my lover 4
次の日となりました。どうぞ続きもよろしくです。
――――――――――December 19th―――――――――――
朝。私はいつの間にか布団を剥がして眠っていたのか、寒さに目を覚ました。昨日の夜は家に着いてすぐ、風呂にも入らずに眠ってしまったので、昨日着ていたジャージのままの姿だ。若干汗臭い体のままだったので、今日は布団も洗濯に出そう。
起き上がってカーテンを開き、窓の外の光に目を細める。今日も外には雪が積もっていて、相変わらずの寒い朝だ。寒さに体を震わせながら、とりあえずバスタオルと制服を持って、シャワーを浴びた。
温かい湯を浴びながら、私は昨日の先生の言葉を思い返していた。
――私の、気持ち……。
私はあいつを認めているのは確かだ。しかし、長年気持ち悪がってきたあいつのことを、私が好きになるなんてことはないはずなのに。あんなことを言われたぐらいで、なんで私はこんなに動揺しているんだ。
というか、だ。あんな奴のために頭を抱えているこの時間が、無駄で仕方ない。さっさと忘れよう……。
そう思った矢先、家のインターホンが鳴った。二回。
「……あいつだ……」
二度もインターホンを鳴らしてくるこの遠慮のなさ。間違いない。
私はさっさとシャワーから上がり、服を着た。湯冷めしないうちに冷たい制服の袖に手を通し、玄関先まで出る。と、
「はーい、ヒナちゃん?」
玄関が勝手に開け放たれ、外からレイが入ってきた。手にはコンビニのビニール袋が握られていた。そして、レイの顔には、目元に絆創膏が貼ってあったり、頬に痣があったりする。何故かぼろぼろのレイに驚いて、目を丸くしてしまった。
「お、おまえ、どうしたんだよ」
「ん、あぁ、これ?」
「まさか、昨日の私ので、か?」
「まさか。ヒナ、顔は狙わなかったじゃないか」
「そうだけど……じゃあ、一体どうしたんだよ」
「……いやぁ、ちょっと昨日ね。階段から落ちちゃって」
「嘘つくんじゃねーよ、下手くそ」
「あ、あはは。まぁ気にしないでよ」
そんな下手な嘘をついたあたり、こいつは何も聞かれたくないのだろう。私に隠し事をするなんて珍しい。
昨日、私が顔を狙わなかったのも事実だ。一応こいつの売りは顔らしいし、そんな商売道具(?)を狙ってはかわいそうだと思って。
「もしかして、心配してくれてるのかな?」
「……うるさいな。そりゃ心配するだろ」
「あはは、嬉しいなぁ。最近冷たいもんね、ヒナ」
「おまえだって、最近気持ち悪さに磨きがかかってるぞ」
「そうかなぁ。ヒナに嫌われちゃう前に直さないとね」
「安心しろって。もう嫌いだから」
「ありゃ」
レイはにやにや笑いながら、玄関の小上がりに腰掛ける。そのままばたんと後ろに倒れ込み、玄関に寝転がった。下から覗かれる形になったが、私はスカートの中にジャージを穿いているので、何の問題もない。
「……つまんないだろ?ジャージなんか覗いても」
「んー、いやいや。ヒナのスカートの中だからねぇ。ジャージでもモモヒキでも、なんでも大歓げ――んぶぶーぅ」
顔面を踏んずけてやった。
「そっか。ヒナ的に、今のが気持ち悪いわけだ」
「言う前にわかるだろ、それ」
「でもさ、抑えられない衝動、っていうの?……あ、そうそう、はい肉まん」
レイはコンビニ袋からまだ温かい肉まんを取りだして、私に差し出した。
「お、気が利くじゃないか。風呂上がりに肉まんなんて、聞いたことないけど」
「いいねぇ。乙なもんじゃないかな」
「そうか?」
雑談もほどほどに、私たちは今日も一緒に学校に向かう。道中、どうもレイのことを意識してしまう私がいた。
「はぁ、今日も寒いねぇ、ヒナ?」
「……あぁ、そうだな」
私がレイの私生活の邪魔をしているのだったら、何故こいつはこんなにしつこく私にかまってくるんだ。関わらなきゃいいのに。
「いやー、今日から腹巻き巻いてきたんだけどさ。すっごい暖かいんだ。いいでしょ?ヒナも巻いてみる?」
「……あぁ、そうだな」
ただの友達なんだし、私だっていつまでもこいつと仲良くしていられるわけじゃない。高校生の今のうちぐらいだろう。卒業してしまえば、きっと私たちは別の道を歩み、別の人生を送るだろう。それなのに、私は人生のうちこんなにも、こいつに甘えてきたんじゃないか。こいつが勝手にやってる、なんてのは嘘。こいつのせいにして、私は自分の弱いところを隠しているだけ。自分の欠点を、こいつに押し付けているだけ。本当に嫌なんだったら、私はこいつをぶん殴ってでもやめさせればよかった。それこそ昨日みたいに。
こんなにも私のことを心配してくれているこいつを、私はどう思っているのかなんて、そんなこと、口に出すまでもない。
私は、こいつのことが好きなんだ。嘘じゃない。私の気持ちなんて、ずっと昔から変わっていなかった。こんなに気持ち悪い笑顔も、気持ち悪い言動も、行動も、何もかもが私の全てだった。それなのに、私はその気持ちに蓋をしていた。気づかないふりをしていた。だから先生は、あんなことを言ったんだ。
「ね、ヒナ。今週の日曜、一緒にどっか出かけようよ」
「……あぁ、そうだな」
いつだってこいつは私の隣にいるんだ。私の隣で、にやにや笑っているんだ。私はそれを失いたくない。他の誰かにこいつを奪われるなんて、嫌だ。こいつがいない人生なんて、嫌だ。
父と母を失って、私の心はこんなにも脆くなってしまった。こいつに支えられて、甘えて生きてきたからだろうか。歩幅を合わせて隣を歩くこいつが、愛おしくて仕方ないなんて、私はどうにかなってしまったのかもしれない。
「やったぁ。じゃあさ、最近寒いでしょ?腹巻きだけじゃ心許なくてさ。上着を買いに行こうかと思ってたんだけど、どれがいいか一緒に選ぼうよ。ヒナに、決めてほしいなぁ」
「……あぁ、そうだな」
「ねぇヒナ。さっきから、まともに聞いてないでしょ」
――いや、どうにかなってしまっているんだ。間違いない。私は恋をしているんだ。その時点で、既にまともじゃない。まったくもって、異常なんだ。
「ヒナったら!」
「……ん、あ、悪い。ぼーっとしてた」
レイの声でふと我に帰る。どうやら適当に相槌を打っていたのがばれたようだ。
「でも、約束は約束だからね」
「な、何がだよ」
「日曜日。一緒に買い物に行こう」
「なんだそれ!私は嫌だぞ!」
「ダーメ。さっきヒナ、行こうか、って言ったら、そうだな、って言ったもん」
「そ、そんなの滅茶苦茶じゃないか。聞いてなかったんだって!」
「そりゃヒナが悪いんでしょー。聞いてなかったんだから」
「う」
――正論である。
「考えごとしてたのかな?」
「ま、まぁそうだけど」
「珍しいね。ヒナが考え事なんて」
「まるで私が何も考えないで生きてるみたいな言い草じゃないか」
「やー、そうかも?」
「む。聞き捨てならんぞ」
レイは楽しそうに笑って、私の頭に手を乗せた。頭をぐしゃぐしゃと撫で回され、私は抵抗するのだが、
「ヒナ!」
「ちょ、なんだよ、やめ――っ!?」
突然、肩を掴まれたかと思うと、強い力で抱き締められた。昨日みたいな悪ふざけではない。ぎゅっと、私の顔はレイの胸に埋まっていた。突如として喋ることも呼吸することもできなくなってしまった私は、レイの背中に手を回し、背中をぼふぼふと叩いて抗議した。冬だから厚着をしているらしく、ダメージはないらしい。
「――っ!――っ!?」
「ヒナ、俺さ。日曜日、楽しみにしてるから。だから、一緒に行こうよ?」
レイの心音が聞こえる。漫画みたいに鼓動が速くなっている、というわけではなく、いたって普通、だった。慣れているんだろうか、とも思ってしまった。私は背中を殴る手を止め、力を抜いてレイに身を委ねた。
すると、レイは腕の力を緩め、なんとか呼吸することが許された。
「ぶはっ、苦しいっつーの……おまえ、いきなり何するんだよ!」
「……ごめん、ヒナ。我慢できなかった」
レイが、いつにない真面目な顔でそんなことを言うもんだから、私は次に紡ぐ言葉を忘れかけてしまった。こっちまでおかしくなりそうだ。
「あ、あれか。……男は、ケモノ……なのか?」
「あはは、誰からそんなこと聞いたんだよ。……でも、そうかもね。まるでケモノだ」
レイは私を離すと、さっさと先を歩いていってしまった。私はしばらく呆然とその姿を見ていたが、
「レイ!待てよ!」
気がつくと、声を張り上げていた。
自分でも説明できない思考が、渦を巻いていく。やがていろいろなものを吸い込み、奔流となって喉から溢れ出していく。
「おまえだけじゃないっつーの!私だって、我慢できないときぐらいあるっつーの!私だって、日曜日……楽しみだっつーの!!」
大声なんか出すもんじゃない。力が入りすぎて、顔が熱い。今頃私は顔が真っ赤だろう。
レイは立ち止まって振り返り、私の声に驚いて目を丸くした。
「……そっか。ありがと」
「わかったら、置いてくな、バカ」
「……あはは、ごめんよ」
私も震える足を一歩前に出して、レイの隣を歩く。レイの顔を見ることはできなかったが、きっとにやにやと笑っていただろう。私も、そうであったように。