事ない事吹き込まれているんだろうね」
無意識に、ギクッと肩が震える。
それを見たサムエル殿下は、笑いを堪えるような口元をすると同時に、困ったように眉を下げた。
「私はただ、純粋にあなたという人と親しくなりたいと思っているだけなのに」
少し寂しそうなその声が、やけに胸に刺さった。
「それなのに、王は一向に私の望みを叶えて下さらない。だから、護衛を撒いてあなたの職場近くの中庭に忍び込んだり、王を挑発してあなたを夜会に参加させたり……。そんな手段を取らなければ、あなたとこうやって言葉を交わすことさえ叶わない」
まるで恋い焦がれる相手に縋るような口調のサムエル殿下にどう対処していいか分からず、誤魔化すように目を伏せる。
ファリス様やウォルターさんの言う通りなら、この人は何らかの意図を持って私に近づこうとしている。それは何? それとも、この人の言う通り、ただ単に私と親しくなりたいと思ってくれているだけ?
「……あなたは、今の生活に不満はないのか?」
「えっ」
突然、心の内を見透かされているような言葉を投げかけられて、思わず声を上げてしまった。
「無い訳がないだろうね。私はそう思う」
「……それは」
「あなたは異世界から召喚されたのだと聞く。勿論、こちらの世界に身寄りはない。いくら数々の偉業を成し遂げた方とはいえ、誰かの庇護を受けなければ生きてはいけない。その為に、不満を抱えながらもこの国で生きていくしかないと考えているのであれば、それは間違いだ」
呆然とする私の手を取ると、サムエル殿下はじっと私の目を見つめる。
「私と一緒に、我が国に来ないか?」
「えっ」
「私の妻になってほしい」