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第19話 千年の旅人

「簡潔に言うなら、俺は千年ほど過去から時間の旅をしてここに来た……来たはずなんだ」


 シンカは『話はこれでおしまいです』、と言わんばかりに顔を上げて聴衆の反応を窺った。聞いていた三人は、三人揃って今宵の静かな月よりも押し黙ってフリーズする……説明が不十分な事は明らかだ。

 一番早く解凍されたのは、立ったまま本棚にもたれかかるメイロンだ。


「な、なんと言えばいいのやら……不可解な点が多すぎますね。まずどうやって千年もの時を超えたのですか?」


 突拍子もない説明に対して、真面目な質問を返された事にシンカは少しだけ安堵する。


「説明するのが難しいが、時間を早く進める乗り物の中で俺自身は凍って……つまりは寝ていたんだ」

「凍っていた? よく分かりませんが」

「そこは重要じゃない」

「時間を速く進める乗り物とは?」

「それも話が長く煩雑になる上、おそらく重要な事じゃない……過程は重要じゃない」

「では質問を変えましょう。あなたはなぜ、千年も昔からここに来たのですか?」

「強い相手と戦うため。自分と戦える相手を探すために」


 会話に参加していない二人はといえば、ルシアは窓際で頭に巨大なクエスチョンマークをいくつも点滅させながら、それでも必死に会話を理解しようと努力している。シンカが座るソファーの逆の隅に腰を沈めたダボネオールは、達観した表情で腕組みをしながら頷いていたが、実のところほとんど理解していなかった。


「あなたと対等に戦える者が、千年前にはいなかったと?」

「ああ、いなかった」


 シンカはいつもの調子でフラットに断言した。さすがのメイロンもこれには驚く。


「そんな事、どうして言い切れるんですか?」

「それも重要じゃ無いだろう。あまりに世界が変わり過ぎていて、説明がしづらいんだ。そういった事は追々話す。だから今は要点だけ聞いてくれないか」


 彼にしては長い言葉でそう言って取り合わなかった。その真剣な顔つきを見て、メイロンは酒でボヤけた頭を醒まし、組んだ腕から二本の指を出す。


「ではそうしましょう……さしあたり重要なのは二つ。『あなたがソウルを持たない理由』、『他にソウルを持たない者がこの世界に存在するのか』、この二点です」

「そう。まず一つ目だが、俺のいた時代にはソウルなんて摩訶不思議な力、誰も持っていなかった」

「そんな馬鹿な!? この千年の間に、ソウルが生まれたとでも言うのですか?」


 シンカは慎重に、言葉を吟味しながら返答する。


「俺もそこに疑問を持っている……そして困惑している。『本当に自分が今いるのが千年後の世界なのだろうか?』、と。それがハッキリするまでは話すまいと思っていた」

「……なるほど」


 腕を組みながら、その無骨さにはあまりに似合わない知性で、メイロンは確実に理解を深めていた。


「メイロン、俺の話を信じているのか」

「信じる信じない以前の問題です。正直、現実離れしすぎてついていけません。それに不可解な事が依然として多い」


 ここで苦笑しながら挙手をしたルシアが、申し訳なさそうに尋ねる。


「あの……わたしも話が全然わからないんだけど。ひとつひとつ丁寧に教えてくれない?」

「何について」

「まず、そうだなぁ……乗りもの! 乗りものってやつを見れば、みんな少しは納得するんじゃないかな?」


 この質問は先ほどシンカが言った『重要な話』からは明らかに逸れていたが、シンカは言われた通り丁寧に答えた。


「無い。ルシアと初めて出会った海で沈んだ。事故で墜落した」

「ああ。沈んだ舟から逃げ延びたって話か。アレも本当だったんだ」

「ルシア……まだ信じてなかったのか」

「えへへ、ごめんごめん」


 はにかんで笑うルシアを、メイロンがフォローする。


「ルシア様が信じられなくても無理ありません。舟なんて普通はソウルで作るものですから」


 ルシアは『重要ではない話』を続ける。


「なんかシンカの口調だとさ。その乗り物、舟なのに空を飛んでたみたいな言い方だったけど?」

「その通りだ。空の……ずっと高いところを飛ぶ舟だった」

「ソウルも無いのに空を飛べるの?」

「飛べる……というより、俺からすればルシアがソウルの翼で飛べる事の方がよっぽど不思議だ」

「それは鳥や虫が空を飛ぶのと同じだよ」

「おそらく違うな。鳥や虫と同じ原理では飛んでいない」

「いや、そんな原理とか言われても……」


 メイロンが慌てて話を戻す。


「ちょっと待ってください! さきほど言った『重要な話』から明らかにしましょう」


 それを聞いたルシアは、ちょっとだけ頬を膨らませて静かになった。


「私自身、未だに半信半疑ですが。あなたの言葉が真実だったとしましょう。二点目の『あなた以外の存在』については?」

「可能性は低い。誰かしら来られたなら、とっくに来て噂になっているだろう。なにせ千年もあったんだ」

「しかし、現にあなたはここにいる」

「だから俺は、例外的に一種の平行世界に来てしまった可能性まで考えている……我ながら言うのも恥ずかしいがな」


「平行世界ってなに?」というルシアの問いかけにメイロンが答える。


「パラレルワールド。つまりは物語や本に出てくるような、全く別の世界や不思議な世界の事です。ルシア様の好きな絵本の世界ですよ」

「……つまり時間を旅行するために寝ていたはずなのに、別の世界に来ちゃったって事?」

「もしくは俺の寝ていた千年間に、常識では考えられないような変革や改変があったか。またはそのどちらも的外れか……いずれにせよ可能性と推測の域を出ない。だから話したくなかった」


 少しの沈黙を置いてから、メイロンが口を開く。


「私としては『他にもソウルに無感な者が存在する可能性』が未だに排除されていない事が気がかりなんですがね」


 シンカは考え込む。そしてなるべく適切な、誤解のない言葉をつまみ出す。


「まず、俺のとった『時代を超える方法』というのは非常にリスクの高い手段だった。十回やったら三回は死ぬだろうと、乗り物を作った人物にも言われた」


 その人物が博士だ。いつになく口数の多いシンカは続ける。


「第二に、その乗り物の作れる人間は非常に少なかった。俺のいた時代には、俺と作った人間以外に、それを知るものはほとんどいなかったくらいだ。たとえ作れたとしても莫大な費用がかかるものだった」


 さらに理由は続く。メイロンは顎に指をかけ、目を細め、黙って聞き入る。


「第三に、この乗り物で過去に行く事は出来ない。つまり、ここに辿り着いた人間がいるとすれば、それは『三回に一回は死ぬリスクを背負い、莫大な費用を払って、家族や友達、元いた時代と永遠に別れる覚悟と目的を持った人物』という事になる」


(これじゃまるで、俺が気違いだと説明しているようなものだ)、そう省みながらもシンカは続ける。


「そんな人物がこの時代、もしくはこの異世界に迷う込む確率は非常に低い。と俺は考えている」


 この説明にはシンカの『メイロンを納得させたい』という意図が多分にあった。事実、そんな人間はいくらでもいるとシンカは推量する。金持ちの道楽、治癒の見込めない重病人……そんな理由を持つ人間はいくらでもいようが、『強い相手と戦いたい』なんてクレイジーなのは少ないだろう。

 メイロンは長い説明の終了後もしばらく考えてから、言葉を切り出した。


「……なるほど。確かにあなたの乗ってきた、仮に舟としましょうか。舟が空から降ってくる事象はこの国や周辺国の歴史や目撃談からも、おそらく初めてであろうかと思います。あなたは知らないかもしれませんが、ずいぶん明るく輝いたようですから」


 それは事故で例外的に発煙、発光していたものだが、シンカは話が無駄に長くならない様、説明しない事にした。ずいぶん遅れてルシアが気付く。


「あ! あの流れ星! あれシンカの舟が空から墜落するところだったんだ!」

「おそらくそうだ……噓をついて済まなかったな。あの時はどう説明していいか分からなかった」


 ルシアはそんなこと気にする様子もなく、気ままに質問をする。


「でもさ、わたしだったらさ……いくら強い相手と戦いたいからって、そんなリスクを抱えてまで旅に出ないと思うなぁ」


 メイロンがそこに食いつく。


「そうですよ。私もさっきからそこに疑問を持っていました。千年の時を超えたからって、強い相手が現れるなんて確証は無いはずです。こう言うのも失礼かもしれませんが、あなたがここに来た目的が大変疑わしい」


 シンカは出来れば話したくなかった説明を強いられる。


「実を言うと、その舟を作った人に頼んだんだ。『もしこの千年で俺と対等に戦える者が現れ、万が一その者が望むならば、この時代、つまり俺がいた時代から千年後に送ってやって欲しい』と」

「な!? じゃあやっぱり、あなた以外のソウルを持たない人間が、あなたを追って来ているかもしれないじゃないですか!」


 メイロンは終始その事に腐心している。国益に直結するかもしれない内容だから当然だ。


 ルシアは全く別の事を考えていた。(千年あっても戦える者が現れないかも知れない強さって……どんなものなんだろう?)と。


 シンカはその重い口を、少し残念そうに開く。


「……やはり可能性は極めて低い。まずここが未来だった場合。そいつはどこかで起きた変革の前の人間、つまりソウルを持つ前の人類じゃなきゃいけない。本を読む限り、この国だけでも少なくとも四百年以前にソウルの記述がある」


(こんな説明してるが、可能性が0であっては俺が困る)


「ここが平行世界だった場合、俺と同じ様に運良くこの世界に迷い込む可能性はどれくらいあるだろうか。分かるはずも無いが、俺は奇跡に近い確率だと思う」


(その奇跡に一縷の望みを賭けて、俺は全てを捨てて来たのだから……)


「しかしメイロンの言うとおりだ。可能性が無いとは言い切れない」


 メイロンはそんなシンカの心の奥なんか知る由もない。それとなくルシアを見ながら言う。


「なるほど。しかしあなたが知識人でよかった。これがルシア様だったらと思うと……」

「うっ……確かにあんまりついていけてないけど。とりあえずメイロン、わたしの悪口やめなさいよ」

「おお! それくらいは理解できるのですね!」


 こんな風に、ルシアと話す時のメイロンは生き生きしている。


「二人は他に聞きたい事は無いのか」


 シンカがそう言うと、ルシアとダボネオールは目を合わせる。ダボネオールが黙って手を横に振るのでルシアが聞いた。


「わたし思いつくのが『重要じゃなさそうな話』しか無いんだけど」

「構わない」


 ルシアはためらいながら発言する。


「えっとさ……空飛ぶ舟ならあんなパドルは必要ないんじゃないかなぁ? ってわたし思うんだけど」

「その通りだ。あれも噓だ。申し訳ない」

「じゃあアレ、なんなの?」


 窓の棚に背中と手をかけた少女は右を見ながら聞く。城壁の高い天井に届きそうなそれは、さながら影のように沈黙を守っていた。


「それは武器だ」

「え!? これが?」

「そうだ」


 ルシアは部屋の隅から、ダブルブレードのパドルをどこにもぶつからない様、そっと抜き出した。


「これが……武器……?」


 ブレードをウインクしながら覗き込むと、確かにそれは鋭い刃物のようにも見える。

 奇妙な男の珍妙な武器に見入るルシアを差し置き、メイロンが聞く。


「そういえばあなた、骨董なんかを探していましたよね? 何か見つからなかったんですか?」

「見つからなかった。少なくとも俺の知る様なものは」

「パラレルワールドだった場合は、それを証明するのは難しいでしょうね」

「俺もそう思う……まずは遺物を探して消去法でいこうと思っている」

「いずれにせよ、確証には至らなそうですが」


 ルシアはパドルの先端でダボネールを突っつきだした……ブレードの側面は刃でも、先端は平たく潰れていた。ダボネールは『おい、危ねえだろ』なんて、当たり前の事を言って手で払っている。


 その後すぐに、夜も更けたという事でメイロンは『今日は大変興味深い話が聞けました』、などと言って部屋を辞した。ダボネオールも後を追うように帰ってゆく。結局、黒獅子隊長ダボネオールはほとんど声も出さずに帰ってしまった。


「ルシアはいいのか」

「わたしもそろそろ帰らなきゃ。でももっと色々聞きたいな」

「時間さえあれば、いつでも話せるだろう」

「それもそうだね……あっ!」


 何か思い出したような少女は急いでパドルをしまうと、なんと三階の窓から飛び出してしまった。シンカは約束事でもあったのだろうと思い、窓を閉じる。城壁内の部屋はさらに木戸がついているので、それにも鍵をかける。


 誰もいなくなった部屋で一人ソファーに腰を下ろすと、彼の体をどっと疲れが襲った。それはシンカが戦いでも鍛錬でも味わう事のない、独特の疲労だ。


「長話は疲れるな」


 それだけ言って、天井を見ていた目を閉じた。

※男の目的……シンカは育ての親である博士に『君と対等に戦い得るものは常識的に考えて存在し得ない』と言われてこのような強行に至った。しかしそんな言葉とは裏腹に、彼は彼が『師匠』と呼ぶ人間に勝った事が一度も無い……

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