たずね人
残業疲れで、PCの電源を入れるのもおっくうだった。
ここ数日スパムしか見ていなかったし、知人からのメールもない。
毎日の習慣で、なんとなくメールチェックしている。
『たずね人』
20通ほど届いていた中、シンプルなタイトルが目についた。少し興味をひかれてクリックしてみる。
「<たずね人>
突然のメールで失礼します。
少しのお時間が頂けるなら、最後までお読み下さい。
ある人を探しています。あちこち探したり、
知り合いに声をかけたりしましたが見付かりません。
探偵社に依頼してみようとも考えています。
もし、以下のような特徴のある方をご存じでしたら、
お手数ですがわたし宛にご連絡下さい。
<特徴>
・身長… 57m
・体重…550t
・特技…巨体を唸らせながら、空を飛ぶ事ができる
・好物…超電磁エネルギー
・その他…もともとは、5人だったらしい
」
……なんだこりゃ。新手のチェーンメールか?
知り合いの悪戯かと思って発信者のアドレスをチェックしたが、知らないアドレスだった。
念のためヘッダを表示して、From: や Sender: を確認する。
どうやら、メールの転送サービスを使っているらしい。BCC: を使っているて、どのくらいの人数に送られたものかも分からない。
面白そうだと思ったが、ゴミ箱に捨てた。頭の中では、答えは多分アレだろうな、などと考えていた。
いわゆる「懐かしのヒーロー」ってやつだ。俺と趣味が合うとはなかなか珍しい。
それから三日ほどたった頃に、再び『たずね人』メールが届いた。
文面は前回と同様、送り元も同じだったが、特徴の内容が違っていた。
「<特徴>
・外見…胸に流星のマークを付けている
・特技…ジェットで敵をやっつける
・出身…光のくに
・口癖…ジュワ!
・その他…普段は、一般成人男子の姿をしている
」
なるほど。今度はアレの事なんだろうな、と思いながらゴミ箱へ。
いったい、どんな奴が送っているんだろうとか、返信した奴はいるのか、など興味がわいて来る。
二通目が来たという事は、まだ続きが来るかもしれない。
案の定、それからもこの怪文書ならぬ怪メールは、二、三日置きにやって来た。
内容が不快な物でもないし、目くじら立てる程でかいメールでもない。
寂しいひま人の、ちょっとしたお遊びに付き合ってやっている、程度に楽しむ事にした。
たずね人の特徴は、毎回手を替え品を替え懐かしのヒーローを表す物だった。
中にはかなりマニアックじゃないか? という、頭を捻らないと思い出せないような物もあった。
不思議に思いながらも、家に帰ってからの楽しみになっていた。
一度も返信した事はなかったが、相変わらず届いている。気が付けば、いつの間にか数十通の『たずね人』メールが溜まっていた。
よくもこれだけネタがあるものだと、見返すほどに感心してしまう。
ところが、急に終わってしまった。もう一週間以上、『たずね人』メールが来ていない。
次はどのヒーローだろう、このヒーローは来ないだろうな、などと予想するのが非常に楽しみになっていた。
それだけに残念でもあり、何か、裏切られた気分になっていた。
思い切って、送り主に返信してみようか。
そう思った矢先に、待ちに待っていた『たずね人』メールが届いた。
あせる気持ちを抑えて、タイトルをクリック。
書式はいつも通りだったが、特徴は今までとは少々違っていた。
「<特徴>
・年齢…28歳
・職種…XX商事営業担当
・出身…長野県
・特技…木登り、たかおに、ドルゲのまね
・好物…ソフトクリーム
・その他…最近残業続きで、疲れているらしい
」
……そうか、やっと分かった。忙しい、仕事だ、時間が無い、なんて全て言い訳に過ぎない。
幼馴染の彼女とは、職場のビルが隣同士で偶然再会した。
何度か会ううちに彼女の方から告白されて、付き合い始めてもう二年になる。
良く気が付くし、料理もうまいし、結婚対象としても申し分なかった。
ただ、子供の頃の自分を知られている、その話題が折りに触れて彼女の口から出て来る、その事に少し嫌気がさしていた。
自分を全部把握されているようで、既に自分は彼女のものに決まってしまった気がして、酷くつまらなく思えてしまった。
なんて自分勝手な考えだったのか、と思う。
彼女に謝らなければ。それから、今度の休みは彼女の好きな水族館に一緒に行こう。
その前に、まずは電話かな……
ディスプレイの前でしばらく思案した後、[返信]ボタンを押して、返事を書き始めた。
「<たずね人>
突然のメールで申し訳ありません。どうか最後までお読み下さい。
私の大事な人を探しています。一月近く音信不通で、
どうしているのかとても心配しています。
それから、私はその人に謝らなくてはなりません……