第4話 まどろむ小部屋
戸締まりをいくら堅牢にしても、埃というものはどこからともなく入り込み、部屋の至る隙間に入り込む。主を失った城壁の小部屋もその例外ではなかった。
少年は時折その小部屋に来ては埃を取り除き、隅々まで掃除をした。
友人が武器だと言った黒いパドルは部屋の隅、棚と壁の隙間に押し込まれ白っぽくなっている。シンカが『ロボ』と呼んでいた人形も淡い雪を頭と肩に乗せて寂しそうだ。
ザクライは積もったほこりを甲斐甲斐しく払い、本の一冊一冊に到るまで乾拭きする。ザクライはそういった事が得意だったし、嫌いではなかった。
最後にロボットを磨き上げた際、少年はロボの背中と首の隙間に小さなソウル製のレバーを見つけた。
「あれ? なんだコレ?」
それを引こうとすると、来客の滅多に無いその部屋のドアが軽いリズムでノックされる。
「こんにちは。ザクライさん」
「シェラールさん! こんにちは」
二人はいつもシンカが寝台代わりにしていたソファーに並んで座った。この部屋は不思議の世界から来た住人の名残として、その秘密を知る者達の溜まり場になっていた。
少女は以前と変わらず美しく、小さなその口を開き、嬉しそうに喉を震わせる。
「なんだかこの部屋って不思議というか、なんだかすごくファンタジーじゃありませんか?」
「その感じ、僕もすごく分かります」
二人が同時に見渡すその小部屋は、なんの変哲もない城壁の一室だ。ただ城には似つかわしく無いものが多い。本棚、パドル、奇妙な人形、ボトルシップ……しかし一番不釣り合いだったのは、以前住んでいた男だった。
「シンカさんが来てからというもの、私わくわくしてたんです。何か不思議な事が起るんじゃないかって」
この少女は色んな事柄にいつも興味津々だ。ルシアに、シンカに、自分と違うもの全てに。
「僕は体験しましたよ。覚醒しちゃって、シンカに助けてもらって。本当に感謝しています」
少年は遠い昔を思い出す様だった。それでも彼が戻ってくると信じて、部屋を掃除している。
「早く戻ってきてほしいですよね。あの方がいれば、毎日が不思議な話でいっぱいで、なんだか人生を何倍も楽しめるような気がするんです」
「シェラールさんって、なんて言うか……感受性が豊かなんですね」
「そうですか? でもザクライさんもそう思っているでしょう?」
「もちろんそうだけど……けど、僕は考えてしまうんです。シンカは僕たちが感じる不思議に出会えなくて、絶望してるんじゃないかな、って」
二人はそこで沈黙してしまう。できる事なら答えを導いてあげたいと、ついつい考え込んでしまう。
「普通の方だったら、きっと優越感に浸って、権力に手を伸ばして、満足できるんでしょうけど……」
「シンカにはきっとそれが出来ない。僕が言うのもなんだけど、シンカも不器用だからなぁ」
また沈黙。なんとなく気まずくなってシェラールは話題を変えた。
「そう言えば……まだ以前言っていた『奇妙な夢』を見るんですか?」
「え? ああ、時々……」
ザクライは奇妙な夢を時折見ては、それを断片的に覚えていた。この世界において夢は未来や過去を明示する事が少なくない。『誰も経験した事の無い夢』というのは未来を暗示している可能性もある。
「それはやっぱり不思議な夢?」
「とっても不思議ですよ。起きてから笑っちゃうくらい」
声を聞くシェラールを笑わせる様に、ザクライも実際に笑って続ける。
「不思議だしあんまり覚えてないんだけど、いつも優しい声で誰かが導いてくれるんです。『高い塔に来てほしい』って」
「まあ、それはやっぱり『精霊の塔』の事なんでしょうか?」
「たぶん……そんな気がします」
精霊の塔は以前メイロンがシンカに教えた万丈の塔だ。話が進むに連れて、シェラールの顔は曇って行った。
「やはり兄さんに聞いたソレイル様の話と酷似していますわ……ソレイル様も最後は『夢で見た塔を探さなければいけない』と言ってフィスカを出て行ってしまわれたそうです」
少女の曇りを快晴に変えたくて少年は笑った。
「僕は大丈夫ですよ。そんな度胸も探究心もありませんから!」
「それはそれで困り者ですね!」
笑ってくれたシェラールを見ながら、ザクライは思い出して部屋の隅に歩き出した。
「そうそう、さっきこの『ろぼ』に変なレバーを見つけたんです。この首のところ」
シェラールはソファーに掛けたまま、身じろぎ一つせずにそのレバーを感じ取る。
「それ……ソウルで出来ているみたいですね」
「そう、だからシンカには見えない!」
「押してみました?」
「今から押すところです」
そう言うなり、ザクライはそのレバーを下げていた。
その瞬間、ロボの目が輝きを放ち、蒸気を揚げて動き始めた……などという事はなく、小さく『カポッ』と音がして、その下の丸いフタが開いた。
「穴が空きましたね」
「中は……暗くてよく見えませんが」と、ザクライはその穴を覗き込む。
「私が見てみます」
シェラールはやはりソファーから動かない。動かずとも、目を開かずとも彼女にはその死角が見えるのだ。だが今回は例外だった。
「変ですね……中が……分かりません」
ザクライにはその言葉の意味が分からず、ロボに手を掛けたまま『どういう事ですか?』と訊く。
「その……吸い込まれてしまうんです、ソウルが。ザクライさんもやってみればきっと分かりますわ」
まだちょっと理解しきれないザクライは、半信半疑で穴に入る長さの棒を作って、突っ込んでみた。そして引っこ抜いてみると、棒の先が溶けてなくなっている。
「わっ! 何だコレ!?」
仰天するザクライを感じながら、シェラールはクスクスと笑い出してしまった。
「やっぱり! シンカさんの周りでは不思議な事ばかりが起りますね!」
「ソウルを持たない人間の次は、『ソウルを溶かす人形』ですか?」
「中はどうなっているんでしょうね? なんで溶けてしまうんでしょう??」
新しい興味津々を見いだしたシェラールはついに立ち上がってその人型をペタペタと触り出した。
「危ないですよシェラールさん! そんなヘンテコな人形に触っては……」
「大丈夫ですよ。私分かるんです……この人形に通うソウルはすごく優しくて、暖かいんです」
その言葉を聞くロボはもちろん動かない。聞いていて嫌そうな顔もしていない。
「シンカはコレを王様に貰ったって言ってましたけど……」
「一応兄さんには報告してみますね。また面白いモノを見つけたって」
少女は膝を屈め、ロボの目線でそれを撫でながら笑った。
その夜、仕事にけりをつけたメイロンは家路につこうとした城門で夜空を切り裂く羽音に空を見あげた。空から降って来た天使は風と音とをメイロンに叩き付けて挨拶をする。
「メイロン、お疲れ様!」
「ルシア様こそ。……おや? 羽、4枚に増やしたんですか?」
「うん。シンカにアドバイスされてさ。試しにやってみたら、これが調子良くて」
「ソウルのアドバイスなんか、彼にできるんですかね」
「言ってる事は全然わかんなかったけど……わたしの羽はなんかたぶん『ろけっと』だか『すらすたー』? みたいな原理だから? 同じ力が出せるなら増やしてみたら? とかなんとか……」
「何言ってるか全然わかりませんが。とりあえず残業代は出しませんよ」
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いちおうルシアの曖昧な記憶を補足しておくと、こんな会話があった。クヮコームとの紛争のすぐ後、ルシアが特訓に付き合ってほしいと言い出した時の事だ。
「ん? ルシアはなんというか、こう……上下しないんだな」
空の少女を見ながら、シンカは手のひらを上下させる。他の翼兵やザクライなどは、ホバリングする際にそんな挙動が必ず見られた。
「ああ。これわたしの特技なんだ。なんでかは分からないんだけど、他の人には難しいみたいなんだよね」
「そういえば……以前戦った時、翼のガラス片だけ見えなくなっていたな」
「そうだっけ? 覚えて無いけど」
「いや、確かにそうだった」
手を顎にあてて、シンカは黙りこくってしまう。
「あ、シンカまたなんか難しい事言おうとしてるでしょ。言われてもわたしわかんないよ」
「おそらくだが……」
俯いたまま、小出しに小出しに、話を切り出す。
「ルシアだけはその膨大なソウルをロケットエンジンのように噴出して加速しているんだ」
「んな?」
話が全く分からなくて、ルシアはへんな声を出した。
「だからホバリングに余計な挙動が入らないし、速く飛べる……他のやつに使えないのはなんでだ? 発想やソウルの絶対量の問題なのか……」
「ちょっとちょっと、全然分かんないってば!」
ルシアの存在に初めて気がついたみたいに、シンカは上を見なおした。
「ああ、すまん。なんでも無い。続けよう」
「いや、よく無いでしょ……ちゃんと説明してくれると嬉しいなぁ」
それを出来るだけ分かりやすく説明され、地面に棒っきれで図説され、ルシアは自分の力の秘密を自覚し始めた。
「なるほど。でもそれって要は『大きな力を使って速く飛んでる』ってだけじゃないの? 何か他にメリットがあるの?」
「そうだな……他のメリットは例えば『出力を増やせば速さが増す』とか」
「4枚にしたら倍の速さで飛べるって事!?」
「そうはならない。えっと……羽を4枚にすると、単純計算だとスピードは1,4倍になるのか?」
「え!? じゃあ4枚にするよ!」
「だが使うソウルは倍になる」
「それじゃ効率悪いじゃん……」
「そう。だから……ここぞという時だけ使うといいかもしれないな」
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ルシアはメイロンの嫌味を無視した。
「あれだけ短期間で、歯が立たない人に二人も会っちゃったからね……自分の弱さをどうしても感じちゃって。もっと強くならなくちゃ」
ルシアにしては珍しく息を乱し、汗で服がベトついている。
「その二人ですがね。どうやら一緒に旅をしているという説が有力だそうですよ」
「リマシィ将軍が失踪したって話か。それホントなの?」
メイロンは外套を羽織り直し、やんわりと肌寒い夜空を見上げた。
「リマシィ将軍は竜巻の化物に連れ去られた。そんな噂でしたが、ディアルダ海の港町で二人と思しき人影がツフレット隊に目撃されています」
ルシアは汗をタオルで拭いながら話す。ちょっと忌々しい、という面持ちだった。
「なんでまたリマシィ将軍なんかと……」
「さぁ? そこまでは、私にはなんとも」
帯に括っていたタオルを首にかけ、天空位は大げさなジェスチャーをした。
「将軍も斥候部隊長もいなくなったら、友好条約を結んだフィスカが重荷を背負う一方じゃない!」
「それはそうですが……リマシィもディルミーも取り除いてしまったのは彼ですし、クヮコーム攻略の立役者も彼なのですから……おあいこでしょう」
メイロンが言い終わると、数人の兵士達が空から降ってくる。どうやら競走していたらしく、皆一様に息を乱している。
「よし! 全員よく頑張った! 帰ってよし!」
そう叫ぶルシアに敬礼をする者、「ありがとうございました」と叫ぶ者、みなバラバラな礼をして帰路につく。少し間を置いてから、二人きりの状況に戻ったのを見計らってメイロンは切り出した。
「それはそうとルシア様、『ヘルムダード』に不穏な動きがあります」
「あそこはいっつも不穏じゃん」
汗を拭ったルシアは露骨に嫌そうな顔をした。まるで治安の悪い対岸の国の話でもするように。
「不穏だし尊大ですがね。久々に大使なんか寄越して来るんですから……」
「うわー、めんどくさい」
メイロンはいつも通りだ。いつも通りの飄々とした面持ちで城門へと歩き出す。
「まあ私の方で出来るだけなんとかしますよ。それではまた」
「頼むよー。お休みー!」
※ツフレット……水宝玉隊長。通常、フィスカはルシア隊を除いた五隊をローテーションで前線に配備するが、ツフレット隊だけは特例として沿岸警備の任に固定で就く。以前ドットゥヤが言っていた『海底調査の第一人者』。




