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第21話 闘技祭④ 〜ベスト16〜

 曇天の下、客席最前列まで走ったリマシィは、身を乗り出して叫んだ。


「ゼンフィス! ギブアップしなさいッ!!」


 すでにいくつも深手を刻まれ、血だらけのゼンフィスは空から微笑みだけリマシィに返す。


 空からの渾身のダイヴは火花を散らして切り違える。ゼンフィスの武器、手甲と剣を併せた獲物は相手の肩をかすめ、代償にゼンフィスの首が飛んでいた。


「バカな子……」


 それしか言えず、リマシィは俯いて客席まで戻った。


「相手が悪かったな、強ぇ強ぇ。リマシィでも苦労するぜ、ありゃあ」


 足を前の観客席まで投げ出して、ヴォルグレイはそうこぼした。冥府では茶飯事の安い遺憾に、リマシィの心が引っかかった。

 叫んだ自分が可笑しいのか、ヴォルグレイが冷たいのか分からず、なんとない不一致に違和感を覚える。


「仇は私が討つわ」

「どうしたんだリマシィ? らしくもない。大声で叫んだり、急に仇討ちなんて」

「私は変わったの。シンカ様のおかげで……」


 リマシィもう一つ、先ほどまでいた観客席との不一致に辺りを見回す。


「あれ? シンカ様は?」

「リマシィが叫んでる時にどっか行っちまったぜ。便所だろ?」


====


 仮面の男は選手入場口の奥で、敵と対峙していた。


「なぜ殺した?」

「なぜ? なぜって、不思議なことを聞くんですね」


 ゼンフィスを殺したのは少年だった。溌剌と見えるエメラルド色の瞳、クルクルと巻く短い髪、声もハキハキして、およそ人を好んで殺す人間の風体には見えなかった。

 それだけに、彼が右手に下げているモノの異様さが際立つ。


「あれだけの実力差があれば、殺さずに済んだ筈だ」

 

 ソウルが見えずともそれくらいは見抜けた。それだけの場数と経験の蓄積がある。ただ見えないが故に、試合を止められたかった事を悔いていた。


「ああ、そういう事ですか! この子、可愛かったから!」


 笑顔で右手を上げて、少年はゼンフィスの頭に嬉しそうに頬を寄せる。ソウルで包んでいるのか、それはまだ生きている様に血の気があり、かえっておぞましく、シンカは思わず目を細めた……本当は伏せてしまいたかった。


「可愛かった……から?」

「そう! わかるでしょ? こうすればずっと一緒にいられるから」


 分からないし、理解しようとも思わなかった。

 たとえこの世界、この冥府ではそれが普通だと説得されても、シンカは内側から滲む憤怒を抑えきれそうになかった。


 このままではゼンフィス浮かばれない気がして、腕を伸ばし、声を震わせた。


「返せ」

「ダメですよ僕のものだもん。なぜ見ず知らずのあなたに」

「その娘、ゼンフィスは俺たちの仲間だったんだ……」


 『弔ってやりたい』という続きをシンカは口に出来なかった。それにあたる言葉が翻訳できなかった。

 伸ばした手の横を通って、少年は控え室へと歩き出す。


「君、ゼンフィスって言うんだ。よろしくねゼンフィス」


 もう少年の顔は見えなかった。振り返って、その背中にシンカは呼びかける。


「頼んでも駄目か?」

「ゼンフィスは繋ぎだから……次が控えてるから。すぐに渡せると思いますよ」


 解釈にシンカは黙考した。理解から怒りを催すより早く、少年は続ける。


「あ! でもあの娘も確かあなたのお仲間ですよね?」

「……リマシィか!」

「彼女、綺麗だったなぁ。早くあの白い手に触りたいな」


 夢遊病みたくフラフラと歩いていく少年を、シンカは何もずに黙って見送った。価値観の違いというものは、どうにも崩せそうになかった。


====


「ずいぶん時間かかったな! よっぽどデカい大だったんだな!」


 リマシィに叩かれるヴォルグレイを尻目にシンカは着席したが、今日の試合はほとんど消化されていた。

 四回戦が終了し、残るは16人。明日でベスト4が、明後日には優勝者が決まるハードスケジュールだ。




 落日の帰り道、ずっと考えていたシンカは、切り出せなかった言葉を言おうとした。


「なあ、リマシィ……」

「駄目ですよ、シンカ様。どうせあの相手のところに行っていたのでしょう?」


 シンカは答えなかった。


「ゼンフィスの仇は私が討ちます。私の旧友の仇を、私の手で討ちたいのです」


 リマシィの声は怒りも悲しみも含んでいない。それが逆に決心の表れのようにも取れる。


「相手は強いんだろう? それに、あの少年はリマシィを殺すとも……」


 リマシィはその頭と腕をシンカの腕に寄せた。


「私の心配をしてくださっていたのですね。でもご心配無く。私は負けません」

「棄権すればいい。無理をする必要はない。俺が勝てばいいだけだ」

「私、最近なんとなくシンカ様の価値観が分かってきた様な気がします」


 すぐ右下で、リマシィの黒いヘッドドレスが揺れていた。


「とにかく、あいつは殺さずにとっちめてみせますから。見ていてください」

「それなんだが……殺しても止むを得ないと思うんだ」


 腕が軽くなる。曇った鈍い夕焼けの茜色に染まったリマシィが、シンカを見ていた。


「あら? どうされたんですか、急に?」

「相手は自分を殺す。自分は相手を殺さない。これはエゴだ」

「いいじゃないですか、エゴ。私達にはその我儘を通すだけの力があるんですから!」


 二人の帰る安宿が見えてくる。心なしか、道行く人々がみな二人を見ているようだった。


「それはそうかもしれんが……あの少年はきっと、これからもたくさんの人間を殺す」

「まあそうでしょうね」

「いや、いい。今の話は忘れてくれ。リマシィは自分の好きなように戦えばいい」

「もちろん、そのつもりですわ!」




 ボロボロの宿では、シビディアが今や遅しと食事の用意して待っていた。部屋まで綺麗になって、風通し以外は見違えている。


「二人ともお帰りよ! 今日も勝って、優勝まであとちょっとじゃないか!」


 シビディアはずっとこの宿で引きこもっていたのだ。真黒き翼とは仲良く出来ないから、と家政婦みたいな役に回っていた。


「無駄ですわよ。そんなシンカ様を食欲から取り込もうなんて無粋な真似、おやめなさい」

「ほほぅ? もしかして妬いてるのでありますか? 真黒き翼の死神、てんで料理のできないリマシィ様?」


 この事は昨晩、シンカがシビディアに口を滑らせたのだ。リマシィの手料理うんにんは抜きにしても、シビディアの料理は上手だった。リマシィも五感をフルに動員してまじまじと料理を堪能したが、その実力は認めざるを得なかったらしい。


「あんな炊事場で、こんなものが作れるの?」


 簡素ではあったが、リゾットとマリネとステーキの三品はどれも掛け値無しに良い味だった。シンカは三品全てを7皿づつおかわりしたがったが、黙って平らげた。


「なんなら作り方教えてやろうか? リマシィ?」

「どうしても教えたいというのなら……私はやぶさかではありませんが」


(ツンデレだ……)


 家の外にある炊事場へと向かう二人を、シンカは邪魔したくなかった。


「俺も出かけてくる」


 シンカも外に出る。しばらくして宿の窓を覗くと、二人はまだ何やら作っていたので、シンカはさらにブラブラと散歩してから、料理のすっかり完成しているらしい事を確認して宿のドアを開けた……いい匂いが広がった。


「リマシィの作った特製メニューだよ!」

「その……お口に合うかどうか分かりませんが。よかったら」


 本当に自信なさそうに恥じるリマシィは可愛らしく、ちゃんとシンカの食べる分量を計算して用意された手料理は、シンカの大雑把な口にはどれも美味かった。



 次の日。


 

 ベスト8には冥帝と戦う権利が与えられる。しかも今から行われるベスト16で勝利した者には、その権利がその場で与えられるのだ。


「なんでも、活きのいいうちに戦いたい、とかいう冥帝の配慮だそうですわ」

「よほど自信家らしいな。そいつは」


 控え室で偶然一緒だった二人は、死ぬかもしれない戦いを前に呑気だった。


「これまでの情報を総合するに、もしかしたらシンカ様と戦えるほどかも……」

「リマシィよりも強いと言うのか?」

「私たちが徒党を組んで保っていたバランスを、そいつは一人で壊してしまったと言いますから……どれほどのものか想像もできません」


 シンカは元いた世界で腐るほど聞いた言葉の切れ端を思い出した。『奴はホンモノだ』『別次元だ』『やってみればわかるさ、あいつには敵わねぇよ』……


 やってもわからず、ホンモノにも出会えず、ついには本当に別次元に来てしまったらしいと自覚して、シンカは自分に呆れ返って苦笑した。


 本日の初戦を勝利で飾った男が、担架で帰ってきた……晴れ舞台で、地獄の帝王にコテンパンにされたらしい。


「やめておこう。たぶんどれだけ強くても、この世界の人間では俺を倒せない」

「シンカ様がそう仰るなら……」


『リマシィ=マルー選手! ゲートから入場してください!』


「では行って参ります」

「うむ」


 強敵を控えたリマシィに、シンカは『頑張れ』の一言も言わず、それだけで見送る。

 リマシィの黒いシルエットが暗い通路に溶けていった。

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