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第17話 闘技祭② 〜邂逅〜

『さぁ!! 始まりました記念すべき初戦。五人or一チーム生き残り、サドンデス&バトルロイヤルに相対するは四頭の竜殺し! いったいどのチームが本物か!? はたまた全部偽物か!? それはこの試合の結果が教えてくれるでしょー!』


 若い女の軽快なアナウンスと銅羅に触発されて、四チーム入り乱れての大混戦……そんな事にはならなかった。

 

 会話が無くとも、しばらくは視線で牽制し合い、ターゲットを決める。音無き合議によって導き出されたのは、数の多い方から減らそうという、単純かつ真っ当な結論だった。シンカ達の正面には、残る三チームの合計に近い数がいるのだ。


 三チームの共同戦線が張られた事で、ようやく火蓋はゆっくりと切られる。ターゲットにされたチームの頭目らしい女が狼煙を上げた。


「てやんでぇ! 数なら五分五分だっての! 『各個撃破』! それだけよ!」


 女に呼応する男達の気合を皮切りに、ようやく戦闘は始まった。


『どうやら残る3チームは竜殺しパート2、人数の多いパート2に狙いを絞ったぁ!』


「それじゃあシンカ様はテキトーに逃げてください」

「リマシィも気をつけろよ」


 リマシィは笑顔で手を振って飛び立つ。少しの間その後ろ姿を眺めながら、その心配が杞憂であった事に気づく。リマシィは他の誰よりも速かったし、ソウルが見えないシンカにも戦闘が上手である事は十分に見て取れた。


 次第に正面のチームが数を減らしてゆく。基本的に高い壁に囲まれているため場外は無いが、壁を登ったり飛んで客席へと逃げだす者も多かった。


『たった二人のパート4、27が強いぞぉ、華麗だ! もう一人は『見』に回る作戦のようだが……』


「おい兄ちゃん、そこが観客席じゃあねぇのは知ってるよな?」


 協定があるわけではないのだ。戦力が拮抗に近づけば当然の混戦模様になる。左から迫ってくる男に、シンカは一言も返さずダッシュで逃げた。


「あっ? あんにゃろ!」


『おぉーっとぉ? 26番、逃げの一手か!? どうして参加したんだ? ヘタレだ、ヘタレ仮面だぁー!!』


 実況にはイラっとしたも、それ幸いと逃げ続けた。

 

 ギリギリ追い付かれないスピードを維持して逃げ廻っていると、また新たな追跡者が現れ、古い追走者は違う相手と戦闘を始める……気づけば観客達の待ち望んだ大乱闘になり、会場は沸き立っていた。

 

『ヘタレ仮面とは打って変わって、華麗に舞い踊るはゼッケン27番、本戦出場は確定的か!? 名前は、えー……なななんとリマシィ=マルー! 竜殺しのバトルロイヤルに伝説の『真黒き死神』を名乗って躍り出るとは、なんて大胆不敵なレディー!』


 予選とはいえ観客にとっては大切なパドックだ。その数は優に三千人を超る。中には目の肥えた者、実際にリマシィを目撃した者も含まれるはずだ。リマシィの作戦はこの時点で奏功していた。


 リマシィは空からシンカの元へ舞い戻った。残った8人の精鋭達はなぜか二人を襲ってこなくなる。


「予定通りですわね」

「どうしたんだ。もういいのか」


 シンカはソウルを使った戦い……というより、賭け事全般に無知だった。


「彼らは私達を倒して残り五枠を争うより、私を避けて残り三枠を狙う方を選んだのでしょう……懸命ですわ」


 ネームバリュー、あるいはブランドイメージとでも言うべきか。

 結局、リマシィの言う通り、残り5人になるまで二人に向かってくる敵は現れなかった。

 栄えある勇者五人を讃える紹介において、シンカだけは『ゼッケン27の棚ぼたで残ったヘタレ仮面』と道化扱いされた。


「今のうちに笑っているがいいわ。あとでシンカ様に度肝を抜かれるんだから」


 リマシィの笑顔は、目だけ笑っていなかった。


 無事予選を通過した二人は通路を引き返す途中、次の選手達とすれ違う。正確には、入れ違おうとして、お互いに足を止めた。

 次の試合もバトルロイヤル、真黒き翼を名乗ったチームの総力戦だ。


「あら?」


 この言葉に『またリマシィの知り合いか』、そう思ってシンカは相手を見やる。いかにも戦えそうな女二人に男一人、目線を下げると、まだ年端もいかない少年だが少女、計4人のチームだった。


 ビリビリと伝わる緊張感にシンカは直覚した。これが本物の『真黒き翼』に違いない。


 女の一人がリマシィに凄い勢いで飛びつく。暗い通路でも溢れる雫が煌めいていた。


「リマシィ様ぁ!」

「情けない声を出すんじゃないわゼンフィス。元気そうね」

 

 久しい再会に自分は場違いだ、水入らずで積もる話もあるかもしれないと案じ、シンカは一人無言で観客席へと戻った。





 戻ったシンカはシビディアを見つけ出して横に座る。冷たい石の席は我慢できても、仮面を外したのに周りの冷ややかな視線が刺さっているみたいで嫌だった。シビディアにはちゃんと茶化された。


「これが逃げ足コンテストだったら、アンタに何の躊躇も無く賭けたんだけどね」

「ほっといてくれ」


 腕を組んでムッとする。仮面をして良かったと思った。もし着けていなかったら、今頃、後ろにいる知らない男にまで『よっ! 棚ぼたキング!』だのと酒気混じりに笑われていたに違いない。


「それにしても運が良かったね、何回か危ないシーンもあったのに……あの長槍なんか、腹のど真ん中にブッ刺さったかと見間違えたたよ!」

「…………」


 見る事も感じる事も出来ないのに、雰囲気だけで避けろというのは、いくらシンカでも無茶というものだ。服をよくよく見れば、穴が空いていた。たぶん刺さってそのまま通り抜けたのだろう。


「リマシィはどこに行ったんだい?」

「もうすぐ戻ってくるだろ」


 そう返答した理由は、先ほどの真黒き翼と思われる五人が武舞台に現れたからだ。案の定、すぐにリマシィは二人の元に戻り、ちょこんと座った。

 シンカの地獄耳に誰かの『あのリマシィ、本物らしいぜ。近づくと殺されるぞ』という声が聞こえ、ちょっと羨ましかった。


「すみませんシンカ様、なんだか気を使わせてしまったみたいで」

「いや別に……もうよかったのか?」

「今夜一緒にご飯を食べる事になりました」

「そうか」

「シンカ様もご一緒に」

「は? なんで俺が」

「その……是非フィアンセも一緒にどうか、と誘われてしまったもので」


 大きな銅鑼がその巨体に恥じない低音を鳴らす。観客席が一斉に騒ぎ、しばらく会話を続けられなくなってしまう。

 二回戦はあまり数のバラ付きがなかったせいか、3方向に分かれた3チームが真っ当な集団戦を展開し始めた。


「あのなあ……」

「わかっていますわ。つい話の流れで……だからその」


 空中戦を遠目にチラリと横を見ると、リマシィが悲しそうな顔をしている。シンカは一つ溜め息をもらした。この男の食費はいつだってバカにならない。


「今回だけだぞ」

「はい!」

「昔の知り合いか」

「今ギルドを、真黒き翼を率いているのは彼女達だそうです」

「少ないな」

「もっといるはずなんですが。まあそれも今夜聞いてみましょう」


 観客席はごく短期の決着を見た。さきほど見た四人は牧羊犬の如くに相手を追い回し、追い詰め、最後には残った3人の敵を取り囲んで白旗を揚げさせる……軽傷が二人だけ、という圧倒的大差の試合結果だった。


 そのあと四試合ほどのバトルロイヤルをシンカはボーっと眺めていた。眺めながら暗鬱な気分に囚われていた。


 当たり前だが、何をしているのかよく分からない。目を引くほどの使い手も現れない。いや、そんな相手は存在しないのだから現れるはずもない。これだったら元の世界で科学技術の発達を待っていた方がよっぽど……


「ねぇシンカ様。聞いていますか?」

「ん、なんだ?」


 頬杖にボーッと寄りかかって、どこかに行っていた自分を、元の場所に戻す。


「私、宿を探してきますわ。早くしないと埋まってしまうかもしれませんから」

「宿なんかあるのか」

「一応、冥府の首都ですから、城下町にはあったはずですが」

「そうだな。早めに探すか」

「まだご覧になりたいのでしたら、私一人で行ってきますよ?」

「いや。もう行こう」


 辺りは熱気と大歓声に包まれているのに、自分だけ音の届かない水に浸っているような錯覚に陥っていたらしい。

 シンカは滅入るお祭り騒ぎから逃げ出すべく立ち上がった。




 城から近い宿は軒並み予約済みで、飛び回ったリマシィがようやく探し出したのは、かなり離れた小さな民宿だった。

 もはや民宿と呼べるかどうかも怪しい。蜘蛛の巣と埃をふんだんにトッピングした、それは風通しの良いあばら家だった。窓が割れ、床には穴が開き、一つしかない出入り口には鍵も掛かっていない。壁にうっすらと残る黄ばんだシミは、斬撃による痕跡と見て取れる。


「これ……血痕じゃありません?」

「は? 気のせいっしょ。こっちゃギリギリの超良心価格でやってんだから、言いがかりは止してくれろ」

 

 いかにもチンピラ風のオーナーは、決して安くない先払いの宿泊費を受け取ると、上機嫌で去って行く。


 引き返すタイミングはあったのだが、最悪女二人はリマシィの昔馴染みの家に行けばいいだろうとの結論だった。あの五人はかなりいい宿、ホテルに泊まっているというのだ。





 向かってみればそこは三階建の、ハーフティンバーと赤い屋根が特徴的な洒落た三階建だった。


「シンカ様、その……私たちがあんな廃屋に泊まっている事は黙っていてくださいね」

「わかってる」


 『地獄の沙汰も金次第』、そんな諺が脳裏をよぎる。赤い絨毯の階段を登り、リマシィのノックに三階のドアを開け放ったのは、昼間に見た四人の一人、背の高い女だった。

 長身といっても並大抵ではない。シンカと目線を平行に並べる、骨格からして威勢の良い筋骨隆々の女だった。


「おう! リマシィが旦那を連れてきたぞ!」


 ドアを開け放った瞬間に酒の匂いが広がり、中からは酔った女の笑い声が聞こえてくる。


「明日から本戦が始まるって言うのに、そんなに飲んで大丈夫なの?」


 中は四つのベッドが四隅に並ぶ豪勢な部屋だった。奥のテーブルに大きな樽が一つ置かれている。長身の女は部屋の鍵を閉めてからシンカとリマシィの背中に答えた。


「何言ってんだ。その事でヤケになって飲んでたんじゃねーか」

「優勝を狙っていたのなら、懸命な判だグゥー!?」

 

 昼間『ゼンフィス』と呼ばれた女がリマシィにタックルをしていた。室内には幼く見えた子供以外の3人が揃っている。


「リマジィさまー! ずっと会いたがったんですよぉー」

「また、お酒弱いクセにそんな飲んで」


 窓際の椅子でグラスをカランカラン鳴らしていた男は、なぜかシンカの目を見ながら言う。


「ゼンフィスも浮かれてんすよ。大好きなリマシィ様に会えてね」


 シンカのズボンが急に重くなった。ゼンフィスが泣きながら縋り付いている。


「旦那さん……リマシィ様を幸せにしてあげてくださいね」

「俺は旦那じゃない」

「ふぇ? じゃ、じゃあ、まさか体だけの関係とか!? そんなの絶対……今すぐ殺して……」


 俯いてボソッと放った呪いが聞き間違いでは無いらしく、シンカの額に変な汗が滲む。リマシィはすでに部屋の奥に進み、男に酒を注がれている最中だ。


「私が一方的に惚れて、シンカ様の旅についてきたのです」


 続いて長身女の太い腕が、後ろからシンカの首を絞める。


「なんだぁ? リマシィのどこが不服だってんだよ? そりゃあ気が強えし、料理は出来ねえし、気まぐれだし、よく嘘も……」

「死にたいの? ヴォルグレイ」と、笑顔のリマシィがセリフを断ち切った。


 そういえば料理をする様子を見た記憶が無い事に、シンカは気がつく。


「じょ、冗談じゃねえか! なっ? 旦那?」


 長身女、ヴォルグレイは作り笑いで手前のベッドにシンカを推して、棚にあった大きなジョッキをに投げた。窓際の男がにこやかに『注ぎますよ』とだけ手を差し伸べてくれる。


 扱いは乱暴だったがシンカはなんだか飲む前から気分がよかった。フィスカを出て以来の、人の温かさに触れた気がしていた。そこで飲む葡萄酒が不味いという事は無かった。


「いい飲みっぷりだ。酒の方は、強いみてぇだな」


 弱い方の何かを強調する言い方だった。触発された長身女もジョッキを呷ってからリマシィを見る。リマシィは湯飲みみたいなグラスを、両手でお茶のように啜っている。


「あなた達、詰めが甘いわね。私が出るなんて思ってもいなかったんでしょうけど。それにしたって本気で優勝を狙うのならフィルクレッサくらい投入すべきだわ」 


 その名を聞くのは二度目だったが、シンカが何処で聞いたのか思い出せずにいると、また男が酒を注いでくれた。


「それがよ、今あいつら『ふぃすか』とかいう国に遠征に行ってていねえんだよ」

「はい? 今なんて?」


 リマシィは目をパチクリさせて、シンカは意表を突く言葉に硬直した。ゼンフィスが呂律の危うい調子でフラフラと語り出す。


「なんれも北の大陸におっきい国があるらしくてですねぇ……リマシィ様驚きますよぉ。なんと! 竜殺しと旧冥帝とうちらのギルド、三大勢力総動員で制圧にいってるですよぉ! ひとたまりも無いですよぉ」


 リマシィがシンカの目を見るので「その話、出来るだけ詳しく教えてくれないか?」とヴォルグレイに尋ねた。


「なんだ急に? 今言った通りだよ。ソレイルっていけ好か無ぇ野郎がフィルクレッサ達を連れて……」

「それはいつ頃の話だ? 目的は!?」

「旦那、もしかして『ふぃすか』の関係者か? だったらきっと手遅れだぜ。何せ旅立ったのは一ヶ月以上前だからな」


 一ヶ月前と言えば、クヮコームとの紛争が終わった頃だ。


 シンカの思考が色んな方向に駆け巡ったが、不確定な情報ばかりでよくわからなかった。あとから『入れ違いになった』、という悔しさが込み上げてくる。


「そのソレイルという男が、私の知るソレイルと同一人物なら、フィスカ出身のはずよ?」

「ソレイルの出身は知らねぇが、なんでも世界を救うために必要な戦争なんだと」


 リマシィの言葉にヒントがあるような気がした。そのソレイルが偽物、もしくは同名の別人という可能性は決して低くない。そうでなければこの女が嘘の情報を与えられたとも考えられる。


「意味が分からない。なぜフィスカに侵攻する事が世界を救う事になるんだ」

「うちらはよく聞いてないから詳しくは知らないけど、なんでも世界を滅ぼす程の力を持った奴がフィスカにいるんだと」


 そんな力が自分にあるとノボぜ上がるシンカでは無いが、自分を指している気がしてくる。


「クソ……何がなんだか」

「まあ今更焦っても仕方ありませんわ、シンカ様。ねぇヴォルグレイ? そのソレイルはどんな顔立ちでした?」


 リマシィはソレイルの顔を知っているのだ。


「女みてぇな男だよ。長いブロンドを……うちらが見た時は結んでたな」

「優しい声の、やけに言葉に説得力がある?」

「おお、リマシィ知ってんじゃん! そいつだよソイツ」


 リマシィは総隊長の頃のソレイルを知っているのだ。これで偽物の線は消えた。リマシィは男に注がれたワインに一口つけてから、そのグラスをあまり喋らない男に渡す。


「今日はもうお暇しましょう、シンカ様」

「なんでぇ急に、もう帰っちゃうのか」

「明日また来ますわ」


 リマシィの足にゼンフィスがしがみつく。黒く短い髪が揺れる。


「まだ何にも話してないですぅ」

「明日の朝、ここに来るから。その時また詳しい話を聞かせてちょうだい」


 シンカはリマシィの後を追う形で三人に挨拶をしてから退出した。

 帰りの夜道は暗かった。二人の靴音がいやに大きく聞こえる。


「大体分かった気がしますわ。シンカ様」

「何が」

「ソレイルはシンカ様を倒すために世界各地の英雄をかき集めていたのでしょう。私にシンカ様の情報を教えたのも、きっとそのためです」


 リマシィは『世界を滅ぼす力を持った奴』がシンカだともう決めつけている。


「しかし……冥府の連合軍とかいうのは襲ってきていないぞ」

「何か手違いがあったのか。道草でも食っていたのか……ただの入れ違いという可能性もありますが」

「とにかくフィスカに戻ろう」

「また焦って、入れ違いになっても仕方ありませんから。明日詳しく情報を聞いてからにしませんか?」


 シンカは自分が取り乱していた事に気づいた。リマシィの方が冷静だった。


「ところで、良かったのか?」

「何がですか?」

「宿。ボロい方で」


 一定のリズムで進んでいた靴音が、一つ停止した。

 

「私、今夜中にあの子たちに話を聞いてみる事にします」

「じゃあ……俺はシビディアに聞いてみよう」


 こうして二人は別れ、長い一日の幕がようやく下りた。

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