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sen.  作者: 白井 滓太
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千の千

『千ちゃんは凄いね』

 最初にそう言ってくれたのは、十姉だ。

 たしか、小学生の時に書いた、読書感想文を読んでもらった時だったと思う。

 両親は、いつも十姉と百姉の話ばかりだ。その十姉に褒められた事が、とても嬉しかった。以来、私は読書感想文や作文を書く度に十姉に見せた。喜んで読んでくれているのを見ると、次のモチベーションに繋がった。

 ……けれど、それでもまだ足りない。私を、もっと褒めて欲しい。その為に、日記を書く事にした。中学に上がった頃の話だ。しかし、問題があった。それは、友達がいなかったことだ。妹が学校で友達がいないと知れば、十姉は悲しむだろう。

 なら、どうすればいいか。簡単だった。私の学校生活を愉快なものに創作してしまえばいい。そう思い、書き出したのは、自分を酷く傷つけるものだった。すぐには、見せることができなかった。いつか、良心が痛まなくなった時に読んでもらおうと書き溜めた。

 十姉が家を出たのは、それから少し後のことだった――。


 ◇


 生活は、すっかり変わっていた。学校に行っている間、今日書く事を考え、帰り着くとすぐにノートパソコンを起動させて、書き始める。

 文章を書き終え、よく見直した後投稿する。

 最初は、原文のままに書き込んでいた日記も、少しづつ書き方を変えていった。

 基本は大切だ。一話完結の中に起承転結を考慮しつつ、物語に山を作り谷を作った。

 物語を書く側というのは難儀なもので、『書きたいものが書ければ満足だ』と思ってしまう節があるように思う。だが、読者は当然『読みたいもの』を求めている。この二つは、早々相容れないものだ。人によって好きなジャンルも嫌いなジャンルもまるで違う。

 そこで私は『自分が読みたいもの』を意識して、書くようにした。

 また、読書に関しても、嫌いなジャンルを積極的に読むことにした。苦手なもの、嫌いなものというのは、読者だった時には考えもしなかったが、書き手にとっての可能性を狭めてしまう要因だと思う。アイディアというのは、多い方が強みになるものだ。得てして、文章力に乏しい人は、自分の好きなジャンルしか見ようとしていないように思う。書き手というのは、それではダメだ。

 ……作品のページを開き、来ている感想に対する返事を一つ一つしていく。

 読み手から書き手に回ったことで、大好きな読書の時間は、少なくなってしまった。読むとしても、サイト内の作者の作品くらいだ。

 いつから、こうなってしまったのだろうか。

 ……返事を書き終えても、パソコンを閉じることはない。

 今度は、感想をくれた作者の作品を読み始める。

 コミュニケーションを取らなければ、人と人との繋がりは生まれない。プロの作品なら話は別だが、所詮アマチュアの作品だ。その上で自分の作品を見てもらうには、仲間を増やすのが手っ取り早い。

 読んでくれる人は、次第に増えていく。比例して、感想を貰う事も増えた。

 嬉しかった。私の事を覚えていてくれる人がいるのは。

 だけど、人は忘れる生き物だ。悲しいことも嬉しいことも、全てを覚えて生きるには、か弱すぎる生き物だ。

 忘れられないように、私は書き続けた。日に何度も更新することもあった。それは、ある種の麻薬のように、私は他者との繋がりにすっかり依存してしまっていた。

 部屋の中に、キーボードを叩く音だけが響く。

 外は、寒気が一層厳しくなり始めている。

 少し小休止を挟もうと、チロルチョコを一口齧った。気づけば、もう夜も更けている。

 ……最近、部屋でちょこの姿を見ることは、無くなっていた。


 ◇


 書いても書いても、足りなかった。

 もっと他人に読んでもらいたかった。

 ……その気持ちが一人歩きしはじめた頃、私は文章が書けなくなってしまっていた。

 書き始めた頃は、書きたいものが次から次へと湧き出していたのに。

 考えすぎているからだろうか。他人からの評価を見るのが、怖くなってしまった。

 期待に応えるように書こうとしても、期待に応えられなかったら、どうしたらいいのだろう? 中には、心無い評価や感想を送ってくる人間もいる。そういう声は、特に大きく聞こえるものだ。それを聞こえないフリができる人は素直に羨ましく思う。

 頭が痛い……。

 頭痛が止まず、ガンガンと鐘を打つような鈍痛に頭を押さえる。

 それでも、パソコンに向かうのは止めない。けど、更新が滞っている人物の作品は、やはり見向きもされない。

 この状況は、八方塞がりと言うのか、もしくは、四面楚歌というのか。世界は、私が思っているより、私に興味がないんだ。

 ……頭が上手く働いていないのを感じ、一階に降りて、痛み止めを飲んだ。少しでもこの痛みから抜け出せるように、いつもより多めに。

 しかし、それがまずかったらしく、今度は目眩と猛烈な吐き気に襲われる。

 コタツで体を温めながら、空腹で服用したのがいけなかったのだと思い、チロルチョコを二本食べた。

 何のお知らせも来ていないユーザーページを暫く眺め、他の作家の作品を覗いていく。

 感想の、たくさん載った作品だ。それは、私から見れば羨ましい以外の何の感情も湧かなかった。

 行き過ぎた羨望は、次第に嫉妬に変わる。

 嫌な感情だ。人を馬鹿にするくらいなら、自分が馬鹿にされた方が何倍もいい。

 ……それはわかっていた。わかっていながら、気が付くと私は、その作品に辛辣なコメントを載せていた。悪い言い方をすれば、暴言だ。

 ――意識が、朦朧とする。これが、現実なのか? 私は今、何をしているんだろう?

 感情のままに、次々と暴言を書き込んでいた。全ては、ただ注目してもらいたいが為に。

 ――この『せん』は、誰のものだ?

 注目されている作者に、自分を慕ってくれている作者に、目に付いた作者全ての作品に、今まで思ったことさえないような暴言を書き込んだ。

 ……感想は、少し遅れて来る。皆、静かに怒っていた。

 当たり前だ。作品というのは、自分の子どものようなものだ。手塩にかけた子を馬鹿にされて、怒らない親はいない。私自身、考えて考えて、気が狂いそうになるまで考えて、書いた作品なんだ。

 送られてきた文章を一つ一つ読んでいく。どれも、怒りに満ちた言葉ばかりだった。

 けれど、その中で一通だけ自分を励ますような言葉が目に入る。

『あなたの小説、私は好きです。多分、今は疲れているのだと思いますよ。また続きを書いてくれるのを待っています』

 短い文章だったけれど、それは今の私を一番苦しめるものだった。

 涙が、溢れ始める。十姉が亡くなった時に、もう一生分流したと思っていたのに。

 小さな画面の前では、こんな感情も、届くはずがない。

 手のひらを握り締め、堪らず、パソコンの前に俯せる。


 ……違う。違うんだよ。


 私が、本当に読んで欲しかったのは、

 ずっと、読んで欲しかったのは――――!!



 ちくしょう、ちくしょう……。


 ◇


 目が覚めると、朝になっていた。

 いつの間にか眠ってしまったらしい。

 寝ぼけた頭を抑える。頭痛は、収まっていた。

 学校に行かなくては。布団から出るとつま先から一気に体が冷えていき、堪らず椅子にかけていたカーディガンを羽織る。

 そして、部屋から出ようとした時、ふと思った。

ところでこれは、どっちの『せん』なのだろう?

 訝しげに思いながらも、学校へ行く準備をして、玄関を出た。

 冬の木枯らしに、雪迎えが|朝、コウちゃんと待ち合わせた

 空を舞っていた。今日も寒|ワタシは、並んで歩き、

くなるのだろう。私は、人ご|今日も二人で学校に行きました。

みというのはあまり好きでは|「今日も暑いな」と隣で

ない。背が小さいというのも|呟きながら夏服のシャツを

理由の一つだが、人とぶつか|パタパタと扇ぐ、頬に汗が

らないように神経を使うのが|流れているのが見えます

、特に嫌いだ。けど、そのせ| 夏は、嫌いです。汗臭くなるから。

いで自転車通学に切り替える|隣で「帰りたい、帰りたい」

ほどの根性もなく、家から遠|とのたまう幼馴染を励ましたり

い学校にしか受からなかった|今日は何をしようか

た自分の頭の弱さを悔いるし|話したりしていると

かなかった。一週間の始まり|駅に着きました。話しながらだと、

はいつもこうだ。何かと卑屈|時間が過ぎるのはあっという間です。

になっている気がする。……|改札で、小学生に間違われたワタシを、

 ……何も考えず歩いていく|コウちゃんはからかいながら、

と、いつの間にか人が増えて|構内に入ります。

いることに気づく。考え事を|人がたくさん並んでいます。

している間に駅周辺に着いて|毎朝の事です。適当に列に並び、

いたようだ。 人がたくさん|二人で話していると、

行き交う中、駅構内へ入って|地下鉄は涼しい風を

いく。 数分待つと、地下鉄|運んできました。

はすぐにやって来る。風を巻|一席空いていましたが、

き上げ停車しドアが開いた。|二人で譲り合っていると、

席が空いている時なら読書を|他の人に取られてしまったので

始めるのだが、生憎、今日は|ポールに掴まり立っています。

身動きすら取れないでいた。|「めんどくさい」と

 校門が見え始めると、気分|まだのったまっている幼馴染に

は一気に沈んだ。あぁ、今日|「今日はバレーボールがあるよ?」と

からまた退屈な学校生活が始|言うと少しだけやる気を

まる。吐き気を催すほどの生|出してくれました。

徒の波に紛れながら、私は一| そのまま、教室へ。

   歩、校門をくぐった。|二人で入っていきます。

(……あれ?)

 違和感に気づく。

(どっちが現実なんだっけ?)

「あ」

   校門をくぐった私は、|教室へ入ったワタシは

「あああああああああああああああああああああああああああ!!」

 来た道を戻り、走り出した。


 ◇


 目が覚めると、朝になっていた。

 いつの間にか眠ってしまったらしい。

 布団から這い出ると、一気に体が冷えたので、カーディガンを羽織る。

 ……ふと、その行動に既視感を覚えた。

 何か、前にもこんな行動を取った気がする。

 自分の記憶に不安を覚えつつも、学校へ行くために一階へ降りた。

 そして、そこに立っていた人物に目を疑う。

「十、姉……?」

 名前を呼ぶと、優しく微笑む。

 変わらない。あの笑顔だ。いつか、私を褒めてくれたような……。

 すぐに駆け寄り、抱きつきたい衝動を抑えて、冷静に考える。

 何で、十姉がここにいるのか、と。

 少し考え、気づいた。

 あぁ、これは夢か、と。

 どうも先程からおかしいと思っていた。あれだけ酷かった頭痛も目眩も、嘘のように治っているし、吐き気もない。覚えているのは、痛み止めを多めに飲んだことぐらいだ。……もしかしたら、私は既に死んでしまったのかもしれない。

 ならば、これは今まで嘘を吐き続けてきた私に対する罰だと思うことにした。

 ここは地獄だ。そして――

 十姉は、ゆっくり口を開く。

『千ちゃん?』

 ――あの声は、悪魔だ。

 だから、お願いだから、その姿で私に話しかけないでくれ。私に、ほほ笑みかけないでくれ。

『どうしたの? 座ったら?』

 抵抗は……もう、わかってる。立ち尽くしている私は、その言葉に従うしかなかった。

『何か食べる?』

「……」

『……せっかく会えたのに、何も話してくれないの?』

 向かい合う、十姉の姿をした悪魔は、残念そうに顔を曇らせる。

『でも、仕方ないか……』

 本当に、地獄というのは人を苦しめるものだ。そう思うほど、十姉は本物のように振舞っている。まるで、自分の前頭葉をそのまま切り出したようだ。

「……じゃあ、チョコレート」

 根負けした私は、とうとうその悪魔と口を聞いた。

『チョコレートってチロル? やっぱりまだ好きだったんだ』

 十姉は、ポケットからチョコレートをそっと差し出した。

『子どもの頃から、私が食べてると羨ましそうに見てたもんね』

「……」

 昔のことを語りだすその表情は、どこか楽しげだ。少しづつ、本物なのか? と思い始めていた。

「……十姉」

 私は、口を開く。いずれにせよ、これは現実ではないんだ。

「どうして、死んじゃったの……?」

 少しだけ沈黙が流れた後、十姉は目を伏せた。

『……結局、私は逃げたんだよ。追い込まれて、追い詰められて、逃げることしかできなかった』

「そんなの、うそだよっ」

 憧れた十姉の口から語られる。その言葉から、目を背ける。

「だって、十姉は、私が知ってる十姉は、なんだって完璧で、優しくて、誰からも好かれていて――!」

『そうだね。少なくとも、みんなの前では、私はそうだったと思う。……でもね、完璧な人間なんて、いないんだよ? もし、そんな人間がいるなら、それはもう人間じゃない。期待っていうのは、想像以上に重たいんだ。いくら平気な顔で紡いでいても、いつか、その重さで切れてしまう。……それでも大人になると、期待や責任っていうのは、必ずのしかかってくるよ。それを持ち続けるには、自分が持っている何かしらを捨てなくちゃいけない。友達とか感情とか時間とかを、ね。ただ私は、どれも捨てられなかっただけ。全部一人で持とうとしてた。だから、逃げるしかなかったんだ』

「……」

 姉の言葉は、想像よりも心に響いた。

 期待をされるのは、怖い。だけど、期待をされないのも、怖い。私もいつか、その重さに耐え切れなくなってしまうのだろうか。

『じゃあ、今度は私の番ね。……もう、書かないの』

 なぜ、十姉がそのことを知っているのか。疑問が口を衝こうとした時、十姉に遮られた。

『ずっと知ってたよ。だって、実家に帰る度に読むのが、私の楽しみだったんだから』

 ……結局、姉には勝てないということか。私は、小さく呟く。

「……書きたいよ、書きたいけどっ、」

 語気が、徐々に荒くなる。自分でも気づいていないほどに。

「でも、書けないんだよ!私なんかが書いたものじゃ、誰の心も動かせないんだよ!」

 小説は、作品というものは、読者の心をどれだけ動かせたかで決まる。

 嘘で塗り固めた日記を投稿し続け、あまつさえ、それを読んでくれた人たちに当たり散らした私では、もはや誰の心も動かせるわけがない。ネットの世界も、現実の世界も、一度の過ちさえ許してはくれないものだ。

 所詮私は、誰の『線』とも交われなかった。

「もう、いいよ……」

 多分、これからもこうして生きていくのだろう。いじけたまま年を取って、年を取るほどに、こうして書いていたものさえも、いつか無駄だったと後悔するのだろう。なら、いっそここで終わりにした方がいい。傷つくのなら、痛みも軽いままに終わりたい。

 静かに項垂れた。こうしていれば、誰の顔も見なくて済むから。誰の期待にも応える必要はない。さぁ、早く夢の世界から出してくれ。どこかへ私を、連れて行ってくれ。

『……ばか!!』

 項垂れた私に十姉の言葉が飛ぶ。そんな事、今まで一度も言われたことはなかったのに。

 顔を上げると、十姉は私を見ていた。

 瞬きすらできないでいると、泣きそうな声が聞こえてきた。

『じゃあ、何の為に今まで書いてきたの?』

 何の為……?

「それは……、十姉に読んでもらうために……」

『違うでしょう? 読んでくれた人に喜んでもらうためでしょう?』

「……」

『少なくとも千ちゃんは、ずっと誰かを喜ばせるために書いてきたでしょう?』

 ……そんなのは、詭弁だ。私は、ずっと、私の存在を証明するために、私の自己満足の為に書いてきた。

 あの日課も、投稿したものも、全て私の為に書いたものだ。誰のものでもない。

『作品は、誰かが見なきゃ始まらないから、誰かに評価されて、誰かに喜んでもらって、やっと作品はその意味を伝えることが出来る。今まで、そうやって私に手を伸ばしてくれていたじゃない?』

 私は……。

『ほら、もう一度。手を伸ばしてみて。今度は、私にじゃなくてまたみんなに。大丈夫だよ。千ちゃんの背中は私と、それから百ちゃんと、二人でずっと支えているんだから』

「十姉……」

 子どものように、頭を撫でられる。十姉の言葉に、心が軽くなっていくのがわかった。

『……じゃあ、また千ちゃんの活躍を見せてもらおうかな』

 十姉がそう切り出すと、次第にその体は遠ざかっていく。……いや、消えているんだ。

 必死に手を伸ばしたが、既に届かず、宙を掴む。

 ――待って、十姉!

 声を出そうとしたが出ない。夢の終わりは、すぐそこまで来ている。

 ――十、お姉ちゃ、

 想像の世界は、少しづつ崩れていく。

 ――えちゃん!

 ――ちゃ、

 私はそれにただ、従うしかなかった。

 十姉も何かを話しているようだが、聞こえない。


 がらがらと、音を立てるように崩れていく。

「ん――ッ」

 ばらばらになっていく視界。

 れくいえむのような音が響く。

「、!!」

 せいいっぱい声を出したが、やはり届かない。

「んっ」


 ◇


 朝日が少し目に染みた。

 キーボードの上に俯せていた頭を起こす。外は、明るくなっていた。

 少し、長い夢を見ていたように思う。立ち上がると、頭が少し痛んだけれど、それが唯一『ここが現実なんだ』ということを証明してくれた。

 昨日からなのか、開いたままのノートパソコンのキーボードを適当に押すと、機械音を立てて、電源が点いた。

 寝起きのままで、ユーザーページを開く。

 メッセージは大量に来ていた。そして、私を登録してくれている数は、片手で数えられるほどまでに減っている。けれど、零ではないことに、少なからずホッとしてしまった。

 電源を落として、部屋から出る。

 一階に降りると、両親と百姉が既に朝食を取っていた。軽い挨拶を交わして牛乳を飲む。母親から朝食を食べるかどうかと聞かれ「いらない」と答えると、また二階へと戻った。

 その間際、母からこんなことを聞かれた。

「千、ここに入れてた薬知らない?」

 私は「知らない」と答えると、母はこう忠告した。

「ここの薬、……十夏の家から持ってきたものだから。絶対飲まないようにね」

 ……私は、再び気のない返事をした。

 二階に上がり、早々と制服に着替えた私は「いってきます」と言って、玄関を出る。

 外は、少し暖かくなってきた。もう、防寒着もいらないだろう。

 優しく照らす日溜まりの中で手を翳す。

 ……一体、どんな夢を見ていたのか。曖昧で今ひとつ覚えていない。覚えているのは、本当に都合のいい内容だ。だけど……

 一つだけ、決めたことがあった。

 私は、小説家になろう。

 これまで、私のことを気にも留めなかった人たちにまで、私の名前が届くような、そんな小説家になろう。

 そして、たくさんの人たちの心に生涯残り続けるような小説を、書き続けるんだ。

 この世界の、片隅で。

 風はもう、吹いていない。

 学校までの道のりは、やはり退屈なままだ。

 ……初春の空には、雲が風に流されている。そして、どこまでも遠い青空は、いつまでも私を見ていた。

 今日もまた、物語をしたため続ける。

 ただし今度は、嘘偽りのない、私の物語を。




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