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第12話 悪の決起

 焚き火に心地よい暖かさを感じる、そんな夜だった。フィスカ側の山間にテントを張り、冥府には無い湿潤な黒い土を見つめて、ヴァーゼルは物憂げに座っている。


「いやー大将! あの鎧ジジイとの一戦、痺れましたよ! でもやっぱ平和ボケした連中なんか目じゃないっすね!」


 部下らしき一人、こんなセリフを言うために生まれてきたような屈強な男はニコニコ自身たっぷりだ。


「悪を行うのは……難しい」


 コミュニケーションと呼べるかどうか微妙な言葉を、ヴァーゼルは黒い土に向かって返した。


「天空最高位ってのはどんな面ぁしてんのかな? 可愛いのかな……ねぇ大将! その娘は俺に殺らせてくださいよ!」


 竜殺しを名乗るヴァーゼルは部下の顔なんか見ようとしない。炎に向かって喋る声は自分に語りかける。


「油断は死に直結する……」

「はぁ……すんません」


 その他人を見なかった目が、珍しく夜空の彼方より飛来する大きなソウルを見抜いた。少し遠くで音もなく降り立った女は、そのコウモリの羽を仕舞い、のんびりとヴァーゼルに歩み寄る。


「なんの用だ……フィルクレッサ」

 

 暗がりに沈んだ輪郭がだんだんと橙に浮かび上がる。顔に刺青をしたツインテールの女だ。


「焚き火っていいよねー。ボク、火って大好き」

「俺は嫌いだ」


 質問に答えようともせず身を屈め灯に手をかざすフィルクレッサ。ヴァーゼルはヴァーゼルで一向に急かす様子もなく、火と彼女と地面の中間くらいをぼんやり見ている。


「まさか君とこうして談笑する夜が来るなんて、想像もしなかったよ」

「俺もだ……」


 二人とも笑っていないし、大した会話なんてしていない。


「あの頃のボクたちには戦いしか無かった。覇者を目指す事だけが生きる事だった。この大陸に来て初めて知ったよ。違う生き方がある事に」

「冥府を出た獣は……牙を抜かれる……」


 ヴァーゼルの台詞は冥府で有名な諺だ。性分なのか、フィルクレッサはマイペースに自分の言いたい事を続ける。


「ボク、初めて知ったよ。戦う以外の生き方がある事に。彼に出会って初めて考えたんだ、生きる意味とか遠い未来のコト」

「俺もだ……」


 ヴァーゼルはまた空を見上げた。木々の隙間に星が煌めいている。そしてその一つが徐々に大きくなり、明るく輝き始めた。


「ああ、そういえば、なんか話があるらしいよ。だからボクもここに呼ばれたんだ」

「それを早く言え」


 見る間に光は辺りを明るく照らし、二人の元に落ちた。炎を吹き消す勢いで突風を吹き下ろし、地面すれすれで急停止をする。


「何の用だ……ソレイル」


 徐々に光度を落とし人の形が見え始める。一見女性に見えるが、それは男だった。

ヴァーゼルの凛々しい顔とはまた別の、中性的なその顔立ちからは憤怒の表情が想像できない。長く結わえた髪と、切れ長の目を見れば誰でもが女性と勘違いしてしまいそうだ。


「一つ伝えたい事があってね。それでどうだい? 進捗のほうは」


 微笑んで、ソレイルと呼ばれた男は火の前でフィルクレッサと同じ格好になった。少女二人で焚き火を楽しんでいるみたいだ。


「思いの外芳しくない……両軍とも腰が重い……」

「まあフィスカはけっこう逃しちゃったからね。今頃ヘルムダードの誤解を解くのに奔走してるはずだよ」


「よいよい。そのくらいは予想の範囲内だ。君たちの探しモノは見つかりそうかい?」


 ソレイルはゆったりと立ち上がって、両の掌で両の肘を抱えた。フィルクレッサは大好きな火を独り占めにしているのに不満そうだ。


「全然だよ。こんな森の中で『愛』なんか見つかるわけないじゃん。ボクは早くシャワーを浴びてフワフワのお布団で寝たいよ」

「愛にはいろんなカタチがあるし、世界中にあるものだから、フィルクレッサの探す愛だっていつかきっと見つかるはずさ」

「ほえぇー」


 しかし不平も相槌もどこか形式じみて台詞じみて、形骸的に聞こえる。


「もしかしたら、もう見つけているのに気がついていないだけかもしれない」

「そんな事もあるの?」

「あるとも、ありすぎて見ている方が困ってしまうほどにね……例えば、身近にいるヴァーゼルだったり」

「無い無い。それだけは無いよ」


 三回否定して手を左右に振るフィルクレッサ。座った石と同化したように動かないヴァーゼルにソレイルは歩み寄った。


「ヴァーゼルはどうだい?」

「グレと言う老人は強かったが……恐怖とは違った」

「そいつは凄い。あのグレさんを倒したのか。彼はフィスカを代表する六翼の隊長の一人だよ」

「残る五人にいるだろうか……俺に『恐怖』を与える存在……」


 興味がなくなったのか、フィルクレッサは焚き火のすぐ横にベッドを創って横になってしまう。


「一言で答えるには難しい質問だね。根元的な恐怖は死に対して芽生えるもの」

「俺は死ぬのが怖くない」

「だから恐怖がわからない」


 ヴァーゼルは俯いて目を右往左往させる。これがこの男の考える仕草らしい。


「では……どうすればいい……」

「ヴァーゼルほどじゃないにしろ、この世界の人々はみんな『死に対する恐怖』を制御されている。それはこの大陸で『悪意』が、冥府で『善意』が抑圧されているのと同じように」


 束の間、諦めたように切ない表情を見せたヴァーゼルをソレイルは励ました。


「大丈夫だよ、ヴァーゼル、君のソウルは強い……君の感情の全てを奪い去る事なんて、誰にも出来やしないさ」


 黙して聞き入るヴァーゼルにソレイルは続ける。


「それに世界は広い。いつか君も巡り会うはずさ……膝が震え、鳥肌が立って、全身の血が凍ってしまうような、理想の恐怖に……」

「そんな感覚……なのか……」


 ヴァーゼルの言葉は真っ直ぐでツギハギだ。寡黙で黒髪で長身、どこかシンカに似ているが、手足が細く長髪なので二人が並べば印象は随分違うだろう。


「例の男……ソウルを持たない男なら……」

「もしかしたらそうかもしれないね……でもアスミ=シンカと戦う事だけは避けてほしいな。彼は世界の理から……いや、この世界そのものから逸脱した存在。戦っても勝てない、というか戦えない。勝負なんていう当落線とは違う軸の生命体。ヴァーゼル、君という貴重な戦力を失うわけにはいかないんだ」

「そうか……」

 

 それきり、ヴァーゼルはまた火に目線を戻して押し黙った。その無表情からは感情が読み取れない。替わりに関心を取り戻したフィルクレッサが飛び起きた。


「その男! そいつならボクの愛も見つかるかも!」

「そ、そればっかりはなんとも……フィルクレッサはエキゾチックな男性が好きなの?」

「うーん……人を好きになった事なんて一度も無いから分かんないや。嫌いになった事しかない」


 それを聞いたソレイルはなぜか柔らかく、嬉しそうに微笑んで、言葉を返そうとしない。


「でもさ、ソウルが効かないなんて、そんなの無敵じゃないか。そんな悪魔だか幽霊みたいな奴相手に、ソレイルはいったいどうやって勝つつもりなんだい?」

「敵が幽霊なら幽霊を、悪魔には悪魔をぶつければいいのさ」

「うわ何それ、そんな化け物が他にもいるの?」

「もう手は打ってあるんだ。今日はその事を三人に伝えようと……」


 今さら忘れ物を思い出したように、ソレイルはキョロキョロと顔を動かす。


「あれ!? 冥帝の彼は?」

「あいつならこっちに来て早々、どっか行っちゃったよ。『この大陸は興味深い。決戦には戻るから〜』とかなんとか言って」

「それは素晴らしい。彼の持つ深い知性や探究心は、この世界から最も失われてはいけない感情。数ある精神の中でもおよそ最も人間らしい志だ」

「でも、だからこそ全部奪われてしまうんでしょ? 精霊に」


 フィルクレッサは夜空を仰いだ。ほとんど透明の巨大な精霊が一体、星々と月を透過して悠々と泳いでいる。続いてソレイルとヴァーゼルが天の川を見上げた。ゆっくりとではあるが、精霊は三人に近づいている。


「彼ほど強いソウルを持っていれば、彼一人の見識を深める事は可能だろう。でもそれを後世に残す事は出来ない……本に残そうが口で伝えようが、強いソウルで永劫守り通さない限りは消されてしまう……それじゃあ駄目なんだ。世界は前に進まない」


 悔しそうなソレイルを横目に、ヴァーゼルはゆっくりと、落ち着いて「遠い未来……精霊の箱庭を出た……新しい世界」と千切れた単語を縫い直して呟く。


「ヴァーゼル、私たちは幸せ者だと思わないかい? 未来を見通す澄んだ瞳と、それを叶えるにふさわしい強いソウルを持っている」

「俺は見てみたい……ソレイルの望む未来を……」


 ソレイルが振り向くともうそこにベッドは無く、少し誇らしそうなフィルクレッサが立っていた。


「私たちは勇者だ、フィルクレッサ。正しい選択をする叡智と、それを実行する勇気とを兼ね備えている」

「ソレイルの目指す世界には、きっと愛が溢れているんだろうなあ。ボクも見てみたいよ」


 呼応しあう強いソウルを見つけて、山よりも巨大なアメーバ状の精霊は森にソウルの巨体を吹き下ろした。霧状のソウルが辺り一面を強い風になって吹き抜け、何事もなかったかのようにまた上空へと去ってゆく。


 三者三様のソウルがそれぞれの身を守り、会話の方も平穏無事に続く。


「私達は必ず世界を革新へと導く。私達が世界を照らす悪になる。実現しよう、善も悪も入り乱れ、愛と恐怖に溢れ、知性と探究心に駆られる本当の世界を。精霊のいない、無限の可能性がある世界を」


 後半は二人ともソレイルの言葉に聞き入っていた。語気が次第に意を孕んで強くなる。


「そしてそのためにも、消さなくちゃあいけない……歪んだ新世界の呼び水、アスミ=シンカ……彼だけは」

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