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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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35.感謝の気持ちを込めて

 昨日来た早馬の騎士さんとは違い、別に急いで帰る素振りも見せないファリス様に、お茶受けにちょうど焼けたクッキーを出す。

 ノアさんが、これは今朝リナ様が手ずからお作りになったものです、と言うと、ファリス様はこっちがちょっと引いてしまうくらいたくさん食べてくれた。ファリス様が甘党だったなんて全然知らなかった。それなら、今度うちで作ったお菓子を差し入れに持って行こうかな。

「あ、そうだ。ファリス様、少し待っていてくださいね」

 そう声を掛けて席を外す。危ない危ない、せっかくいいタイミングで会えたのに、すっかり忘れるところだった。

 部屋に戻り、机の引き出しから細長い箱を取り出すと、それを持って再び応接室へ戻る。

「ファリス様。遅くなりました、これ、感謝の気持ちです」

 昨夜、ノアさんに頼んでファリス様の瞳と同じ色のリボンをかけていた箱を差し出すと、ファリス様は素早く立ち上がった。

「あの、サストで買ってくれた……?」

「はい」

 開けてもいいかと訊かれたので頷くと、ファリス様は再び腰を下ろし、ローテーブルに箱を置いて丁寧にリボンを解いた。

 お洒落でセンスのいいファリス様に気に入ってもらえるだろうか、と心配でドキドキしながら見守っていると、箱を開けたファリス様は嬉しそうに顔を綻ばせながら早速ペンダントを身に着けてくれた。

「嬉しいよ、リナ。大切にする」

 甘い笑顔で超イケメンに真正面からそう言われて心臓が跳ねる。

「あ、ありがとうございます。……でも、あれからも随分とお世話をおかけして、これじゃ足りないかも知れないですけど」

「そうか? リナがそう思うのなら、別のもので返してくれてもいいんだが」

 目を細めるファリス様の色気がヤバイ。思わずクラクラしてその色気に当てられそうになっていると、背後から堅い咳払いが聞こえてきて我に返る。

「……無粋な奴だな」

「失礼いたしました。お茶が冷めてしまったようですね。取り換えさせましょう」

 不機嫌そうなファリス様の声にも全然悪びれた様子もなく、ウォルターさんはノアさんに指示を出す。

 と、ファリス様は制服の内ポケットから小さな箱を取り出した。

「実は、俺もリナに渡すものがある」

 差し出されたその箱を受け取りながら、何だろうとファリス様を窺うと、開けてみろと促される。言われるがままに箱を開けると、驚きのあまり危うく箱を落としてしまうところだった。

「これって……」

 そこには、サストの店で私が気に入った、ピンクの天然石で彫られた花と真珠が組み合わされた可愛い髪飾りが入っていた。

 でも、これはファリス様がキャスリーン嬢への贈り物として買ったものだ。

「どういうことですか?」

 問う声が震えてしまう。まさか、キャスリーン嬢にいらないと拒否されて、代わりに私に貰ってくれとでもいうのだろうか。確かにこれは私も欲しかったけれど、もしそうならあまり嬉しくない。

 そんな気持ちが表情に出ていたのか、ファリス様は否定するように首を横に振った。

「リナはそれを気に入っていただろう? だから、それはリナに贈るつもりで購入した。ヴァセラン伯爵令嬢には、別のものを用意しているから心配するな」

 それを聞いて、ホッと安堵の息を吐く。

「でも、本当にいただいていいのですか?」

「ああ。それは、俺からの……そうだな、お詫びの気持ちだな」

「え?」

「リナには、これまで随分と厳しい態度を取ってきた。今更何をと思うかも知れない。俺自身、過去の自分が情けなくて仕方がない。こんなもので済まされるものだとは思っていないし、リナがこの国の為にしてくれたことを考えれば、どれだけ感謝してもし尽くせない」

 思ってもみないファリス様の言葉を聞きながら、気付けば変形してしまうくらい髪飾りの入った箱をぎゅっと握り締めていた。

 ファリス様がそんな風に思ってくれているなんて、想像もしていなかった。

 聖女という身分を与えられてから、ずっと、自分がこんな風に厚遇されていいのかなって、本当は心のどこかでずっと不安だった。だから、対魔情報戦略室の官吏として何か結果を残さなきゃいけないんだって焦ってた。でも思うようにいかないし、評価もされないし、こんなんじゃ駄目だって自分を追い立てていた。

 でも、私の事をちゃんと認めてくれている人がいる。そう思うと、何か熱い物が胸の奥から勢いよくこみ上げてきた。

「リナ……?」

 困ったようなファリス様の声に我に返ると、瞬きと共に目尻から溢れた涙が頬を伝った。

「あのっ、違うんです。……嬉しくて」

 決して悲しいとかそう言う訳じゃないんだって首を横に振ると、ホッと息を吐いたファリス様が立ち上がって手を伸ばしてきた。私の手の中にある箱から髪飾りを取り出すと、ソファの後ろに回って私の頭に髪飾りを当てる。

「よく似合うぞ」

 その状態で私の顔を覗き込むから、物凄く近い。

 ……近すぎっていうか、うえぇぇっ!

 髪飾りを持つ手とは逆の手で前髪をかき上げられ、そこに柔らかいものが押し当てられる。

 ……き、……きききキスされた!

 顔が焼けるように熱くなる。ずっと前にも、一度デコチューされたことがあったけど、これってこっちの世界では、こんな風に誰にでも気軽にしていいもんなの!?

「ファリス様」

 ウォルターさんの固い口調に苦笑いを浮かべたファリス様が、私の手に髪飾りを握らせる。

「じゃあ、また明日」

 耳元で囁かれた声は妙に色っぽくて、眩しいぐらい綺麗な笑顔に当てられ、文字通り腰砕けになってしまった。



「ペンダントに使われている石の色を見てもしやと思っておりましたが、やはりファリス様への贈り物だったのですね」

 リナ様の好みとは少し違う品だと感じておりました、とウォルターさんは溜息交じりに言いながら命令書の封を切った。

 ソファに座ったまま動けないでいる私の代わりにファリス様を見送ったウォルターさんは、今しがた応接室に戻って来た。すでに侍女さん達によって茶器やクッキーの皿は下げられ、ローテーブルは綺麗に拭きあげられている。

 呆然としていた私は、『ファリス様』というワードに反応して、また真っ赤になってしまった顔を両手で覆う。

 何でファリス様は、いきなりあんなことをしたんだろう。それとも、私が反応しすぎなだけで、ただの挨拶程度に思っていた方がいいんだろうか。

 デコチューってどういう意味があるんですか、と訊こうとして、ウォルターさんの真面目な顔を見た瞬間に挫けた。その隙の無い表情を見ただけで、ふざけた質問しようとしてすみません、と心の中で平謝り状態になる。

 ウォルターさんから開封された命令書を受け取って開くと、そこには、明日から登城するよう書かれてあった。ファリス様が去り際に言い残した言葉から想像していたけれど、優雅な貴族生活はたった二日で終わりを迎えることになった。あーあ、短かったなぁ……。

「リナ様は、……ファリス様の事をどう思われているのですか?」

 突然、ウォルターさんに真剣な顔でそう訊かれて、息が止まりそうになった。

 友達と恋バナをするって感じとは全く違う、尋問するような口調に、一気に緊張感が高まる。

「どう、……って、例えば……?」

「結婚しても構わないと思われるぐらいの好意を持たれているのでしょうか」

 思わず反射的に首を横に振ると、ウォルターさんは深く長く息を吐いた。その口角が、ちょっとだけ上がっていたから、私の答えはウォルターさんの希望に添ったものだったのかも知れない。

 確かに、ファリス様は以前と違って、今はとても優しいし良い人だ。でも、ファリス様と結婚するなんて想像もできない。もしそんなことになれば、この国の貴族令嬢のほぼ全員を完全に敵に回すことになるだろうな、とは思うけど。

 もしかして、キャスリーン嬢がファリス様との縁談を望んでいないのも、クラウスさんのことが好きっていう理由だけじゃなくて、それも原因の一つかも知れない。



 就寝前、一人になった部屋で、そっと四角い小箱を開ける。そこには、アデルハイドさんの瞳と似た色をした石の付いた指輪が、蝋燭の明かりを受けて光っている。

 若い侍女さんの一人に訊いたら、この石は蒼天石といって、邪気を払い持ち主に心の平穏をもたらすお守りに用いられるらしい。

 宝石箱からトップが鎖から外せるタイプのペンダントを取り出し、煌びやかな宝石のついたトップを外して宝石箱へしまうと、銀の鎖に指輪を通す。それを首から下げて、夜着の上からそっと肌に押し付けた。

 最後にアデルハイドさんの顔を見たのは、王城の厨房裏でテナリオへの旅立ちを告げられ、共に行くことを拒否されたあの時だ。私は泣いていじけて、部屋まで送るというアデルハイドさんを拒否して困らせた。

 でも、その時のアデルハイドさんの表情は、私の記憶からだんだんと薄れている。困ったような呆れたようなその顔を、ちゃんと見ていなかったから。

 だって、あれが最後になるなんて思ってもみなかったんだもん。分かっていたら、ちゃんと目に焼き付けていたのに。

 きっと、アデルハイドさんにまた会えたら、すぐに彼だと分かる。でも、この世界には写真なんてないから、その姿をいつまで正確に記憶に留めていられるか分からない。

 身体はとても大きくて、筋肉がすごくて、顔は引き締まっていて、長い前髪に隠れた目は鋭くて、本当はかっこいいのに、昼間から酒を飲んで無精髭を生やして、いつも私の事をからかうくせに、それ以上にくだらないことを言って笑わせてくれたアデルハイドさん。

 ……会いたいよ。

 もう二度と会えないと分かっているから、胸が潰れるくらいにそう願ってしまう。

 例えば、アデルハイドさんがテナリオなんか行かなかったら、ずっとこの国にいていつでも会えるところにいてくれたら、私はこの感情に気付くこともなく、ずっと仲の良い兄妹みたいな関係のまま過ごしていたんだろうか。

 込み上げてきた涙を拭ってベッドに潜り込み、枕に顔を押し付ける。

 なかなか治らないできものがいつの間にか消えているみたいに、この気持ちもいつの間にか薄れていって、アデルハイドさんではない別の誰かを好きになって、……結婚して子供を産んで、年をとって死んでいくのかな。

 その方がきっといいんだ。それは分かっているんだけれど、それを悲しいと感じてしまう今はまだ、気持ちの整理がついていないってことなんだろう。

 でも、アデルハイドさんには、もっとずっと大切なものがあって、とてもとても重いものを背負っているのだから、その背に私まで乗っちゃうわけにはいかない。

 できれば、その荷を私が少しでも持ってあげたい。アデルハイドさんが、背負っているものの重みで潰れてしまわないように……。


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