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第25話 闘技祭⑥ 〜地上最強〜

 ゴアはバットよろしく、巨大な剣をフルスイングした。常識外の間合いから放たれた剣撃は、三日月を形どってシンカを襲う。ギリギリで見切ったその矛先は遥か後方、南ゲート付近を壁ごと粉砕して出入りを不可能にした。


(あの威力……直撃は俺でもヤバいかもしれない)


『だからこそ受けてやる』、アスミ=シンカとはそういう男だ。そのためにこんな摩訶不思議な世界まで来たのだ。


 息つく暇もなく迫る次の三日月を、シンカは白刃取りにした。その一撃は重く、踵が南ゲートの瓦礫近くまでシュプールを描く。火傷する思いで抑え込んだ砂の塊を、全力で投げ返す。

 しかし、それは一握りの砂を撒いただけに終わり、あまりの手応えの軽さにシンカは「おろっ?」っと変な声を漏らし、前につんのめる。

 手に撒いた革が擦り切れ、素手で砂を掴んでいたのだ。三日月はその場に落下している。


「なーにやってんだ?」

「う、うるさい」


 シンカは埃を払い、平静を繕ってゴアに問いかける。


「本気を出すんじゃなかったのか」

「もちろん! あんたにその価値があれば、俺も全力を出すぜ」


 剣を肩に乗せ、高慢な様子がシンカの癪に障った。


「それは逆だ」


 言葉だけを残して、シンカが消える……否、消える程のスピードで仕掛けた速攻に、ゴアは待ってましたとばかりに二本の剣撃を放つ。

 手刀二線でいとも容易くそれは切り裂かれ、ゴアが「なっ!?」っと驚嘆した時にはすでにシンカの間合い、回し蹴りを放つ瞬間だった。


 その瞬間、衝撃波が会場を黙らせた。


 常識的にヒトが成し得る限界を遥かに逸脱したその一撃は、ガードした大剣もろとも、北側の壁までゴアを吹っ飛ばした。高い壁が崩れ、最前列にいた観客まで落下する……その轟音と衝撃に、会場全体が凍りついた。


「お前が俺に本気を出させるんだ」


 安い挑発に、北側の瓦礫が吹き飛ぶ……シンカは驚愕した。瓦礫の勢いにではない、ゴアが無傷だったからだ。以前『ソウルの鎧で身を包まれたら、ソウルでないと対抗できない』とザクライが言っていた事を想起する。


 ゴアは震えていた。震えながら笑っていた。


「信じらんねぇ……てめぇはいったいナンなんだ」

「そんな事まで聞かなきゃ、全力も出せないのか?」


 仮面を着けているのも一因かもしれないが、シンカはこの男を前にすると、どこか高圧的に、挑発的になるらしい。

 舞台に落ちた観客がいそいそと壁に登ったりゲートに走り込む最中、ゴアは優雅にまっすぐ中央へ寄る。


「お前に感謝するぜ。初めて戦える」


 その目は幻想的な何か、絶世の景色でも見ているらしかった。


戦いは決して長くなかった。しかし一合一撃が比喩ではなく火花を散らし、グズグズに崩れゆく会場で、それでも観客達は試合に見入る。これを上回る戦闘なんて誰の目にも空前絶後だった。そのショーの持つ、どこか官能的な、人をゾクゾクさせる魅力に、人々は酔い痴れる。

 

 ここが冥府の中央でなければ、ひ弱なソウルの者がいればゴアのソウルを直視できないであろう。ゴアは見ただけで悍ましくなるソウルを鋭利な斬撃にして無尽蔵に飛ばす。

 シンカがそれを躱す……躱す位置を予期してゴアの剣撃がさらに襲う……更に避ける……弾丸と化したゴア自身がシンカと衝突する……衝撃波が会場を包む。


「に……人間の戦いじゃねぇ」、ヴォルグレイの口からは自然とそんな声が出た。横にいたリマシィまでもが目をまん丸くしている。

「まさか……シンカ様とここまで戦える人間がいるなんて」


『あ……あまりの衝撃と速さ……と言いますか常識を外れるあまり、失礼ながらわたくし実況を挟む余地がございません……』、実況も職務を投げ出した。


 会場中央、衝撃に互いが吹き飛ぶ。シンカは這いつくばり、踵と両手でブレーキをかけたのに、ゴアは大の字になって背面全体で地面を滑った。そのまま空を見上げて、惚けた様に青空を見つめている。


「どうした? もう満足したのか」


 無邪気をその笑顔に隠しながら、シンカは尋ねた。実際、楽しんでいた。


「やるせねぇよう。これじゃまるっきり、俺のために用意されたアトラクションみてぇじゃねえか」

「アトラクションは嫌いか?」

「俺ぁ生涯を賭けて、戦いを探してたはずなんだけどな……」


 まだ立ち上がろうとしないので、シンカは攻撃しなかった。


「初めて戦えると思った相手が、戦ってくれねえんだ……やるせなくて情けねぇ」


 シンカはその悲壮な言葉を骨の髄まで慮る。ゴアのその姿からダメージは見てとれない。どちらかといえば、ボロボロなのはシンカの方だ。ゆっくりと立ち上がってゴアは続ける。


「なあ? 俺は本気を出すに値しねえか? 土俵にも立てていねぇって事か?」


 しばらく間を置いて、シンカは左手に残った革の包帯をスルスルと解いた。それを右手のものと合わせ、バンテージにして右手に分厚く巻く。


「右、中段突きだ」

「は?」

「腹をガードしろ。一発だけ本気を出してやる」

「へん。馬鹿もほどほどにしろい。腹を攻撃されると分かってて、黙ってやられる奴があるかよ」


 ゴアは薄笑いを挟んで続ける。


「なんてな。きっとアンタの事だから、とんでもねぇのが出るんだろうな」

「死ぬなよ」


 シンカが右足を地面に突き刺し、深く腰を落とす。ゴアは自然と防御の構えを取っていた。


「こりゃ……やべぇな」

「いくぞ」


 その一撃からは『相手を倒す』という目的以外の不純物、無駄な動きや非合理はもちろん、音や衝撃さえも取り払われていた。惜しむらくは誰一人としてその機能美を目の当たりに出来なかった事だ。観客は『スコンッ』という軽快な音の方向に結果だけを発見する。


 ゴアの大剣中央には丸い拳大の穴が開き、失われた円柱部分はシンカの右腕でもってゴアの赤黒い腹に押し込まれていた。


 吹き飛ぶ事もなく、そのエネルギーを全て腹に打ち込まれたゴアは白目を剥き、もはや絶命したかと思われた状態から……神速の反撃に打って出る。左に一回転しながら放つ最後の一撃を、シンカは躱せなかった。


 肩口から袈裟に切られ、血を吹き出しながらも怯まず、シンカは自分の胸に倒れかかる男に、敬意を表した。最後の一撃はゴアのソウルが健常であれば致命傷だったかもしれない。


「見事だ」

「俺が……勝つ……」

 

 地上最強の男、ゴア=ライダルク。シンカは心臓にその名を銘打った。超常的な神通力が枯れ果てて、なお戦いを望むその姿に比類なき闘神を見た。

『もし生まれ変わったら』なんて、真面目に考えた事はなかったが、もし生まれ変わるならこの男と対等な関係であってほしいと初めて思った。


 最大限の敬意を持って抱きかかえ、北ゲートへと運ぶ時、シンカはようやく自分が冥府にいて、コロシアムで戦っていた事を思い出した……今の今まで静寂を保っていた観客達が、その拍手と歓声で会場を包んだのだ。コロシアムのほとんどが崩れ、瓦礫と化していた。


『あ……あまりの途方もないバトルに、失礼ながら私も実況するのを失念しておりました。勝者、アスミ=シンカ選手!』


 歓声と拍手が割れんばかりに盛る。続く『新冥帝の誕生』云々に関するアナウンスに、シンカは目線を送り、ゴアを指差して断った。


====


「俺は……負けたのか」


 何番煎じか分からないそんなセリフがゴアの開口一番だった。簡易な医務室の中、かける言葉も見当たらないので、シンカが黙って逃げようとするが、呼び止められる。

 シンカはその先を聞きたく無かった。聞き飽き、孤独になる言葉なんかうんざりだった。


「闘技場に戻れ。頼む……もう一回勝負してくれよ! なっ!?」


 突拍子もない申し出に、シンカは思わず爆笑してしまった。それは腹を抱えて涙を流す大爆笑だった。


「俺はふざけてんじゃねんだぞ!」

「すまんすまん……いや、受けてやりたいがそれは無理なんだ」


 シンカは仮面を外した。どこまでも愚直なこの男に隠し事をするのが心苦しかった。


「あ……おめぇは!? あん時の大食い男!?」

「俺はすぐにフィスカに戻らなくちゃいけないんだ。再戦ならそのあとにしてくれ」

「なら俺もフィスカにいくぜ!」

「この国はどうなる」

「この大会で勝った奴が冥帝をやりゃあいいんだよ!」

「主催者だろう。最後まで責任を持て」


 そこに入室し、遮る従者の声があった。


「冥帝様、次の対戦希望がございましたが……いかがいたしましょうか?」

「おっ、すぐ行くぜ! 終わるまで逃げんなよっ、大食い男!」


 言いながら元気に意気揚々とベッドから走り出してしまったので、シンカは客席に帰ろうとした。ゴアを呼びに来た女の従者がそれを止める。


「えーとアスミ様? ベスト4の褒賞がありますが、このまま受け取って帰られますか?」

「まだ次の試合が残っているはずだが?」

「さきほどの試合を見るなり棄権されました」

 

 闘技場が半壊する死闘を見せつけられたのだから、無理からぬ選択だ。シンカは同意して、価値のありそうなものが見つかればそのまま帰ってしまおうかとまで考えた。


「こちらです」


 城の上階、宝物庫の前まで女が直接案内してくれる。三人も詰めた門番が開いたその部屋は、棚の部屋だった。

 シンカが手を伸ばしても届かない高い天井まで棚がそびえ、宝石からガラクタにしか見えない骨董まで、等間隔に陳列されている。


「しかしいいのか……ここは宝物庫だろう」

「本来ならば全てアスミ様の物なのですが……まあお好きなものをお好きなだけお持ち帰りされたら良いでしょう」

「では遠慮なく」

「まあアスミ様が押し込み強盗でも、たぶん止める術はないでしょうから」


 女はそんな冗談で笑った。

 シンカは『金目の物を』、と聞かれてすぐに目利き出来る男ではない。取り敢えずウロウロしながら、モグリの自分でも価値が分かりそうなアイテムを探した……そしてチンプンカンプンのまま部屋の一番奥まで行ってしまった。


 宝物庫の最奥は天井がステンドグラスだが、境目が粗雑だし、壁際にパラパラと天井の破片が落ちている。埃を煌めかせる淡い光の下、そこに元々あったはずの大棚が二つ外され、たった一つの巨大なモニュメントがスペースを占有していた。


 シンカは止まった……思考も視線も釘付けになってしまう。見える筈の無いそれは確かにそこにいた。首を巻いた大きな大きな黒い竜。触ったら寝息と鼓動がありそうで、シンカはそれに触れてみた。


「それを持って帰って頂けたら……こちらとしても大変助かるのですが」

「乗って帰れるんなら引き取るんだが」

 

 寝息も鼓動も無い。それでいて確かに死骸と呼ぶには綺麗過ぎた。艶かしいくらいに色合い豊かな黒の翼を休め、気持ち良さそうに昼寝をしている。そんな感じだ。


(置物……神仏の彫像か?)


 都合よく目を覚ましてくれないものかと、シンカはぐるぐる回ってそれを調べるが、よくわからず、眠りを妨げるのもあまりに無粋で気が引けて、諦めた。


 再び宝物庫を歩き、次に気になったのは、コンパクトで価値の保障されていそうな金の延べ板だった。手に収まるか収まらないか微妙な、丸みを帯びた長方形の延べ板を振ってみる。


「ちゃんと重い」

「それならいくつかありますよ」


 女はシンカには見えない梯子に登り、同じ物をいくつも手に抱えた。シンカはこの世界における金の価値に自信が持てなかった。メッキの鉛じゃないか心配になる。


「売ればいくらかになるだろうか」

「金ですから、どこで売ってもかなりの額に……」


 中途半端に区切るので、シンカは彼女を見た。


「なるのか? ならないのか」

「あ、あア……アレ……」


 視線を遠く、シンカの奥に向けて狼狽している。震えながら指差す方角……そこには首をもたげた竜が、虹色の陽光の下、神々しくその光を仰いでいた。


 無意識に、気づけばシンカはすぐ近くまで足を引き寄せられていた。


「竜……」


 ここに及んで、シンカはまだ自分が世界を救う救世主だなんてのぼせ上がっていない。一個の人間が、やれ世界を傾ける、やれ世界を救う、そんな事態を引き起こす確率なんて、無意識の公算が無視していた。


 ドラゴン……黒い高級な毛皮の光沢を持ったドラゴンは、その巨体にふさわしい悠々とした所作で、首を小さなシンカに向けて見下ろした。

 突如、それは翼を広げ、目を光らせる……予期せぬ幸運に、シンカが一歩下がって臨戦態勢を取る。しかし竜は襲って来なかった。光った竜の瞳が地面を照らし、そこに見知った少女が現れる。


「ルシア?」

「え……シンカ?」


 ぼんやりと映る背景は、これまたよく見知った部屋だった。

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