第2話 ソレイルと博士
ソレイルは目を覚ますと白く小さな部屋にいた。柔らかい上等なベッドに寝ていたのだ。近くには棚が一つだけ、それに出口らしきドアはあるのだが、取っ手がなかった。押し扉かと思いそれに触ると、それは勝手にスライドして開いた。
その先は少しだけ広い、これまた真っ白な部屋だった。ただ四角い面の一辺だけに真っ黒な窓が広がっている。ただの真っ白な世界に、ソレイルは感動していた。自分は死んだのではない。あの塔の中心部分にいるのだと確信していた。そして自分は今、どこかから監視されている。
「この言語は理解出来るかな? 分かったら右手を上げてほしい」
突如、どこからともなく男の声が響いた。ソレイルは少しあたりを見渡してから、黙って右手を上げた。
「勝手ながら、まずはようこそ、とだけ歓迎の辞を述べさせてもらおう。見たところ非常に健康そうだ」
ソレイルは情報を与える事が得策では無いと判断し、しばらく黙っていた。
「立ち居振る舞いからあなたが聡明な人間である事はすぐに理解できた。それにここまで生身で来る人間が存在するなんて、度を超えて興味深い。何か質問や要望はあるかな? 出来る範囲で答えるつもりだけど」
「さしあたり、あなたの顔が見たいな」
一辺の暗い窓がフッと透明になった。そこには一人の男が座ってソレイルを見ている。向こう側には不思議な机、たくさんの金具や光るパーツが配置され、ソレイルを魅了した。黒から透明に早変わりする窓も不思議だった。
「これでいいかな?」
そういう男は少し白髪の混じった短髪の、メガネをかけた男だった。歳はソレイルよりいくらか上だろう。胸には十時の首飾りをしている。
「あなたがここの持ち主か?」
「持ち主というより管理者だね。管理人として一つ謝罪をさせてほしい。先ほどのは……つまり君を苦しめたであろう事に関しては事故だった」
「それは承知している。あそこは邪悪なソウルをろ過する部屋だったのだろう?」
男は手を叩いて目を見開く。
「すばらしい、その通りだ。君たちは『ソウル』と呼ぶのか……なるほど。他に無い的確な表現かもしれないな」
「あなたはここで何をしている? あなた以外にも人はいるのか?」
「前半部分については簡単に言えば『世界の管理』をしている。後半はノーだ、ここにはもう私一人しかいない。私から質問してもいいかな?」
ソレイルは黙って頷いた。
自分は今、違う世界の人間と喋っているかもしれない。そう思うと少し緊張した。それと同時に楽しかった。今までで最高の未知が、最深の歴史が紐解かれるかもしれない。
「あれだけの負のソウルが充満する中で、君はどうやって生き延びたんだ? 人間が生きていられる環境じゃなかったはずだ」
「私も死んだと思った。あのソウルに身を預け、同調することでやりすごした」
「同調……とすれば、いま君が普通の人間なら、まともな精神状態じゃいられないはずなんだ。気が狂っていなければおかしい。」
「まともじゃないさ。今にも憎悪が口をついて、嫌忌が腹を引き裂いて、悪意のソウルが吹き出しそうだ」
「もしかして、君は死にかけたことがある?」
「何度もあるさ」
相手の男は黙った。ソレイルは自分の番が回ってきたのだと知る。
「ここから出してもらう事は出来るのかな?」
「それは君次第だ。まだ本題に入っていないからね。君はここへ何をしに来たのかな?」
「世界で一番の謎を解き明かそうと思った。この塔の秘密、世界の真実を知りたいと願った」
「シュミレートにおける顕著なイレギュラー因子の回答だ」
「私も聞きたい。この建物はあなた達が作ったのだろう? これはいつ作られた塔なんだ?」
「約千年前になる」
「千年前はこんな建物がたくさんあったと言うのか?」
「こんなに高いのは一つだけさ。これが建ってからほどなく、人々は文明を捨て去った」
ソレイルはますます知りたくなった。これだけの文明がどうやったら跡形もなく消え去るというのか?
「馬鹿げてる。この叡智を、文明をどうやって……大多数が認めないはずだ」
「それについては、あまり答えたくないな」
ソレイルはここまでの話を反芻した。その上で自分の方が力関係が上であると仮定してカマをかけた。
「駄目ならば力づくでも答えてもらいたいくらい、私は興味深々なんだ」
「残念ながら、回答を拒否する」
ソレイルはすぐにその羽根で窓を割ろうとした。だが羽根は窓に傷をつける事も無く落ちてしまう。割れない窓にソレイルはさらに関心した。相手の男も感嘆する。
「美しい、まるで天使だ」
ソレイルは剣を両手で構える。それを一点、窓の中央に目掛けて突いた。ガラスはほとんど抵抗も無く砕け、全てバラバラになってしまう。しかし、その先に相手の男はいなかった。
あまりに一瞬で消えてしまったので、驚いたソレイルはあたりに首を振る。そこには白骨化した二人分の骨が、手を取り合う形で床にあるだけだった。
「驚かせてしまったかな? 僕はもう1,000年前に死んでいるんだ」
「死んでいる?」
「今話しているのは僕を模したカラクリ人形の様なもの」
「驚きだ……ここには驚愕の発見と心を震わせる歓喜しかない」
「楽しんで行くといい。どうせ僕には止められない。止める人間はもういない」
「どうやらその様だね。好きにさせてもらおう」
その日からソレイルは塔の中の探検が始まった。
その塔はソレイルの知りたかった未知に溢れていた。まずは食糧を探したのだが水は循環し、塔の中で植物を育てる施設が存在した。
次に言語を勉強した。よく似た体系の言語で書かれた本や端末が多かったので、専門的な言葉を訳せる辞書でほとんどの言葉をカバー出来た。
最も苦労したのが端末の扱いだ。最初は概念を全く理解できず、中に人がいるのかとさえ思ったほどだったが、ソレイルはよく学び、技術と知識をよく吸収した。
求めていた記録、『世界最後の記録』と題された映像データを見つけて再生するまでに一月とかからなかった。
「もう何を言っても君の好奇心は抑えきれないだろうから、止めはしないよソレイル。ただそれを見終えた時、きっと君はすぐにでもここを飛び出すだろう」
「なぜだろう……私もそんな気がしているよ。最近よく鮮明な未来が見えるんだ」
「どんな未来を見るのかな?」
「いろんな可能性さ。古い友人達と共に戦ったり……逆に戦友に刃を向けたり……ただ一つだけ確かな事がある」
ソレイルの夢の終わり、見える未来の結末は決まって一つだった。
「私はもうじき死ぬ」
「だろうね。今生きている事が奇跡なんだ。遠からず君は邪悪に飲まれ制御出来なくなって死ぬだろう」
あっけらかんと言い放つその AIにソレイルは苦笑する。事実を事実として伝えるあたりが人工知能らしいと思ったのだ。
「いずれにせよ、あなたの言う通りだ博士。私は私の好奇心を抑えたりはしない……あなたは『枠組みから外れただけ』とイレギュラー扱いするだろうが」
「乾いた砂漠が水を吸う様だ。君の知識欲は。兎にも角にも幸運を祈るよ」
大きな液晶を見ながら、ソレイルは再生ボタンを押した。




