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第23話 ロボ

 アスミ=シンカの朝は早い。空が白む頃には城壁を飛び出し、衛兵に通行証を見せ、街を駆け下りてひとり鍛錬に励む。

 素手で木を細かく削るような鍛錬はメイロンに禁止されてしまったので、この頃はもっぱら型稽古ばかりになっていた。


 シンカのそれは、彼の世界の一般的な型稽古とは似ても似つかない、独自の変容を遂げていた。

 男の拳が空を突く度に、足は地面を削り、小気味の良い破裂音がする。男が蹴りをすれば、踏み込んだ地面は吹き飛び、開始位置から遠く離れた地点で鋭利な刃物の風切り音が聞こえる。


 少し汗をかいた頃、ザクライとシェラールが遅れてやってくる。もう何度目かの特訓で三人とも気が知れたせいか、へたり込んだザクライにシェラールはついにこんな事を言い出した。


「もう見ていられませんわ! ザクライさん、私がお相手致します」

「え、さすがにそれは無茶じゃ……」


 そう言いながら、遠慮がちに突っ込んでいったザクライだが、しばらく経つとその立場は逆転してしまった。シェラールの見えない壁に阻まれて、近づく事も出来ずにザクライは翻弄されるばかりなのだ。

 身じろぎ一つしないシェラールに、未熟な気合いを出しながら全力で挑む少年を見て、観戦者は思う。


(俺、必要ないんじゃないか……?)


 それが終わるとやっと朝食だ。特訓の後はシェラールの家で三人で食べるのが習慣になっていた。シンカはその後さらに朝食を追加で食べているが、その事はシェラールには内緒だ。

 近々、異国へと潜入する二人に、今日彼女は一組のペンダントを渡してくれた。


「大したものじゃないんですが……お二人が無事戻って来られますように」

「わぁ! ありがとうございます」


 それは本当に小さくて女性的な、銀色のペンダントだった。ザクライ少年には似合うだろうが、大男の太い首にはあまりに不釣り合いだったので、シンカはそれを大事にしまって持ち歩こうと決めた。


 城に戻り、第二の朝食を済ませてしばらくすると、城壁にメイロンがやってくる。実は今日は『国王に謁見する』という大事なイベントがあるのだ。

 シンカはこの日初めて、中庭の先へと進む事になった。男はまず廊で立ち止まり、その清廉さに身を清める。


「いい廊下でしょう? 私はこの城でここだけは好きなんです」


 わざわざ城壁の小部屋に居を構えたシンカには、メイロンのそんな気持ちがよく分かる。


 その先で、

「派手な広間でしょう? 私はこの城でここが一番嫌いなんです」

 そんなふうに毒づく事務管長の気持ちが、シンカには分からなかった。これはこれで素晴らしいと思う。


 そのさらに奥の、謁見の間の大きな扉を、メイロンはノックもせずに開け放った。

 誰もいない石畳にずかずかと足を踏み込み、王座の裏手にある小さな個室のドアをノックする。


「国王様、例の彼をお連れしました」


 ドアの向こうから重厚で威厳ある声で『あいよー』と軽いノリの返事をして出てきたのは、絵物語の王様がそのまま飛び出した様な、まさに国王といった風格の老人だった。

 それだけに先ほどの軽いノリと、バスローブのようなラフな格好だけが気にかかる。


「君がアスミ君だね? 呼び出しちゃってごめんねぇ。どうしてもこの目で一回見てみたくてのぉ」


 さすがのシンカも緊張し、起立の姿勢でハキハキと受け答えをしていたが、王様は友達と喋るように、やんわりとした物言いと面持ちで接してくれた。

 この国に仕えてくれた事に対する労い、クヮコーム潜入への謝辞、シンカの世界の話……国王は知性的でユニークな人だった。


 一通りのお目通りを終えると、国王はこんな心意気まで惜しげも無く披露する。


「聞けばアスミ君は骨董なんかを研究してるって言うじゃないか。よかったら秘蔵のコレクション、どうじゃね?」


 是非もない。謁見の間を出て、メイロンと共に別の部屋に案内されたシンカは、その小さな博物館に感動した。


「うちの先代がこういうの好きでの、いまだに献上されたりする事があるんじゃ……」


 それは博物館というより、彼のイメージするところのの『ジャンク屋』に近かった。

 見た事も無い文字が敷き詰められた古文書や石盤、所々割れ目の入った木製の看板に器や皿、他にも何に使うのか分からないモノまでたくさん。


 ……だが、彼の見知ったモノは掘れども掘れども見つからない。


 諦めて博物館見学に切り替え、それも終わって帰ろうかという時に、やっとそれは現れた。

 部屋の一番奥の目立つ所に、一際大きいそのジャンクは鎮座している。被されていた布を国王が取り去った途端、男は急に大声をあげた。


「ロボじゃん!」


 この大声の主は当然アスミ=シンカだ。彼はロボットに目がなかった。


「なかなか目が高いのう……これはいつ作られたのか全く分からん代物だそうだ。君の世界と関係ありそうかね?」

「わ、分かりません」


 言葉の通り、シンカにはそれが自分の時代の技術なのか全く判別できなかった。

 少年くらいの背丈のそれに金属の質感はなく、プラスチックにも見えない。黒檀をさらに堅くした様な肌触りに相応しく、奇麗に杢の入ったマホガニーの色合いを奏でている。

 形はと言えば、手足はあるが胴が太く、なんだか野暮ったい。ナスカの地上絵をもう少しだけ複雑にして立体化したみたいなデザインだ。あまり自分の世界とリンクするものには見えなかった。


「よかったら持っていって研究したらどうじゃ?」

「そんな、頂けません」

「それ実は曰く付きなんだよねえ。なんでも独りでに動きだすとか、目が光るとか。怖いから誰か持って行ってくれないかのぉ」


 メイロンはだんまり、その一部始終を胡乱げに観察している。


「……そう言われたら断れません」

「遠慮はいらんよ」


 アスミ=シンカの午後は暇だ。大きな風呂敷を背負って(怪しまれない様)メイロンとともに城壁まで戻ったあと、昼食を取り、半日かけてそのロボットのようなガラクタを磨き上げ、調べた。

 しかしネジもなく、溶接された形跡もないので、どこから開けていいか分からず、結局外見だけを愛でる事になる。人形の腕を摩りながら、シンカは恍惚の心持ちで呟いた。


「ロケットパンチとか出そうだな……」

「あなた、さっきから興奮しすぎじゃないですか?」

 

 メイロンがいる事を今更思い出して、シンカは赤面した。 




 アスミ=シンカは夜も早い。いつもは夕餉の後、勉強をしながら眠くなったら寝てしまう。しかし今日は、本を読み始めて少し経った頃に来客があった。

 ドアの向こうに立っていたダボネオールは、今日もコートをしっかりキメて、トレードマークの煙草も忘れていない。上官は、右手を上げて親しげに挨拶をくれる。


「ようっ!」

「どうも」


 その右手でそのまま頭を掻いて、苦笑いをする。


「前から思ってたが、お前って辛気くせぇな。もっと愛想っつか、笑顔作れない?」

「それは申し訳ない」

「おっ? いいねぇ! 上官に向かってその生意気な態度! 気楽に話せていいや」


 生意気な言葉遣いとは真逆に、シンカは上官を素朴な室内に案内し、ソファーを勧めた。


「いいよ、すぐ帰っから。今日はこれ渡しに来ただけだから」

「仮面……」

「これはソウルをほとんど含まない珍しい石を削って、特別に作らせたんだぜ。感謝しろよ」


 装飾も何も無い、目だけくり抜かれた仮面を渡すと、ダボネオールはそそくさと部屋を出ようとし、ドアの前で振り返った。


「そうそう。なんか質問はあるか? メイロンとルシアから大体の事は聞いてると思うが?」

「クヮコームについて、できる限り詳しく知りたい。マトーヤに関して、何か情報はないのか」

「名前と台頭した時期から、男で割と若いだろうという以外、なにも分からないんだ。もちろんうちの隊を……ああ、うちの部隊は密偵や暗殺が仕事なんだけどよ。そんな俺等の隊員でも探れなかったし……それどころか、少し捕まって犠牲も出しちまった」


 ダボネオールは少しだけ悲しそうに、悔しそうに続ける。


「奴の網は広大だ。『国中を一人で』って話はウソじゃねぇ。『千里眼のマトーヤ』『ディルミーの影』『告死天使リマシィ』。クヮコームの柱はこの三本だが、防御の要に関していえばマトーヤの一強だ」


 シンカが真面目な話を真面目に聞いている。その生真面目な表情をみて、ダボネオールは急に笑顔を作ってシンカの肩を叩いた。


「ま、気張らんでもいいさ。いちおう期待はしてっけどな、アスミ!」

「陰気な仕事のわりに明るいんだな。隊長は」

「そんな陰気な仕事でもねぇさ。それにこんな仕事でさらにネクラだと、印象悪ぃからな!」


 全然関係のない返答をしたシンカに、隊長はさらに大笑いした。


「他になきゃ、そろそろ行くぜ。頑張れよ」


 そういって出て行った後には、煙草の匂いだけが残っていた。

 出発はもう明後日だ。

※シェラールの戦い……彼女は目が見えないためにそのソウルに視覚的なイメージがほとんど無い。ザクライ少年から見ても見えない何かに阻まれて近づけずに苦戦しているようだ。


※ロボ……古代の遺物にも見えるが、苔や錆の類いは全く見られない。不思議な肌触りの材質が経年劣化からこれを守っているのだろうか? 一見すると、ただのでかいオモチャにも見える。

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