第37話 ありがとう
ここだけシンカ視点。
……鳴き声? また誰か泣かせたのか? またって、前にもあったっけ?
「コレ、もうくたばってんじゃねえか?」
「シンカ様! シンカ様ッ!!」
独りよがりに駆けずり回って、皆に迷惑かけて……挙句、ろくな戦いひとつ出来なかったな。
「おいおいおい!? なんだこの地震? 落ちてねえかこの島!?」
「そんな事いいから、早く結界を切り裂いて! 私がシンカ様を運ぶから!」
泣いてるのは……俺か? 思えばこっちに来てからよく泣いた気がする。
「ダメだ! 切ってもすぐ再生しちまう」
「重たい……そうだ! ドラゴンは!?」
『フィスカの兵達とこの島を支えています。南の海岸に不時着してからそちらに向かいます」
泣き声が悲しい。思い出に浸ってばかりもいられないか。早く体を……俺の体はどこだ? 感覚が無い。
「ですが、傷だらけで、血だらけで、これじゃもう……」
「まあ時間の問題だろうな」
「馬鹿な事言わないでッ!!」
この声……そうだ。ついさっき泣かせたばかりじゃないか。
『リマシィ様、聞こえる?』
「フィル!? どこ?」
『この島の中央だよ。今結界を切るから早く逃げて!』
「分かったわ。フィル達は?」
『フィスカに捕まるわけにはいかないからね。すぐに結界を再起動してこの島で逃げるよ』
強くなるだけなんてくだらない……か。師匠の言っていた通りだ。俺はリマシィを悲しませてるだけじゃないか。
…………。
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ここは、王城フィスカの……俺の部屋? なんで師匠とルシアが俺のソファーでくつろいでるんだ?
「君の戦いには華があるね。どっかの馬鹿弟子と違って、人間らしい魂がぎゅうぎゅうに詰まって、張りがある」
ほっといてくれ。
「ハナ? お花のハナ?」
「そう。匂いと色と形があって、風に揺れる花。動物ではない」
俺にはそんな褒め言葉、一度も言わなかったな。
「それって褒めてるんですか?」
「褒めちぎってる」
「でもわたし、今でも思うんです。シンカくらい強かったらもっとたくさんの人を幸せにできたのかな? って」
ルシアはこれでもか、ってくらいたくさんの人を幸せにした。それは絶対だ。だからそんな顔しないでくれ。
「弱くったって良いのさ。我々の強さは遺伝しないところで受け継がれる、聞き、書き、伝え、受け継ぐ遺志だけが二重螺旋を超え、深海から宇宙に至る跳ねっ返りを生む」
分かってはいたつもりだ、何度も言われたから……頭では分かっているんだ。
「霜降りのお肉が美味しいのと、栄養になるかどうかは別。っていう話ですよね!」
うん……んん?
「よく分かってる。やれやれ選ぶ弟子を間違えたかもしれないな。いや、弟子は選べないか」
本当か? その解釈で本当に合ってんの? なんかルシアに甘くないか師匠??
「わたし、もう行かなきゃ」
ルシア、また窓から……どこに行くんだ?
「あの馬鹿弟子、今頃どこほっつき歩いてんだか……」
師匠まで何を言ってるんだ? 俺はここに……
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……眩しい。ここは俺の部屋じゃない…次はザクライとシェラールか。まるで走馬灯みたいだな。
「よかった。目が覚めたのですね」
「このまま死んじゃうかと思ったよ」
…………。声が出ない? 身体中が痛ぇ。不便な走馬灯もあったもんだな。
「いま水を持ってくるね!」
「ずっと寝込んでいらっしゃったんですよ。無理に起き上がらないでください」
これ俺の手か? 細いし……軽い?
「食い物、あるか?」やっと声が出た……しゃがれてる。でも生きてるみたいだな。何があったんだっけ そうだ!
「ルシアは」
「ルシア様、すごく感謝していらっしゃいましたよ。シンカ様のおかげでフィスカが救われた、って」
ぼやける視界の少女は、いつもと少し違っていた。
「シェラール! 目が見えているのか!?」
「ルシア様が治してくださったんです」
俺は何にも出来なかった。ただソレイルに打ちのめされただけだ……まあ、ルシアが助かって、シェラールの笑った顔が取り戻せたのなら、それでもいいか。
「お食事持ってまいりますね」
しとやかに去るシェラールとは大違い、たどたどしくザクライが入れ違いに戻ってくる。水こぼすな。
「はい、水持って来たよ! 飲める? 体起こしてあげようか?」
「自分で出来る」
ザクライは声が高い。そして相変わらずデカい。
「ここは? リマシィとゴアは?」
「リマシィさんは夜の当番で、ずっとシンカに付き添ってたんだよ。今は兵舎の……あ、ここ兵舎の三階なんだけど、別の部屋で寝てると思う」
ゴアの情報が無いが、別に問題ないだろう。どうせまた橋の欄干に掴まって黄昏てる。
「この感じ……あれから何日か経ってるな?」
「シンカこの六日間、ヒドかったんだよ。血を吐いたり、痙攣したり……」
六日、そんなに寝ていたのか。もういいだろう。謝らなきゃいけないやつがたくさんいる。
「ちょっと出かける。リマシィの部屋はどこだ?」
「ダメだよ! まだ寝てなきゃ」
俺はそれを無視して立ち上がった。確かに身体中がギシギシいかれてるが、歩けないほどじゃない。
「お食事をご所望されたのはシンカさんでしょう? せめてこれを召し上がってからにしてはいかがですか?」
ぐうの音も出なかったが、腹はそんなような音を立てた。体が求めているのだ。
「頂こうか」
「ご挨拶周りですか?」
「そんなとこだ、迷惑ばっかりかけたからな」
「僕たち、今から中央広場の噴水に行くんだけど、よかったら後で来ない? セレモニーがあるんだ」
「式典? なんの?」
「それは来てのお楽しみ」
よくわからんが、とにかく『行けたら行く』と濁してリマシィの居場所へと向かった。敵対していたクヮコームの大将が兵舎にいるというのに見張り一人付けないのだから、この世界はほとほと訳の分からない世界だ……世界、ソレイルは『異世界』だと言った俺を馬鹿にしていたっけ?
リマシィはすやすや寝ていた。俺は二回も泣かせた事を思い出す。思えば、こんな小さい顔で冥府を束ね、クヮコームをまとめ上げてきたのだ。触れたその頬は白くて柔らかくて、餅みたいだった。
「シンカ……さま?」
「すまない、リマシィには迷惑ばかり掛けた」
真摯に謝ったつもりなのに、驚くべき俊敏さで布団に隠れてしまう。
「っちょ! レディーの寝室に急に入ってくるなんていくらシンカ様とは言え……」
「済まない、出直す」
「あ、いえ。少しでいいんです。ちょっと外で待っていてください!」
「いや、行かなきゃいけないところがたくさんあるんでな。今日中に戻ってくるから」
久しぶりの外は予想以上に眩しかった。今日は雲が早い。太陽が忙しく点滅している。地面にはフィスカの兵がそこらじゅうに転がっている。
「おぉ! 生きてたのか、っつかもう歩けんのか?」
「なにしてるんだ」
「見ての通り、稽古だよ」
「めずらしいな。そういうのには興味ないと思っていたが」
「興味ねえよ。お前が目ぇ覚ますまでの暇つぶしに、と思ってよ」
「しばらくそのままやっててくれ。俺が本調子に戻るまで」
「おっ? やっぱグロッキー? もしかして今がチャンスか?」
「いつでも来い。今でも、俺が背を向けても、寝ている時でも構わん」
「さっすが。それでこそ俺の目標」
「だが今日は駄目だ、俺は今から街に行く」
「えぇ……」
この王国の中央広場は本当に美しい。低い屋根の家々を見渡す噴水広場からは白い街並みと遠くの海が一望出来る。初めて出会った時、ルシアが『とにかくキレイなとこ』といっていた意味がいつでも体感できるスポットだ。
ルシアがここで凱旋飛行をした時、俺はあの辺の露店でふてくされてたっけ。なつかしい広場の噴水は大きな布で覆われて見えなかった。
「こっちこっち!」
人だかりの一角にザクライとシェラールは陣取っていた。他にも大勢、見覚えのあるルシア親衛隊なる女集団もこぞっている。
「何がはじまるんだ?」
「もう間もなくですから、ご覧になって確かめてください」
そう言われ、俺はシェラールの持ってきてくれた紅茶を飲みながらボケッと空を眺めていると、吹奏楽の艶やかな隊列がファンファーレを奏で始めた。
「ルシアは? この席の主賓か?」
「ルシア様、本当にシンカ様に感謝していらっっしゃったんですよ。言伝も預かっているんです」
「直接あやまらなきゃな」
盛り上がり始める。空からゆっくり降りてきたのはフィスカ王だった。
『前途多難なる歴史を経て、これより先の荒涼漠然たる未来を歩むフィスカの諸君。同士皆と分かち難い今を、今日という記念すべき日を史跡に刻みつけよう』
国王の言葉は厳密で古臭いだけに、異邦人の俺にとっては分かりにくかった。
『天使の国たるフィスカには類稀なる指導者と英雄が数多生まれ、啓示の如く我々を、フィスカという国と民を導いてきた。今我々が水に小麦に羊毛に困らず、幸せな世代を紡いでいるのは、数え切れない英雄の血と汗とソウルの結晶であると、私は確信している」
あの爺さんはすごい人だ。似非や傀儡ではああも上手くは演説できない。俺も直接話したから分かる事だが、人間味がちゃんとあるんだ……俺と違って。
『だが! それにつけても度し難い此度の戦ではあった。聖都エテア=ルミラスが犯され、王都フィスカを窮地に追い込んだのは紛れも無く我等が神聖なる天使、かの大英雄イェクス=リート=ソレイルである事は疑いようも無い』
そうだ。俺はソレイルにボロボロにされたんだ。毒とか、実力とか関係ない。事実として、俺はなにひとつ出来なかった。
それで……
『しかしながら、我々を、フィスカを救い、エテア=ルミラスの誇りを守り抜いた大英雄もまた大天使、ヴィセッカ=リート=ルシアであった! 紛う事無き真実の天使となった彼女は我々の最後の拠り所であり、恥辱と醜態を免れる光。その名はフィスカある限り、永遠に語り、伝え続けられるであろう』
思い出して、やるせなくなくて、堪らなかった。俺が何も出来なかった事、助けを求めた少女を助けられなかった不甲斐なさ、全てが俺の無力しか証明していない……結局フィスカを救ったのはルシア自身だった。
『皆の心に刻みつけよう。美しく、勇敢で、誰よりも民を想った少女が天使になった神話を。今日この日この時、それを讃える。この碑と像を以って刻みつけよう。これは敗北のエピタフでは無い。勝利のモニュメントである!』
巨大な噴水にかけられた布が一斉に取り払われた。文字が彫られた黒い大理石の上に白い少女の像。レイピアを掲げ、衣服まで躍動的なルシア。それは石像とは思えないほど精巧なのに、目がやっぱり石像のそれだった。誰に目を合わせる事も無く、俺を見つける事もない……永遠に。
周りが歓声と気炎と喝采に盛り、王様の声が聞こえなくなる。俺は悔しくて震えが止まらなかった。悲しくて涙が出て、立っていたれない。地面に敷き詰められたレンガを壊す勢いで叩いてしまった。
「シンカ? どうしたの?」
「シンカさん? 具合でも?」
叫びたい気分だった。
「俺は何もしてやれなかった。ルシアは助けてくれって言ったのに! フィスカが大好きだからって」
声が多少デカかったのか、周りが一斉に俺を見て静まる。後ろから肩に硬い手をあてて、優しい声をかけたのは、全くしらないおっさんだった。
「あんたは助けにきてくれた。二週間かかるって距離をたった半日でよ」
俺じゃない、ドラゴンが運んでくれただけだ。つか誰だ?
「そうそう、格好よかったよ。親愛なるフィスカの恩人さん」横から恰幅のいい、エプロン姿のおばさんまでそう言う。なんでそんな情報を知っているんだ?
気づけば、喝采はなぜか俺に向けられていた。皆が俺を知っているようだった。
『もう一人の救世主にも、この場をもって最上級の賛辞を送ろう。彼……いや、世界中に散らばっていた三人の勇者が一同に集まり我々を導いてくれた。一人は冥府の覇権を争い、クヮコームの最高戦力だった伝説の黒い翼。一人は無二、秀才、傑物、そんな言葉では言い尽くせない地上最強、そしてもう一人は』
やめろ、俺の解説なんかしないでくれ……
『心やさしき、名も知れぬ青年に』
また拍手が鳴り響いた。ありとあらゆる優しさに加護されて、それなのに俺の中の羞恥心が膨らんゆくばかりで逃げ出したくなる。
俺は心のどこか、自分でも知らない隅っこで、力があれば何かを守れると思いたかったのかもしれない。
「シンカ、ルシア様からの伝言だよ」ザクライに続き、シェラールが咳払いを一つ挟んで言葉を紡ぐ。それはルシアが喋っているとしか思えなかった。
「シンカはもうじき、今まで出会ったどんな人よりも、どんな生き物よりも強大な敵と戦わなくちゃいけない。それはシンカじゃなきゃ絶対に敵わないし、今のシンカじゃ全く……ううん、どれだけ努力したって太刀打ち出来ないかもしれない」
それが本当なら、俺の究極の目標が目前に迫っている……燃え上がる闘志に包まれるはずの心は、謝りたい気持ちでいっぱいだった。
「シンカは今、自分を責めているけど、シンカにはなんの責任もないんだよ。それは事実。信じて」
ルシアは、いったいどうなってしまったんだ? ソウルを極めると過去も未来も全て見通す存在になるのか? それはつまり……
「神様なんかじゃない。誰かが夢見た人類の一つのカタチ……シンカだってそう。誰かが夢見た強い存在の結晶」
だとすれば、俺はやっぱり謝らなきゃいけないんだ。自分の言葉で。
「ルシア、ありがとう」
「わたしからも、ありがとうシンカ」
「でもやっぱり、謝りたいんだ。済まなかった、ルシア」
その笑顔を俺は一生忘れない。
「またいつか満月の下でワイン飲もう、シンカ! 服が汚れるから、次は戦いなんか無しでね!」
その太陽みたいな笑顔はルシアのもので、俺は意味も分からないまま香水と葡萄酒の匂いに包まれた。
遅筆な拙作にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
本作品は3部構成を予定しているため、次章が最終章になる予定です。
また、なにぶん素人の作品なため、ご意見ご感想など頂けたら大変嬉しいですし、なんらかの形で必ず作品に還元していきたいと思っております。




