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第29話 在りし日

 ソレイルは聖王城中央、玉座でモニターを眺めていた。実体も厚みも持たない光る板がソレイルの周りにいくつも浮かんでいる。近くには彼が殺した聖王近衛兵の死体が無造作に転がり、艶やかな大理石を汚していた。

 正面から女が赤い絨毯を歩き、敬礼して淡々と言う。


「フィスカの回答です。『抗う』と」

「ありがとう。ここまでは定型の流れだ」


 ソレイルは女を見ようともせず、画面を指でいじっている。二次元のそれはソレイルが触るたびに従順な生き物のように動き従った。それを見回して、綺麗な男は独り言をつぶやく。


「悪意や恐怖が芽生える様子はほとんど無い……やはり根本的な解決しか方法は無いのか」


 ふいに、モニターの横にもう一つの黄色い画面が警告音を伴って現れる。そこにはエテア=ルミラスのさらに上空と、そこに集結するフィスカ兵達が映った。

 それは逆さまの密集した巨大な三角錐だった。一番下の先端部分には翼兵に担がれたダボネオール隊、底辺部分にルシア隊。中段の辺りでリッパール隊が輪になってそれを取り囲んでいる。


「なるほど、一点突破か。安直だけど、なるほどベストな方法かもしれない」

「どうするの、ソレイル?」


 声と同時にさらにもう一枚パネルが現れて、中庭にいるフィルクレッサがアップで映し出された。


「私が行くから、フィルクレッサ達は体を休めていていいよ」

「じゃあボク、シャワー浴びてもいいかな!?」


 ソレイルは立ち上がって歩き出した。画面もそれについてくる。


「それだったら城に温泉があるから、ゆっくりするといい」

「ホント!? すぐ行かなきゃ!」


 それっきり画面から見切れて、モニターは閉じた。少し歩き中庭に出ると、丁寧に手入れされた植木の横で、竜殺しの一同が石畳で食事をしていた。ヴァーゼルだけは一人離れて黒馬に水をかけブラッシングしている。二人の間に会話は無く、一瞥の目線を交わすだけだった。


 空に浮く島の西方でソレイルは直上を見上げた。上空に潜むであろうルシアの姿は、大勢のフィスカ兵に阻まれてソレイルからは見えない。

 声も出さずに連携するフィスカの陣形を、開けた庭から感慨深そうに見上げる。それは壮観な眺めだった。


「相変わらず素晴らしい。ルシア、立派な天空位になったんだね」


 三角錐が下に伸びはじめる。尖り、武器が直下に降り注ぐ。

 

「でもこれじゃマトだ」


 真下から見上げる三角錐とそれを囲む輪は、たしかに射的の的の様だった。


 総攻撃に凹み出したその中央目掛けて、ソレイルは一切の躊躇なくそのソウルを放った……ヒューマンを一撃で粉砕した咆哮が、甲高い音を引いて錐の重心を貫く。それはほとんど伽藍堂、スカスカだった。


「フェイクか」


 散り散りになった兵はあっと言う間に九つに分かれ、小さな円錐を再編成する。ソレイルの表情は変わらない、今日の晴れた空を楽しんでいるようだ。


「そんなに入りたければ、いくらでも穴を開けてあげるのに」


 ソレイルの頭上が暗くなり、無限に伸びる剣が九つ、的確に小隊全てを射抜いた。それに触れた者は皆焼け焦げ、黒煙を上げて障壁に落下する。それは常識的なソウルの許容量、絶対的射程を明らかに超過したものだった。言ってしまえば次元が違う。


「さあ、望み通りになったけど。入ってこないのかな?」


 上空は戦々恐々としていた。聖都エテア=ルミラス上空に集めた万近い精鋭が、たった一人の悪意に飲まれてしまったのだ。後先さえ考えなければ突撃出来そうな障壁を前に、兵はたじろいだ。そしてその約七分の一が、一瞬の不可解な攻撃に焼かれ、障壁の上に転がっている。兵がたじろぐうちにも障壁は閉じていった。


 ソレイルの頭上にまた無数のパネルが表示される。空を透かすそれはちょうどフィスカ兵の集まる辺りを黄色っぽく表示していた。


「恐怖が伝染している……私自身が手を下した方が効率的と言う事か……面倒だな」


 翼兵たちは目に見えて混乱していた。隊員の安否確認や陣形の回復を求める声が飛び交う中、攻撃命令が出ていない事もあるが、自陣の只中にその体を晒す人物に騒然としていた。障壁をものともせず、バリバリと音を立て、雷を伴って、ソレイルは上空に上がってきたのだ。


 フィスカの軍人にはソレイルの旗の下、自らの命を賭した者も少なくない。ソレイルの姿は彼らの記憶の中の大英雄と少しだけ違った。翼を生やしていないのだ。ただ灰色のオーラを纏い宙に浮いている。


「ソレイル様! どうか事情をお聞かせ願えませんか?」

 

 叫んだのは中年の将校だった。冷や汗を額に、涙ぐみながらも前に出て、力強く懇願する。


「我々はあなた様の背中を見て、フィスカの誇りをその胸に刻み、歴戦を戦って参りました。それなのに今回の仕打ち、誰一人として納得も理解もしていません!」


 言い終えてから、中年将校の首から上が消し飛び、取り残された体がそのまま落下する。


「人は納得出来ない事を悪とする。理解できないから恐怖する。そういう意味では、私の思惑が少しは成功したと言えるのかな」


 自問自答して薄く笑う大英雄の耳に、ダボネオールの怒号が降り注いだ。それはソレイルに向けられた声ではなかった。


「ルシア! 一人で突っ走んじゃねえ!!」


 兵達も声につられて空を見上げた時には一条の彗星が尾を引いてソレイルに突っ込んだ後だった。結界はゴムのように伸び、綺麗な波紋をいくつも残して一人の侵入者を許し、ルシアはその速度を落とす事なく、そのままソレイルを地面に叩きつける。


 まさに刹那と呼べる一瞬の事だった。


====


 少女と別れて兵舎の上階に戻ったあと、ソレイルはずっとうっすら笑って鼻歌でも聞こえてきそうだった。


「あの子、ルシアでしたっけ? 軍に入ってくれないのはもったいないですね」

「彼女は絶対、素晴らしい人間になるよ」


 二人はソレイルの部屋に戻っていた。ソレイルは薄笑いのまま、それ以上の言葉を返そうとしない。それでも付き合いの長いメイロンには察しがついている。


「あなた、自分で無理強いしないって言っていたじゃないですか。戦いが嫌いなら軍には入らないでしょう」

「彼女はきっと入る。なんとなくそんな気がする」


 こんな時、黙っていればソレイルがちゃんと説明してくれる事をメイロンは知っていた。だから沈黙で返す。


「ねえメイロン、彼女は宝石だ。私はあった瞬間に思ったんだ。メイロンもそう思わなかった?」

「私は遠くから見ていただけですから、なんとも……それに宝石と言ってもピンからキリまであります。トルコ石からトパーズまで」

「随分ひねくれたピンキリだね。わたしは彼女をダイヤだと思った……サファイアにもルビーにもエメラルドにも思えた。輝きを隠している」

「じゃあ虹ですね、宝石じゃないですよ」

「なるほど、虹か。彼女は……虹か」


 メイロンにとって初めての体験だった。ソレイルが測量と治安以外にこれほどの興味を持つ事柄なんて今まで存在しなかった。ソレイルは本気で考え込んでいる。宝石がどうとか虹がどうとかについて。


「失礼いたします。 ノーアルム様の書状を持った少女が謁見したいと」

「ほら、おいでなすった」


 メイロンは思った事をすぐ口にした。ソレイルの前ではそれが出来たが、次期白天使の前でも同じ態度でいられるとは、この時は想像もしなかっただろう。


「まあ大天使様から誘惑されれば、そりゃあ心が動かないはずもありません。義理ですよ」

「あの子はきっとそんな功名心から動いたんじゃないよ。献身的なんだ」

「どうだか」


 『どうだかわからない、個々の人心なんて考えが及ぶ範疇ではない』、メイロンは内心そう思った。


「メイロンは未来の夢をあまり見ないからそんな風に思うし、感じるんだ。私には予感がするよ。彼女は決定的な力を持ってる」

「夢なら昨日、私も見ましたよ。大嵐の日に、大男が両手をかざして空を晴らすんです。これも天使の前触れでしょうか?」


 メイロンは両手のジェスチャーを交えて茶化した。


「そんな夢物語与や与太話とはまた違うんだよ。彼女はきっと世界を救う」


 メイロンはいい加減、この話を切り上げたかった。しかしもうすぐその少女は二人の前に姿を表すであろう。ずっと申し訳なさそうに押し黙っていた兵が口を開く。


「その少女、いかがなされましょうか」

「すぐにここに連れてきてくれ」


 間も無く少女はやってきた。動きやすそうな格好は少し土で汚れている。初めて入る城で畏まっているのか、すこしおどおどして目線が落ち着かない。


「よく来てくれたね」

「…………」


 何か言いたそうなのは明らかなのに、少女は口を開かなかった。


「嫌われてしまったものとばかり思っていたから、また会えて嬉しいよ」

「嫌いなんて、尊敬しています!」


 ソレイルの言葉を遮るくらいにルシアは即答した。そしてまた暫く俯いて黙り込む。ソレイルも沈黙するので、しばらく窓を打つ風の音だけが流れた。


「あの……」ルシアが少しづつ、大事そうに言葉を切り出す。「軍に入れてもらえませんか?」


 ソレイルは無表情を装っていたが、メイロンはその横顔が上機嫌である事を察した。


「もちろん嬉しいけど、どうして急に心変わりしたんだい?」


 ルシアはまた次の言葉を考える。その間がいかにも子供らしかった。


「わたしが強くなれるなら、なるべくたくさんの人を、フィスカを守りたいんです!」


 語尾は強かった。メイロンはあとでソレイルに自慢話を長々される事を想像したが、それほど悪い気はしなかった。

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