my lover 3
今日の所はここまで投下です。
――――――――――After 4 hours――――――――――
――きゅっ、ぐっ……ぱすっ。
バッシュが床と擦れるスキール音。ショットを打つのに腕にかかる重み、おしてボールがネットをすり抜ける音。久しく聞くことのなかった音、バスケのために全身を動かす快感。それらに酔いしれ、私の体は疲れを知らずに動き続けていた。
あれから私とレイは二人で部活に参加して、私たちはそれぞれ別々に、久しぶりのバスケを楽しんだのだ。練習試合などでいい汗をかいて、やがて生徒の下校時刻となった。そこで後輩たちは散り散りに帰っていったが、私は一人でシュート練習を続けている。いつの間にかレイもいなくなっていたのだが、おそらく、かわいい後輩たちと一緒に帰ったのだろう。
時刻は八時を回り、私はさすがに練習を中断した。ボールを片づけて、体育館の電気を全て消灯、鍵も閉めて体育館を後にした。
電気のない夜の学校は、妙に恐怖感を煽る。非常灯の緑の光だけが頼りの廊下を慎重に歩いていく。曲がり角を曲がって職員室が目に入った。ふぅ、と息をつき、光を見ると安心するのは人間らしいな、なんて思った。そのまま光が漏れている職員室に向かっていくと、
「……わっ!!」
「きゃあっ!?」
物陰から何者かに突然抱きつかれ、柄にもない女々しい声を出してしまう。
その何者かを見ると、長身の、髪の短い、にやにやと笑う男だった。薄暗い廊下だが、それはもうはっきりと目に映った。
「……へへー、ヒナ、びっくりし――」
――ばきっ。
「あぁ、もう、びっくりしたじゃないか!」
ムカつく!心臓が口から出るかと思った!
私を驚かせたこの男をグーでさんざん殴る。
「痛い!ヒナ痛い!」
「うっさい!ここで寝てろっ!」
満足するまでレイを殴ると、体を丸めて悲しそうに横たわるレイを放置して、息も荒く職員室に向かった。
職員室のドアを乱暴に開けると、煙草の匂いが充満した部屋の中に一人、パソコンを凝視しながら作業をしている女性がいた。彼女は女子バスケ部の顧問で、独身のアラフォー。職員室は当然禁煙なのだが、先生はヘビースモーカーなので、煙草がなければやってられないらしい。机の灰皿には、大量の煙草が山を作っていた。
「おぉ、ヒナか。お疲れさん」
気だるそうな眼をこっちに向けて、軽く手を挙げる。私は先生に小さく会釈し、机の上に体育館の鍵を置いた。
「いつもありがとうございます、先生」
先生は、バスケに飢えた私に練習時間を提供してくれる。先生は私の家庭の事情や、バスケに対する情熱を理解してくれている。それに甘えて毎日、というのも先生に申し訳ないので自重しているが、できるものなら何時間でも、何日でも練習をしたいのだ。先生はその間ずっと職員室で残業をしているが、この面倒くさがりの無精な先生が、一体何の仕事をしているのかはわからない。それこそゲームでもしているのではないだろうか。
「あ、そうだヒナ。レイのやつと会わなかったのか?」
「あぁ、さっきそこで。そろそろ力尽きてる頃だと思いますよ」
「……はぁ?」
いきなり背後から抱きつかれた、と簡潔に説明すると、先生はわっはっはと大声で笑いながら、咥えた煙草に火を点けた。
「ヒナ、そりゃおまえ、あいつだって男だ。男は皆ケモノなんだからな」
「そりゃそうかもしれませんけど、だったら他の女が何人だっているじゃないですか。あいつ、あんな気持ち悪いのにモテるんだし。女って生き物の神経がわかりません」
そう、レイは異様にモテるのだ。あの気持ち悪い声、顔、態度。あれが他の女子の目にかかれば、“かっこいい”らしいのだ。中には勇気を出してレイに告白する者もいるらしい。しかしレイはことごとくそれを断っているとか。
理由は知らないし、レイから直接聞いたわけではない。ただ、レイの友人である私に、レイのことを訊いてくる女子が多くて、こっちも迷惑しているのだ。
「おまえだって女だろう。レイのやつ、かっこいいとか思わないのか?」
「あんなのの、どこが!」
「その割にお前、いつもレイと一緒にいるじゃないか」
「あいつがストーカーみたいについてくるんです!私のことなんでも知ってるみたいな素振りで、気持ち悪いったらないです」
「でも、気持ち悪いにしてもだ。……認めてるじゃないか。バスケットプレイヤーとしても、友達としても」
――言われてみれば、そうだ。あんなに気持ち悪くても、あいつは“友達”なのだ。いや、友達どころの話ではない。幼馴染であり、私のことを誰よりも理解してくれている。そして、友達である私のことを大切に思ってくれているんだ。
「……はい。確かにあいつは、私の友達です。いいバスケットプレイヤーです。私の幼馴染です」
「……へぇ?じゃあさ、あいつがなんで、他の人からの告白を断ってるんだろうな?しかも、おまえに隠して、だ。あんな飢えたケモノが、新鮮な女を目の前に必死に堪えてる理由って、一体何なんだろうな?」
「そんなこと、聞かれても……」
「まぁ、考えるこったね。ヒナは人見知りもするし、自分に素直になれてない。おまえにはまだ、他人の気持ちを考える余裕がないのかもしれない。だから、自分の気持ちもわからないんじゃないか」
先生は私にそう言うと、パソコンの席から離れて、マグカップを持って給湯室に向かった。
「今日はもう帰りな。外は真っ暗だ。おまえに何かあったら、私は責任とれないからな」
煙草に混ざってコーヒーの匂いがする。今からコーヒーを淹れるなんて、まだ仕事をするつもりなのだろうか。
「あ、はい。失礼、しました」
「ん。気をつけるんだぞ」
職員室から出ても、先生に言われた言葉が頭の中を掻き回す。
――私の気持ちなんて、私が一番よくわかっている。それなのになんだ。まるでレイのことを、私が邪魔しているみたいじゃないか。
――そんなの知るか、私は、レイじゃない。私は、私なんだ……。
私は自分にそう言い聞かせて、家路に就いた。その道中、珍しくレイはついてこなかった。