勇者に倒される運命の魔王
魔王は悪で、勇者が善だなんて
誰が決めたんだ。
勇者なんてただの人殺しじゃないか。
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『勇者を呼び出した世界の末路』に続く
ちょっとひねくれファンタジー
王道まる無視ふぁんたじぃ
しかし今回はちゃんと勇者が魔王を殺しているので
ある意味王道?
にしてもファンタジー要素無いっすね・・・これ。
ま、まあ魔王とか勇者とかがファンタジー要素ってことで!
あれだよ?魔王も魔族も魔法使えるよ?
勇者も魔法使えるよ?
でも一番殺すのに手っ取り早いのは剣なんだよ((
「父上、父上?......お父さんっ!」
変声期直前のかすれ声は宙に浮き、
無駄に広いだけの何も無い漆黒の部屋で、
ただ空しく響いた。
父は、俗に言う『魔王』であった。
魔族を纏め、人を襲い―――そして勇者に倒される運命の、魔王
人にとって魔族は忌み嫌うものであり、
魔王は全ての諸悪の根源であると信じられてきた。
父が一体何をしたのか、知らないわけではなかった。
幼い頃から次期魔王として教育を受けた私は
彼のやっていた人への行為を全て知っていた。
ただそれでも、私には父が全てに対しての悪ではないと思う。
確かに魔族は人を襲うこともある。
それは様々な物語にあるように非道の限りであり
不法侵入、窃盗、器物破損、強姦、殺人。
だがそれは、魔族特有の犯罪であろうか?
人間同士でも、いや人間同士だからこそ。
彼らは互いに憎みあい傷つけあい、殺しあう。
それだのに自分のことは棚に上げ
魔族の所業ばかり誇張し大きく吹聴して周る彼らは
我らの何を恐れていたというのか。
先日も、一人の人間にとっての英雄が死んだ
彼の罪は、殺人及び傷害。
罪無き国境近くの魔族38名を残虐極まりない方法で殺し、
生き残った者数名も皆一様に今後の生活に支障の出るレベルの障害が残った。
彼への罰は、斬首。
至極当然な判決であった。
というより、この判決は人間用に造られた非常に甘いもので、
彼がもし魔族であったならば、彼よりも永い苦しみと恐怖を味わわされ、
その長い生を全うする日まで刑を受け続けなければならない。
相手が人間だから、今まで憎まれ続けてきた相手だから。
これ以上憎しみを増やさぬよう、あえて苦しみの少ない罰を与えたのだ。
それなのに。
人間は嘆き叫び、恨み、我らへの呪詛を吐いた。
彼ら曰く我々魔族は「罪も無い者を殺す野蛮な種族」らしい。
「滑稽。実に滑稽。
罪も無い者?笑わせるな罪人め
貴様が殺した魔族の首数、全て貴様の胴体に刻み込んでやろうか。
罪も無い魔族38名と、罪人1人の命
よもや釣りあうとは思うまいな!!」
英雄の首から紡がれる魔王の言葉。
人は皆、それを悪魔の為せる技だと恐れ、
碌に内容を聞きもせず、無情にも彼の者の首を焼き払った。
実に薄情かつ自分勝手。
さらに前
その日の英雄は自害。
彼の罪は、強姦致死及び殺人。
国境近くで野草摘みをしていた娘を犯した後
魔族であることに気づき、殺害した。
彼は以前にも近くの魔族の村を襲撃しており
その際の被害者は何れも子供ばかり、計18名であった。
彼への罰は、磔。
(しかし彼への罰は執行されなかった。)
この時の判決も、非常に甘ったるいものであったが
彼ら人間は我々を口汚く罵った。
しかもその英雄は、犯した娘が魔族であると気づいた際
彼女への謝罪の念ではなく、自らの自意識によって
自ら首を切り払った。
曰く、「薄汚い魔族などと契ってしまった」等々。
愚か者、否、愚かどころでは言葉が足らぬ。
純粋な少女を力任せに傷つけ、
あまつさえ自分はさも被害者であるかのような理由で彼女を殺す。
何故我々は彼の者などに遠慮をせねばならぬのか。
実に不条理かつ理解不能。
人間は我々を不浄の者と考え、自らが絶対神聖なる者と信じている。
それは傍から見れば実に自分有利な愚かなことなのだが
残念ながら、彼らにとってみればそれは真実なのだ。
事実、彼らは我々を殺す者のことを英雄だの勇者だのと呼び
崇め奉り、一国の王ですら彼らのことを特別視する。
実際はただの殺人者だと、何故気づけないのだ。
嗚呼、貴様まだそこに居たのか。
貴様は特別な英雄らしいな、勇者よ。
親切にも忠告してやる。もう一度出直せ、幼すぎる勇者。
何?もう引き返せぬ?
はっ!自らの罪は意識しているようだな。
さて貴様は一体何人の魔族を殺した?
今まで食べてきたトーストと同じくらい?
それとも今まで踏みつけてきた雑草と同じくらい?
……そうだな。
殺した魔族の数など覚えてはおらぬか、罪人よ。
知らなかったか、勇者とはつまり罪人であるぞ?
まあそう慌てずともよかろう。
どうせお前は私を殺し、故郷で盛大に祝われるのだろう?
なら何故そんなに殺気立つのだ。
……そう、そうか。
貴様の父を殺したのは魔族か。して、父の名は?
……ふっ、魔族に教える名など無い、か。
まあいいことを教えてやろう。
貴様の父が殺されたころのロージュ地方に、魔族は居らぬ。
…はっ。そのようなことすら分からず、誰が魔王となれようか。
我は魔王。魔族の動向など全て知っている。
……尚魔族の仕業と言うか。ならば良い。
気楽な談笑はこれで終いだ。
さあ、存分に殺せ。
魔王は、実にあっけなく死んだ。
まるで僕に倒されることが役目だったかのように。
彼は本当に魔王だったのだろうか。もしや影武者?
影武者?
そうだ、きっとそうだ。
だって魔王は悪逆非道を表したような凶悪な魔物で、
こんなの弱いはずないし、あんな顔をしてるはずない。
普通の、そう普通の。
人を殺したことが無い、普通の父親のような瞳。
言ってることは高圧的だったけど、これは絶対操られた人だ。
最低な魔王が操り僕に殺させた、罪の無い人間だ。
彼がそのように納得し、剣を握りなおした頃
後ろで何か物音がした。
咄嗟に小刀を投げた先には、
丁度故郷に居る、彼のすぐ下の弟くらいの歳の魔族。
恐怖に眼を見開き怯える彼は
ひどくか弱い、それでいて声変わり期特有のかすれた低い声で
何か呟いている。
「父上...助けて...父上...」
やがて少年の眼は勇者を通り過ぎ
床に倒れ付している、魔王の姿をした父親へ向かった。
何か叫びながら一心不乱に父の元へ向かった息子は
その穏やかで役目を終えたかのような顔を見ながら
ただ、ただ泣いた。
「父上、父上っ...父さんっ!」
勇者は、剣を握り直した。
彼の役目は、魔族の討伐。
目の前で泣いている少年は、その瞳からして間違いなく魔族。
そう、討伐命令が出ている。
弟とそう変わらない年の少年
魔族
父を亡くし悲しみに打ちひしがれる少年
魔族
彼の頭の中でいくつもの選択肢が、現れては霧散する。
精神が悲鳴を上げ発狂しそうになったその時
少年の、魔族独特の髪がふわりと風に舞った。
それと同時に、彼の流す涙もこちらへやってきた。
涙は、自分達と同じく、暖かかった。
迷いは無くなった。
勇者は先ほどより余程落ち着いた心で
その魔王の血に塗れた剣を
ただ、振り下ろした。
少年は彼の動きを予想していたようで
そこには恐怖、悲しみなどの表情は見てとれたが
後悔は無かった。
まるで父が死に、自らが魔王となった瞬間に覚悟していたような
そんな、悲しく勇気にあふれた顔であった。
だが今の勇者にとって
彼の勇気や覚悟は、至極当然なものであった。
「そうだよ。当たり前さ。
魔族は死ななきゃいけないんだから。」
彼は後に国に帰り、城にて褒美と賞賛を貰い、
ロデリア公爵の娘カレナマリアを妻とした。
その後約300年。
大陸全土は時のリノス皇国第145代皇帝スパネッタによって統治され
初の統一国家が誕生した。
統一国家初代皇帝スパネッタ・C・コルデルリアは、
数々の善政を布いたことで有名であるが
そんな彼が最も苦労したというのが、
その時代にも大陸に根深く残っていた差別の撤廃だという。
当時の記録には
「ロデリアの民、クロクの民を魔族と呼称。
彼の民を殺せし者、英雄と呼ぶ。
隣国シスマ王国幾度も和解を奨励す。
クロク王国之に応えるも、ロデリア公国之を拒否す。」
とある。