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第1話 新世界へようこそ

 アスミ=シンカは目を覚ました。


 よくある波音、聞き覚えのあるカモメの鳴き声……空の青も雲の形も、見慣れたものだった。


(俺は……たどり着いたんだ。未来に)


 そこは海辺の岩の上。原因不明で墜落した船からなんとか逃れ、泳ぎ疲れて眠ると夜が明けていた。


 陸側には浜辺に沿って切り立った断崖が地平まで伸びている。聞こえてくるのは潮騒と海鳥の声だけだった。


(まだ体は重たいが、服も乾いた事だし、そろそろ行くか)


 そう思い、寝ていた体を起こした矢先、何かの気配を感じ取る……それは生き物の気配だった。


 気配の方向、断崖絶壁の上を見上げると、少女が少し遠くの崖の上から、頭だけを出して覗き込んでいた……目が合う。少女はすぐにその頭を崖の奥へと引っ込め、隠れた。


 間違いなく人間の少女だ。人との出会いをこんなに嬉しいと感じた事が、これまでの自分の人生にあっただろうか? そう思うほど感動的な邂逅だった。


 なにせ、シンカは生命体に遭遇できない可能性を、十二分に覚悟していたのだ。しばらくその方向を見つめていると、少女はまた顔を出した。そこから今度は全身を乗り出して、大声を張り上げる。


「あなた! そこで何をしているの!?」


 ありきたりな台詞だが、シンカにとってこんなに嬉しい事はなかった。言葉まで通じるらしい。


「何って……何もしていない」


 久しぶり過ぎて、上手く喋れるか不安だったが、元から会話が得意ではない事を思い出し、なるようにしかならないと開き直った。


「それもそうね」


 それだけ言うと、少女はその大きな目をさらに大きく皿にして、少し首を傾げる。

 そして次の瞬間、あろう事かその少女は高い岩棚からその身をポイッと投げ出してしまった。


「あ……」


 あまりに淡々と飛び出したので、シンカは助けに行く事さえ忘れ、口を開けてそれを静観した。


 一回、二回……所々にある岩棚の突起に器用に飛び移り、少女は三階建ての家ほどもある落差を、あっと言う間に駆け下りる。その羽のように軽い身のこなしに、シンカは目を見張った。


「怪しいわね……そんな服見た事ないわ」


 怪訝な目を向ける少女は、シンカを少し遠目に訝しんだ。負けじとシンカも少女を観察する。


 うっすらと刺繍の入った白っぽいワンピースは、一見して古い時代を連想させる。短く、癖っぽい髪までもが白……というより銀色に輝いて見えるので、上に羽織った朱色の短いケープがアクセントになり、一際シンカの目を引いた。


 そんな格好と比べれば、Tシャツにジーンズは珍しく、この上なく怪しいだろう。


「どこの国から来たの?」

「……遠いところから」

「どこよそれ?」

「わからん」


 岩の上に座ったまま、アスミ=シンカは訳もわからず、見ず知らずの少女に尋問される事態になった。

 少女は腰に手を当て、整った姿勢で質問を続けるが、怪訝なその目は警戒を緩めない。


「ふーん……それで? これからどこに行くつもりだったの?」

「わからん」


 その顔が怪訝から呆れ顔に変わるのを、シンカは確かに見た。


「あのさ……それ完全に不審者だよ?」


 彼女の言葉の節々には、どことなく思いやりと心遣いが備わっていた。

 心優しい町娘、といった感じなのだろうか。それにしては気品の高そうな身なりだし、野生の運動神経も持ち合わせている。


 男は事実と虚構を織り交ぜて、たぶん苦しいであろう言い訳を始めた。


「む、武者修行をしているんだ。強い者と戦いたくて」

「ふーん……じゃあ、なんでこんな誰もいない海辺にいるのさ?」


 鋭い疑問だった。


「ここに来る途中、乗っていた舟が沈んで、溺れたんだ。服が乾くのを待っていた」

「溺れた? なんでそんな噓つくの?」

「噓じゃない」


 噓ではない。唯一、混じりっけ無しの真実を、少女はなぜかバッサリと切り捨てた。シンカは黒いダブルブレードのパドルを手に取り、少女に見せつける。


「証拠だ。これで漕いで来た」

「ふーん。まあいいけどさ。取りあえず怪しいから、ちょっとフィスカまで来てもらえるかな?」

「フィスカ?」

「え! フィスカを知らないの!? 噓でしょ?」


 たぶん地域か国名か、あるいは都市か……そんなところだろうが、この世界に来たばかりのアスミ=シンカが知るはずも無い。


「知らん」

「あなた何者? 辺境の人?」


 彼女の目はついに可哀想な人を見る、哀れむ瞳になっていた。一矢くらいは報いたいと、シンカは反撃に出る。


「君こそ何者だ。俺からすれば、君だって怪しい」

「私はル……ヴィセッカ! フィスカの……そう! 調査をしているヴィセッカという者よ!」


 しどろもどろ、そのうえ何の調査か分からない。疑う余地も無いほどの不信さだ。きっと噓をつくのがヘタな娘なんだろうとシンカは思う。

 そうは思いながらも事を荒立てる必要も無いので、シンカは自然に話の続きを促した。


「調査? なんの」

「落ちた星の調査よ。そうだ! あなたも見なかった? 昨日この辺りに流れ星が落ちたって噂があるんだけど」


 シンカは一瞬ギクリとした。乗って来た宇宙船の墜落事故が流れ星に見えたんだろうと、すぐに予想がついた。


「流れ星? さあ、見ていないな」

「昨日の夜はどこにいたの? 割と遠くまで光や音が届いたらしいんだけど」


 シンカはこの世界に着いたばかりで、文明的なレベルも全く分かっていなかった。ましてや少女はシンカから見て、中世時代を思わせる服に身を包んでいる。


『俺はその夜、アラーム響き渡る船内で、死を覚悟しながらタッチパネルと格闘していたんだ……まあ結局、海に墜落したけどな』、なんて説明できるはずがない。


「昨日の夜は舟の上で寝ていた……急に海に落ちて目が覚めたんだ」


 さすがに言い訳も苦しくなってくる。少女は顎を摘み、名探偵が考え込むような素振りをした。


「なるほど……じゃあ星が落ちた事と、何か関係があるかもしれないわけだねぇ」


 そこは素直に信じるのかよ……シンカは少女の判断基準がよく分からなくなった。舟が急に消えたり転覆する事なんてそうそう無いはずだが。


「可能性はあるな」


 ヴィセッカと名乗った女……というより少女は、急に閃いたように提案した。


「じゃあさ! 申し訳ないんだけど、わたし落ちた星の調査をしなきゃいけないからさ。ちょっと話を聞かせてくれないかな?」

「構わないが」

「ちょっと遠いんだけど、フィスカって国まで来てもらえる?」


 とりあえず人の多い場所を探そうと思っていたシンカは、黙って顎を上下した。首肯を見た彼女は笑う。

 こんなに笑顔が似合う少女も珍しいと、シンカは見とれた。整った眉目の少女なのに、それを崩した笑顔の方が何倍も魅力的だった。


 石から飛び起き、素早く身支度を整える。取る物も取り敢えず、命からがら脱出したせいで、荷物は少なかった。


「協力ありがとう。あなた名前は?」

「アスミ=シンカだ」

「アスミシンカ? 名前まで変わってるのね。女の子みたい」


 可笑しなイントネーションでそう言ってから、ヴィセッカはまた微笑んで歩き出した。


『ヴィセッカ=リート=ルシア』


 フルネームを知るのは後の事であるが、フィスカ最強の天使とアスミ=シンカの出会いは、そんな平凡とも非凡ともつかない、どちらかと言えば平凡程度のものだった。

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