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第26話 いざ戦地へ

「シンカ」「ルシア」。


 二人が互いを呼んで声が重なる……少し間が空く。シンカはルシアが何か言い出すのを待った。


「冥府に行ってるんじゃなかったの?」

「行っているも何も、今冥府のど真ん中だ」

「どういうこと?」


 シンカは久しぶりに聞く『どういうこと?』が懐かしかった。思い返せば、何度も何度もこの声で、この言葉を聞いた気がする。


「これはホログラフ? ロボか、近くにロボがいるのか?」

「え、うん。いるけど……ねぇ! そんな事より聞いて!」


 ロボが動いているらしい事が不思議だったが、そんな悠長な雑談の時間ではないらしい。 


「今ちょっとフィスカが大変なの。それで援軍を呼べって言われて」


 杞憂では無かった……漠然とだった不安が形を結ぶ。ルシアの早口にシンカも気が急く。


「ソレイルか!? ソレイルがフィスカを襲っているのか」

「は? なんでそうなるかな?」


 ルシアの怒りの表情にシンカは不安しか覚えなかった。もしソレイルが本当に悪者で不意打ちを企めば、その刃は少女の首に容易く届くだろう。


「よく聞いてくれ……もちろん俺も確証はできないが、ソレイルは敵になっている可能性がある」

「前にも言ったけどソレイル様はそんな事絶対にしない! 正体は不明だけど、別の強力な敵が来てるんだ」


 もっと強く反論しようかとも思ったが、それを飲み込む。


「珍しいな……ルシアが俺に助けを求めるなんて」

「ヒューマンがね、シンカがいないと苦しい戦いになるって」


 この少女はシンカの前では別段、気丈に振舞わなかった。クヮコーム戦で見せた凜として毅然としたルシアを感じさせない。不安も隠さないその方が自然な姿だった。


「ヒューマン?」

「ロボだよロボ。ロボの名前! そんな事は後で話すから……ねえシンカ、フィスカには来られる?」

「それは構わないが。船を経由するからな、どれだけ上手く乗り継いでも二週間以上はかかるぞ」

「私が連れて行きましょう」


 急に三人目の、女の声がした……シンカが後ろの従者を見返ると、女はまだ怯えた顔で、顎を横に振ってドラゴンを指差す。アルトの落ち着いた声は、従者のそれとは確かに違った。


「私の背中にお乗りなさい」


 クチバシも動かさずに、竜の優しい目がそう告げた。


「え? なに? どうしたのシンカ?」

「何でもない。いつ着くか分からんが、とにかく急いで向かう」


 力強いその言葉にルシアは笑った。


「ホントはね、シンカに頼るのは良くないと思ってはいるんだ。でもやっぱり、わたしフィスカが好きだから」


 誰かがこれで十分だと踏んだのか、立体映像はそこで暗く滲んで溶けてしまった。


「さて……」


 シンカは竜を見上げた。よもや喋れるとは予想外だったが、答えからそう遠くなさそうな結論は出ている。


「お前もロボと同じようなシロモノって事か」

「お答えは出来ません。私は言語を用いる事、それ自体が禁則に該当するのです……どうかお許しを」

「ではなぜ今、こうして喋っている」

「特務による権限が優先されました。さあ、急ぎましょう」



 淡々とそれだけ言って、竜は長い首を下げてその背中を勧めた。迷っている時間も惜しそうなので、シンカは女に延べ板を投げ返し、竜の背に飛び乗る。


「これをもらっていく!」

「はぁ……お気をつけて」



 女は手に延べ板を抱えたまま惚けていた。一枚減っている事には気づいていない。


 竜は首をステンドグラスの天井に向けると、羽ばたきもせずに空へと伸び上がる。壁ごとステンドグラスは壊れ、派手な音を立てる。シンカは少しがっかりした。


「翼を広げなくても飛べるのか」

「これはアンテn……あ、アクセサリーみたいなものですから。ですがお望みであれば」


(アンテナなのか)


 城の上に静止して、ドラゴンはようやくその雄大な翼を広げた。下の闘技場でゴアが戦っているのが見えたが、幾千見える小さな顔は全てこちらに向いていた。


「すまんが一旦あそこに降りてくれ。知り合いがいる」


 言われるまま竜は下降する。目のいいリマシィは途中で騎乗者に気づいたらしく、飛んで来て目を丸くした。


「シンカ様! これは!?」

「今すぐフィスカに戻る。リマシィも来るか」


 答えるより早く、リマシィはもうシンカの後ろにしがみついていた。


「賞金は惜しいですが……仕方ありませんわ」


 シンカは自分の服、腹のポケットから延べ板を取り出し、後ろに向けた。


「リマシィの賞品だ、勝手にもらったが罰はあたらんだろ」

「まあ! 今回はこれで我慢しますか」


 後ろは見えないが、まんざらでもなさそうな声だった。

 竜はそのまま飛翔せず、それどころか空なのに不自然な振動を伴ってさらに下降を始める。


「どうした」

「すごい力で引っ張られています。闘技場の中央の方に」

「下りてくれ。話を着けてくる」


 見れば、ゴアが興奮の眼差しと右腕を竜に向けていた。竜は会場一斉の視線を浴び、舞台へと爪を下ろす。ゴアが戦っていたらしい男が一人、のびていた。


「お前って奴ぁ……どこまで俺をゾクゾクさせりゃあ気が済むんだ?」

「そうだ、お前も来るか」

「ああ? どこにだよ?」

「戦場だ、きっと面白いぞ」


 ゴアはブランコみたいな粗製のソウルを竜の首に掛け、腰を下ろして腕組みした。


「どこへだって付いて行ってやるぜ。お前の行くとこならよ」


 前代未聞のパフォーマンスに当然会場は騒然としたが、シンカにはそんな事気にしている余裕はなかった。できれば挨拶しておきたい最後の一人が、都合よく観客席最前列で叫んでいた。


「ちょっと! どこ行くんだい!? 大会はー!?」

「すまない! 急用だ!」


 そんな言葉で納得するはずもないシビディアに、リマシィが金塊を投げつける。


「違約金よ。ありがたく受け取っておきなさい」


 シビディアは延べ板を掲げて何か叫んでいるが、もう聞き取れない高度まで上昇していた。


「よかったのか?」

「ええ……あの程度の端た金」


 声は苦しそうだった。


「あの……もうフィスカへ出発してよいでしょうか?」

「頼む。なるべく急いでくれ」


 竜が伸びやかに加速する。この後に及んで、三人の肝が三人分ちゃんと座っていた。ゴアが悠長に文句を言いだす。


「おいおい戦場ってフィスカかよ? あんなとこホントに強敵がいんのか?」

「贅沢言うんじゃないわ。シンカ様のご好意で連れて行ってもらえるだけでもありがたいと思いなさい」


 もう冥帝城が見えなくなっていた。


「そういやリマシィとか言ったな。てめぇも後で勝負しようや」

「嫌ですわよ、野蛮ね」


 会話を聞きながら、シンカは口を挟めなかった……風圧に口を開くのも億劫になる豪速飛行だったのだ。二人にはソウルの傘があっても、シンカには無い。突如、強風がなくなる。リマシィが気を利かせたのだ。


「いかがですか? 苦しくありませんか?」

「ああ、助かる……その」


 シンカは思い出して躊躇った。先ほどまでリマシィを泣かせていたのだ。


「どうかされました?」

「さっきはすまなかったな」

「私こそ、急に取り乱してしまって……お恥ずかしい」

「ヒューヒュー。お熱いねぇ。あー焼ける焼ける。おたくら付き合ってんの?」


 ゴアの棒読みに、リマシィはなにやら腕を伸ばす……鎌でブランコを切断しようとしていた。


「わっ!? バカやめろ! 俺は飛べねぇんだよ!」

「それはなお好都合ですわ」


 リマシィは笑い、ゴアが揺れては竜の腹にぶつかる。

 流れる荒野のパノラマにシンカは感動した。空を飛ぶという行為は開放的だった。冥府やフィスカの複雑な状況……しがらみから解き放たれる清々しい体験だった。


「それにしても、やっぱりシンカ様が救世主様だったんですね」

「偶然だ。それに滅ぼすかもしれないぞ」

「私はどっちでも構いませんよ」

 

 分厚い胴を後ろからを抱く細い腕が力を強める。地平の向こうから海が見えてきた。

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