第19話 闘技祭③ 〜快進撃〜
シンカは人だかりの向こう、オッズ表の方をぼんやり遠目に眺めながら、フィスカが自分のせいで戦火に包まれているかもしれないと懸念して焦っていた。
(俺がフィスカを救う義務は無いが……もし俺のせいで襲われていたら……)
「うぅ……」
「大丈夫か?」
顔色の悪いリマシィに水筒を渡す……二日酔いだった。
「えぇ……ありがとうございます。それにしても、意外と伸びませんわね、シンカ様のオッズ」
「そうなのか」
オッズ表は電光掲示板のように目まぐるしく動いている……らしい。ソウルを使ってそんな事、まで出来るのかと感心したが、見えない物に対する興味なんてオバケほどにも湧かなかった。
遠くの方では威勢よい声と共に、掛け金が酒樽に投げ込まれている。最終集計はリマシィ1.4倍、シンカ21,1倍という結果だった。
「十分じゃないか」
「シンカ様より下の連中はいったい何をやっていたのかしら?」
予選通過者212名中、シンカの倍率は31番目に高い。リマシィは212番目、つまり一番人気だ。
二人の後ろから「私達が旦那さんで大穴狙いましたから!」と溌剌な声が響いた。
声の主、ゼンフィスは両手で堂々とその腰を掴み、後ろには他の三人も揃っていた……男だけは見るからに体調が芳しくないようで、ヴォルグレイに肩を借りている。
シンカは「どうしてだ」とだけ、挨拶もせずに聞き返した。シンカはこの娘を『元気な女の子』と値踏みしていた。
「だって昨日、リマシィ様が『優勝するのはシンカ様だ』って、それはもう嫉妬する事猛々しい程に宣言してましたから!」
「なるほど、な。どうりで収集した情報も覚えていないわけだ」
ベンチで俯くリマシィを見ると、リマシィも申し訳なさそうにシンカを見上げ、しゃがれた声で謝る。
「うぅ……すみません」
『それではトーナメント一回戦を始めますので、出場者は闘技場一階の待機室に集合してください!』
「おいじゃ旦那! 一回戦落ちなんて肩透かしだけはカンベンしてくれよな!」、ヴォルグレイに肩を叩かれる。
「ん? みんなは来ないのか」
「何言ってんだ。うちらはみんなシードだよ。掲示板に書いてあんだろ」
「ああ……リマシィを頼む」
何もない空を示されて、シンカは見たふりだけしてから闘技場の門をくぐった。
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仮面と包帯を着け、俯いて精神統一をする。この戦闘開始までのモラトリアムが、シンカはなんとも言えず好きだった。
まだ見ぬ強敵への妄想を最大限に膨らませ、興奮と不安のカクテルに興じる。
「えー26番。アスミ=シンカ! 南ゲートから入場、通路を進んで、銅鑼が鳴ったら戦闘を開始してください」
暗い通路。その先の小さな光。聞こえてくる幾千の歓声。
(この先にいるのが師匠だったら最高だな。ドラゴンでも良いかもしれない)
彼の求めるスリルは、もはや妄想と空想の中にしか存在出来なくなっていた。
千載一遇の奇跡を求めて、シンカは光の方へ足を早める。仮面越しに射す光は、いやに眩しかった。
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『続いて予選18組目! 北ゲートからは29番人気、予選で芸術的なパフォーマンスを披露したナイスガイ! 新進気鋭のギルド『クール&クレイジー』からイェールマイン=オッドー選手の登場だぁー!!』
黄色い声援が目立って沸き起こる。観客席のヴォルグレイも、男みたいな低い声で相手を賞賛する。
「おっ!なかなかイケメンじゃねぇか!」
「やだヴォルグレイ。ああいうのが好きなの?」
『続いて南ゲートから入場! 仮面に包帯、正体不明のヘタレ仮面、アスミ=シンカ選手! 予選では逃げ回ったが、もうリマシィは助けてくれないぞ!!』
「ようやく旦那さんの出番ですね!」
「まあ見ても見なくても結果は一緒よ」
ゼンフィスははしゃぎ、リマシィはようやくいつもの調子を取り戻していた。まだ駄目らしい男はグッタリとダウンして、子供に介抱されている。
「よほど自信があるみてぇだけど……取り敢えず、あの仮面と包帯はなんとかなんねぇのか?」
「彼、シャイなのよ。目立ちたくないの」
銅鑼が鳴った。シンカの相手の男はかなり大きな翼を広げ、両端に刃のついた槍を回転させながら空へと昇る。
右の前髪が右目を隠すほど長く、洒落た奇抜な服を着ているので、戦闘より楽器と歌が似合いそうだ。
「相手の方、見た感じなかなか良いソウル持ってますよ! 噂では新興勢力の名うてだそうです!」
「あらそう」
興味なさそうなリマシィの目線の先、シンカは構えもしなかった。両手をダラリと下げ、少し顎を上げて仮面越しに相手を見ている。
「そういや、予選ときは武器も防具も全く出さなかったな。あいつ、どんなソウルを使うんだ?」
「ソウルなんて関係ないわ。あの人には……なんにも関係ないの」、リマシィの顔が泣きそうな悲しさを宿した。
相手の長大な翼は伊達では無かった。短い加速で最高速へと到達し、致命の刃でシンカを襲う。遅れてシンカも相手に向かい、二人の軌道は交差した。
衝突の音が弾け、立ち位置を入れ替えた二人は互いに振り返り、翼の戦士は再び槍を構えなおす……どちらも無傷だった。
「あのイケメン、なかなかやるぜ」
無表情ながらも好戦的な相手は、追撃を加えんと右足を踏み込み飛び上がろうとする……が、その一歩目は平坦な地面に嫌われ、膝から前のめりに転倒した。
『なんだぁ? イェールマイン選手、どうしたァ!!?? ってヘタレ仮面も何処へ行くー??」
そんな疑問は会場の至る所で湧き上がった。何を確信したのか、シンカはもう入場口へと帰っている。
相手の男は自らの管制下に無い膝を鼓舞し、立ち上がろうとしては転ぶ事2回。歩行を諦めて翼を出したものの、あまりにも朦朧としたそれは、翼と呼べる形さえ成さず、ついに崩れ堕ちた。
勝者の名前が疑問形でコールされた時、当人は暗い通路へトボトボと消えるところだった。
「おいリマシィ! 何したんだよアイツ!?」
ヴォルグレイに揺さぶられながらも、リマシィにはそれが聞こえないようで、
「シンカ様……寂しそう……」
と、それだけ呟いた。
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シードの六人が戦いに赴くまでの短い時間でシンカは情報を出来るだけ収集した。と言っても、詳細はさほど判然としなかった。昨晩聞いた話と内容はほとんど一緒だ。
自分がフィスカに献身する理由はないが、シンカは大会が終わったらすぐにフィスカの戻ることを決心する。
「次はヴォルグレイとやらの番か……」
二回戦も中盤に差し掛かり、シンカは具合の悪そうにしていた男と一緒に観戦していた。
その横には無口な幼い少女……近くで見れば少女であった事に、シンカは子の時初めて気がついた。
「ヴォルグは近接戦でリマシィ様とタメ張るレベルですからね。まあ負けませんよ!」
「ほう」
この二人は二人とも、二回戦であっけなく敗北して戻ってきたのだ。
「くっそぉ……俺だって酒さえ抜けてりゃ勝ってんよ」
男の試合には会場全体が腹を抱えた。
対戦相手に終始押し込まれ、逃げ回った挙句に嘔吐するという、それはそれは見事な道化役を演じきってギブアップするという幕引きだった。
それで観戦席に戻った男のヘラヘラした笑いに、シンカはなんとなく『チャラいなあ』と思うばかりだった。
その点、少女は印象が違う。
「わたし……戦いはタントーじゃないから」
少女は、フラフラと空で立ち回った末、場外で負けた。シンカには手を抜いてわざと負けたようにしか見えなかった。
ほとんど喋らず、シンカが目を合わせると男の影に隠れてしまう。
闘技場に目を戻せば、尻もちをついた対戦相手の横でヴォルグレイがガッツポーズを四方に振りまいていた。
彼女はすぐにシンカ達の席まで戻り、これでもかと言うほど男を蔑んだ……そして最後には男が、胸ぐらを掴まれながらも逆ギレした。
「そうはゆーけどアレですやん! 昨日俺にしこたま酒飲ましたんはどこのヴォルグレイさんだったかなぁ!?」
「んだとゴラァ!」
ちょうど二人のすぐ近くに座っていた少女の「リマシィ様出てきた」という小さな声で、不毛な口論はようやく終焉する。
『東ゲートより大本命は一番人気ィ!!! みんな待ってたホンモノの登場だぁ! 『真黒き翼』の創始者にして数年で三大勢力へと押し上げた伝説の死神! 冥府にその名を知らぬ者なし! 美貌も実力も傾国のお姫様……リマシィ=マルー!!!』
大歓声だった。両肘を抱え、リマシィはいつも通り退屈そうにしている。
『そして西ゲートからぁ……おっとぉ!?』
西ゲートから出てきたのはシンカ達を案内した警備兵だった。大きなバツ印を頭の上に掲げて首を横に振る。それを見たリマシィは、まるで前のシンカを真似するみたいに踵を返した。
会場中大ブーイングではあるが、リマシィならば『懸命な判断』と褒めるところだろう……相手が不戦敗を選んだのだ。
観客席に戻り無言で傍に座ったリマシィに、シンカはなんとなく、目を合わせずに尋ねた。
「退屈とは思わないのか?」
戦う相手がいなくて。それはもう言わずとも分かってもらえる。
「私にとっては……戦闘は手段。目的ではありませんから」
正論だ。戦うために戦うなんて、きっと馬鹿げているのだ。普通は生きるために戦う。
それ以上、シンカは何も聞かない事にした。それ以上聞くのは、自分が子供っぽく思われるようで憚られた。
無事ゼンフィスも無傷の勝利を収め、二回戦は終了する。
三回戦は残った全員が危なげなく勝ち進み、四回戦でゼンフィスが死んだ。




