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マリカだったらよかったの?  作者: 橘 珠水
第1部 マリカだったらよかったの?
10/135

10.オシャレをしてみた結果

 部屋に戻ると、出て行った時と比べて明らかにヨレヨレになっている私を見て驚いたハンナさんによって、訓練着を剥ぎ取られて浴室に放り込まれた。

 まだ痛い箇所を庇いつつ、いい匂いのする石鹸を泡立てて身体を洗っていると、あの訓練場での素敵な出会いを思い出した。

 トライネル様の凛々しいお姿と優しい笑顔を思い出して、ムフフ、と、思わず含み笑いが漏れてしまう。

「……素敵な人だったなぁ。……また会いたいなぁ」

 浴室の熱気も相まって、熱に浮かされたみたいにぼうっとしてしまう。

 お風呂から上がると、ハンナさんがいい匂いのする軟膏のようなものが入った容器を手渡してくれた。体に塗ると保湿効果があり、花の香りが気分を晴れやかにしてくれるそうだ。有り難く受け取って、薄く延ばしながら体中に塗ると、本当に気持ちが華やいでくる。

「……ねぇ、ハンナさん」

 いい匂いに包まれ、鏡台の前に座る。丁寧に水気をとった私の髪に香油を塗りこんでくれているハンナさんに、フワフワした気分でついこう尋ねた。

「何でしょう?」

「綺麗になるには、どうしたらいいの?」

 突然、ぐっ、とハンナさんは息を詰まらせ、激しく咳き込んだ。

「え、……あの?」

「ゴホッ、いえ、ッホ、申し訳ありません。それはつまり、お身体のお手入れ方法やオシャレの仕方を知りたいということですね?」

「はい」

 元の世界でも綺麗になろうと努力したことはなかったし、専門雑誌やネットなんてないこの世界では、何もかも誰かに教えて貰うしかない。

「どなたかを意識されてのことですか?」

 綺麗になりたい理由をストレートに言い当てられて、思わず顔が真っ赤になる。

「では、若い侍女仲間にも協力させましょう」

 満面の笑みを浮かべたハンナさんが、フフ、もしかしたらあの御方にも春が……、と呟く声が微かに聞こえた。……ん? 何のことだろう。

 首を傾げつつ、恥ずかしさで真っ赤になっている自分の顔を鏡で見ながら、こんな風に誰かの為に綺麗になりたい、と思うのは初めてかも知れない、と思った。


 ――あんたが髪を伸ばしても、マリカちゃんみたいにはなれないんだよ?

 母にそう言われたのは、確かマリカが引っ越してきて二か月ほどの頃だった。

 男兄弟に挟まれた私は、小さな頃から彼らと一緒に近所の理容院で散髪してもらっていた。けれど、マリカが彼女の母親と一緒に街の美容院でカットしてもらっていると聞いて、私もそうしたいと訴えたのだ。

 きっと、マリカがあんなに可愛いのはオシャレだからだ。私だって同じことをすれば、同じように可愛くなれるに違いない。当時は本気でそう思っていた。

 だから、もっとオシャレな所で髪を切って貰いたい。いつも男の子みたいなショートカットに散髪されていた髪をマリカみたいに長く伸ばしてみたい。そう理由を告げると、返ってきたのが先程の答え。目の前から、希望の光がスウッと消えていくのを感じた。

 今思えば、私みたいに髪の量が多くて硬めの髪質だと、伸ばしてもマリカみたいなサラサラストレートヘアにはならないと母は言いたかったんだろう。でも、当時の私は、お前は何をしても無駄だと言われたような気がしたのだ。

 同じように、マリカのようにたくさんフリルのついた可愛い服が欲しいと衣料品店でごねた時も、こう言われた。

 ――お兄ちゃんが着られなくなったTシャツがあるでしょ? リナはそっちのほうが似合うわよ。

 当時、私はマリカが着ていたそのフリルいっぱいの服がブランドもので、Tシャツが十枚以上買えてしまう代物だということを知らなかった。それに、当時中学校から有名私立の進学校に進んだ兄の学費を捻出するため、家計に余裕がなかったことも。

 私は元が悪いから、磨いたってマリカみたいに光らないし、磨くための経済的な余裕もないんだ。

 段々とそういう諸事情が分かってきて、恋することにも消極的だった私は、輝く為の努力を早々に放棄していた。

 いいんだ、別に。私はマリカじゃないんだから。どうせ、何をしたって、マリカには敵わないんだし。

 思い通りにいかない現実を受け入れる時、いつも私はそうやって自分に言い聞かせていた。

 でも、結局そんなのは、努力しない言い訳でしかなかったんだ、と今になって気付く。

 トライネル様と出会って、こんなダメな自分を変えたくなった。あの御方の目に映る自分が、出来得る限り最高の自分でいたいと思う。

 そう遠くないうちに魔族の国へ旅立つことになるだろうから、トライネル様とも会えなくなるだろう。でも、それまでにできるだけトライネル様にお会いしたい。お話をしてみたい。その為にも、綺麗になりたい。あの御方に見られても恥ずかしくないように。

 ……ああ、何て切ない気持ち。でも、何でこんなに幸せなんだろう。


 すっかり遅くなった昼食の後、ハンナさんが連れてきた二人の侍女は、今城内で流行っている髪型や、私の顔を一番魅力的に見せるメイクの仕方、お肌のお手入れ方法、そしてお洒落なドレスの着こなし方から小物使いまで事細かに教えてくれた。

 何故か私以上に張り切っているハンナさんの提案で、訓練着まで女性らしいデザインのものにオーダーメイドしてしまった。お支払いについては心配する必要はないと言われたけれど、一体誰が出してくれるんだろう……。

 ああでもない、こうでもないと、施したメイクに合う髪型をいろいろと模索していると、また誰かが訪ねて来た。

 えっ、午後からもまた訓練に来いっていう呼び出し?

 覚悟しながら、応対に出たハンナさんを待っていると、戻ってきた彼女の後ろについてやってきたのは、何と両手で大きな荷物を抱えたリザヴェント様だった。

 突然の訪問にも、その荷物を抱えた姿にも驚かされたけれど、リザヴェント様がこっちを見るなりその荷物をドサッと床に落としたのにはもっとびっくりした。

「大丈夫ですか?」

 ぎょっとして、足の上に落としちゃったんじゃないだろうかと慌てて駆け寄ると、幸い荷物は恩師の靴先からやや離れたところにあった。

「……あ、ああ」

 ぎこちない動きで頷いたリザヴェント様は、いきなり私の目の前に何かを突き出した。

「あ、剣。もしかして、これを取りに行ってくれていたんですか?」

 それは、田舎の家に置き忘れていた私の愛用の剣だった。多分、ハンナさんが知らせてくれたのだと思うけれど、まさかリザヴェント様自ら取りに行ってくれるとは夢にも思わなかった。

「ありがとうございます」

 思わず、胸がジーンとしてしまう。

 リザヴェント様は普段でも怖いし、怒るともっと怖いし、無口で何を考えているか分からないし、突飛な言動や行動も多いけれど、今みたいに時々意味が分からないほど優しい時もある。

「あと、これは何ですか?」

 ふと足元の荷物に目をやれば、それは麻布で包んだ上から荒縄で縛っているという、高貴な御方が持ってくるには不自然な代物だった。

「これは、……お前にと」

「え?」

「……集落の者たちが、これを」

 視線の先にある荷物は凸凹していて、ちょっと持ち上げようとしてみても重くてビクともしない。

 こんな重いものをここまで抱えてきてくれたんだ。

 リザヴェント様に何てことをしていただいたんだろう、と慌てて顔を上げると、何だか顔色が悪い。おまけに、いつもきっちり着込んでいる魔導師の制服の胸元が乱れ、よく見ればボタンが一つ取れかけている。

「リザヴェント様、ボタンが……」

 立ち上がりつつそのボタンに手を伸ばそうとした途端、ハッ、とリザヴェント様が息を詰めた。その反応に驚いて手を引っ込めると、リザヴェント様が突然ご自分の口元を手で押えた。

「…………すまん。失礼する」

 突如、息苦しそうに喘いだリザヴェント様は、いきなり踵を返して部屋を飛び出していった。

「ああっ!……んもうっ!」

 突然、何故か地団太を踏むと、その後を追うハンナさん。

 一体何が起きたのか分からず、二人の姿がドアの向こうに消えるのを、口をポカンと開けたままただ呆然と見送った。

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