第29話 クヮコーム攻略戦③ 〜それは突然に〜
「いやはや、伝説の大英雄とこうして見える事になろうとは」
暗い洞窟の中、道化の仮面を着けた色白の男は蝋燭の灯の中を進む。それは紛れもなくディルミーのものだった。
「伝説は言い過ぎでしょ。まあ悪い気分はしないけど……あなたマトーヤね」
六人がかりのソウルでがんじがらめに捉えられ、後ろ手に縛られた少女の気丈な笑いが松明に揺らめく。マトゥーヤも手を後ろに組んでルシアを見ていた。
「質問はこちらから一方的にさせてもらいます。ルシア天上位」
「今はみんな天空位って呼ぶけどね」
ルシアをよく知る者がそこにいたら、不安の影を捉えられたかもしれない。
「それを言うなら、特待軍師の事もマトゥーヤーとしっかり発音して頂きたい」
「そのマトゥーヤ様がわたしに何の用?」
「勘違いしないでほしい。俺はマトゥーヤー様ではないよ……聞きたいのはほんのつまらない、個人的な事でね」
「だから何よ?」
「ドットゥヤという男を知っているかな?」
この少女は噓を見抜くのは得意だが、つくのは得意ではない。それを自覚しているせいか、ルシアは少し俯いた。
「その表情は知っているみたいだな。つい最近、君を殺そうと小策を巡らせ自滅したあわれな男だ。記憶にも残っているかもしれない」
下を向いて答えるルシアの声は震えていた。思い出すのも辛かった。
「その男が……どうかしたの?」
「責任問題として知りたいだけなんだよ。その男がどんな作戦で自分の部隊を危機に追いやったのかをね。何せ君以外の当事者はみんな君が殺してしまったから」
「…………」
「別に君を責めている訳じゃないんだ。今後のために良かったら聞かせてもらえないかね。その男は最期まで職務を全うしようとしていたのか? 逃げ出そうとしたんじゃないのか? どんな作戦だったのか……最期に何か言っていなかったかね? 何でもいいんだよ」
この時点で二人はお互いに勘違いをしていた。
マトゥーヤはルシアが兄を当然恨んでいるものだと思い込み、刺激しない言葉を選びながら兄の最期を知りたいと願っていた。
ルシアはルシアで二人が兄弟なんて知る由も無く、仮面の男は戦死したドットゥヤを嘲笑い、あまつさえ責任を負わせようと企んでいるものだと思い込んでいた。
「あなたには分からないよ……」
その震える小さな声が、だんだんと怒りに満ちて鮮明になる。
「洞窟の中に隠れているだけのあなたには分からないよ! その男は自分を犠牲にして部下を救おうとしたんだ!」
これがまさしくシンカが思う所の『ルシアが隊長に向かない点』なのかもしれない。少女の声はもう叫んでいた。
「小策なんかじゃない! あの男にしか出来ない、誰も思いつかないような方法で……それを見てもいないくせに馬鹿にするな!」
泣きそうな顔で敵の肩まで持ってしまった揚げ句、身の振り方も考えずに感情的になってしまう。今回だけは例外的にそれが功を奏したのかもしれない。
「ふむ、そうか……」
それだけ残して仮面の男は踵を返してしまった。
「何なのよ、あいつ?」
やっと落ち着いたルシアが何気なく横を見ると、六人の兵うちの一人が、無言のまま目から涙を流していた。それを見たルシアが尚更混乱した事は言うまでもない。
マトゥーヤも本当はもっと話を聞きたかった。しかし自分の声もルシアと同じ様に震えそうで逃げ出して来てしまった。
「俺は立派な兄を持った……」
感慨に浸る暇もなく、息を荒げたリマシィの側近が駆け寄って来る。その息遣いでよほどの緊急事態である事はすぐに理解できた。
「軍師、取り急ぎ……リマシィ将軍がおそらく拉致されました!」
それを聞いたマトゥーヤは失笑してしまう。
「落ち着きたまえ。君の言動は非常に不可解で奇抜なものになっている。まるで六百騎のリマシィ隊から隊長が忽然と姿を消して、それを誰も目撃していないかの様な言い方じゃあないか」
「その通りでございます」
「ふむ……出来るだけ詳しく状況を報告したまえ」
兵は片膝をついて話し始めた。
「知っての通りダボネオール隊を追跡、本人と思われる男を追いつめたのですが……そこで急に地面が割れて砂煙が巻き上がり、その間にリマシィ様が消えてしまったのです」
「地面に敵が潜んでいたという事か。まさかそこまで想定していたとは……それにしたって誰も見ていないはずはないだろう?」
「その粉塵が全隊を覆うほど激しいものでして……見通しの利く位置まで下がった時にはもう馬だけになっていた次第です」
「馬鹿な……他の隊員は?」
「全員無事です」
「ダボネオールは?」
「おそらく逃げられました。煙が晴れた時にはリマシィ将軍と同じく消えていました」
マトゥーヤはすぐに事の異常性を感じ取った。六百騎の軍勢を覆い尽くす砂塵を人為的に作り出すのは容易な事ではない。
将軍だけを拉致した徹底ぶりとその機動性。おそらくダボネオールの配下であろうが、それにしても解せないのは、対空対地、殊近距離戦闘で無敵を誇る将軍リマシィがあっさりと捉えられてしまった事だ。
「愚者がいたのか?」
「見た者はありませんが地面の穴を見るとその可能性もあるかと」
クヮコームでは覚醒した者を愚者と呼ぶ。
今回ルシアを捉えるためにマトゥーヤがアジトに動員した兵は二千を超える。ソウルにおける戦闘とはそれほど個の力に左右される事がままあるのだ。戦闘能力で言えばルシアにもひけを取らないと評される将軍が捉えられたとなると、もう一つ巨大な個の力が働いたと見るのは至極当然の帰結と言える。
「フィスカにしては珍しい、非道な手段を使うな……」
仮面のままマトゥーヤはそうこぼした。
その頃、その大きな個の力は荒野を駆け抜けていた。
「ちょっと! 痛いじゃない! 大事な人質なんだからもっと丁寧に扱いなさいよ!」
下からわめくわがままな人質をシンカは無視した。
「なぜ俺の事を知っているのか、あとで詳しく聞かせてもらおう」
「何の事よ?」
「とぼけても無駄だ。命令を直前で替えた事と、こうして大人しく捕まっている事が証明している」
「…………そんな事よりいいの? その子」
「ザクライの事か? おい、いい加減に自分で走れ!」
シンカが走って激しく揺らされる中、この少年はずっとぐったりしていたのだ。
リマシィが嫌な笑みを口元に浮かべる。臨戦に相応しいとは思えない雅な衣服が揺らめいていた。
「フフフ……滑稽ねぇ。まぁ当然よね。その子、もう死んでるんじゃない?」
シンカはその足を止める。
「何の……話だ?」
「あたしじゃないわよ。さっきの戦闘でしょ」
様々な考えが瞬時にシンカの頭を巡り、不適に笑う女将軍を思わず取り落とした。不意の攻撃にさすがのリマシィも尻餅をつく。
「キャッ! 何するのよ、さっきから扱いが乱暴よ!」
「おい……ザクライ! 起きろ!」
わめく将軍を無視して大男は少年を抱きかかえたが、どうにもぐったりしたまま動こうとしない。よく見ればその衣服の胸に穴が開き、血も出ていた。
(俺が飛んだ時だ……それしかない……)
「まだソウルが散っていないから、死んではいないみたいね」
答えないザクライの代わりに、服についた埃をはたきながらリマシィが答えた。強く揺さぶられたせいか、少年はようやく目をうっすらと開ける。
「シンカぁ……?」
「大丈夫か? 立てるか? どこ怪我したんだ」
優しい表情をしたザクライの瞳の中に、シンカは希望の光を見いだせなかった。
「……ありがとう」
「何がありがとうだ。質問に答えろ。怪我は? 立てるか」
穏やかなザクライの様子とは真逆に、シンカは体も声も震えていた。
「一緒には行けないみたい……ごめんね」
「ごめんじゃない!! 立て! ルシアみたいに強くなるんだろ。帰って特訓するぞ!」
「そうだ、ルシア様……ねぇシンカ? お願い……ルシア様を助け……」
「ザクライ? 分かったから! ルシアは助けるから……おい! 目を開けろ!」
ロロ=ザクライは優しい笑顔をそのままに、その体から力を抜いて瞼を閉じた。
「なぁ……」
その頬に落ちる涙に、少年は答えてくれない。
「おいっ!!」
虚しく足掻き、片膝をついたまま、今にも開きそうな友人の目を見据え、その堂々たる体躯は小さく揺れていた。
風が強く吹く、ある晴れた日の荒野の出来事だった。




