my lover 8
まだまだですねー ぶっちゃけた話こっからスタートみたいなもんですが
――――――――――After 2 hours――――――――――
私は、買い物のために、電車に乗って町に繰り出していた。私の住む町の中で一番大きい駅前商店街。今日は土曜日なので人も多く、私は背が低いので、人ごみに埋もれてしまいそうだった。ここに来れば、大体のものが揃う。私はここで、明日のために買い物をすることにしたのだった。
必要なものは、レイへのプレゼント、明日着ていく服、そして一応、あいつに作ってやる弁当の食材。
気合を入れて、大きめのバッグを持ってきたのだ。これで大丈夫。
私は町を歩きながら、まずは服屋を探していた。明日、私は何を着ていくのだろう。女の子らしい服の方がいいのかな。でも今さら女の子らしい格好なんて、レイに笑われたらどうしよう。だったらラフな感じの方がいいのかな。
いろいろと思案しながら歩いていると、何度か名前を聞いたことがある服屋の前に差しかかった。
そうだ、店員さんに聞けばいいんだけど……私は人見知りだ。困ったな。いきなり壁にぶつかった。とりあえず、店に入ってみよう……。
自動ドアが開くと、そこは未知の世界だった。服が陳列しているだけの質素な店ではなく、あちこちの装飾が、妙に女性らしい雰囲気を醸し出している。ここは、私がいるべき場所ではないんじゃないかと思うくらい。
「いらっしゃいませー」
店員の声にふと我に返ったが、完全にトんでいたと思う。私はとりあえず散策的な気分で、店内をうろつくことにした。
置いてある服のどれを見ても、私が着るような服ではない。かわいらしい服の数々に、目が眩みそうだった。私のジャージ姿とのあまりのギャップに落胆していると、
「……ヒナちゃん?」
突然、後ろから話しかけられた。一体何かと思ったが、後ろを振り返ると、そこには見慣れた少女。
「ま、マキちゃん!」
「ヒナちゃん、珍しいね。お買いもの?」
マキちゃんは普段はおさげにしているが、今日は髪を下ろしていて、いつもとは違う雰囲気。彼女は、この店の従業員がしているバッジを胸につけている。服装も、いつもの地味な制服とは全く違う、かわらしいもこもこした服を着ていた。
「まぁ、そんなとこだけど……マキちゃん、ここで働いてるのか?」
「うん。ずいぶん前からここでバイトしてるの」
「そ、そうなのか」
意外な人物との遭遇に驚いているが、これはチャンスかもしれない。
「……マキちゃん、相談があるんだけど」
「……?」
私はマキちゃんに、全てを話した。レイのことが好きだということ。明日、一緒に買い物に行くために服を買いにきたこと。でも、何を買えばいいかわからないということ。
私は初めて人にこんなことを相談したのだが、マキちゃんはまっすぐ私を見ながら、真摯に話を聞いてくれた。本当にいい子だと思う。
一部始終を話すと、マキちゃんは目を輝かせていた。
「ヒナちゃん、かわいい!」
「な、な、なんだよそれ!」
「だってさ、一生懸命なんだもん!私まで嬉しくなってきちゃった。応援しちゃうよ!」
「あ、ありがとう」
「で、かわいい服とか着てみたいんだよね?」
「いや、そうなんだけど……似合うかな……?」
「きっと似合うよ!ヒナちゃん、かわいいもん」
「あう、変な気分だ」
こっちおいで、と、マキちゃんは私をどこかに連れていく。いろいろな商品棚をぐるぐると歩き、いろいろな服をあてがってはまた歩き。その最中、マキちゃんは一生懸命なようだった。私のために一生懸命になってくれるのは嬉しいが、服選びって、こんなに大変なのか。
「……じゃ、これ、試着してみて?」
「え、し、試着?試着するのか?」
「もちろん。着てみて小さかったり、似合わなかったりしたら困るでしょ?」
「う、そりゃそうだけど」
服を持たされ、試着室に入る。カーテンを閉めてから気づいたが、こんな短いスカート穿くのかっ。
ジャージを脱いで、始めて見る服を着ていくが、どうも勝手がわからない。悪戦苦闘していると、マキちゃんが外から声をかけてきた。
「ヒナちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないかも」
「んー、どれどれ」
マキちゃんは容赦なく、私がいる試着室に入ってきた!
「ちょ、ちょっと、マキちゃん!?」
「気にしなくていいでしょー?女の子同士なんだし」
「ま、まぁそうだけどさっ」
まだほとんど何も着ていない、ほぼ下着姿だったのだが、マキちゃんは気にする様子もなかった。
「わ、ヒナちゃん、すっごい足細い!いいなー!」
「ちょ、声大きいって」
「私なんかこんなだよ、むにー」
と言いながらマキちゃんも自分の足をつまむが、マキちゃんも細いと思う。というか、マキちゃんめっちゃナイスバディー。制服ではわからなかったが、胸も大きいし。
「……これはえっと、こうやって……」
そこからは真面目に服の着方を教えてもらって、私はなんとかそれを着れるようになった。私には似合わないんじゃないかと思われた服も、マキちゃんは本当に似合っていると言ってくれた。ここは服屋のセンスを信じよう。
サイズもぴったりだったので、それを脱いでジャージを着る。マキちゃんはそれをレジに持っていって、袋詰めをしていてくれるらしい。やはり私はジャージの方が落ち着く。
更衣室を出ると、マキちゃんは笑顔で待っていてくれた。
「それじゃ、お会計、大丈夫?たくさん買ったから、なかなかいい値段するけど」
「それでも、安いの選んでくれたんだよな?」
「うん。……ここだけの話、この店ちょっと高すぎ」
「あはは。店員が言うか」
レジではなかなか見たことがないような金額に驚かされたが、両親の保険金も貯金しているし、父が生前稼いでいた金はかなりの額だ。私はおかげさまで、金に困ったことはない。
「じゃ、がんばってね、ヒナちゃん!応援してる!」
「マキちゃん、ありがとな。助かったよ」
「ん。今度、一緒に服買いに行こうよ?」
「あぁ。その時はまたよろしく」
「任せといて!」
「じゃあ、また」
「ばいばーい!」
マキちゃんの優しさに感動しつつ、私は店を出た。
次はどこに行こう。プレゼントの中身は、自分で考えなければ。
何がいいだろうか。冬だし、防寒具的なものが嬉しいだろうか。上着は明日買いに行くし、他のもの……あいつ、マフラーは持ってるし……。
しばらく悩みながら歩いて、ここはやはりいろいろなものを見て決めよう、と決め、町に一つしかない大型のディスカウントショップに向けて歩き始めた。
歩きながら、私は明日のことを考えていた。明日は昼ごろから一緒に買い物に行くのだろうか。一緒に買い物に行って、そのあとは……あいつのことだ。きっとウチでだらだらする、なんて言い出すのだろう。
それなら、あいつをちゃんともてなしてやろう。それこそ、ケーキでも焼いてやろうか。
子供みたいに喜ぶあいつの顔が浮かんでくる。思い出して、私もにやにや笑っているかもしれない。あいつに似てきたかもしれないな、気持ち悪い。
――でも、いいや。
手が冷たくなって、ジャージのポケットに手を突っ込む。白い息を空に向けて吐いて、冬を実感した。
手が冷たい――そうだ、手袋にしよう。それがいい。
いいアイディアに気持ちは浮ついて、足取りも軽くなる。
それからは、買い物が楽しくて仕方なかったのを覚えている。ディスカウントショップの防寒具コーナーでダークブラウンの毛糸で編まれた温かそうな手袋を買って、プレゼント用の包装をしてもらった。店員さんもどこかにっこりと笑っていたのが、少しだけ嬉しかった。
その店の食品コーナーで、クリスマスも近づいて売り切れそうだったケーキの材料を買って、私は家路に就いた。といっても、もときた道を引き返していくだけなのだが。
帰り道、マキちゃんが働いている店を覗きこむと、マキちゃんは一生懸命働いているようだった。私もバイトでもしてみようかな、なって思った。
帰り道の電車のホームにて。たくさんの買い物袋を持って電車を待っていると、ケータイがポケットで鳴動していることに気づいた。袋を左手に持ち替えて、右手でケータイを取る。画面を見ると、“俺様は神”と書いてある――レイからか。面倒くさいと思いながら電話に出た。
「もしもし」
『もしもし、ヒナー?』
――相変わらずテンションの高いヤツだ。
『用事、もう終わったの?』
「あぁ。今帰り道だ」
『そかそか。何の用事だったの?』
「ん、何でもないよ」
『あー、隠し事はよくないぞ』
「なんだそれ。おまえだって、隠し事してるだろ」
『……え、お、俺が?』
「してるだろ。一昨日の夕方、おまえ何してたよ」
一昨日――つまり、堀田らがケンカしていた時、レイは何をしていたのかと聞いたのだ。その翌日、ケガをして現れたり、知らないはずの“第三者”を知っていたり、怪しい点が多々ある。私は、こいつが三人組をシメたのだと思っているのだ。
『……ばれてるか』
「当たり前だ。私が、おまえの嘘に気づけないとでも思ったか」
『いやー、ヒナには敵わないなぁ』
「……あんま、心配かけさせるなよ」
『……ごめん』
心配してくれたの?なんて言うと思ったが、素直に謝られては反応に困る。
「……まぁ、アレだ。怒っちゃいないんだ。ただ、おまえまで停学になったんじゃ、その、さ、寂しいだろ」
『ヒナ……』
「あぁもう。だから、あんま危ないことすんなってコトだよ!」
私は気づけば声を張り上げていたが、隣に立っている人が、おほん、と咳払いしたのが聞こえてきて、声のトーンを落とした。
周りには親子連れや若者、老人まで、幅広い年代層の人たちが大勢、電車を待っていた。電車が混むのは嫌だな、なんて思いながら、電話を持つ手を強く握る。
「……マキちゃんがかわいそうだと思ったんだろ?」
『だって、酷いじゃないか。かわいそうだ』
「わかってるって。もう過ぎたことだ。いいじゃないか」
『……マキちゃんに言わないでくれよ?恥ずかしいから』
「言いやしないよ」
それっきり、レイは黙り込んでしまった。電話で黙られても、とも思ったが、私は黙ってケータイを耳に当てて立っていた。
ホームにはどんどん人が入ってきて、見る見るうちに混んでいく。私は最初の方だったからなんとか乗れそうだが、最後尾に近い人は、次の一本じゃ乗れないんじゃないだろうか。
『ヒナ。明日、何時に待ち合わせよっか』
「……あぁ、そうだなぁ」
『お昼に、家に迎えに行くから』
「そうだな。それぐらいにきてくれ」
『……なんか、久しぶりだね、二人で出かけるなんて』
それもそうだ。私たちは幼馴染だが、知り合ってから二人で遊ぶことなんか少なかった。私が内気だったのもあって、私たちはただの知り合いぐらいの仲だった。
しかし、両親が死んでから、レイはやたらと私に話しかけてくるようになった。最初は気を遣っていただけだったのだろう。しかし、徐々にレイは遠慮をなくしていった。それは、レイが私に心を開いてくれた、ということだった。最初は戸惑ったが、私も次第に心を開いたのだった。今思えば、私はそのときからずっと、こいつのことが好きだったんだ。
「そうだな。二人で最初に出かけたのは、バッシュを買いに行った時だっけ」
『うん、覚えてる。懐かしいなぁ』
そう。高校二年生になったとき、私もレイも中学時代から履いていたバッシュが小さくなって、二人で買いに行ったのだった。それが、初めてのデートだったのかもしれない。
「……なぁ、私はさ」
『ん?』
「ずっと、おまえのこと――」
――ごおおぉぉぉー。
――ずっと、おまえのこと、好きだ。勇気を出して言った言葉は、電車がホームに到着した音で、かき消されてしまった。
『……ヒナ?ごめん。電車の音で聞こえなかった。もっかい!』
「……で、電車、来たからさ。あとで電話するよ」
『ん、そっか。またあとで』
せっかく勇気を出したのに。
ぷしゅうぅぅ、と電車のドアが開き、人の波に流されながら電車に乗る。人でぎゅうぎゅうになりながらも、ドアは閉まり、重たくなった電車は発進した。
――言ってしまった。
本当に聞こえていなかったのだろうか。聞こえなかった振りをしているだけじゃないだろうか。聞こえていたのに、聞かなかったことにしようとしていたんじゃないか。
いろいろなマイナスな感情が渦巻き、血の気が引いていく。私はそこでひとつため息をつくと、
――びーっ!びーっ!びーっ!
突然、車内に警告音が鳴り響いた。と思うと、がくん、と電車が揺れる。窓の外の世界が、上方向にフェードする。
車内に乗客の悲鳴が響きわたる。ゆっくりと電車は左に傾き、倒れていった。人の波に押し流され、私は壁に叩きつけられる。その上にさらに人が重なり、小さな私の体では耐えきれなかった。
――めり、めり……ぼぎっ。
肋骨が砕ける音がした。強烈な痛みに、呼吸ができない。人の波は止まることを知らず、私に圧しかかる。腕、足……いたるところに重みを感じ、やがて私は、吐瀉物の混ざった血を吐いた。
――ごぽっ、ごぷっ。
吐いた、と言っても、吐き出す体力は残されていなかった。それは喉の奥に残留し、呼吸器にゆっくりと侵入していった。完全に呼吸を閉ざされ、そこで、私の意識は消えていった。