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第14話 奈落の帝王

 フィスカは釈明の使者をヘルムダードへと送ったものの、「話にならん」とけんもほろろに追い返されてしまった。

 『正体不明の山賊に両軍共々蹴散らされてしまいました』なんて説明したとあっては、たとえそれが真実であっても致し方無い結末だ。


「大分あちらもヤキモキしている様子で、『天空位を寄越せ』『もっとましな嘘はつけなかったのか』『なんでその山賊を連れてこなかったんだ』等と散々まくし立てられてしまいまして……」


 ルシアはその大らかな性格ゆえ、日頃は厳しく冷たい仮面を被って部下に接するように努めている。

 普段なら咎めるところだが、ヘルムダードのお偉方が怒鳴り散らして、にべもなく追い返す、リアルな光景が目の前に迫ってくる様で怒るに怒れなかった。


「ま、まあ仕方が無いはね。それで、あちらはどうしろと?」

「真実ならばその山賊を証拠として突き出せ。と」

「やっぱりそれしか無いわよね」

「他にも、近々審問に来てリッパール様、及びルシア様から直接言を取りたい。そうすれば国境線の捜索の許可くらいは出してやってもいい。というような旨を……」

「相変わらずの上から目線ね」


 ルシアは嫌な予感しかしなかった。ヴェクストレフの件を始め、ヘルムダードが会談に来ていい事があった試しなど歴史上、一度もないのだ。




 

 それから三日も経たないうちに、馬蹄の音まで揃えてやってきたのはラスキュールという女の将官だった。


 目は狐の様に鋭かったが、その均整抜群の容姿は見る者の目を惹き付けた。ヘルムダード人にしては珍しく深いスリットの入った紺のワンピースを着ているのも要因の一つかもしれない。

 襟だけは軍人らしく一番上のボタンまで止めているので『アンバランスさがエロティックで素晴らしい』、とダボネオールに言わせしめた。


「お前もそう思わねえか? メイロン」

「別段……特になんとも」


 メイロンは後ろにいるヴェクストレフの方が気になっていた。ラスキュール武将は厳しいが実直で聡明な事が広く知られている。

 厄介な事を言い出す、あるいは厄介な事をラスキュールに吹き込むとすればあの男かもしれない、メイロンはそう警戒していた。


「そっか、お前はシスコンでロリコンだもんな!」

「ロリコンじゃありませんよ」


 もう片方は否定しなかった。


 


 会議室の席に着いて腕を組むと、ラスキュールの小さな顔は鼻頭の辺りまで襟で隠れた。それでも目の鋭さだけで居合わせたヘルムダードの高官たちは肩身が少し狭そうだ。


 唯一、ヴェクストレフだけはルシアが釈明している間もキョロキョロと辺りを窺っていた。

 メイロンには分かった。あの男は会議なんかより壁に並ぶ肖像画や風景画の方が気になるのだ。


「話にならんなあ。全く話にならん」


 釈明を受けたラスキュールのハスキーな第一声がそれだった。

 ヘルムダードで使者が行った申し開きとほぼ同じ様な事を聞かされたのだ。同じ返事が返ってこない方がおかしい。


「しかし事実です」


 ルシアは毅然と言い切る。ラスキュールは左手の人差し指で卓を鳴らしながら、その細い目をさらに細くした。


「事実ですか、そうですか、では仕方ありませんね。とはならんのだよ。少なくとも我が祖国ではな」


 フィスカならそれで済むかもしれないが、と言いたそうだ……事実、そうかもしれない。


「使者の話では、それを証明するために国境線の捜索を許可頂けると伺いましたが?」

「それについてはやぶさかでは無いが。なるべく早く決着をつけたい。我々も同行させてもらおう」

「しかし、これ以上そちらの手を煩わせるのは……」

「分かっていないようだな。その山賊とやらの死体をでっち上げられたりでもしたら困る、そう言っているのだ」


 これにはかなり辛辣な響きが混じっており、侮辱が込められているようでもあったが、ルシアはこれを無言で受けた。フィスカとヘルムダードでは文化が違う。そう自分を納得させた。


「ただし……もし見つからなかった場合、我が国はあまり穏やかではない対応を強いられるだろう。お互いのために懸命な判断と処置を何卒お願いしたい」


 至極真面目そうに、女武将はそんな事まで平然と言ってのけた。


 その後、長い会談が続き、重苦しいながらもゆっくりと進展を見た。

 ヴェクストレフが話を混ぜ返すような事も特に無く、メイロンは口数が少なくて済んだ……ダボネオールに至っては会議中一言も喋っていない。


 後日、国境線においてリッパール隊とラスキュール隊で合同捜査を行うという形で、会合は一応の収束という形になった。


 だがルシアにはその後さらに気の重い行事が待っている……ヘルムダードとの会食だ。あの武将、ラスキュールと何を話せばいいのか皆目見当も付かなかった。


『どのような訓練をされれば、貴国の様な強い軍人が育つのでしょうか?』、そんな世辞を思いついたが、『軍人は軍の賜物。訓練は軍の秘宝。教えられる訳なかろう』と、頭の中のラスキュールに一蹴されてしまう。

 

 大広間への案内をメイロン達に任せて、頭を抱えながら向かったのがシンカの小部屋だった。

 暇や隠れ場所を求めて来た訳ではない。目覚めたロボに『外を出歩かない様に』と釘を刺しに来ただけだ。


 城壁のドアを開け放つと、机には読みかけの書物が散らかり、人の気配はなかった。


「あれ? ちょっと! ヒューマン! どこにいるの??」


 ヒューマン。ロボチックな生き物(?)が自分をそう名乗ったのだ。ルシア達にとって、その名前が別段滑稽に聞こえる様な事はなかった。


「どこに隠れたの!?」


 返事は無い。

 ルシアは城の数カ所を巡った挙句、最悪の事態を想定して急いで大広間へと向かった。もう会食は始まり、ルシアの到着が待たれている状態だった。


「メイロン! ヒューマンがいないの。悪いんだけど探しておいてくれない?」


 権力の強い者がもてなしてこそ、この会食の意味合いが重要になる。主賓であるラスキュールをルシアがもてなす事が大事なのだ。

 ただでさえ遅れてきたルシアがメイロンに懇願すると、事務官長は大広間のど真ん中を指差した。


「手遅れでしたね。大人気ですよ」


 ヘルムダードの人だかりでルシアには何も見えなかったが、ヒューマンを名乗るロボは大広間の中央、深い紅の絨毯の上でブレイクダンスを披露している真っ最中だった。

 忌憚の無い賞賛の声が湧き上がり……つまり最悪の事態にちゃんとなっていた。


 落胆している暇など無い。そそくさと中央に駆けて行き、遅れた事を謝罪する。


「大変遅くなってしま……」


 続きをルシアは飲み込んでしまった。振り向いたヘルムダードの熱視線に、例えようの無い怪気炎にあてられてしまったのだ。


「ウォーーー!! 本物のルシア様だー!」

「噂には聞いてたけど、ホントに可愛いなぁ」

「サインくれませんかー!?」

「ラスキュール様より……タイプかも」


 そんな喝采が一斉に詰め寄り、ルシアはどれに答えていいのか分からず「あ、え……わたしサインなんて」と愛想笑いを作った。ルシアの抱く『軍国ヘルムダード』のイメージにヒビが入った。


「コラーお前達! ルシア君が困ってるだろう! 一人づつにしろ!」


 奥の方から声だけが聞こえた。続いて集団が左右に割かれ姿を現したのは、ターキーの腿を右手に立つラスキュールだった。人だかりの右側には何故かダボネオールも混じっている。


「うちのバカどもが無作法で迷惑をかけたね」


 ルシアに歩み寄るラスキュールは会議の時とは別人かと思われた。声も雰囲気もそうだが、先ほどまでは体温さえもあるのか疑わしかった人間が、急に見せた笑顔に驚かされた。


「いいえ。こちらこそ遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」

「我々は極上の食事と酒、それにこんな奇妙なダンスまで振舞われていたんだ。何を謝る事があろうか」


 会議中とは比べものにならないほどの寛ぎを見せながらも、ラスキュールにはどこか人を凛とさせる雰囲気がある。まるで喜劇を演じる男装した舞台女優のようだった。


 ロボはヘルムダードの兵達にまた取り巻かれ始める。


「いや、それにしても部下が飛びつくのも無理からぬ事だ。まさか白天使がこのような美少女であったとは」

「ラスキュール武将の方が、噂に違わずお美しいです。それにわたしなんかより大人っぽいし」


 ルシアはそれとなくラスキュールを見た。身長も自分より高く、出る所はちゃんと出ている。癖っ毛のルシアからすれば、銅色に輝く真っ直ぐな髪も羨ましい。


 いつしか事前の緊張など忘れ、ルシアはラスキュールとの会話を楽しんでいた。会議中との違いについて尋ねると、『ずっとあれでは疲れてしまう、あれは軍務専用なのだ』と返された。


「ところであのヒューマンとかいう者は中に何か入っているのか? あんな者はヘルムダードでは空前絶後だ」

「フィスカでも初めてかと思います」


 別に問題はないと思い、ルシアはヒューマンについて説明したが、ラスキュールが納得するような内容はほとんどルシアも知らなかった。


「話しても意味がない。どうせ忘れてしまうから。とか言って教えてくれないんです」

「忘れてしまう? なんだか最近同じ様なセリフを誰かに言われた気がするな」

「誰ですか? それは」

「うむ……思い出せん。もしかしたら本当に忘れてしまっているのかもしれないな!」


 ラスキュールは豪快に笑った。


 なにはともあれ、ヘルムダードの懐深い対応にルシアは安心していた。規律と主権を重んじる軍国も、近頃は方針が違ってきているらしい。





 ラスキュール一行を手厚く街の外まで送り届けた時、ルシアは彼女に好意を抱いていた。実直と聞き及んだ前評判に偽りのない、頼れる姉のような雰囲気にラーネイザが重なる。


「ルシア君。次に会う時は敵同士かもしれないという事を、くれぐれも忘れないでくれ給え」

「そのような事が無いように全力を尽くします」

「うむ。いい返事だ!」


 ルシアが気合を入れたその時だった。伝令が城から、文字通りすっ飛んで来る。


「大至急の要件にて申し上げます!」


 大声はラスキュール一行まで届いていた。


「南の海域、及び北東の森で正体不明の軍勢より奇襲を受けている、との報告がほぼ同時にありました!」


 とても伝令らしい、端的で分かりやすい言を伝える男だった。ただ『正体不明』という部分だけがルシアには気にかかる。


「正体不明……他に情報は!?」

「南に関してはまだわかりませんが国境線近く、リッパール隊の話で曲刀の男の集団の可能性があるという事です!」


 ルシアの頭はグルグルと回転し出した。導き出した最善策は簡単なものだ。『ラスキュール武将の目の前で、曲刀の男を捕まえる良いチャンス』。


 その意思をラスキュール本人に伝えようとした刹那、ルシアは信じがたい光景を見る。


 ラスキュールの後ろに付いていた従者の一人、ヴェクストレフの体が見る見るうちに湧き上がるソウルに包まれて、宙に浮かんだのだ。


 そこからのルシアの行動は理屈では無かった。


 思考を挟む猶予は無く、ルシアは脊髄反射でラスキュールに飛びかかり、庇っていた。なぜヴェクストレフがラスキュールを攻撃すると予知できたのか、ルシア自身にも分からないだろう。


 言葉を発する暇もなくラスキュールはルシアに突き飛ばされ、一瞬の間を置いてから状況を理解する。

 ヴェクストレフはゼリー状のソウルに包まれ、天空最高位がそれによる重症を受け、大量に流血している。


「貴様ァ! 何のつもりだ、ヴェクストレフ!!」


 怒号で地面と空気がひび割れるかと思われた。

 太った偏屈男は至って平然と受け答える。頬に何か詰まっているような喋り方だった。


「いやぁ。これは予期せぬ大物が釣れてしまったかもしれませんね」


 言いながら止めを刺そうと液状の針を伸ばす。ルシアを抱えてラスキュールは飛び退いた。


「何のつもりかと聞いたのだッ!!」

「あなたを殺そうとしたんですよ。そのくらいは見ればわかるでしょう?」

 

 『花に水をやっていたんですよ。とても綺麗でしょう?』、そんな事を言っているように温和な口調だった。


 この場において、それは奇行とも自殺行為とも解釈できる。それを証明するように、二国の精鋭達が男一人を取り囲んだ。先ほど見せた、水の奇襲に備えてかなりの距離は空けているが。


「ああ……確かにな。では頭の切れる貴様ならこの状況も理解できよう?」

「得てして、状況を理解するというのはなかなかに難しいものです。戦場でそれが出来れば常勝に事欠かない程にね」


 ラスキュールの全身が深い紺色の、しかしガラス質のクリアなソウルに包まれた。一瞬にして鎧と二本の剣を具現化し、横目でルシアのお無事を確認する。生きてはいるが、利き腕である右肩を大きく貫かれている。己を叱責し、唇を噛んでから将軍は叫んだ。


「御託は後で聞こう! フィスカの御仁方、ヘルムダードの生き恥は後ほど我が命で償うが故、ここは白天使殿を連れてどうか……」


 どうかお逃げください。どうかこの場だけは我々に……そんな続きを、俯いていたルシアが遮った。


「全体、ラスキュール武将に加勢しろ! その男を逃がすな! 他はダボネオールに任せる!」


 南と北東の奇襲に関してはダボネオールの指示を仰げ、そう言いたかったのだが、動転した精神で少し言葉足らずになってしまう。


「かたじけない」


 ルシアは男気溢れるラスキュールに感銘を受けたから助力を決めたのではない。自慢の翼を貫通し、右肩に走る痛みがただならぬ警笛を鳴らしていた。


 ラスキュールと同じ方向に戦闘の気迫を向け直し、立ち上がり、ルシアは直感する。二方向からの奇襲とこの男は無関係の筈がない。この男は奇襲の報告を待っていたのだ。


 圧倒的劣勢に見えるヴェクストレフは、少しずつ膨らむソウルの液体の中でほくそ笑んだ。


「ふむ……ちょうどいいかもしれない。白天使を片付ければ、竜と翼も楽だろうからねぇ」


 ルシアの脳裏にデジャブが過ぎった。絶対的不利に見える1対2の状況で不敵に笑ったあの女、三人がかりでようやく倒した黒い貴婦人。ルシアは後から彼女が冥府の出身だと聞いて納得したし、戦慄もした。


 南の海の遥か彼方には、昼も夜もない暗黒大陸が広がり、魑魅魍魎が犇いて共食いをしている。そんな想像に苛まれて寒心した。


「我が名は冥帝ヴェクストレフ=デオルフ。えーっと……とりあえず根こそぎ命を貰い受けましょうかね」

 

 今、その想像の最も暗い深淵を貪る闇が、突如として目の前に溢れ出す。


「ああ。一回やってみたかったんですよ。この『名乗る』というやつを」


 つい先ほどまで、肥えた狸のようにしか見えなかった男が、圧倒的なソウルを伴って百鬼夜行の頂点に豹変した。


 すでに膨大に膨れ上がった水の球体を前に、ルシアはそれが嘘とは考えたくもなかった……これで打ち止めにして欲しかった。

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