前編
2~3話で終わる予定です^q^
…私の家には…
得体の知れないものがいる。うん、その表現は決して間違っちゃいないと思う。
そう決して…。
◇◆◇
「ただいまー」
片手にコンビニの買い物袋を携えて、誰も居ない筈の賃貸ワンルームマンションの扉を開き、帰宅の声を投げてみた。
夜八時なので、部屋の中は暗い筈なんだけど、照明は灯っていた。
その時点で覚悟はしていた。
けども、私は祈った。
どうか返答がありませんように!
「お帰り。遅かったな」
うひゃー! 返ってきた! 返事があった!
希望を覆し、今日も耳に心地よいトーンの青年の声が返ってきた。
…をい、本当に毎日だったよ…。
ここは、都内の賃貸ワンルームマンションの5Fの一室。今や標準装備の家具付き、エアコン付きの。
ワンルームだからして、人とシェアするはずもなく、私だけの部屋だった。
親元を離れての大学生活。高校を卒業したばかりなので、一人暮らしをするにも、セキュリティーのしっかりしたところを親とともに選んだ。
周りの住環境もよく、近くには警察署もある。
学費とマンションの賃貸料だけは親から出してもらって、生活費は自分のアルバイトで捻出していた。
と、ここまで言えば、私が貧乏学生だとお分かりになってもらえると思う。
なので、私の部屋は無駄な家具は置けない置かない、ほぼ寝るだけの部屋。(必要な電化製品は最初から置いてあるから買い足す必要はなし!)
そして、ワンルームだから、余剰人員なんか住まわせることのできない狭い部屋だった筈なのよねー。
なのに…なのに…
一人暮らしワッショーイ!と勉強とアルバイトをしながら生活していたら…いつしか私の部屋には…得体の知れない『それ』が毎日現れるようになっていた。
いや、住み着くようになってしまっていた。…
「いつ、お前が帰ってくるか判らぬから待たせてもらっていた」
今日はいつから居たんだろう。
朝、この部屋を出るときには居なかったから夕方からかな。
『それ』はコップに入ったミネラルウォーターを一口飲んでいた。
…をい、人の冷蔵庫を勝手に漁ったな、こいつ…。
『それ』はソファーに座って、優雅に足を組み、金色の背中まである髪を流し、コップを優雅に傾けていた。
黙って座っていれば、その様はまるで映画か何かに出てくる王侯貴族のよう。
『それ』の容姿が整っていることもあって、ここが私のワンルームマンションだとはとても思えない。
…私は、どこに紛れ込んでしまった?と一瞬混乱する。
だけどよく見ると、『それ』が座っているソファーは、マンションに備え付けの安物のソファーだ。
うん、間違いない、ここは私の部屋。
けどな…私のワンルームマンションの安いソファーが一瞬豪華なソファーに見えたよ、ママン。
うん、…気品っていうの? なんか、辺りに漂ってますよ!
中身は非常に残念なのにな!
…一応、そのミネラルウォーターは、その種類の中でも美味いといわれるやつなんだけど、それでも、『それ』の国に流れる源泉の水に比べたら多分格段に味は落ちるんじゃないかな。
前に聞いたとき、ここは空気も水も汚れているとか抜かしてたからなー。
だが、そんな素振りは見せずに、『それ』は美味そうにコップの水を飲み干した。
…まあ、そうしてもらわないと、私のバイト代で買える中では、高級に属するそのミネラルウォーターなので、不味いと言われたら発狂する。
「不機嫌だな。何かアルバイトとやらで失敗したのか?」
私の神経を逆なでするような上機嫌な声で、『それ』は私に尋ねてきた。
不機嫌? うん、私は不機嫌だともさ。
勝手に人の部屋に不法侵入して寛いでいる『それ』を今日も見てしまったら、そりゃあ不機嫌になっても仕方がないでしょう!
私は『それ』にも判るようにあからさまに盛大な溜息を吐き出した。
声の主は、ちゃんと鍵をかけた私の部屋に毎日勝手に入ってくる。
うん、セキュリティーばっちりのワンルームマンションな筈なのに『それ』は鍵も開けずに違うところから、毎日勝手に入ってくるんのよーーーーーーー。
私の部屋の壁にわけの判らないドアを取り付けて、そこから入って来るのよー!
そう!例えていうならドラ○もんの『どこで○ドア』を我が家に取り付けて、そこから入ってくる状態。
どこに飛ばされるか怖いから、私はそのドアには一切触れてないから、真偽のほどは判らないけど、確実に『それ』…ううん『その人』は入ってきてます、そのドアから。
その扉開いて、自分の行きたい所にいけるなら開いてみたい好奇心はあるけどねー。
ま、そんな事はおいといて、『それ』の質問に答えるとするか。
「…別に失敗なんかしてないですよ。はい、これを待ってたんでしょう?」
私は、人の部屋で勝手に寛いでいる『その人』…外見イケメン中身残念様にコンビニ袋を渡した。
「おおっ! 確かに待っていた! おっ、これは昨日とはまた違った品だな、楽しみだ」
外見イケメン中身残念様が嬉しそうにコンビニ袋を覗き込んだ。
そして、いそいそと勝って知ったるこの部屋のキッチンに向かっていった。
ここは日本。A県の普通のワンルームマンション。
ああ、今日も残念な光景を見てしまうのね…と、私は数日前を思い出して、項垂れたくなった。
◇◆◇
数日前の夜、一人で寛いでいたところにその異変は起こった。
TVの後ろの壁がいきなりぐにゃりと歪んだのだ。
私は一体何が起こった!?と思って、そのとき食べていたカップめんを零しそうになった。
そして、『それ』は、その歪んだ壁の中から現れたのだ。
『…ここに俺の求める知識の泉はあるのか…』
最初は、『それ』が何を言っているのか判らなかった。
聞きなれない異国の言葉に聞こえた。
『それ』は、部屋を睥睨して私に気づくと、部屋に土足で(そう土足だ!)一歩踏み込んで私を指差しのたまいやがった。
『この部屋の持ち主か、お前は?』
「は? 何を言ってんのかわかんないわよ? それよりどちらさま? 人の家に不法侵入…だよね? うん、不法侵入してきて!」
『む。…言葉が判らぬな。お前、言語魔法は使ってないのか?』
「だから、何言われてるのかわかんないわよ!」
『…本来なら、この俺の国の言葉にお前を合わせるのが妥当な所だろうが、ここは異世界らしいから、お前の言葉に合わせてやろう。少し、知識を貸せ』
と『それ』は、人差し指を私に向けて、その指先から何かを放った。
その瞬間、私は後ろのベッドに思わず倒れていた。
…何故だか判らないが、一瞬気も失っていたようだった。
そして…
気がついた時には、『それ』が私のまだ少ししか食べていなかったカップめんをずるずると食べていた。
アルバイト代がジリ貧状態で購入した私の夕食がーーーーーーーっ!!?
「あなた! 私の貴重な夕食を!?」
私の夕食のカップめんを、あろう事か『それ』は食っていた。
給料日前の貴重な夕食。
しかし、哀れにも、既にそれは残り僅かのスープだけになっていた。
「あ…ああっ…私のカップめん…」
スープだけになってしまったそれを見て、私は涙が零れそうになっていた。
たかがカップめんとお思いだろうが、給料日前では、「されどカップめん」なのである。
少ない出費で割合おなかが膨れるそのカップめんは、給料日前の貴重な私の栄養源なのだ。
涙零したっていいだろう。
私は、打ちひしがれてしまった。
「…お前の夕食だったか? それはすまなかったな。だが、俺はとても満足だ。美味かった」
非常に嬉しそうに、顔を綻ばせながら『それ』は言った。
人のものを勝手に食ったというのに、罪の欠片も感じさせない極上の笑顔を浮かべて。
当然私はカチンと来る。
これでこなかったらよほど出来た人間だ。
「『美味かった』じゃあないわよ! 勝手に人の部屋に入ってきて、その上、人のものまで食べるとか…あんたは鬼だ! 悪魔だ! 信じられないっ!」
怒鳴ってしまったが、そんなことより他に問いただす事があるだろう私。
そう、さっきまで全く言葉が判らなかった外人が、今は流暢に日本語をしゃべっていた事とか、何で私の部屋の壁が歪んで、この外人が現れたのかなど、山ほどあったんだ。
しかし、食べられてしまったカップめんに対する怒りが勝ってしまっていた。
「勝手に人の部屋に入ってきて、そして、人の物を更に食ってしまうとかどんだけ卑しいんだ、あんたは!」
「そうは言われてもあれだけ美味そうなにおいを嗅いでしまったら食べないとなあ」
「何が『美味しそう』だ! 人のものを勝手に食うな!」
イケメン外人は、ちゃぶ台の前で正座をしながら、それでも余り罪の意識が増した気配はなかった。
「…お、落ち着け、私。カップめんはまた後で買いなおせばいい。うん、まだ財布の中には、あと2~3日は食い繋ぐだけの金はあるんだ。…って、あれ? そう言えば、何で言葉が通じているの? さっきはこの人がしゃべっている言葉が全く判らなかったのに」
ここに来て、漸く私はこのイケメン外人と言葉が通じていることに思い当たった。
どんだけ鈍いんだ、私…。
「おい、そこの夕飯泥棒かつ不法侵入者。さっきは言葉が判らなかったのに何で急に判るようになった? それとも日本語を話せるのに話せない振りをしていたの?」
「ん? お前の知識を借りてこちらの言葉を習得しただけだが?」
「私の知識から言葉を習得? 訳が判らん」
「言語魔法だ。意思疎通を円滑にする為にお前の知識から学び、覚えたということだ」
「言語魔法?…」
「そうだが? こちらの世界にも魔法はあるだろう?」
…頭痛い。
魔法とか言い出した。
この世界のどこに魔法なんか存在するんだよ?
というか、ひょっとしてこれはあれか?
英語を聞き流すだけで覚えるとかいう言葉の教材のセールスなのか?
たったあれだけの言葉でここまで流暢に話せるようになるという事は、それはそれで確かにすばらしいが、絶対にそれのセールではないだろう。
くっ、やはり頭が痛い。
セールスなんぞいらんわ!
まあ、どっちにしろ、壁を歪ませて部屋に侵入してきたこの人は怪しさ120%。
何しろ、私のテレビ側の後ろの壁向こうに部屋はないのだから。
私の部屋は五階の角部屋にあり、問題の壁の後ろは空中だ。
足場になるようなものも一切外壁には存在しない。
そんな状態で、どうやって壁抜けしてこれるのかというのだ。
驚かせる趣旨のテレビ番組だとしても、壁をぶち抜いて入ってくるなど常識の範囲を超えている。
たとえ、大家の承諾があったとしても。
そして、歪んで見えた壁は…今は元の壁に戻っている。
…私はイリュージョンか何か見せられたのか?
私は天を仰ぎ、次は何を聞くかと一瞬考えた。
そして、やはり壁から侵入してきて、今は元の壁に戻ってしまったことを聞くべきだろうと思った。
「…そこの自称魔法使い。…テレビの後ろの壁から現れたのは、イリュージョンなの?」
「イリュージョン? なんだ、それは?」
「聞いてるのは私なんだけど」
「そういわれても『イリュージョン』が何か私には判らない」
「そこの壁から不意にあんたは現れたでしょうが! ちなみにそこの壁の外には部屋はない! 空中になっているの! そして、そこの壁は今元に戻っている! それを聞いているのよ! 頼むからいい加減にまともに私の質問に答えてほしいものだわ!」
私、泣いてもいいかなあ。
日本語がちゃんと通じないんだもん、この人。
うん、泣いても誰も咎めないと思う。
なんとなく挫折感を味わっている私の心中なんかお構いなしに、外人さんはテレビの後ろの壁を振り返った。
そして「ああ」と一つ頷いた。
「そこの壁というと、先ほど俺が居た世界から空間を繋げて入ってきた道の事だな。今、壁が元に戻ったように見えているのは、俺以外の者がここに来ては面倒な事になるから一時的に閉じただけだ」
はい? 閉じただけ? そんでもって空間を繋げた?
ますます意味が判らないんですが、先生…。
私は再び天を仰いだ。
◇◆◇
…そして、現在。
その日から、そのイケメン自称魔法使いは私が帰宅する頃には毎日居るようになっていた。
うん、何でそんな事になっているか、判んないよね?
うん、いろいろあってね、あはははは。
まあ、あの時、この目の前の魔法使いに聞いた話を纏めると、この人は、今私が住む世界とはまったく別の世界に住んでいる大魔法使いらしいという事だった。
最初は何言ってんだと思ったよ、私も。
この世界に魔法なんてあるはずねーだろ、そんなのファンタジーの話の中だけにしとけよと私も思った。
そう思った私の目の前で、あいつはその「魔法」って奴をいろいろと実演してくれたんだよね。
◇◆◇
「信じられぬというか?」
「当たり前じゃない? そんなの信じるのは小学生まで、もしくは厨二病をこじらせた人だけよ。空間をつなげてこの世界にやってきた? 大丈夫なのあんた? 空想も人んちに侵入するほどになってくると、病気よ。病気! 警察呼ぶ前に救急車を呼んでやるわよ。一回医者行ってこい」
私は警察呼ぼうか、救急車を呼ぼうかと悩みながら携帯電話を掴んでた。
ま、その指はまだボタンを押しちゃいなかったが。
その私を見ながら、その魔法使いはにやりと笑った。
「幾つかの世界を渡ってみたが、どこの世界でも最初は魔法使いがいない世界では、俺のことを狂人扱いしてくれたな。ここでもそうか。これまで、俺のことをそう言って馬鹿にした奴らには、電撃をひとつ礼代わりに放ってやって、二度と行かなかったが、お前には一食の恩義がある。…良かろう。お前が望む魔法を今ここで見せてやろう」
「私が望む魔法? んなもん、急に言われても浮かぶかい。…あー、そうねえ。あんたが食った私の分のカップめん、私の夕食が消えてしまったから、冷蔵庫に入っている人参の切れ端とか菜っ葉の屑とかを作って、豪勢な食事を作って頂戴。そうしたら信じてあげるわ」
ふふふ、冷蔵庫の中には、本当に食材なんか入ってないのだ。
カットした人参の僅かの残りとか、零れ落ちた菜っ葉一枚とか、肉となったらベーコンが一枚冷凍室に保存してあるぐらいだわ。
中身の少なくなった冷蔵庫を覗くのが悲しくて、最近余り覗いてないけど、これといった食材が入ってないのは熟知している。
そんな食材を使って、豪勢な食事を作り上げたら、魔法使いではなくて食の魔人と認定してあげよう。
そして、私ははよ作って来いといわんばかりに『冷蔵庫はあれだ』と指差してやった。
「そんな簡単な事でよいのか?」
自称魔法使いのイケメンは私の言葉ににやりと笑った。
をー、たったあれだけのきれっぱしの食料でフルコースでも作れるのかしら?
ん~、じゃあ期待させて頂こうか?
私も魔法使いの言葉ににやりと笑って見せた。
魔法使いは、「俺が今からすることをよく見ておけ」と尊大そうに告げると、指を一本立て、私の後ろの例の壁に向かい、判らない言葉呟き始めた。
淀みないなだらかな異国の言葉。
宙にくるくると何か文字を書くようにも呟いての異国の言葉だった。
それをふ~んといった表情で眺めていた私だったけど、その頭の中は、「をを、それらしく見えるじゃん。最近のマジックはこんなもんなの?」といったものだった。
そして、それは背後から聞こえてきた言葉で、吹っ飛ばされてしまった。
「お呼びですか? 主様?」
「うわっ!? な、なに!?」
断言しておこう! この部屋にはさっきまで、私とこの自称魔法使いしかいなかったんだ。
もとより私一人だけの部屋で、他人を給料日前に呼んで一緒に飯を食うとか言う余裕なんて全くなかったのよ。
それが、背後からのいきなりの見知らぬ他人の声。
驚いても仕方ないでしょう。
私は、驚きのあまりにばっと横に飛びのいて、声の方向に振り向いた。
TVの右後ろの壁にドアが出来、白いワイシャツブラウスと黒のズボンに身を包んだ14・5歳ぐらいの栗色の髪、碧の目の少年が胸を手に当てて立っていた。
ド、ドアが出来てるよ…
そこからまた人が出てきたよ…
マ、マジモンの魔法使いさんですか?
私の困惑をよそにイケメン自称魔法使いは、その少年に何事か伝えた。
まあ、状況から言って、冷蔵庫の惨憺たる食材で料理を作れということだろう。
少年は、キッチンを一瞥して、ふっと一つ息を吐くと「了解しました」とキッチンへ入っていった。
………をいをい、何で少年がここに急に現れたのかとか、私に紹介はしないのかとか、あんたが作るんじゃないのかよ?とかいった私の疑問にきっと答えるつもりはないのですね、まいいけど?
…この部屋での私の存在意義は一体なんでしょうか、ママン…