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第7話 太陽を追って冥府

 さらに船で数日、シンカは地獄を意味する大陸をついにその目に捉えていた。


「ようやく到着か」

「果たして無事着岸できるのでしょうか?」


 リマシィは少し高い位置から岸を注意深く窺っている。


「海賊でも出るのか」

「あの大陸に『賊』なんていう言葉はありません。彼らにとってそれは仕事であり漁なのです」

「なるほど」

「いざとなったらシンカ様だけでも私が運んで差し上げますわ」

 

 ここまでの道中でリマシィから受け取った情報を総合して、シンカがイメージした世界はとてもユニークで、しかしどこかで見た事があるような世界だった。

 モヒカンの野盗の群れがバイクに乗って、荒野に奇声を発しながら襲ってくるのだ。


「変ですわね。こんな鴨みたいな船、奴らがみすみす見逃すはず無いのですが」

「お姉さん。鴨はちょっと酷いんじゃねえかい?」


 そう言ったのは船に乗り込む時に駄賃を渡した水夫だった。


「いつもこんなに平穏でして?」

「なんでも冥府のエラい人がな、この土地を治めちまったって話だぜ。最近じゃあ有名な話だぜ」

「信じられませんわ! あの混沌と悪意と狂気だけの世界を……いったいどうやって」


 リマシィが驚きの感情を露にする事は殊珍しい。目も口も大きく開けてその感情を手放しに表現している。


「どんなギルドが束になってもそいつには敵わなかったんだとよ。まあそうは言っても、中央の方はまだまだ覇権争いが絶えないって話だぜ。腐っても冥府さ」

「そんな人間が……」

「俺も詳しくは知らねぇがよ……ただ名前はカッコいいから覚えてんだ」


 水夫は蒼天に只一つ輝く明かりを指差して自慢げに、高らかにこう続けた。


「太陽さ太陽。ソレイル様ってんだ」


 それだけで満足したらしく、なにやら下っ端らしい水夫達に大声で指示を出しながら、男は船内へと引き返してしまう。リマシィは値千金の情報に目を輝かせていた。


「シンカ様!」

「可能性はありそうだな」




 着岸に至るまで危うげなところは何一つ無かった。縄が投げられ、碇が降ろされ、木に軋む音と共にシンカ達はその大地に足を降ろす。シンカに言わせれば少々期待はずれかもしれない。

 水夫達に別れを告げ少し歩いた先には、寂れた観光地が広がっていた。


「そこのお兄さん! 冥府名物、『地獄まんじゅう』、どうだい!?」

「冥府と言えば温泉だよ! どうだいお姉さん、寄ってかないかい?」


 二人はそれらを通り過ぎ、取りあえず昼食のために近場の食堂に入った。どこにでもありそうな、粗末すぎず、貧相とも言えない食堂は空いていた。


「ずいぶん話と違う様だが」

「私の記憶ともずいぶん違いますわ」


 料理が運ばれてくる。どれも飾り気は無いが、量も質もさほど悪そうには見えない。


「アンタ達? ルクシャから来たんだろ?」


 皿を置きながら笑って大きい声を出したのは、いかにも食堂のおばちゃん、といった風格の中年の女だった。シンカは話を聞きながら、取りあえず皿に手を付ける。


「じゃあビックリしたんじゃないかね? 意外と平和で」

「ソレイル様が平和をくださったんでしょう?」

 

 リマシィは何故か不服そうでもあり、退屈そうにも見えるが、いつも通りなのかもしれない。


「そうなんだよ!」

「そのソレイルという男に会いたいのだが」


 今まで食べ物で塞がっていて喋れなかったシンカは、それを飲み込んでから口を開いた。


「いるなら中央の方だと思うけど……やめといた方がいいよ。外から来た人じゃ骨になるのがオチなんだから」

「中央は未だ危険と聞いたが……ソレイルは中央では何もしなかったのか?」

「『無法もまた法なり』。ソレイル様は自分の正義を押し付けなかったのさ。この国のルールも尊重してね。それで未だに中央の方はギルド制なんだよ」


 楽しそうに喋り終えてから、女はシンカが追加注文した品を取り厨房に戻った。


「さっきからギルドギルドと聞くが、何なんだ?」

「簡単に言えば『野盗のチーム』ですわ。勝ったものが全てを手にする。力で支配する。これが冥府の基本理念なのです」

「ソレイルは中央にその制度を残しつつ、平和と外交を開こうとしたのか」

「きっとよほどのお人好しか、よほどの偽善者なのでしょうね」


 会話が弾む中、中年の女は両手に皿を持ち戻ってくる。


「さっきも言ったけどさ、中央に行くのはやめときな。行った奴は数えきれないけど、戻って来た人なんて数える程もいないんだから」

「みな殺されるのか?」


 シンカは常に何かしらを口に頬張りながら聞いている。


「死んだのか奴隷になったのか知らないけど、似た様なもんさ」


 二人はその話をあまり気にしていないようだった。男は食事に夢中だし、女はその男を眺めるのに夢中なようなので、中年の女は再び厨房に戻ってしまう。


「私、船の食事があんまり少ないからシンカ様が餓死しないか心配でしたの」

「その通りだ、餓死しそうだった」

「やはりこれから中央に向かわれるのですね?」

「うむ」


 また料理が運ばれてくる。食堂の女将もここに来てさすがにあきれ始めた。


「あんた……コレ一人で全部食うのかい?」


 口を開けず、シンカは黙って頷き、空かせていた腹を存分に満たした。





 早く冥府内陸部へと向かいたい二人は、必要な情報と物を集めて早々に町を出る事にした。実際にソレイルを見た者はいなかったものの、いるならば内陸部だろうという情報が多かった。


 町の外は冥府だからといって、血の池や針の山があるはずも無く、荒れ気味の大地と少ない緑がどこまでも広がる中、リマシィはシンカに警告を促す。


「いいですか、シンカ様! まずこの世界で喧嘩をしてはならない、と言われる三つの人種をご存知ですね?」

「確か、冥府の人間、キヴ族……それからヘルムダードだったか」

「ヘルムダードの軍属でございます。それはまあいいのですが、さらに冥府の連中でも殊に喧嘩を売っていはいけないギルドが三つあります」


 リマシィは指を三本順番に立てていく。


「『真黒き翼』『竜殺し』『冥帝』。この三つです」

「わかった。そいつらも探せばいいんだな」

「そんな事は言っていませんが……シンカ様もしかして戦いたいのですか?」

「面倒な事には首を突っ込みたくないが、機会があれば是非そのギルドで一番強い奴と手合わせくらいはしてみたいな」

「どのギルドも真正面からぶつかれば、きっとシンカ様の敵では無いと思いますよ」

「そうか……それは残念だ」


 つまりは正面から切り込んでくるような連中はその中にはいないのだろう。


「とにかくその三つの旗印はそれぞれ『翼に大鎌』と『竜に剣の紋章』『黒地に虹』です。もちろんシンカ様なら『恐るるに足らず』でしょうが、一応念のため警戒しておいてください」

「わかった。だがまずはソレイルの情報集めか……」

「それにしても……ソレイルは内陸で何をしているんでしょうか?」

「さあ? 見つけてから直接聞いてみればいい」

「それもそうで……」


 その言葉に続く音は地響きだった。大勢の何かが押し寄せて来ているのだ。上に掲げた大きな赤い旗には、翼の生えた蛇の様な紋様が彫られ、それが剣に巻き付いて火を吹いていた。 


「竜に剣というのはあんな感じか」

「あら、なんてついてないんでしょう……さっそくですわ」


 話しながら、雪崩れてくる人馬の群れに二人は全く動じていなかった。


「俺はいいが……リマシィはどうする。空にでも避難しているか」

「そんなつれない事を仰らないでください。私はいつでもシンカ様のお側にいますわ」


 手際よく周囲を取り囲んだ集団はざっと三、四十人。バイクに乗った雑魚を想像していたシンカはその目の鋭さに刮目した。だれもかれもそれなりに場数を踏み、用心と警戒を八方に怠らない顔つきをしていた。

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