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第15話 闘技祭① 〜開幕〜

「ぜっったい変ですわ! シンカ様! もう冥帝城は目の前だって言うのに、野良もギルドも襲って来ないなんて……嵐の前の……」


 シンカが口を開くよりも早く、前を行くシビディアが城を見上げながら言った。


「理由があんのさ。まあ付いておいでよ!」


 目前に迫った冥帝城は地形に合わせて有機的な城壁を形作っていた。高台に座を構え、飾り気は無いが城らしい頑丈な造りで下界を見下ろしている。

 それに群がる蟻のように茶色い民家が寄り添っている。決して大きくは無いが、城下町も合わせれば万単位の人間が暮らせそうだ。

 

「さて、うちのバカどもがちゃんと仕事を果たしてれば、ここに竜は届いてるはずだ」

「その前にトラブルがあったら?」

「そん時はそん時さ。探すのも面倒だし諦めるよ」


 能天気なまでにあっけらかんとして、シビディアは大股で街へと向かう。

 リマシィは「ひと昔前なら、とても入城できる場所ではなかった筈なんですが」と他人事みたいにシンカの背中で呟いた。


「いい加減に歩いたらどうだ」

 

 リマシィはしがみつく力を強めて拒絶する。シンカは仕方なく、そのままシビディアを追った。


「ねえシンカ様。もしドラゴンが目覚めれば、シンカ様のお相手になるんじゃないですか?」

「その話か……聞く限り、おそらくその竜は俺には見えないだろう」


 だろう、と推量しても内心は確信に近かった。空飛ぶ空想の怪物。腐らないその死体……常識から外れたものはどれも彼には見えない。ソウル、精霊……ドラゴンもその例からは外れないと予想した。


 街を抜け、しばらく歩くと城門が見えてくる。城門までに数え切れない人とすれ違ったが、襲ってきたり、あるいは争いが起きているような事もなかった。

 その理由は各所に見る張り紙で明らかになった。


『街中での私闘御法度。やるならば城内闘技場にて。』


「今の冥帝は寛大でね。街を閉鎖したり、ギルド同士の争いは禁じたりはしなかったのさ。それどころか闘技場まで作って、今となっちゃ冥帝城を支えるいい商売さね。闘技場に行きゃあリマシィならいい金になるかもね」


 大体想像がつく物言いだった。私闘にせよギルドの派遣争いにしろ、冥帝という威光を利用してギャンブルでもしているのだろう。


「あら? なんでしょうあの人集り」

「さぁアタシらには関係ないよ。さっさと行こうぜ」

 

 城門が開かれ、そこにざっと百人以上の人間がたむろし、よく見れば太い列を作っている。

 シンカ達はその横を素通りしたが「コラ、そこ! ちゃんと列に並べ!」と、門兵らしき男に怒られてしまった。


「なんだい入城制限でも出来たのかね? 面倒くさいねぇ」


 文句を言って順番が優先されるわけもなく、3人は朧げな列の最後尾へと踵を返した。列は長かったが、数人ずつスムーズに入城していくため、三人の順番まではそれほど時間がかからなかった。


「次!」

「アタシは『竜殺しの』シビディアってもんだけど」

「また竜殺しか……」


 門兵は露骨に嫌そうな顔を作り、その理由を説明する指を四本立てる。


「竜殺しはこれで四組目だ。だからお前らは『竜殺しナンバー4』」

「なんだいそりゃ! アタシらは本物の……」

「分かった分かった、お前らは本物だ。だからこっちに来い」


 明らかに信じていない男の態度に、シビディアは一瞬ムッと顔を歪めたが、すぐに消えてしまった。


「まあ中に入れるならなんでもいいさ」

 

 広い吹き抜けの廊下を歩きながら門兵は三人の名前を聞き、リマシィの名前にだけ『竜殺しにリマシィか、当て付けにしちゃ出来の良いジョークだ』と反応を示した。


「ところで、アタシ達はどこに連れてかれてるんだい?」

「ん? ああ。事前の予想通り『竜殺し』と『真黒き翼』が数組出たからな。セレモニー兼余興として闘技場でバトルロイヤルの初戦をやってもらう事になってるんだ」

「はっ? 闘技場? バトルロイヤル?? 何の事だい?」


 急ぎ足で先頭を歩き続けていた門兵はやっと気が付いたようで、立ち止まり、少し間を置いてから振り返った。


「なんだお前達? 『冥府一闘技祭』の参加希望者じゃないのか?」

「何わけわかんない事言ってんだい! アタシ達はドラゴンの死体がちゃんと届いたか確認に来ただけさ!」


 ここまでシンカはずっと黙っていたが、大方そんな食い違いだろうとは予期していた。ふとさらにその先を予期して、自分の懐の高を思い返す。


「なんだ紛らわしい。それならそうと早く言えば良いものを」

「アンタが有無も言わせず連れ込んだんじゃないか。それで竜はちゃんと届いてるのかい?」

「おお! あの馬鹿でかいドラゴンの亡骸なら俺も見たぞ。正直、場所を取って邪魔だったんだがな。冥帝様はえらく気に入られたようで、今でも宝物庫にしまってあるぞ」

「届けた奴らは? 届けてからどこに行ったんだい?」

「そこまでは知らん」


 となれば、届けた竜殺しの男達は帰り道で不幸な事故にでも遭遇したのだろう。シビディアにとって仲間の命なんかさほど大事では無いらしかった。


「ま、あいつ等もちゃんと仕事してから死んだらしいね。よかったよかった」

 

 以前はこんなセリフ一つ一つに違和感を覚えていたシンカだが、最近はもう慣れ始めていた。もはや風土なのだと解釈していた。シビディアは嬉しそうな言葉の先に疑問符を繋げる。


「ん? ちょっとお待ちよ。アンタの言い方じゃあドラゴンはまだ目覚めて無いみたいじゃないか!」

「目覚める? あの竜は届いた時には死んでいたぞ」

「そんな、冥帝が目覚めさせるはずなんだよ!」


 あっというまに胸ぐらを掴まれて、門兵は「痛いから離せ!」とそれを振りほどいた。


「とにかく今は闘技祭で忙しいんだ。お前達のキャンセルをすぐにしなきゃならんから、俺はもう行くぞ!」

「そんな……」


 ここでタイミングよく、シンカとリマシィは同時に発声して門兵を呼び止めた。譲り合った挙句、シンカが先に聞く。


「そのドラゴンというのを見せてもらえないか?」


 これには二つの理由があった。見えなくともなんらかの手掛かりになるかもしれない、というのが一つ。あわよくば戦えるかもしれない、というのがもう一つ。


「宝物庫に一般人は入れん。それにあのサイズだと運ぶのが大変だからな。駄目だダメだ!」


 一蹴されてしまう。口が少し乱暴な門兵はそれとなくリマシィを見て、次の質問を催促していた。


「その大会って賭け事になっているんでしょう?」

「ああ、もちろんだ」


 リマシィの目は少し笑っている。 


「その……なんとか祭の参加者もギャンブルに参加出来て?」

「もちろんだ。毎回、ほとんどの者がそうしているし、その大半が自分達にベットしてるよ」


 その先をシンカは考え始めていた。

 冥府で大騒ぎになってもまぁ問題はないか、と。


「優勝商品は?」

「なんだ、やっぱり参加したくなったのか? ベスト4には宝物庫から好きな品を一品、決勝進出者にはさらに一品、優勝者にはなんと冥帝様によって約束された領地まで与えられるのだ!」


 リマシィは嬉しそうに振り返ってシンカを見た。『もう心は決まっています』。目がそう言っていた。


「それだけじゃないぞ! なんとベスト8に入るだけ冥帝様と対決する権利が得られるのだ! もちろん勝ったらその場で新冥帝誕生! どうだ、豪華だろう!」


 誇らしげにする門兵を見て、そんな大雑把な制度でいいのだろうか、とシンカは冥府の未来に一抹の不安を抱く。


「ねぇ! シンカ様。参加しましょうよ!」

「そうするか」

「あら? 意外です。私、てっきり断られるとばかり……」 

「うむ、帰りの駄賃がな……」


 もう底を尽きかけていたのだ。シビディアも目をキラキラさせていた。


「おお! そいつはいいや! リマシィがエントリーするなら有り金全部賭けるぜ!」

「何を仰っているんですか。当然私も出ますが、シンカ様に全額賭けるんですよ」


 成り行き上当然とはいえ、二人のビジョンには食い違いが生じている。そしてシンカと二人の間にも……


「ん? リマシィも参加するのか」

「シンカ様まで何を……」


 靴のつま先をカツカツと鳴らしていた門兵が痺れを切らした。

 

「おい! そろそろ決めてくれないか!? セレモニーまであまり時間が無いんだ!」

「はいはい! 二名参加しまーす!」


 リマシィのキャラがやや崩壊しているのは、金に目が眩んだせいだろう。


 二人は闘技場へと歩きながら大会のルールを説明を受けた。一対一のトーナメント方式である事。参加者は現時点で千人以上いる事。一回戦が終わってから賭けが始まる事。人数が多い為、一回戦だけはバトルロイヤル形式で勝敗が決まる事など……


 途中でシビディアは観客席へと案内される。シンカとリマシィは闘技場へと案内されながらゼッケンを付けた。これがないと下馬評ができないと言うのだ。


「バトルロイヤルの詳しいルールは?」

「ん……そういえば聞いていないな。まあなるべく殺さないようにみんな打っ飛ばせ! 会場はこの先だから、頑張ってこいよ!」


 なるべく殺さないように、というのは、なるべく金蔓を減らさないように、という注意だ。


 運営がチーズみたいに穴だらけの気もするが、乗りかけた船だ。


 暗くて狭くて長い廊下を進み、二人は出口の明るみを目指す。すでに盛り上がっているらしく、歓声が轟いでいた。リマシィは暗がりで、その唇をシンカの耳元に近づける。


「シンカ様は出来るだけ目立たないようにしてくださいね」

「ん? なぜだ」


 シンカは念のために仮面を付けている最中だった。


「シンカ様のオッズを上げるために決まってるじゃないですか」

「ああ……なるほど、そういう事か」


 二人は急に明るく開いた世界に目を細めた。二人の体の芯を大歓声が揺らす。

 古代ローマを思わせる高い壁に囲まれた円形闘技場、その四方角にきっちり分かれた四つのチームが、今や遅しとスタンバイしていた。


 一瞬、思わず昂ったシンカだったが、対戦相手を見て苦笑した。

 右には五人、左に七人、正面一番遠くには十人以上の人影が臨戦態勢で待ち構えていたのだ。『フェア』という綴りと意味を運営サイドに教えてやりたいと思った。


「数が多いが、大丈夫かリマシィ」

「ふぅーん……そうですね。相手になりそうなのは右の男達ですが、まあ問題ないでしょう」


 人差指を下唇にあてて少し背伸びをした、リマシィの見立てではそうらしい。


 入ってきた鉄の扉が、土埃と重厚な音をたてて閉められた。


 実況やら選手紹介らしい前置きで、ようやく詳しいルールが判明する。

 とにかく残り5人になるか、残り1チームになるまで戦闘を続ける。場外、死亡、または白旗のソウルによって決着とする。


 念には念を入れて、シンカはルクシャ=スタヤットで購入した長い革を両手に巻いた。見てくれはミイラのように怪しいが、これであんな事故は起きないはずだ。


「もしかして、ディルミーの事をまだ悔やんでおいでなのですか?」

「いや、そういうわけじゃ無いが……」


 否定したものの、たぶんリマシィの言う通りなんだと思い返す。騒音のおかげで、会話は二人だけのものになった。


「あれは事故でした」

「わかってる」


 シンカはその話を蒸し返されるのが嫌だった。思い出す度に動悸がして、息苦しくなった。


 『相手は俺を殺す気だったから仕方がない』と何度も自分に言い聞かせた。そんな事をしても殺した事実は変わらない。


 ディルミーの血肉の感触が、温かさが、今なお手でうごめいている気がしてならなかった。


(もう少し慎重になれば、防げたんじゃないのか?)

 

 そんな悔恨を破るドラの轟音に、シンカはハッとして顔を上げた……戦いが始まっていた。 

※革の包帯……生物の丈夫なソウルを緩衝材にすれば、相手の肉体への致命的な損傷を防げると考えた、言わばシンカのグローブ。

ただ彼が本気を出せば、そんな革ごと千切って相手の体を真っ二つにする事も不可能では無いため、結局は手加減が必要となる。

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