my lover 2
続けて3話まで投げます。
――――――――――After 8 hours――――――――――
放課後。机に突っ伏して寝ていた私は、鼻にかかる耳障りな声で目を覚ました。普段、授業中はほとんど爆睡をかましているので、放課後、誰かに起こされて帰宅することが多いのだが、今回はたまたまそれがこいつだっただけの話。しかし、どうも気に入らない。こいつだからか。
「ヒナ、帰るよ?」
結局、今日の体育の授業もバスケじゃなかったし。つまらない一日だった。
「うっさいな……勝手に帰れよ」
「そう言われてもさ。掃除の邪魔になってるよ?」
「……あ」
言われて気付くと、両手で箒をもって立っている、おさげの女の子がいる。彼女はこっちを見て、申し訳なさそうに笑っていた。
私は、掃除当番の仕事の邪魔をしていたようだ。迷惑をかけてしまって申し訳ない。
「あ、急がなくていいからさ」
慌てて帰宅する準備をする私を見て、彼女は気を遣ってそう言ったが、実際、私が彼女の立場だったら、邪魔で仕方ないだろうな、と思った。しかしなんだろう。この彼女がまとう“不憫”オーラ、というか……。いや、オーラ、なんて言ったが、別にテレビに出ている金髪のバケモノに用はない。ただそんな雰囲気が、彼女を包んでいた、というだけの話。
私が悪いのに、何故謝られたのだろうか。気を遣っているのはそっちだろうに――というか。この子の名前は……なんだったっけ?一緒のクラスではあるが、いかんせん他人と話をしないものだから、人の名前とかそんなものはよく覚えていないのだ。
「それじゃあね、マキちゃん」
あ、そうだ、マキちゃんだった。そして、このバカ男は、レイ、と呼ばれている。私も、どうしても必要な時はその呼び名で呼ぶ。――といっても、私からこいつに用があることなんて、ほとんどないのだが。
愛想笑いの下手な、不憫な女の子、マキと別れ、私は家路に就く。せっかく持ってきたバッシュも下駄箱に置いたままで、日の目を浴びることはなかった。
「バスケ、できなかったね」
と、私が考えていたことを見透かしているかのように、レイは私に話しかけた。というか、またついてきていたのか。
「そうだな」
答えるのも面倒くさかったのでそう適当に返すと、レイは自分のバッシュを持って、またにやにや笑っている。
「部活、見に行こうよ」
彼も元々は男子バスケ部員で、部長を務めていた。男バスと女バスはよく合同練習をしていたため、何度か練習試合もしたが、こいつはかなり優秀なセンターだ。スモールフォワードの私は、よくショットを弾かれたのでよく覚えている。
私もこいつも部活が大好きだったので、別にこれから後輩たちに混ざって部活動をしても怒られないと思う。
「……それは、いいかもな」
「決まりだね。部活、行こうか」
――たまにはいいこと言うじゃん。
二人で体育館に向かって歩いていると、歩きながら、レイは何故か深刻そうな顔をしていた。どうした気持ち悪い、と思っても言わずにいたのだが、
「ねぇ、ヒナ?」
レイのほうから話しかけてきた。
「なんだよ気持ち悪い」
「気持ち悪いかな?」
「あぁ」
「そっか。なんとかしたほうがいいかな」
――やっと気づいたのか?
「……って、本題はそこじゃなくて、マキちゃんなんだけどさ。……どうして一人で掃除してたんだろうね?ヒナのクラスって、掃除は四人で組んでなかったっけ?」
「四人?あぁ、そういえばそうだったな」
言われてみればそうだ。私も普段は、名前もわからないようなやつらと四人で掃除をしている。マキちゃんの他のメンバーも誰だか知らないが、一体何故一人で掃除をしていたのだろうか。
「今日の掃除当番は、堀田、脇田、瀬能、マキちゃんの四人のはずだね。あの三人、サボってるな」
「なんでわかるんだ」
「なんでって。ヒナのクラスのことだもん。なんでも知ってるよ?」
――本格的ににストーカーじみてきたな。
「で、私はその三人、知らないんだけど。どんな連中だよ?」
「んーとさ、サッカー部のチンピラどもだよ。わかんないかな?ついこないだまで、煙草吸って停学になってたんだけど……覚えてないかな?」
あぁ、そういえば聞いたことがあるかもしれない。クラスから停学者が出て、机が三つ空席になっていたことも、辛うじて覚えている。そいつらが、掃除をマキちゃんに押し付けているということか。
「そいつらのせいか。かわいそうに」
「まったくだよねぇ。ひどい連中だよ」
レイも頷き、笑顔も作らなくなった。こいつがにやにや笑いをやめたときは、大体の場合、考え事をしているのだ。レイも表情には出さないが、かなり怒っているようだった。私だっていい気持ちではない。内気そうな女の子に掃除を任せて、そいつらは今頃遊び呆けているのだろうと思うと、腹が立って仕方ない。
堀田、脇田、瀬能。その三人の名前が、珍しく私の脳裏に焼きついた。