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第13話 竜の伝説

 竜殺しの村を出て半日も歩くと辺りには緑が目立ち、荒野というよりは草原が広がっていた。

 前を歩くシビディアは頭の後ろで両手を組み「いやぁー真黒き翼と一緒ってのぁ心強いね!」、なんて呑気にしている。


 シンカは痺れを切らしてシビディアに尋ねた。


「どこに向かっているんだ。近場じゃなかったのか」

「ああ、もう半日も歩けば着くさ」


 シビディアにとっては丸一日かかる距離が近場なのだろうか。別段悪びれる様子もない。


「それで、男達はどこにいるんだ」

「あれ? まだ説明してなかったっけ?? 冥帝城さ」


 言葉の響きからシンカはそれがどんなものか想像する。冥府の帝王の城、思い浮かべたのはドラキュラでも出てきそうな、月夜に浮かび上がる西洋風の屋敷だった。


 リマシィはその城を知っているらしい。


「あんな物騒なところに何の用があったんですの? それに竜殺しと冥帝は敵対しているはず」

「えっと……どっから話さなきゃいけないんだ? まずはうちの村の伝説からか」


 シビディアは得意そうに語り始める。


「なんでうちらが『竜殺し』と呼ばれてるか、真黒き翼の死神、リマシィ様なら知ってるんじゃないかい?」

「その呼び方はおやめなさい。リマシィで結構だわ」


「じゃあリマシィでいいや」と、石ころを蹴るシビディア。リマシィはなぜか飛んでいたその羽をシンカの背中で休ませ始めた。


「初代のリーダーが竜を殺した、なんて話があるんでしょう? みんな『虚勢もそこまで来ると清々しい』って笑い話にしてますわ」

「ところがね、村には本当にあるんだよ。殺した竜の屍がね」

「まさか」


 リマシィの『まさか』からは『まさかあるはずが無い』という響きがありありと伝わる。前後から聞こえる女声のやりとりに、シンカはただただ黙っていた。


「正確には『あった』なんだけどね。村の中央にでっかい堂があったろ? あそこに安置されてたのさ」

「それで? 話が全く見えてきませんわ」 

「まあ続きをお聞きよ。竜の亡骸を先輩達は『箔がつく』ってんで堂に飾ったのさ。それからというもの、みんな奇妙な夢を見るようになった」


 その夢というのが十人十色で帰結が見えてこないそうなのだが、要約するとこんな暗示が多いらしい。


 『危機になると救世主が現れ、救世主は竜を目覚めさせる』


「それはまたずいぶんと大雑把な話ですわね」

「まあ細かく言やぁ他にも色々あるんだけどね。大男だとか、とてつもなく強いソウルを持っているとか」


 そのあとはかなり曖昧なのだそうだ。『竜に乗って世界を救う』『竜を駆って世界を滅ぼす』『竜を殺す』などなど。

 リマシィはシンカの耳元に「もしかしてシンカ様じゃ」と囁いたが、男はゆっくり首を横に振った。自分の筈がない、と。


「かく言うアタシ自身も信じて無かったんだけど、実際にそういう夢を見てね」

「もう焦れったいわね。早く結論を言いなさい」


 後頭部から聞こえる声に、シンカは若干高圧的なリマシィを見出していた。


「その夢を見る人があまりにも多いもんだから、いつしか村にこういう決まりが出来たのさ。『救世主が現れたら、そのドラゴンを目覚めさせてもらおう』ってね」

「でもそんなの今じゃ腐ってるどころか白骨なんじゃなくて?」

「ところがそのドラゴンは朽ちず腐らず、ずっと黒い鱗を輝かせてた。そしてついに現れたのさ、救世主がね」


 ドラゴンは黒いらしい。赤っぽいそれを想像していたシンカはイメージを修正した。

 きっと自分には見えない……漠然とではあるが、そんな予感が強かった。


「それでやっと続きが読めましたわ。その救世主、ソレイルが現在冥帝をやっているから、そこに男達がドラゴンを送りに行った。こういう事ですわね?」


 シンカはかなり強い確信と先入観を持って、リマシィと全く同じ推理をしていた。


「へ? 違うよ。むしろソレイルは混乱を作った原因、って言うのかね?」


 ここ数年でソレイルは冥府に秩序と無秩序を混在させ、バランスを与えたのだとシビディアは続ける。


「ソレイルは戦わなかった……あいつは言葉には人を惹きつけるものがあった。皆の話を聞いて、皆を虜にして……強いギルド連中を粗方連れていっちまったのさ。おっと! どこに連れて行ったかは仕事が終わってからだけどね」


 その後、冥府の中央はかつてなかった規模の動乱に包まれたという。強いギルドがいない隙に勢力を拡大し、一旗揚げようと発起する新参古参のギルドがそこかしこに台頭。覇権、つまりは冥帝の座を競ったのだ。


「そんな時だった。そいつはどこからともなく突然現れたんだ。そいつはたった一人で剣を掲げた。アンタ達の大陸じゃ、強い奴の事を英雄って呼ぶんだろ? だとすれば、あれはまさに『英雄』だったね」


 英雄に関する決まりは特に無い。ただ多くの場合、フィスカの隊長達のように広く認められた軍の上位者を指す場合が多い。小さな村などに生まれ、強さと明徳で地方を統制して英雄と呼ばれたりする事もある。一概ではないのだ。


「そいつはソレイルとは真逆だった。言葉なんか必要なかった。そのソウルだけで地獄の猛者共を黙らせちまったのさ」


 骸の山頂で男がひとり剣を掲げ、雲の切れ間から差し込む一条の光がそのシルエットを浮かび上がらせる。

 そんな勇者の想像が、シンカの体の奥を少しだけ熱くさせた。


「結局、強いソウルがカリスマなのさ。だからアンタみたいのは珍しいよ。いったいどんな魔法を使えば真黒き翼をそんな風に手なづけちまえるのかね?」


 シビディアは振り返って二人を見た。大男の後ろから覗くリマシィの顔は少し小さく見える。


「強い弱いで決めるなんて原始的ですわ。私はシンカ様のそんなところに惚れたんじゃなくてよ」


 『じゃあどんなところに?』なんて聞けるシンカでは無い。


「じゃあその旦那のどんなところに惚れたっていうんだい?」

「それはもう……」


 すごく聞きたかった続きを、シンカは自らの言葉で遮った。


「待て、前方から何か来る。シビディアは後ろに下がってろ」


 言われるまま、シビディアは機敏に退避する。リマシィはシンカの背中から降りようともしなかった。


「いつも思うんですが、シンカ様はなんで見えもしないのに分かるんですか?」

「気配と感……大抵音や匂いがするんだ。約束通り、戦いになったら俺がやろう」


 その気配を徐々に強める馬蹄にシンカは覚えがあった。リマシィが蹴散らした男達だ。ただし今回は旗が変わっていた。翼と鎖鎌の黒いシルエットにリマシィは思わず『まぁ、懐かしい』と声が漏れる。


 メンバーも大幅な入れ替えを余儀なくされたらしく、女の顔が増え、そのほとんどが空から三人を睨みつけていた。

 以前、リーダーと呼ばれていた男は相も変わらず馬上で下品に笑っている。


「よう! 会いたかったぜぇ。綺麗な黒髪のお姉さん」


 褒めているのではない。だが嬉しそうではある。リマシィの返す『まだ何かご用でして?』という返答は寝言かと思うほど棒読みだった。


「そう嫌そうな顔しなさんな。なに悪い話じゃあねぇ」


 唐突に、小男はリマシィに『仲間にならないか?』と勧誘を始めた。


 新しいギルドに高待遇で迎える、とかなんとか触れ込む安っぽい話の途中で、リマシィは当然それを突っぱねた。手痛く否定された小男はなぜか嫌らしい笑いを浮かべる……想像と思惑の通りだったのだろう。


 シンカは例の如く黙りこくっているが、二人の会話よりも後ろの女達が気になっていた。会話の間にみな地面に降り立ち、数人は緊張を表に直立している。


「そいつぁ残念だな! せっかく俺の奴隷としての生き方を与えてやろうと思ったのによ!」


 後ろの女達がその奴隷なのだろうか。それにしては分厚い星霜を戦闘に費やした、鋭い顔つきをしている。下卑た笑いの小男は威勢よく号令をかけた。


「死ね! てめぇの死体をグチャグチャになるまで弄んでやるぜ!」


 怒涛の勢いで後ろの女達が襲って……来なかった。


 シンカはようやく気づく。女達は先日のシビディアと全く同じ顔をしているのだ。自分の方、つまり背中のリマシィを見て、暑くもないのに汗を滲ませている。


「ってアレ!? どうしたんですか!? やっちゃってくださいよ!」


 キョロキョロする小男を完全に無視して、女達はゆっくりと前に出て跪いた。その一人が立ち上がり、直立したまま震えた声を絞り出す。


「お久しぶりです。リマシィ様。この男の無礼、その命にて償わせます」

「懐かしいわ。みんな元気にしてるみたいね」


 背中から聞こえる声にシンカは一瞬ハッとした。聖母の如くに物腰柔らいのだ。

 小男もリマシィの名前は知っているらしく、『リマシィ……あのリマシィ……真黒き翼の?』とだけポツリと漏らしてへたり込んだ。


「え……ええ。この通りです」

「他のみんなは? 元気にしているかしら? 私のあとはやっぱりフィルが継いだの?」


 代表して喋っていた女は震えながらも、意外そうに首を傾げる。


「ええ……最近までは。私たちは脱退してしまったので、あとの事は詳しく分かりませんが」

「あら、どうして?」

「その、なんと言ったらいいのか……フィルクレッサ様はリマシィ様とあまりにも違ったと言うか……」

「あの子、マイペースだし強引だし人の話を聞かないものね。気持ちはわからないでもないわ」


 自分の知らないリマシィに、シンカは興味をそそられた。より人間らしいリマシィを垣間見た気がした。


「今からでも……もう一度『真黒き翼』を率いては下さいませんか!? 私たちはリマシィ様についていきます。襲った上に無礼は承知ですが、仲間に加えて頂けませんか!? また昔のように……」


 その先をリマシィは遮る。その声は申し訳なさそうで、名残惜しそうだった。


「残念だけど、あの時言った通りよ。それに私、先を急ぐの。今日は会えて楽しかったわ」


 その先をシンカにだけ『さ、行きましょうシンカ様』と続けた。


 シンカは『自分で歩けよ』と言いたかったが、場面が場面なので無言で従う。シビディアがそそくさと後に続き、立ち尽くす女達の横を通ろうとすると、代表の女は横からこう言った。


「リマシィ様……変わられましたね」

「あらそう?」


 シンカはてっきり、女がリマシィを罵るものだと思った。


「なんというか……昔以上に魅力的になられました。上手くは言えないのですが」

「やだ、もう。変な言わないでよ!」


 シンカは思わず『ぐっ……』と声を上げた。肩に乗っていた腕が急にその首を絞めたのだ。


 さらに数歩先でリマシィというネームバリューをシンカは改めて痛感する。小男は地面に手を付いて泣いているのだ。下を向いて、ボソボソと命乞いの呪文を呟いているらしかった。

 どんな目でリマシィがそれを見ているのかシンカには分からなかったが、背中からはこんな声がした。


「そうそう! この男を殺しては駄目よ。二度とそんな事をしないように言って聞かせなさい。それだけでいいわ」

「しかし……」

「そうしなさい。そうしないと、私の大好きな人が悲しい顔をするから」


 シンカはリマシィを負ぶっていた事に安堵した。そんな事を言うリマシィを面と向かって直視できないからだ。

 でもどんな顔をしているのか、見られない事が残念でもあった。

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