第11話 竜殺しの村
もう夜半だった。雲も風もなく、木も海も無い広野は生暖かく月に照らし出される。
その夜景は不思議だった。落とし穴だらけの中央に村が見え、煙突から月に向かって煙が立ち上っている。リマシィ曰くそれらは全て巧妙にカムフラージュされているらしい。
「俺が話をつけてくる。リマシィは空で待機していてくれ」
シンカはダボネオールにもらった仮面を着けて村に向かった。傍に開く無数の穴には部位どころか何の動物かも判別できない白骨が転がっている。最短距離を辿って近づくその集落は統一感に乏しく、木造、土造の民家が好き勝手な方角を向いてまばらにある。
「誰かいないかー」
大声を出す時、シンカは自分の太くて低い声が似つかわしく無い事を直覚する。
「妙な奴だね」
鋭く通る女の声はこの場に響いて違和感が無い。民家の陰から出てきたその女は細く、目も気配も鋭かった。
「何か変だったか」
「ヘンなトコだらけさ。仮面で顔を隠してる。罠を容易く躱した。こんな夜更けに単独行動……それに馬鹿にデカイ」
「馬鹿でかいは余計だ」
多数の気配にシンカは首を左右に振って辺りを窺った。民家から、木陰から、落とし穴の中からゾロゾロと人が出てくる。老人、子供、女……雑多だが若い男が妙に少ない。
「殺す前に一応聞いといてやるよ。この村に何か用だったのかい?」
「ソレイルという男を探している。冥府の内陸にいるという話なんだが、知らないか」
女の眉が動いた。どうやらソレイルという名は冥府の人間にとって重要な意味を持つらしい。
「あの男の居場所なら知ってるよ」
「本当か!? 教えてくれ!」
興奮するシンカに目を瞬かせて女は笑い出してしまった。腹を抱えてそれは楽しそうにケラケラと。
「アンタほんとにおかしな奴だね! 自分が殺されるなんて、これっぽっちも思ってないみたいだ!」
「それだったらやめておけ。見たところ女と老人ばかりのようだし、俺には殺される理由が無い」
それを聞いた女は何を思ったのか、警戒を解いてシンカに歩み寄る。敵意も行為も言葉も無いまま、肘を曲げれば触れそうな距離まで迫ってきた。
「あんた、いい男だねぇ。仮面を付けても匂いで分かるよ」
シンカは黙って仮面を上に向けた。点のように小さな雷様が今にも天罰を下しそうな顔をしている。
「あんた、ちょっとこの村で仕事をしないかい? そしたらソレイルの居場所を教えてやるよ」
「仕事……」
「探査系の能力者なんだろ? だったら簡単な仕事さ」
「そんな能力持って無い」
女はとても強引だった。「なんでそんな嘘つくんだい?」と決めつけて、すでにシンカの腕を村に中央へ引っ張っている。
「まだ引き受けるとは一言も言っていない。ちゃんと説明してくれ」
強引に連れ込まれ、シンカは村の中央にある堂で説明を受けた。木組みに土を塗り、丸みを帯びた壁は暖炉の煙で所々煤けている。暖炉の上にはいつか見た赤い旗、竜と剣の旗が飾ってあった。
「この村が竜殺しの本拠地……」
「そうさ、アンタ達が出会ったのは偽物。よくいるんだよ、虎の威を借ろうって輩がね」
それが嘘か本当かシンカは知る由も無いが、女はこう説明する。
戦闘を生業にするリーダー達は遠征に出ている。しかも違う用事で近所に出かけた若い男連中が、もう十日も経つのに未だ帰って来なくて困っている。だから後者の若い男達を探しに行って欲しいというのだ。
「アタシ等は少数精鋭。でもさすがにこれじゃあ不安があるからね」
「いったいなんですの? その『ある用事』って」
長く大きなテーブルの端の方で紅茶をもらっていたリマシィは、ちょっと不機嫌そうに尋ねた。
「そりゃ企業秘密さ。つか、アンタまでこの村に呼んだ覚えは無いよ」
「戦力としてでしたら私だけで十分……お釣りがきますわ」
「ケッ、口も尻もでかい女だ。せっかくのいい男がまさかこんなコブ付きだったとはね!」
シンカにはリマシィの髪と目が静電気か何かで釣り上がって見えた。
「と……とにかくだ。その依頼は受ける。だから終わったらソレイルの居場所を教えてくれ」
「なんだい、仕事が終わった後だって、いつまでもここにいてくれていいんだよ? アタシがリーダーに口聞いてやるからさ」
そんな調子ではあったが、とにかく二人は一晩の宿と食事とソレイルの居場所を同時に得られそうな『上手い話』を入手したわけだ。
「紹介がおくれちまったね、アタシの名なシビディア。そんなこんなで、リーダーの代理の代理をやってるもんさ」
「アスミ=シンカだ。よろしく頼む」
リマイィはムスッと黙っていたし、シビディアも名前を聞く事なんかしなかった。一通り話が終わってから、シビディアは空いている家を一軒、まるまる二人に提供してくれた。
「きっと朝方になったらあの雑魚共と襲ってくるつもりなんですわ」
「かもしれん……だが他にあても無い」
リマシィは窓の外を見ながら『やだ……埃だらけ』とボヤいて窓を開け放つ。長らく空き家になっていたとすれば当然だ。
「あっ、見てシンカ様! あんなに細長い精霊珍しいですわ!」
一応言われるままに外を見てみたものの、精霊が見えない事はすでに確認済みだ。シンカは「俺に妖精は見えない」と、仮面を卓上に置いてベッドに大の字になる。
シンカにとっては絵空事の如きそれを目で追いながら、リマシィは何か思い出した様にふとこんな事を言った。
「もしかして私達って、昔の人と精霊の間に生まれた子なんじゃないでしょうか?」
「なんだ……突然」
「だって、ソウルを持たない人間と、ソウルだけの精霊、ほら! 私達がその合いの子と考えればとっても自然じゃありません?」
しばらく押し黙って埃っぽくすすけた天井を見上げ、シンカは不親切に「面白い話だ」とだけ呟く。
リマシィは悲しい顔になる。彼女は近頃こんな表情になる事があった。
「それだけですか?」
「そうだな……面白い話だとは思うが、少し無理があるかもしれない。それだと俺の様に『ソウルを持たない』人間がいなくなってしまった説明がつかない」
「そうですか、なら良いんです」
何が良かったのか、なぜリマシィが優しく嬉しそうな顔になるのかシンカには理解できない。理由を聞くほど口達者でも無いのでそのまま目を閉じてしまう。
それを見てリマシィは『私シャワーを浴びてきますわ』と宛てがわれた部屋に戻った。
夜更け、シャワーから上がったリマシィが肌も露わに、滴る水も乾かぬうちにシンカに襲いかかろうとした時だった。
「ちょっと二人とも出ておいで! 話があるよ!」
シビディアの声は外からで、緊急だと分かる気配だった。二人が急ぐでもなくドアを開けるとシビディアはもちろん、村人全員かと思われる数が家の前に集まっていた。
「どうした、こんな晩に」
「あんたには用は無いんだ、用があるのは後ろの女さ」
なぜか大きな袋を担いだシビディアはシンカの後ろを顎で指す。リマシィは夜風に髪が痛まないように、タオルで髪を丁寧に梳いていた。
「私に? 何のご用でして?」
「あんたの名前、まだ聞いてなかったね」
「ああ。私ベルキューイ=ファテマと申しますわ」
どこからそんな嘘がさらさら流れてくるのか、自分の髪を見ながら名を偽る。
「いいや、あんたの名前はリマシィだ。真黒き翼の元リーダー、死神リマシィ=マルー。違うかい?」
翼に大鎌を旗印とするギルド『真黒き翼』、リマシィ自身が「喧嘩を売ってはいけない」と言っていたギルドの一つだ。シンカはこの会話を聞くまで、そんな事考えもしなかった。彼女の鎌と翼が見えないのだから、それも仕方の無い事かもしれない。
「またずいぶんと昔の話を……」
「見たことがあるって人がいてね」
シビディアは笑っていたが、シンカの目には虚勢に映る。奥にある不安と恐怖までもが今にも見えそうだった。
「それで私、リマシィ=マルーに何かご用でして?」
リマシィはいつも通りだ。関心はずっとその艶めく髪にあるようで、退屈そうに話を聞き流している。シビディアは背中の大きな袋を二人の前に放ってこう宣言した。
「これで私たちの命を見逃してくれ……頼む。村の全財産だ」
無関心だった黒い瞳に光が宿った。リマシィは「あらあら、これはどうもご丁寧に」なんて言いながら、既に袋に吸い寄せられている。
その首根っこを太い腕が「待て」と掴んだ。
「別に俺たちは強奪に来たんじゃない。そんな物は受け取れない」
リマシィはシンカにだけ聞こえる小さな声で「ちょっとシンカ様! もらえる物はもらっておけばいいじゃありませんか」と少し泣きそうになっている。
「何を言ってるんだい?? 意味が分からないけど。決定権はあんたにあるのかい? 出来るのに殺さないのかい?」
皆殺しにして全て奪う。まるでそれが常識のような言い方だ。
「決定権は雇ったそっちにある。頼まれた仕事はちゃんとする。だからその報酬としてそれは取っておいてくれ」
「なおさら訳が分かんないよ……そっちになんのメリットがあるって言うんだい……」
「人は損得だけで生きているんじゃない。もう遅い、続きは明日にしてくれ」
価値観の大きく違う相手に限度を感じて、シンカはそれっきれ借家に引き返してしまう。後を追うリマシィはドアを閉める瞬間まで未練の視線を袋に送っていた。
よほど怖かったのか、シビディアは村人の前で膝から崩れて、震える声をなんとか絞り出した。
「ハハッ……とりあえず、助かったのかな」




