第28話 クヮコーム攻略戦② 〜一撃〜
「あらあら、ご存知頂き光栄の極みに存じます。そちらは黒獅子隊長ダボネオール卿とお見受けしますが?」
声のする方から騎馬の森の一カ所が切れて、ひときわ煌びやかな一対の人馬が姿を現す。
「そんな古い呼び方するの、今じゃクヮコームだけだがな。そう言うあんたはリマシィ将軍であらせられますかな?」
「いかにも」
凛としてそう名乗る黒い騎馬の上の将軍は、中年と言うにはあまりに若く、女性と言うにはあまりに大人びた美しい女性だった。
「まさか総大将自ら出向いて頂けるとはね。こちらこそ光栄ですな」
「フフフ。隊長格はとれる時にとっておかないと、ねえ?」
シンカは相変わらず岩陰に座って、本を片手に考え事をしながら敵の大将を見ていた。
よほど黒が好きなんだろう。着ているのは戦場にはあまりにも不向きで、黒いドレスにしか見えない。白い手足につけたアクセサリーや、漆黒の長い髪に乗る髪飾りを見て、シンカは妙な言葉を思い出していた。
(……ゴスロリというやつか?)
全然違うのだが、とにかくファッションやら世間話に弱いこの男にはそんな印象だった。
「はて? なんで俺がここにいるって分かったのかねぇ……」
「それは秘密。でも安心なさい。すぐには殺さないわ。あとはあなた達のお国の対応次第かしら」
シンカを一瞥して台詞を捨てるダボネオールに、落ち着いた、大人びた声でリマシィは返す。
あろう事か、ダボネオールはこんな場面でさえ煙草を吸い出した……いや、こんな状況だからこそかもしれない。
「俺なんか捉えても、たぶん交渉の道具にゃあなりませんよ」
「じゃあ今すぐ死ぬ?」
「そうしてもらえると大変助かるんだけどね」
「駄目に決まってるじゃない」
リマシィ将軍は嬉しそうに笑った。その屈託の無い微笑みにシンカは少しだけ……ほんの少しだけ恐怖を感じた。
「……その男を捉えなさい! 残りは殺していいわ!」
号令と共に八人を囲む輪が小さくなる。ついこの瞬間まで、シンカは思案し、結論を出せずに迷っていた。
(自分が疑われている事などこの際どうでもいい。ただルシアが危険な目に遭い、もしかしたら死んでいるかもしれない状況を作り出してしまったのは他ならぬ俺自身だ。今この八人が、ザクライまでもが危機に陥っている責任からも逃れる事はできない)
シンカが現状を打破するだけならば、この上なく容易い。たかだか五百騎程度の集団だ。力任せに蹴散らせばそれで終わる。しかしそれでは『戦わない』という自分との誓約を破る事になる。それに加え一人だけ別のルールでこの世界のバランスを崩すような武力行使に、倫理的な反感さえ覚えていた。やるにしたって、せいぜい『手助け』くらいに抑えたいのだ。
(……それにしてもこの女が初めてだな。明確な『悪意』のような感情を見い出す事が出来たのは……これは悪意なのか? 思い返してみれば、フィスカには牢屋も裁判所も無かった……そっちの方がよほど異常だ)
シンカはそんなとりとめもない思考のスパイラルに陥った時でさえ、ダボネオールとその部下が目だけで会話する瞬間を見逃さなかった。
瞬間、モグラみたいな部下の鋭い爪が、自身の最も信頼する隊長の喉元めがけて襲いかかる。その不意を突く動きに敵騎兵も、リマシィでさえも阻む事は適わなかった……ただ一人を除いて。
寸でのところで爪はピタリと止まる。モグラの部下は奥襟を掴まれて宙ぶらりんになっていた。パサッ……と岩陰で独りでに落ちるシンカの本。
自分のソウルで自らを傷つける事は難しい。つまり自殺が難しいから、部下を使って自らを殺めさせようとしたのだが、シンカの好意によってそれは阻まれてしまった。また間違いが起きぬ様、ダボネオールは真っ先に取り抑えられ、押し倒される。
「裏切り者はやっぱりテメェだったのか! アスミッ!」
ダボネオールのそんな怒号が騎馬隊の外周まで響き渡った。シンカは隊長に『まあ落ち着け』とでも言ったやりたかったが、裏切り者だと思っている人間にそんな事言われても腹が立つだけだと思い、黙って一瞥だけして、モグラを降ろした。
正面に立ち、かつ目の効いたリマシィだけは、かろうじて男の軌道と残像だけを捉えていた。
「あ、あら、ありがとう……助かりましたわ」
平静を装う額に隠した冷や汗を、リマシィは誰にも気づかせなかった。見下ろしてもその体躯がありありと立派に見える偉丈夫が、リマシィ将軍を見上げ返す。辺りが騒然としている一瞬をついて、男は質問した。
「一つ聞きたい……ルシアはまだ生きているのか?」
「ええ。生きているわよ。大事な人質ですもの……みなさん何をしているの! この男も早くを取り押さえなさい! 後は殺していいわ!」
ここでシンカの悪い癖が出る。気になった事は考えずにはいられないのだ。強くなるために、より人間らしく生きる為に、男はそれを徹底してきた……徹底するよう師に教わった。
(なぜリマシィの命令が前後で食い違っているんだ?)
余談ではあるが、アスミ=シンカという男は、自分の事を情に厚い人間とは思っていない。実のところ、フィスカとクヮコームが自分を起爆剤として戦争になっても、それで多数の死者が出ようとも、歴史が変わろうとも、それはそれで仕方の無い事だと思っていた。
そしてこんな窮地に至って、シンカは師匠が何度も繰り返した教えの一つを思い出す。
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師匠に弟子入りしてしばらく経った頃の話だ。といっても、師匠は弟子にしてやるなんて事、一度も言わなかった。
「そんなに強くなりたきゃ、戦車でも戦闘機でも乗りゃあいいじゃないか?」
「ふざけないでください」
師匠はまた背中をシンカに向けている。その日はお気に入りの刀を鑑賞していた。
「ふざけてなんかないよ。じゃあなんでそうしないのか教えて欲しいね」
「強くなりたいのは男というか、生物の本能です。俺はそれを学問として……徒手空拳で戦う事を極めたいのです」
間を置いてから、そんな話なんか全く聞いていなかったかのように師は語り出す。
「なあ? この刀、奇麗だと思わないか?」
「ええ……思いますが」
「人を殺す為だけに作られ、千年以上洗練された凶器がこんなにも美しいなんて。可笑しいと思わないか? 人はそんなモノに美を感じる様に作られているんだろうか?」
シンカは大真面目に答える。どうせ肩透かしを食うんだろうが、この頃にはもう馴れていた。
「違うのですか? 生物として競争の中を進化してきた性質上、敵を倒す事に秀でた道具に魅了される事は、至極当然の様に思いますが」
「違うね。そもそも人間の祖先ってのは敵を倒して喰らってきた種族じゃあない。猿が逃げ延びて木の実や死肉を喰らいながらここまできたんだ」
「ではなぜ……」
「お前さんの欲望が本能じゃないとしたら、それはどこから来るんだろうね?」
シンカは考え、それでも答えが分からずに独り言を漏らす。
「……人間性を極める事でしか人は越えられない」
「そうさ。そこを取り違えた力なんて、いくら強くても将来性も恒常性も汎用性も無い。それを人は暴力と呼ぶ」
刀の美しさに関する結論なんてシンカにはよく分からない。話の内容だって、実のところ未だによく分かっていなかった。
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しかし、いま成すべき事くらいは分かる。今から自分がしようとしているそれが暴力でない事だけは分かる。
(せめて友人くらいは助けなきゃな)
シンカはこの世界に来て初めて、自分の武力を攻勢に使う決意をした。
(ここでやらなきゃ、師匠に人間味が無いと笑われてしまう……)
クヮコームの歩兵が駆け出してくる刹那、左右を見渡し、敵と味方の配置を確認するシンカ。
次の刹那、アスミ=シンカはその拳にありったけの力を込め、自身の真下にある乾いた地面を叩いた……一撃、ただ単純に打ち砕いただけだ。
この世界の常識を逸脱したその一撃は瞬間、光を放ち、地面を叩き割り、地響きを轟かせ、爆風で砂塵を巻き上げた。
煙幕の中、全員が状況を飲み込もうとしている一息の間に、五人の尖兵とその隊長を包囲網の外へ放り投げ、投げ捨てるには不安の多いザクライを脇に抱えた。無言で捕まるザクライは借りて来た猫みたいに大人しい。
「全隊! 視界が確保出来る位置まで下がっ、キャア!?」
もう一人、ルシア救出に使えそうな人物を反対の腕に抱きかかえると、シンカは一またぎに騎馬隊を乗り越え走り出した。
目指すはノーアルム隊の控える後方の陣営だ。




