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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第2部 マリカじゃないからこうなった
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31.昼食をご用意します

 確かに、アデルハイドさんもオレアさんも、ハイデラルシアの戦士達はこの国の人達と比べると随分と体格がよかった。でも、それはただ単に体格のいい人達が戦士になった訳じゃなくて、ハイデラルシア人はそもそも皆身体が大きいんだということを、身をもって実感した日だった。

 三人の子供たちはまだ十歳だというのに、大人顔負けの体格と腕力で鍬を振るい、土を運び、バネのような脚力で走り回り、たった一人で広い薬草畑を管理しているエドワルド様のお手伝いをしている。

 私も何かお役に立ちたかったけれど、何せシンプルなとはいえドレスを着ているから、畑仕事をする訳にもいかない。まさか今日いきなりエドワルド様の所を訪れることになるだなんて思ってもみなかったし、あの状況では城で誰かから訓練着かお仕着せを借りるなんて暇も無ければ、考える余裕さえ無かったんだから仕方ないけど。

 畑を仕切る柵を作る為の地面に杭を打ち付ける作業に、いつの間にか加わっているファリス様を横目に、つまらなそうに溜息を吐いた時だった。

「ねえ。私の服、持ってきてあげようか?」

 フラウが手についた土を叩き落としながら近寄ってきた。

「いいの?」

「うん。もう着られなくなったのがあるから」

 待っててね、と言い残して、フラウはあっという間に走り去っていく。

 その向こう側に見える、畑を挟んで神殿の反対側になだらかに下る道を駆け下りていくフラウを見送りながら、つい自嘲気味な溜息が漏れた。

 つまり、私は十歳の子が着られなくなった服が着られるってこと? ……そりゃあ、子ども扱いされるはずだよね。

 もしかしたら、アデルハイドさんにとって私は、フラウよりももっと小さな女の子だったのかも知れない。だから、あんなに優しくしてくれたんだ。ああ、だとしたら、とてもじゃないけれど私なんて、恋愛対象になんかなってなかったんだろうな……。

 目が熱くなって口元が戦慄きそうになり、ぐっと口を引き結んで耐える。こんなところで一人泣きべそをかいているのをファリス様にでも見つかっても、何で泣いているかなんて言えるはずがない。

「さすがはハイデラルシアの民だな。力も強いし、身体の使い方もうまい」

 その時、木槌を振り下ろして杭を地面に打ち付けているカールを褒めるファリス様の声が聞こえてきた。見ると、すでに大人顔負けの体格をしているカールは、褒められて嬉しかったのか子供らしい満面の笑みを浮かべた。

「本当? 騎士様に褒めて貰えるってことは、戦士の素質があるってことですよね。俺、来年には、王都へ出てギルドに登録するつもりなんですよ」

「来年? でも、きみはまだ十歳だろう。いくら何でも早すぎるのでは……」

 そう眉を顰めたファリス様に、びっくりするほど大量の木材を抱えてきたゼストが、子供とは思えないほど厳しい表情を浮かべて反論する。

「アデルハイド様は十二歳でギルドの戦士になった。それには少し早いけれど、俺達は少しでも早く強い戦士にならなくちゃいけないんだ」

「そうです。ギルドで鍛えて強くなって、一日も早くアデルハイド様の力になる為にテナリオへ行かなくちゃいけないんです」

 厳しい表情を浮かべてそう主張する二人の子供たちを前に、絶句するファリス様と同じく、私も何も言えないままその場に立ち尽くしていた。

 こんな年齢の子供なのに、もう命を掛けて戦うことを選んでいる。暢気過ぎるくらい平和な国で生まれ育ってきた私から見れば、それは余りにも悲しいし馬鹿げているように見える。

 でも、彼らは、戦いたくない、死にたくないなんて、その役目を他の誰かに押し付けて楽しく暮らす生き方は選べないんだろう。だって、自分たちの為に、祖国を取り戻そうと今まさに戦っている人達が現実にいるのだから。

 ……私、馬鹿だ。

 彼らから尊敬され、ハイデラルシアの民の求心力になっているアデルハイドさんを、ただ恋愛の対象として見て、会いたいだとか、私の事をどう思っているのかだなんて思い悩んだりして。アデルハイドさんはそれどころじゃないのに。命を掛けて、祖国を取り戻す戦いに挑んでいるっていうのに。

 この子達は、早く強い戦士になってアデルハイドさんの力になりたいと言った。じゃあ、私はアデルハイドさんの為に、一体何が出来るのだろう……。


 

 フラウが持ってきてくれたのは、村娘がよく着ている型のワンピースだった。

 フラウはもうきつくて着られないというのに、案の定私には少し大きかった。こっちの世界にきてから、私も少し肉付きが良くなったかなぁなんて思っていたのになぁ……、と余裕のある胸元の生地を引っ張ってみる。

 着替えの為に一人で宿舎に戻っていた私は、脱いだドレスをハンガーにかけて壁に打ち付けてある釘に掛けると、ワンピースと一緒にフラウから預かったバスケットの中を覗き込む。夕方までリザヴェント様が迎えに来ないと聞いたフラウが気を利かせて、私達の昼食にとパンや果物を一緒に持ってきてくれたのだった。

 ふと顔を上げて家の中を見回すと、以前独り暮らしをしていた頃に使っていたのと同じような竈が目に入った。

「……やってみようかな」

 ふと湧いてきたやる気に背中を押されるように外へ出て、籠の中へ摘んだ薬草を放り込んでいるエドワルド様に声を掛ける。

「昼食を?」

 私の提案を聞いたエドワルド様は、柔和な表情を崩さなかったけれど、明らかに目が動揺していた。

 確かに、旅の間、私がどんな代物を提供し続けたのかその舌をもって体験しているエドワルド様だから、拒否反応を示すのも仕方ない。

「と言いましても、パンや果物はフラウが持ってきてくれたので、簡単なスープでもご用意しようかと思いまして」

「まあ、いいけど。でも、材料なんてほとんどないよ。あるものは使ってくれて構わないけれど」

「ありがとうございます。では、御言葉に甘えますね」

 自分のやる気が消えてしまう前にと、急いで宿舎に取って返し、台所付近で食材を漁る。

 確かにエドワルド様の言った通り、目につく食材といえば芋類や日持ちのする根菜類が竈の傍に置かれた木箱の中に転がっているだけだった。けれど、エドワルド様は下働きの女性が来ない日は自分で料理をするらしく、基本的な調味料は揃っている。

 水瓶から鍋に水を移し、竈にセットした薪に魔法で火を点ける。お湯が沸くまでに、手早く芋や野菜の皮を剥いて一口大に切っていく。久しぶりに握る包丁に最初は緊張していたけれど、すぐに以前の感覚が甦ってきた。

「……よし」

 味見が終わり、鍋に蓋をして大きく息を吐く。

 やり切った、という充実感と共に、これから久しぶりにファリス様とエドワルド様に手料理を食べて貰うのだという緊張感が押し寄せてきて、妙に落ち着かない気分になって、竈の前を何度も意味不明にウロウロと歩き回った。



「これを、リナが……?」

 湯気をたてる皿を前にして、ファリス様の声が僅かに震えている。そんな反応を見てしまうと、旅の間にどれだけ酷いものを食べさせてきたのかと罪の意識に苛まれる。

「……あの、食べる気がしないのなら口をつけなくても大丈夫ですので」

「いや! いただこう」

 意を決したようにスプーンを手に取り、すくったスープを口に含んだファリス様の動きが一瞬止まった。

「どう、でしょうか」

「美味い……!」

 やや呆然としたように呟いたファリス様は、そのままポカンとした表情で私を見つめた。

「これを、本当にリナが……?」

「はい」

 頷きながらも、何だか複雑な気分になる。そりゃあ、以前の腕前からしたら信じられない気持ちも分かるけれど、さっきから私が作ったって言っているのに。

「驚いた。一体いつの間にこんなに料理が上手くなって……」

 そう言い掛けたエドワルド様が、自分の言葉を否定するように首を横に振った。

「随分と苦労したんだろうね。独りで何もかもしなければいけなかったんだから」

 辛そうに目を細めるエドワルド様に、慌てて笑顔を浮かべながら首を横に振る。

「確かに、最初は苦労しました。でも、あの旅の後でしたから、そんなに苦でもなかったんですよ。それに、近くの村の人達にも助けて貰いましたから」

 すると、いきなりファリス様がテーブルに拳を叩き付けた。大きな音と共に皿やコップが跳ねて耳障りな音が響く。

 突然のことに驚き過ぎて顔が強張る。私、何かファリス様の気に障るようなことを言っちゃったんだろうか。

「ファリス!」

「……すまん。……少し、頭を冷やしてくる」

 エドワルド様に窘められたファリス様は、そう言って席を立ち、外へ出て行ってしまった。

「ごめんね、リナ。別にファリスはきみに怒っている訳じゃないんだ」

「そう、でしたらいいんですけど」

「魔族の国から戻った後、きみが城から姿を消したことを、僕たちはしばらく気が付かずにいた。その上、今の今まで、まさかこれほど不便な環境で暮らしていたとは思ってもみなかった。その時のきみの苦労を思うと、ファリスは自分自身が許せないんだよ」

「……そんなつもりで、料理を作った訳じゃなかったんですけど」

 俯きながら拗ねたように呟くと、エドワルド様の笑いを含んだ声が返ってきた。

「勿論、分かっているよ。それにしても、こんなおいしいものを食べられるなんて久しぶりだね」

「味付けは、城の料理長に教わった方法を参考にしたんです」

「なるほど、どうりで。……フフ、こんなに美味しい料理を作ってくれるなら、毎日でも来て欲しいな」

 エドワルド様に満面の笑みで目を輝かせながらそう言われ、キュンと胸が高鳴る。だって、エドワルド様は以前と違って日に焼けて逞しくなって、見た目が男らしくなったから、以前は全く気にならなかったのに、何だか異性としてちょっと意識してしまう。

 その時、閉まっていたドアが音高く開いて、ファリス様が飛び込んで来た。

「そんなことさせるか!」

「はいはい、分かっているって。分かっているから、スープが冷めないうちに入ってきて食べなよ」

 エドワルド様に簡単にあしらわれて、ファリス様はすごすごと席に着き、スープを口に運んでは何度も美味いなとしつこいぐらいに繰り返していた。


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