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第8話 鎧の英雄グレ

 刺々しい鎧に身を包んだ小さな老兵は一人森の上空に佇んでいた……そこはフィスカとヘルムダードの国境線、戦場の真っ只中、なだらかな山間の最前線。見るからに重厚なプレートアーマーに翼が生えて滞空するその姿は、あまりに異様だった。


 森に潜む相手はよく訓練された兵達なのだろう……音も合図もなく、老人を襲う幾千もの矢が森の至る所から、同時に空のただ一点を目がけて放たれた。


 グレは自分に下から迫る豪雨を眺めながら、微動だにしなかった。動かずとも甲冑だけで十分だったのだ。弾かれた金属質の雨音に続けて、グレはその雷鳴の如き声を森中に響かせる。


「並べて卓越したる弓兵の練度、誠に見事なり! 統率したるはガトレンド殿とお見受けする!」

 

 曇天に木霊すその声は、聞く者全てを地面に這いつくばらせるようで、古くさい言い回しもそれに一役買っている。どこからともなく、森の中からそれに反応する者があった。


「その桁外れの頑強さ、強靭なる鎧姿はグレ殿か!」


 グレには面識があったため、その声だけでガトレンド本人だと判断がついた。指揮官としても弓兵としても諸国に名を馳せるヘルムダードの勇者だ。


「フィスカにも名を馳せる貴公がなぜかような下策に出るのか! せめて大義くらいはお聞かせ願おう!」

「同じ言葉に花とリボンを添えてお返ししようか、グレ殿! 深紅桜に金十字の旗まで持ち込んで、何故我がヘルムダードの領地でこのような挑発行為を繰り返すのか!」


 こんな舞台劇みた台詞回しが映えるのも、この年齢と蓄積があってこそだ。


 ここまでくれば往々にして話し合いまで持ち込むのは難しくない。グレを仲立ちとして話し合いの場が設けられたのはその日の午後の事だった。それが叶ったのもこの老人、メディーナ=リール=グレという人物の圧倒的な信用と知名度があったからこそだ。


====


 ルシアの三代前の天空最高位の時代から、金十字の旗下にはこの男がいた。天空位に推された事も何度かあったが、その度に『自分の天職ではない』と断り続けた。


 ルシアにとっては良きおじいちゃんであり、恐い師匠でもあった……幼い頃から両面を見続けて来た。


「グレさんが天空位をやってくださるなら、わたしいつでもいいのになー」

「そう言ってくれる連中がいる間は、わしゃあココでいいと思っとるよ」

「みんなきっと、最後の一人までそう言いますよ」

「ならばこの国は滅びんよ。最後の一人になんかならん。だからわしは金十字なんじゃ」


 そんなヘリクツを言う人間だ。


====


 とはいえ、この談合が叶った大前提にあるのは『この大陸には騙し合いが非常に希有』という事実に他ならない……冥府とは真逆と言える。



 


「まずはそちらの言い分をお聞かせ願おうか、リッパール殿」


 そう言うガトレンドは、如何にも人の上に立つの『様になっている』といった風体の大柄で男らしい男だった。あるいは軍の教官でも様になるだろう。


「ではお言葉に甘えさせて頂きますが、先日、夜半にそちらの明らかな急襲を受けた結果が今の惨状です。我々ラーネイザ隊の八十名以上が矢に倒れるなどそれ以外に考えられません」


 一人だけ感情を御しきれていないこの若い男がリッパールという名の、ラーネイザ隊の副隊長であり、現『隊長代行』だ。グレはリッパールを少しなだめるように、諭すように訊いた。


「それは矢傷に間違い無かったのかのう?」

「間違いありません。八割方が矢傷の様な穴状の傷で、斬撃によるものは二割程度でした」


 ガトレンドの隊が古今随一の弓兵部隊であることは有名な話ではある。


「しかし、それではちょっと……断定はし兼ねるのう」

「ですが……矢が残っている死体だっていくつもあったのです! 間違いないでしょう!」


 その台詞にグレの白く太い眉がぴくりと動いた。


「その矢に糸はついていたのかね?」

「いえ……付いていませんでしたが……」


 グレの視線を感じて、口も眉も閉ざしていたガトレンドが説明した。


「我々の部隊の弓兵は二種類しかおらん。ソウルの形状維持に長ける者とそうでない者だ。前者は矢に糸を付けソウルの無駄を防ぐために回収する。後者は回収できないため、なるべく小さなソウルで相手を倒せる訓練をする。これは我が軍においては規律。例外は無い!」


 嫌味ではなく、少し自慢するように「もっとも、自由気ままにソウルを育てる貴国の若造では分からんかもしれんがな」とガトレンドは付け加えた。


 つまり、前者なら回収して矢は残らないはずだし、後者なら霧散して矢が残るはずなど無いというのだ。


「では……あの矢は?」

「わからんが……まあガトレンド殿の言い分も聞いてみようじゃあないか」


 ガトレンドという男の強気な雰囲気、自負に満ちた話し方はヘルムダードのお国柄というものだ。そしてそれを誇るべき文化と考えているらしい。


「グレ殿なら今の話で分かったであろう! 勘違いしたリッパール殿の、見当違いな攻撃に応戦していたまでだ! この小競り合いにおけるリッパール殿の責任は大きいのではないかな?」

「ぐっ…………」


 否定をしきれない、という感じで口を閉ざしてしまったリッパールに代わってグレが話し相手になる。


「最初の攻撃は確かにフィスカのものだったかね?」

「グレ殿の公平を期する立場には感服するが、まず間違いは無いだろう。初めは全て翼兵による羽や剣によるものだったと記憶している。そのあまりの火力、神速に一時は白天使が来たのかと我が軍もたじろいだ程だ!」

「問いつめる様で悪いんじゃが、相手の姿は見たのかね?」

「初めは夜半だったから見えなかったが、夜が明けてからはこちらが圧していたのだ……間違い無くフィスカの兵だった」


 グレは溜め息をついた。この戦闘の発端という導火線に、二人の指揮官が浅はかさが少なからず寄与していたのだろうと感じたからだ。


「ちょっと待ってください。その話おかしいですよ!」


 今まで目を伏せ、黙っていたリッパールがここぞとばかりに切り返す。


「確かに僕達の隊、ラーネイザ隊は攻撃力に重きを置いた攻勢の部隊ですが、素早さに関してなら……」


 そこで派手な『パァーン』という破裂音が、仮設のテントを膨らませた。グレがリッパールを思いっきり叩いたのだ。叩いた道具は言ってしまえばハリセンだった。


「こら。敵の将の前で戦力を吐露する阿呆がどこにおると言うんじゃ」

「す、すみません……でもやっぱりおかしいんです! だって我々が攻撃に出たのは仲間の遺体を全て回収したあと、夜が明けて傷口を確かめてからなんですから!」


 その言葉で場が一瞬静まり返ったが、ガトレンドは前の調子で反撃する。


「こう言うのは失礼だが、大方引っ込みがつかなくなって苦し紛れの言い逃れをしているんじゃないのかな?」

「あまりと言えば失礼な! 我らラーネイザ隊が牛歩なのは巷では有名な話だ! 神速などとは片腹痛いわ!」


 パァーン!! 一度目よりも大きな破裂音は、テントを破裂させんばかりの勢いで振り抜かれた。グレは何事もなかったかの様に話を続ける。


「とにかくじゃ。今回の発端に関しては諸処疑問が残るとわしは思う……どうじゃ、ガトレンド殿。一旦手を引いて調べてみんかね? このまま大義も目的も無く戦うは、双方にとって益のない徒労には相違ないはず」

「むぅ……他なら白天使でも聞かぬが、他ならぬグレ殿の仰る事だ。まあ仕方なかろう」


 椅子から腰を上げたガトレンドの帰り際、グレは「ヘルムダードの客人達のお見送りを……」と言いかけて訂正した。


「いや、いい……わしが行こう」

「……うむ。金十字殿直々の見送り。感謝致す」





 グレとガトレンドの面識は戦場で一度、二国間の協議で一度。それでも二人で話す内容はお互いに承知していた。歩きながら、切り出したのはガトレンドだ。


「我々を相克に誘わんとした、不貞な影が見え隠れしますなぁ」

「一筋縄ではいかんかもしれんのう。そやつは弓戦にも夜戦に長け、神速と殺傷能力を兼ね備えとる事になる」

「少数では無い……かなりの人数かと」


 二人は第三者、第三軍の介入を示唆している。


「そうとも言い切れんよ。それだけの能力を持つ者が大勢集めるのは大変だし、数が多ければ見つかる可能性も高くなる」

「仮にいるとして、目的がよく分かりませんな」

「左様。じゃがまずは我々の交戦が狙いだった。相手の気持ちになれば、自然と次の行動は読みやすくなる」


 百戦錬磨の将たる二人は当然その先まで読んでいた。談合に招かれたフィスカの陣営でガトレンドが消えれば、これほど混乱を招く事態がないのは自明の道理……だからこそグレは精鋭を数人連れて自ら見送りに来たのだ。


 そして二人の会話に『ご明察』と答えんばかりの、高速にして鋼鉄の矢が放たれた。それはガトレンド目がけて放たれたものだが、グレが分厚い盾のソウルでそれを防いだし、そうでなくともガトレンドはすでに身を躱していた。


 ソウルに依る戦いは多くの場合、相手の立ち姿や構え、雰囲気ではその力量はほとんど量れない。しかしそのソウルに触れれば、海千山千のグレには相手の情報が手に取るように分かる。


 強敵。一言で言えばそんな印象だった。


「何者かね? 姿くらいは見せるのが礼儀というものじゃよ」


 聞く者を怯えさせるグレの響きは、長い年月をかけて作り上げたものだろう。老人の問いかけに姿を現したのは、美しい男だった。手足が長く、細く、しかし男らしい鋭さを顔の深い彫りに、目に、髪の毛から爪先に至るまで備えている。


「強靭……堅牢……暖かい」


 その男は脈絡も文意も曖昧に、そんな三つの単語だけを発した。そこにガトレンドの武器……三日月型の飛び道具が男を襲う。


「堅い……だが脆い」


 そう言いながら、美しい男は三日月の矢を退屈そうに真っ二つに切り裂く。その武器は長い……あまりにも長い曲刀だった。切り裂かれたガトレンドの矢は左右に散り、太い大木の芯まで深く突き刺さる。


「無愛想な男ですな。若者は元気がなくてはいかんよ」


 ガトレンドはそう評したが、男は若いはといっても年齢を感じさせない雰囲気だった。ただ人に聞けば三十前後という意見が平均くらいかもしれない。

 気を抜くとその長い四肢の流線的な動きに、柳眉に、目を奪われてしまいそうだ。


「グレ殿……こやつ本物ですぞ」

「分かっとるわい……しかも矢を放った手練とはおそらく別人じゃ」


 二人の会話を聞きながら、英雄と呼ぶに恥じぬ二人を眼前に、男はなおも引かない。グレの鎧、ガトレンドの弓矢を見て敗北を予感しない者など、世界に数える程もいないはずである……『見えない』、というのであれば話は別だが。


「せめて殺す前に目的くらいは訊いておきたいんじゃが?」

「目的……理由……」


 美しい男は左上から右上へと目線を数回往復させた。まるで理由と目的はこれから探すとばかりに。


「まさか……大義も意趣も打算も、何も無しに我らヘルムダード……ひいてはフィスカに喧嘩を吹っかけようというのか?」

「そうだった……悪に所以無し……それこそが悪の大義」


 男の声は冷静で、人に何かを訴えかける調子を持たず、常に自分に問いかけている。グレは彼の答えにカラカラと笑った。


「明快この上なし! 逆に気持ちいいくらいじゃ!」

「悪と自称するからには切られる覚悟も出来ていよう」


 ガトレンドはその大胆な発言にさらに気を引き締める。美しい男の調子は変わらない。長剣を構え、己に問う。


「両雄死すは……是か非か……?」

「そんな心配せんでもええよ……おぬし達はわしらには勝てん」


 重く暗いソウルが老人の身を包む……グレの攻防一体のソウル、刃の鎧がその身を包む。さらに重たい鎧から翼が伸び、重戦車が空へと舞い上がった。


 追随するフィスカとヘルムダードの精鋭達を前に、男が放った言葉は冷血の中にこれ以上ない挑発を含んでいた。


「名も知らぬ老人よ……あなたは俺に『恐怖』を教えてくれるだろうか……」

「わしの名はグレ。メディーナ=リール=グレじゃ。恐怖を感じる間が果たしてあるかのう?」

 

 一瞬の間を置いて、両雄は一寸の迷いもなく衝突した。それに続いて数えきれない弦音が響き、剣戟が森全体に不協和音を奏でた。


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