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第6話 事務管長・メイロンの提案

 フィスカの王城は小高い崖の先端から南の海と東の林を見下ろす。東は絶壁の崖、城を要に西へと扇状に広がる街並は、城が建つずっと以前から人々を育んできた。


 西の方から入国すると、まず街の大外を流れる河があり、そこから徐々に下町が始まる。石やレンガ、漆喰で出来た家々は隣と我が家の線引きも曖昧に、押し並べて白っぽくひしめいている。

 近代になって隅々にまで水路を取り入れた下町は、水路と路地、橋と家とが複雑に折り重なり、さながら立体迷路の様に異邦の者を迷い込ませる。

 今は名高き天空騎士ルシアも、幼い頃はこの路地裏の迷路を走り回って遊んでいた。


 そこからさらに東へ抜けると、地位の高い者や貴族、豪族の一軒家が立ち並ぶ、いわゆる貴族街に入る。下町からここに至るまで、そのほとんどの建築が、一見して白を基調とする。木や石を現に、アクセントにしている家も、軒並みそれを白い石灰に埋めてある。


 この中でも比較的小さめの一軒に、メイロンとシェラールは暮らしている。ルシアも借家ではあるが、『城が近いから』という理由でこの辺りに住んでいた。


 さらに東へ進んでみよう。


 王城と外界を隔てる堀が見えてくる。唯一城へと続くのは、一本しかない立派な石橋。『丘の上まで水を引くのが大変だから』という理由で、堀は飾り程度の質素なものになっていた。空を飛ぶ兵が多いこの国では、『あんな堀、飾りにもならない』と馬鹿にする者も多い。


 崖の縁、終点に鎮座するのが王城フィスカだ。ちなみに王都フィスカ、王城フィスカ、天空騎士隊フィスカのように、『フィスカ』を最後に付けるのが、この国の通例となっている。


 一様に白っぽい街並を見てここまで来た旅人は、王城が一際黒いと口を揃えるが、実際は『周りと比べれば』という程度に黒い石で堅められていた。


 高い城門を潜ると、右が兵舎と訓練場、左に給仕や掃除夫の詰所と食堂がある。真っ直ぐ進むとそこは中庭、ここからさらに左右中央に道が別れる……簡単に言えば右が軍事、左が施政を司る。


 中央は言わずもがな、近隣諸国に負けず劣らず、これ見よがしに王の権威を誇示していた。




「こんなものを『やれ立派だ』『他では見られない』『世界に誇る』なんて言う来客の気が知れんね。私は以前、ルクシャ=スタヤットの王宮に招かれた事があるが……あれは立派だった。どこの国の文化とも違う独自の芸術や自然観、ああいうのを『世界に誇れる』とか『他に類を見ない』って形容するんだよ。こんな、誰かに気に入られようと必死になっている芸術は共感でき兼ねるね、虚飾だ」


 誰もが讃える城に対して、悪態を堂々と口にするひねくれ者はメイロンくらいだ。その皮肉屋はいま、中庭を左に折れた政務塔三階にいた。ルシアとシンカの戦いから二日後の事だ。


 来る日も来る日も部屋は雑務で満たされて、だれも色調の整った壁紙や艶やかな調度品なんて見向きもしない。

 ある者は呪われた様に机と睨め合い、ある者は蟻の如くにせっせと書類を運ぶ……メイロンはと言えば、頬杖片手に重要な思案の真っ最中だった。


(……では逆に考えてみたらどうだろうか。あの男、アスミ=シンカが他国の手に渡ったら。少し前まで牢にいたあの男には、門兵が造った、堅牢で評判の檻も見えていなかったはずだ……)


 その気になれば散歩がてらに牢の格子を通り抜け、ソウルの網を張ったまま居眠りをしている警備兵を素通りして、王の寝室まで辿り着けたことになる。その後、鍵のかかった扉を開ける事が出来るかはわからないし、辿り着けたとしてもソウルを持たない彼が、王に危害を加える事は出来るか分からないが……)


 メイロンはぞっとした。もし敵の手に渡ってしまった場合、これほど脅威となり得る存在は他にいない。どんな武器も効かない、どんな網にも引っかからない。殊に誰にも見つからず、どこかに潜入するといった任務には至適だ。


『ソウルに干渉しない者が存在する』という情報を知る者がいない限り。


 そのうえ、ひとたび戦場に立てば、落とし穴を掘ろうが、伏兵を仕込もうが、それをソウルでカムフラージュしている限り、彼の前では裸同然となる。


(戦わずして一騎当千の傑物じゃないか……)


 メイロンは他の使い道を色々考えてみたが、それ以上の適役は思いつかなかった。

 検閲官、手品師、詐欺師、鑑定師……なんだかパッとしない仕事なら、何かと食うものには困らなそうである。


「あとは精霊の塔に入れるくらいか」


 もう少し考えてからメイロンは英断した。そして、見ているだけで忙殺されそうな部屋を抜け出した。




 アスミ=シンカには兵舎に泊まっていた。

『知る者は少ない方が良い』という理由から、メイロンは試合を目撃した卒兵を専属の見張りにしたが、兵舎に入るとその兵士が敬礼をする。


「異常はないかね」

「はい! 昨日からずっと取り憑かれたように本を読んでいます」


 兵舎一番手前の部屋にその男はいた。兵の言う通り足を組んでなにか読んでいる。机の上にはメモらしき紙が大量にあった。


「おはよう。この国の本が読めるのかね」

「読めないから勉強している」


 そう言ってシンカは本を閉じ、机に置いた。タイトルがでかでかと書かれた絵本だった。


「すみませんね。こんなところに何日も閉じ込めてしまって」

「構わない」

「ありがとう。そう言ってくれると気が休まります。実は今日は重要な話、というかお願いがあって来たのです」


 奇々怪々な偉丈夫は黙っている。この二日ほどのやりとりでメイロンも理解していた。彼は無意味な言葉や反応をほとんど示さない。


「この国で働いてみませんか?」


 メイロンは端的に用件を述べた。シンカの目と眉が少しだけ反応する。


「あなたの特殊な能力がこの国のために役立つのです……いや、本当の事を言うと、他の国に渡る事が非常に恐ろしい。あなたの力は知るものがいなければ絶大な脅威となる」


 これもまた、ここ数日の会話でメイロンが学んだ事だった。

 彼、アスミ=シンカは綺麗事を好まない。嘘も世辞も好まない。またそれらを見抜く洞察力が鋭い。ただ真実には誠意を持って言葉を返す男のように感じていた。


「だからこの国に君を囲っておきたい、というのが心情です。この前あなたは言ってましたからね。『俺以外に同じような人間はいない』と」

「『たぶんいないと思う』、そう言ったはずだ」


 やっとシンカが返事をした。


「そうだったかな。詳しく覚えていなくてすまない。それでどうかな、すこし考えてみてくれないかな?」


 机に置いた絵本の表紙に触りながら、シンカはしばし動かなかった。


「……考えておく」


 独り言にようにそれだけ漏らしたが、メイロンにはとりあえずそれで十分だった。 


「ありがとう、よろしく頼むよ。何か聞きたいことがあれば答えますが?」


 下唇に指を当てて、熱心に考え込むシンカ。


「いくつかあるが……そうだな。この辺りで歴史の古いものはないか? 骨董品や遺跡だ」

「このフィスカは下町、川の周辺から発展したといいますから、古い建物はその辺りに行けばあると思いますよ。骨董に関してはウチの国王に献上される品に古いのがいくつか。他にもそういったものを専門で扱っている店もあるかと思いますが」

「そうか。あとは精霊についてだが……」


 メイロンは両手を挙げてシンカの言葉を封殺した。


「ちょっと待ってください。私は『この国で働く事に関して何か質問はあるか』、と聞いたつもりなのですが?」

「そうか。なら……大丈夫だ」 

「本当によろしいのですか? 仕事の内容も給与の話もしていませんが?」

「偽装や迷彩の看破、諜報、哨戒、暗殺。そんなとこだろう。金は食うものに困らなければいい……暗殺は嫌だが」


 この男はやはり頭も悪くない。何故か知らないらしいソウルの知識を身につける時間は二日間しかなかったはずだ。それなのにメイロンが考えていなかったものまで混じっている。ソウルを持たない彼に暗殺なんて出来るのか、メイロンには分からなかった。


「まぁそんなところです。お金と住む場所に関しては安心してください。困らない程度以上の給与は支払うつもりです」

「…………」

「それでは。いい返事を期待していますよ」


 そういってメイロンは兵舎を後にした。執務室に戻る途中で考える。


(彼が了承してくれればいいが断られた場合は……罪も無い好青年を一方的な理由で消す事は大変気が引けるが、殺すしか……)


 その先を考えてメイロンは足を止める。そして考えた事を後悔した。その疑問は湧き上がると同時にメイロンの全身を締め付け、辺りの風景をねじ曲げた。


(どうやって彼を殺すんだ?)


 メイロンはシェラールが言っていた言葉を思い出す。


『それ本当に人間ですか?』


 彼、アスミ=シンカをソウルで切り裂いて天に還す事は不可能だ。そのソウルを感じないし、見えないし、触る事が出来ないのだから。


 人はソウルで動いている。だから死ねばソウルが散る。ソウルで相手を切り裂き、ソウルで身を守る。ある者はソウルで空を飛び、ある者は船を作り、海にも潜る。


 では彼は何をもって死ぬのだろうか? 死んだらどうなるのか? 不死身なのか? そもそも生き物なのか?

 シンカに対する未知なる死のイメージが恐ろしかった。動悸に胸が痛み、早く人のたくさんいる執務室に戻りたくなった。

※絵本……シンカがルシアに勧められた『ほしのひと』という絵本。小さな星に一人ぼっちで住んでいた少年が、ある日精霊に出会う。少年は精霊と友達になり、もっと友達が欲しいと願う様になるが……最後は悲しい結末を迎える。ルシアはこの悲しい絵本が昔から好きだった。

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