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第27話 クヮコーム攻略戦① 〜トラップ〜

 以前にも記された通り、クヮコームは深い谷底に城や家を築き、周辺に穴を掘った住居と併用して国を形造っている。その崖の上、かなり遠方の岩陰にシンカとザクライは潜んでいた。日差しが強い中、一際大きな岩の陰が過ごしやすかったのだ。


「暇だねー。なーんにもすることないねー」

「ああ」

「特訓でもする?」

「任務中はまずいだろう。一日二日だけの辛抱だ」


 しばらく会話が途切れる。シンカは例の如くに本を読み、ザクライは腕を枕にして寝そべっている。


「シンカってホント勉強家だよねー」

「そうでもない」


 また会話が途切れてしまったので、ザクライは不毛な会話を切り上げそれっきり寝てしまった。大事な任務の途中に寝てしまうのは頂けないが、シンカは自分が起きていれば問題ないと思い、そのままにした。





 長い時間は寝ていない。ザクライがざわつく音に目を覚ますとシンカは横にいて、既にダボネオールと数人の隊員がもう目の前に集まっていた。慌てて飛び起きるとダボネオールの目が少年を睨み、怒号を飛ばす。


「ロロ! こっちに来い!」

「は、はい!」


 勢いよく返事をして少年兵が走ると、寝ている間に進行していたであろう会話が続く。シンカは少年兵が寝る前とまるっきり同じ位置で、同じ姿勢で本を片手に口を開いた。


「乱暴な結論だな。ザクライだってアジトの場所は知っていた。他にも知っている者はたくさんいるんじゃないか? それに俺はアジトにルシアがいた事までは知らない」


 こう話すシンカにダボネオールが答える。


「いや、アスミ。お前だったら俺たちの会議に忍び込んで、作戦を盗み聞きする事だって簡単にできたはずだ。それにお前以外の人間は皆フィスカ育ちで国には家族もいる。お前が一番怪しい事には疑いようが無いんだよ!」


 場違いだとは分かりつつ、全く話を理解できないザクライが口を挟む。


「あの……どうかされたんですか?」


 睨みつけるような隊長の視線には凄みがあった。


「作戦が筒抜けだったんだよ。コイツの情報でマトーヤがいそうな場所は全て罠。アジトの場所はバレバレ。おそらくルシアは捕まってる……俺たちもさっきまでやばかったんだ!」


(ルシア様が捉えられた? しかもシンカが二重スパイとして疑われている?)


 ザクライは目の前が真っ白になって、頭と心の整理が全く出来なかった……ただ大事な何かを失いそうな、漠然とした不安だけはあった。




 時を遡る事、数刻……


 ルシア・ダボネオールの混成部隊は崖の上、マトゥーヤのソウルの届かない遠方に陣を構えていた。ダボネオールが崖の上から指揮を取り、ルシアはアジトで不慮に備える。実動部隊はなるべく少数で作戦を敢行する算段だった。


 森や狭い洞窟では翼兵はその真価を発揮する事ができない。かといってダボネオールの斥候、暗殺部隊だけでは近づく前にマトゥーヤに感づかれてしまう。

 そこで、暗殺や市街地戦を得意とするダボネール隊のモグラみたいな斥候を抱えた翼兵は、高く高く舞い上がると、クヮコームの上空まで移動し、合図と同時にその羽を閉じ急降下を始めた。


 ようするに、二人で一つの即席落下傘部隊だ。ダボネオールはそのまま上空で待機する。ちなみにこの男も空を飛べないので翼兵に吊られた状態だ。


 各組、事前に決められた洞窟の入り口手前で減速し、尖兵を放り出すと翼兵は敵の攻撃が届かない位置へと退避する。

 突入部隊の作戦は上手くいっていた。上手く行き過ぎていた。誰もいない洞窟は、どこで手に入れたかも分からない地図の通りだった。


「人が少なすぎる」

「マトーヤに頼りっきりだからこんな伽藍堂になるんだろう」


 頭と顔を隠し、爪のソウルで武装した通称『モグラ部隊』は、シンカの一件なぞ知らされていないためそんな事を言いあった。が、突如、形容し難い音が遠くから聴こえる。


「なんだ今の音は?」

「閉じ込められた可能性もあるが構うな。マトーヤの拿捕、殺害が先決だ」


 外から見ていた翼兵達はすぐに気がついた。洞窟の入り口付近に穴を掘って潜伏していたであろうクヮコーム兵が、板状のソウルで全ての入り口を閉じてしまったのだ。

 ここまでは最悪の場合として想定されていたため、事前の打ち合わせ通り翼兵は上空に集結すると、ダボネオールの指示を待った。


「すぐアジトまでこの事を報告しろ。他の翼兵は少し降下してうちの隊の帰りを待て! あと俺を優先脱出ポイントで一瞬降ろせ」


 隊長自身は指揮の手前、見晴らしのいい上空から動かないのがセオリーだが、

「さてと……一つくらいは仕事しねぇとな」

 降ろされた洞窟の分厚いソウルの壁を前にそう言って、両手をかざし意識を集中した。


 ダボネオールの実力は、そのソウルの一瞬の輝きに圧縮される。手から放たれた瞬間には、その堅牢で鋭利なソウルがすでに完成し、攻撃は完了している。実体化の速さと鋭さに関してはルシアよりも上だと自負してした。天性の才能だけでは無い。暗殺のために長い年月をかけて鍛え上げられたソウルだ。


 ハリネズミみたいに伸ばした何本もの針が壁を貫通すると同時に、にぶい呻き声が聴こえる。遅れて岩盤のような板が煙の如く消えさった。


「頼むから、生きて戻ってこいよ……」


 ダボネオールは電光石火の勢いで駆け出した。鈎状にしたソウルを岩に打ち込みながら手足を器用に使って崖を駆け上がっていく。

 崖上で翼兵に拾われ持ち場に戻ると程なくして、伝令から全く想定していなかったアジトの報告がもたらされた。


「アジトの全ての出入り口に何千人という敵が押し寄せているため近寄れません! ルシア様の安否も……」

「……ッ!?」


 黒獅子隊長は絶句した。しかし時間は無い。現場をまとめる人間はもう自分しかいないのだ。感情論を抜きに、短い時間で最善策を模索する。敵陣内で正面切って戦闘に臨む兵力はもちろん無い。アジトの仲間を助けるために割く時間と余力は、自滅を招く可能性が高い……


(撤退だ、どう考えても撤退しかない)


 後から襲って来る後ろめたい感情を、隊長ダボネオールは全て押さえ込み、苦渋の決断に至った。


「翼兵! 十二名はアジト上空で、あとはここ上空で待機。隊員が戻り次第退避だ! しばらく戻らない場合も撤退しろ!」


 翼兵十二羽が速やかに、渡り鳥の様に飛んで行く。ここに残るよう命ぜられた一人が言う。


「ダボネオール様もここでお待ちになるのですね?」

「ああ。俺の部下だかんな……来たぞ!」


 その言葉の直後、先ほどダボネオールが開けた穴から兵が雪崩れ、大挙して飛び出して来る。兵の練度で言えばダボネオール配下の方が頭一つ飛び抜けていた。爪を器用に使い、蜘蛛のように壁を伝ってゾロゾロと昇っていくモグラ達を、クヮコーム兵はすぐに追いかけられない。

 崖の上で次々に拾われて行くモグラは、その数が半分ほどになっていた。


「これだけか?」

「へい。中は敵だらけで。圧死するかと思いやしたよ」

「御託はいい! 今すぐ逃げるぞ」


 そう言った時には、クヮコームの軍勢もたどたどしい足取りで崖の上まで昇り始め、相手の翼兵や弓兵も攻撃を始めていた。


 なんとか逃げ延びた隊長は考えていた……この事件の黒幕を。


「翼兵は先に戻れ……俺はちょっと寄り道してく」


 腕がたち、最も信頼の置ける五人の部下を選ぶと、残りをノーアルム隊へと向かわせ、その危険な寄り道を決行した。


……そして今に至ったのである。




 シンカを警戒しているせいか、少し遠くに部下を配置してダボネオールは言い放った。


「とにかくお前には色々聞かなきゃいけないみたいだからな。一緒に来てもらおうか」

「それは構わないが……しかし大丈夫か? 囲まれているが」

「なに?」


 ダボネオールは周りを見渡す。見渡す限りの荒野にはまだ何も見えない。


「何にも来てねぇじゃねえか」

「もうすぐ来る」

「どうだかな。お前が呼んだんじゃねえのか?」

「アンタ達が振り切れなかったんだろう。かなりの数だ」


 ザクライは落ち着く暇なく焦燥を露にしている。初めに気付いた部下の一人が隊長に近寄って囁いた。


「隊長、あれを」


 指し示す方角を見ると砂煙が上がっている。いや、その方角だけではない。砂塵は全ての方角の地平から、次第に大きく昇ってきた。


「くそ、クヮコームで俺たちに追いつく機動力があるって事は……」


 そんな事を言っているうちに、逃げる間もなく荒野は騎馬の森と化した。ダボネオール達八人は岩影に追いつめられる。その騎馬隊の上には点々と黒い翼の旗が掲げられていた。


「告死天使……リマシィ本隊のご到着か……」


 すこし諦めたように、黒獅子隊長はそう告げた。

※モグラ部隊……斥候としての役目を果たすために顔をゴーグルで隠し、武器の生成スピードに長けたダボネオールの精鋭部隊。ダボネオールよろしく、そのほとんどは飛ぶ事が出来ず、狭い場所や市街地を得意な戦場とする。

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