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第22話 クヮコーム潜入作戦・概要

「以上がクヮコーム潜入の概要になります。何か質問はありますか?」

「まだ書類は読んでいないが、ずいぶん簡潔だな」


 自室のソファーで、シンカは簡易な作戦概要に目を通した。すぐに理解できるほど、まだこの国の文字に堪能ではなかった。


「仕方ないのです。なにせ近年のクヮコームの内部情報はほとんど漏れてこないので……」

「最近は出入国や規制に関して、緩くなったと聞いたが」

「なかなかクヮコームに詳しいようですね。でしたらマトーヤという人物についてはご存知ですか?」

「知らん」

「その人物たった一人の能力が、国の体制さえも変えてしまったのです。もう一枚のメモに彼の情報をなるべく詳しく記しておきました」


 同じソファーに座るメイロンが、空欄の多いメモを指差した。この部屋にはソファーが一つしかないのだ。シンカはそれを手に取って、例の巨大なソウルの持ち主である事に気づき「ああ」とだけ漏らす。


「見ての通りほとんど何も分からないのが現状ですが、クヮコームの英雄と目される人物の一人で『千里眼のマトーヤ』と言えば、国を覆うほどのソウルの持ち主という事でたいへん有名です」

「能力に関しては聞いた事がある。その男が国中を監視しているから、規制が緩くなったにも関わらず警備は厳しくなった、と」


 もちろん『妹から』なんて余計な事は言わない。


「まず間違いなく厳しくなっています。ただし警備に回される人間は減っている」

「だから俺はその男の居場所を探り、行動を調査する」

「行動までは見つかるリスクが高くなるため、そこには書いていません。代わりに周辺の地図を描いて頂きたいと思っています」

「地図?」


 シンカにとって地図は見るものであって書くものではない。シンカは絵が下手だ。


「ええ。クヮコーム人は大渓谷の崖に穴を掘って生活しているため、内部が洞窟状で大変入り組んでいるのです。ですからマトーヤの仕事場や家を見つけたら周辺の地図を描いて頂きたい」

「地図なんか描いた事ない」

「お願いします。彼さえこちらの手に落ちればクヮコームは基盤から瓦解する。我々はそう考えています」

「わかった」

「それともう一つ……いや二つか。要注意して頂きたい人物がいます。『影のディルミー』と『告死天使リマシィ』この二人には注意してください。いくらあなたが強いと言っても太刀打ちできる相手ではないでしょう」


 このセリフから、シンカはルシアが黙ってくれている事を確信した。もっとも、あんなに優しいルシアが人を戦争に巻き込むような真似するとも考えていない。


「強いのか」

「影のディルミーは文字通り『影しか見た人間はいない』と評されるほどの暗殺者、斥候のプロでもあります。情報はほとんどありません」


 暗殺者という存在に出会った事がないので、シンカは少し見てみたい気持ちに駆られた。


「もう一人は」

「告死天使リマシィはクァコームの最高戦力、将軍です。数年前急にクヮコームの将軍になって以来、その地位を不動のものにしています。実際に戦った兵の話ではルシア様と互角、とまで言わせしめる驚異の実力者です」


 じゃあ残念ながら負けはない。皮肉でもなく、シンカはそう思う。


「そいつも正体不明なわけだ」

「いいえ、彼女は目立ちたがり屋なので情報はたくさんありますよ」


 また女か。嬉しくもなんともない。シンカには残念が重なる。


「黒髪黒目、黒いドレスを好む貴婦人です。噂では戦場でもドレスだとか」

「もういい。十分だ」


 嫌気がさして、シンカは話を転換する事にした。いつかは話さなければいけないと考えていた事だ。


「この仕事に際して、俺からも一つ頼みがある。この仕事が終わったらしばらく旅に出たい」


 メイロンの横顔は無表情だった。声も無感動に聞こえる。


「また急ですね」

「俺には俺の目的がある。いつぞや、自由にさせてほしいとお願いした」

「戦時下を除く、と条件をつけたはずですが」

「この仕事が終わったら俺に大した用はあるまい」

「そんな事ありませんよ。あなたの用途なんて無限にある。それにあなたは千年の時を越えてきた最強の怪物だというじゃありませんか」


 事務管長の口がわずかに笑っている。たぶんルシアとシンカの戦闘に関して、詳しい話や詳細な内容に関しては聞いていないのだろう。信じていなそうな顔つきだ。


「ソウルも無いのに強さなんて定義できない。それに俺は戦いたくない」

「なぜですか?」


 シンカは立って窓から外を眺めた。真横で話すのは恥ずかしい気がした。


「仮にだ。俺が素手でメイロンを攻撃したらどうなる」

「さぁ? 見当もつきません」

「俺も分からんが二択だったとしよう。俺の攻撃はソウルを突き抜けたがダメージにはならなかった。メイロン達にとって『物質としての体』がさして重要じゃなかった場合は」

「あなたは戦う事、それ自体ができませんね。お互いに空振りを繰り返すばかりだ」

「俺もそう思う。ではこの世界の生き物にとって『物質としての体』、『ソウルではない肉体』へのダメージが致命傷となり得た場合は」

「あなたは一方的に相手を殺す事ができる……かもしれない」


 シンカは振り返って、メイロンの目を見た。シンカに負けず劣らず、この男もなかなかの仏頂面だ。


「どちらにせよ空虚で、世界の本質からかけ離れているとは思わないか?」

「別におかしくはないでしょう。一方的な生殺与奪なんて、世の中にはありふれていますよ」


 メイロンの言う通りだとは思ったが、肯定はしなかった。


「俺はどちらも嫌なんだ」

「まぁそうでしょうね。そんな性格だから、あなたは元いた世界を飛び出してきたんでしょう?」


 シンカは無言で小さく頷く。


「旅の件、駄目だろうか」

「考えておきましょう」


 メイロンは立ち上がるとドアへと歩きだす。


「ですが最優先はクヮコームの攻略です。まずはそれをなんとかして頂きましょう。近いうちに出発して頂きますから、そのつもりで」

「わかった」


 事務管長はそれだけ残して、部屋を去っていった。


(行き先も聞かれなかったからな……たぶん行かせるつもりは無いだろう)


 シンカは広くなったソファーに一人腰を落とし、そんな事を考える……正確には一人ではない。


「ルシアは意外と暇なんだな」


 それを聞いた少女が小さな顔を窓枠からゆっくりと覗かせた。


「なんでいっつも分かっちゃうの?」

「気配で。盗み聞きか?」

「違うよ。真面目な話してたから遠慮しただけ」

「なんの用だ」


 ルシアはなぜか不機嫌そうな顔をして、答えようとしない。


「どうした?」

「なんかわたしと話してる時より、メイロンと話してる時の方がずっと楽しそうだね」

「なんだそれ。そんな事ない」


 彼女の表情は忙しい。不機嫌な顔はすぐにどこかえ消えた。そして何とも形容し難い、いやらしい顔を作る。


「ふーん、シンカって男の人がいいの?」

「……そんなくだらない事を聞きに来たのか」

「いや違うよ。今日はシンカに報告があってきたんだよ」


 そう言って、天空最高位はようやく三階の窓から部屋に飛び込んできた。


「報告……」

「なんと! 晴れてアスミ=シンカ君の黒獅子隊、ダボネオール隊配属が決まりました! おめでとう」


 パチパチと手を叩いてはいるが、あまり心の底から嬉しそうに言っている様子はない。

 だからシンカも「ありがとう」と、ぶっきらぼうに返した。そんなシンカをルシアは指差す。


「これでシンカも軍属だから、わたしの命令には逆らえない部下になったわけだね」

「……これからは仰せのままに。ルシア総隊長様」

「ちょっとやめてよ! 冗談だから。いつも通りルシアでいいよ」

「ではそうしよう」


 慌てて手をパタパタ振るルシアに、シンカはちょっとだけ意地悪な笑いを見せた。


「っていうか天空位は強い人が名乗る称号なんだから、ホントはシンカが名乗るべきなんだよ!」

「俺はこの国の人間じゃない。羽もない。ソウルも信用もない……民が認めないだろう」


 男の言葉が寂しそうに聞こえたのか、少女は少し間をおいて話を転換してしまった。


「まぁ一応配属はダボネオール隊なんだけど、これからもメイロンの指示で動いてもらう事がほとんどになると思うから」

「わかった。帝都クヮコームへは俺一人で行けばいいんだな」

「たぶんその書類にも書いてあると思うけど、ロロ君と行ってもらう事になると思うよ」

「ザクライと? なぜ?」


 ドアが勢いよく開け放たれ、タイミングよく本人が登場。シンカの真正面まで駆け寄ってくる。


「シ、シシンカ。聞いてよ! 僕ダボネオール隊に配属されたんだ! それで、それで……すぐ帝都に潜入するよう言われたんだ!」

「ああ、今その話をしている」

「ちょうどよかった。ロロ=ザクライ君だね。一緒に説明しちゃおうか」


 シンカは見た。片耳に入るルシアの声に気付いたザクライのその表情を。

 それはもう無上の傑作だった。歓喜と畏怖と恋情を一人の相手に抱いた人間が赤面するとあんな顔になるらしい。


「ル、ルルルシア総隊長……さま!?」

「配属おめでとう。じゃあ説明するから二人ともそこに座ってもらえるかな?」


 さらに慌てるザクライに、ルシアはいつも通りの笑顔で接していた。男二人がソファーに掛け、正面にルシアが立つ。ルシアとザクライもシンカと同じ様な書面を持っている。


「簡単な事は紙に書いてあるんだけど。何か質問はあるかな?」


 質問から入るあたりルシアらしい……シンカはそう思いながら書類を精読する。まだ落ち着きを取り戻していない少年が、恐る恐る手を上げた。


「あの……自分は具体的にどんな事をすればいいのでありますか?」

「そんなに畏まらなくていいよロロ君。ロロ君にはシンカのサポートをしてもらいます。二人とも、マトーヤの事は知っていますか?」


 シンカはその名を先ほど知ったばかりだが、ザクライは当然知っている。二人とも黙って頷いた。


「そのマトーヤは国中を煙のようなソウルで警邏しているものと思われます。ただ具体的な範囲や感知の精度は分かっていません。だから任務中、ロロ君にはシンカが自然に振る舞える様にサポートしてもらいます」


 ザクライの顔は『まだよく分かっていません』と言いたげに口をポカンと開けていた。シンカは相変わらず黙って書類を精読する。


「例えばそうだな……シンカが荷物をたくさん持っていたら変でしょう? マトーヤから見たら、荷物だけ宙に浮いているように見える訳で……」

「は、分かりました! そういう事でしたか」

「そうそう。他に質問はありますか?」


 ここでザクライ少年の突飛な質問が、回答者の不意を突く。


「でもそれって……シンカは潜入中、服も着られないという事ですか?」


 ルシアはキョトンとしてしまう。少し間を置いてから、二人共なぜかシンカに目線を送った。視線を集めた偉丈夫は、一つ溜め息をついてから冷静に回答する。


「大丈夫だ。ルシアに切られた時、俺の服は傷つかなかっただろう。俺が元々持っていた服ならおそらく気づかれない」

「そ、そういう事です」


(ルシアも分かってなかったのか)


 そんなこんなで、たどたどしい説明が一通りなされた。

 潜入先に借家を取っておくので、ザクライが入居して後から真夜中にシンカが合流する段取り。シンカはマトーヤの発見と周辺の地図を最優先にする事。ザクライが家事などを全て行い、なるべくシンカが目立たぬようにする事。発見された場合、もしくはその疑いがある場合は速やかに帰国する事、などなど……


 聞けば、出発の日取りまではもう五日ほどしかない。

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