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第2話 フィスカ南端の港町にて

『冥府』とはフィスカの遥か南の大陸全体をぼんやりと示す言葉であって、明確な領土などは存在しない。フィスカから船で冥府を目指す場合、ちょうど中間地点にあたる島国『ルクシャ=スタヤット』を必ず経由する……もっとも、船でそこより南を目指す奇天烈な連中はまずいないので、ルクシャ以南の定期船などは存在しない。


 さて、へその無いこの物語の主人公、アスミ=シンカはフィスカの南端に位置する小さな港に辿り着き、しかも好奇の衆目を欲しいままにしていた。


「さあさあ! 名物『羽エビ』大食いチャレンジに参加を表明した勇気ある若者に、皆さんご注目ください! 挑戦するのはお似合いの美男美女カップルの彼氏さんだー!」


 店長らしきふくよかな男が声高らかにはやし立てる。それに釣られて道ゆく人が、席についた家族連れが、客寄せの犬までもが、店中央に陣取った一組のカップルに視線を注ぐ。


「羽エビ二十匹にパンとスープはおかわりし放題! 見事食べきったらなんとたったの80ルーネ。可哀想だが残しちゃったら1600ルーネだ!! 制限時間はこの砂時計が落ちるまで! 用意はいいかな!?」


 席についた二人は端から見ると本当に釣り合いが取れている。お互い黒髪に黒い瞳、逞しい男の戦いを前に、美しい女は朗らかに笑いかけている。


「シンカ様、頑張ってくださいね!」

「うむ」


 勇敢なるチャレンジャーの正面に座るリマシィはと言えば、茹でた羽エビ一尾にサラダとパンという簡素な注文だった。誰もが無謀だと信じて疑わない量の、色鮮やかな赤色の敵が銀皿に乗せられ、蒸気を纏って運ばれて来る。


 男は大衆の心配を他所に、全く異なった発想を根拠によだれを我慢していた。


(おかわりし放題……)


「では! チャレンジスタート!!」


 結論から言ってしまえば、店主はこれに懲りて大食い企画を金輪際自粛する。


 制限時間をまだ半分弱を残して、挑戦者から「羽エビもおかわり出来るとか言っていなかったか?」という常軌を逸した質問が飛んで来たのだ。

 店主の言い方も悪かったのか、あまりの食いっぷりに興奮した観客達も「そう言っていたじゃないか!」とまくしたて、店主の退路を塞いでしまった。


「てやんでぇ! 食えるもんなら好きなだけ食っていきやかれー!」


 怒っているのか、泣いているのか、最終的に店主は半ばヤケクソにそう叫んで、度量の大きさを皆に見せつけた。

 そして結局、男はロブスターくらいのエビ三十六尾とパン七枚を平らげ、スープに至っては「もっと大きな器は無いか?」などと言い出したのでもう量がよく分からなくなっていた。

 

 感嘆と仰天を口々にしていた観客達も、最後の方は言葉を失い、悠々と立ち去るその男を啞然とした表情で見送る。そしてカップルがすぐ近くにある洒落たケーキ屋に入ったのを見届けて、この話は伝説となった。




「それでシンカ様、どうやって冥府に行かれるおつもりですか?」


 ケーキ屋に入ろうと提案したリマシィは、上品な手つきで紅茶のカップを持ち上げる。


「まずはルクシャに行く……あとは行ってから考えるさ」


 そして持ち上げた紅茶に口をつける事なくソーサーに戻し、諭すように提案する。


「ねぇ? やっぱり考え直しませんか? 行けるか分からない上に、本当にソレイルがいるかも分からないし、行ったところで会えるかどうかも分からないんですよ?」


 シンカは考えながらケーキを一口、大きく口に含んだ。

 

「だが今は……ソレイルが一番で唯一の可能性だと……俺は考えているんだ」


 途切れ途切れに返すのはリマシィの意見が理に叶っているからだ。


「だったら尚更、彼の母国であるフィスカで帰りを待つ方が会える可能性は高いと思うのですが……」

「あの国にいては、俺はいずれ戦う事になる。軍は力があれば使うだろう。なるべくそれは避けたい」


 戦うためにやってきたはずの男が寂しそうにそう返す。男の言う『力』を目の当たりにしたリマシィには言いたい事がなんとなく分かった。分かったので、何も聞かずに微笑んだ。


「まあ私はどこへ行こうと構いませんわ。どこへなりと付いて行くだけです」

「…………」


 この世界に関して彼はとんと無知だったので、リマシィという案内人の存在は思いのほか頼もしかった。そのせいで『付いてくるな』とはもう言えなくなっていた。


「まずはルクシャへの定期船か」

「次の出向は四日後と書いてありましたわ」


 一人乗りの船ならばほとんどはソウルで創るが、旅客船のように多くの人を運んだり、長い日数を航海するものは木造が一般的だ。ただしその動力源は例外無くソウルに頼る。


「待つしかないか」


 リマシィは飽くまで屈託の無い微笑みで男に接した。


「そうしましょう。その間に聞かせてください。シンカ様の話を! シンカ様の世界の話を」

「そんな話をしてもたぶん面白くない」


 飽くまでも思いやりを忘れない、それはそれで人間らしいリマシィがシンカの目の前にいた。初めてあった時の印象とのギャップに、シンカはただただ驚かされるばかりだった。


「もしシンカ様の世界に私が忽然と現れたら、違う世界の話を聞いてみたいと思いませんでしたか?」

「それも……そうかもしれないが……」


 男はカップを空にして、その少ない言葉を少ないながらに紡ぎ始めた。

※羽エビ……海中では半透明の羽を生やし泳ぐロブスター大の海老。茹で上がった見た目はただのロブスター。


※ルーネ……1ルーネ=10円ほど。

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