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かっこう

 一匹のゴブリンと一羽の妖精が、森の中を奥へと進んでいく。

 そんな姿を、俺は瞼の内に思い浮かべた。


 ああ、この数え方は人間族プレイヤーの感覚だったな。

 

 そんなどうでも良い事を考えながら、少し立ち上がりかけた下草を踏みしめて前進する。

 俺達の後ろには、引きずられた材木のおかげで、ぺしゃんこに折れた青緑色の草道が再現しているだろう。

 プワソンはと言えば、バスケットを大事そうに抱えたままだ。


「それも持つよ」


 俺が声をかけると、「ありがとうございます」と言って中から鶉の卵大のバッグを取り出す。

 翅に当たらぬように器用に斜めがけしたのを見ながら、バスケットは俺の背中の大きい皮袋へ結びつけた。

 

 そうしながらも、俺はゲーム内での種族間闘争を、ぼんやり思い出す。

 俺はゴブリンなんだから、今は人間族を一匹と数えるべきかもしれない。

 しかし当たり前だが、俺はこの夢に適応するつもりなど無い。


 ただでさえ嫌な設定なのに、なんで佐鳥さんのアバターと夫婦なんだよ。

 まあ、妖精族はエルフ族と同列の美形アバター種族だから、見ている分には飽きないけど。

 

 ……それって、ストーカーと同じじゃねえか。

 なんか腹立ってきた。ああ、やだやだ。


 俺の長い沈黙をどうとったのか、プワソンはふよふよと戻ってきた。

 少しばかり表情が暗い。

 こちらを見ながら、言いにくそうに尋ねてきた。


「グリズリーさん、なにか怒ってます?」


 俺はどう答えようかと少し眉を寄せた。

 そんな内心の不満げな感情が敏感に伝わるのか、少女の眉がまた下がる。

 その少し憂いの入った表情に、なぜか俺の鼻先が熱くなってしまう。


 どうもゴブリンは焦ると鼻に現れるみたいだ。

 それよりも今の俺は、妖精の悲しげな表情に耐えられない。


 そうだよな、ストーカーと一緒にしちゃ、俺の夢キャラに申し訳ないな。


 そう思い直し、朗らかな顔で「否」と伝えるため笑顔を作る。

 だがプワソンはいきなり俺から離れ、上昇して近くの樹の枝の陰に隠れた。


 俺は理由がわからず見上げて尋ねる。


「どうしたんだ?」


「い、いえ、急に怖い顔になったんで」


 妖精は申し訳なさそうに、でも目じりを少し引きつらせて答えてくれた。

 

 なまじ悪人面のゴブリンが大口で笑うと、大層凶悪に見えるらしい。


 ……なんか、落ち込むなあ。

 

 それでも、誤解で少女を怯えさせる気も無かった俺は、笑顔を引っ込めて説明する。

 

「怒ってないよ。ちょっと丸太を運ぶのに疲れただけ。大体ゴブリンの俺は、普通にしてても機嫌わるそうに見えるからさ」


 それを聞いたプワソンは、ゆっくりと針葉樹の葉の間から下降すると、俺の傍に戻ってきた。

 肩ぐらいの高さで半泣きの表情のまま、何回も謝ってくる。


「ごめんなさい。グリズリーさんは私の夫かもしれないのに」


 はたはたと羽ばたく翅も落ち着きが無く、彼女の内心の動揺をあらわにしていた。

 俺は軽く手を振って気にしていないと応えを返す。


「ま、お互いアム熱で記憶が燃えたんだから、しょうがないさ」


 ゲーム世界の言い回しを使いながら、苦笑いする。


 そういや、アム熱に罹患して記憶を燃やした村長と、元気な妻の「離婚防止」クエストがあったなあ。

 オチは、浮気した夫が嘘をついていたという安いやつだったけど。


 その事実を妻に告げると妻側が逆に離婚言い出して慰謝料ゲット。

 報償金はその一部だから少ない。


 逆に村長だけにこっそり知らせると、離婚成立後口止め料で報償金がっぽり。

 その上村の家宝だった水晶もガメられたしな。

 ただし、プレイヤーの性格属性へ黒色微笑的な加点。


 どっちにしてもバッドエンドなんで、企画側の悪意さえ感じた。

 まあ、ベータ時代のヤツだから、本サービス時には消えちゃったけどな。


 その後色んなクエストの結果、人間族時代のアバターは、性格属性が真っ黒クロスケになったもんだ。


 懐かしい思い出に浸って苦笑を続けていると、頭に柔らかいモノが乗り、両目の間に細い足首から先が垂れ下がった。


 俺が瞳だけを上にあげると、なぜか妖精が俺の頭の上に座っていた。

 荒いわら束のような俺の髪の毛を、手足で整える感触がする。

 まるで川岸近くの樹上で巣作りをする、紅ピシュールの様だ。


 その小さい鳥型モンスターは、日本のカワセミに似た鳥だ。

 違いは羽が赤系なのと巣穴で卵を産まない事か。

 

「プワソンも疲れた?」

   

 ずっと飛びっぱなしだもんな。

 いくら風と花の一族でも休憩したくなるか。


「そんな事はないですけど……」


 プワソンは口ごもり、ちょっとだけ躊躇していた。

 そして髪を両手で引っ張ると、馬のたずなを操るように、動かす。


「グリズリーさん、右に行ってください」


 俺は訳が分からないまま指示に従って右側に寄って行く。

 後ろの檜もそれにつれて、下草の獣道をずれ出した。

  

 妖精は今度は左の髪の束を外側に引っ張る。

 少し笑いながら俺に命じた。


「行き過ぎました、左に戻ってください」


 今度も俺は言うがまま、左へと歩いていく。

 ちょうど草道の真ん中へ来た時に、プワソンは踵で俺の眉間を軽くける。


「そのまま真っ直ぐ早足です」


 俺は、丸太を引っ張ったまま、少しだけスピードを上げた。

 言う通りに動くのが面白いのだろう、頭の上で嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。

 そんな彼女に操られる俺も興味深々で、彼女の操り人形になる事を楽しみながら質問した。


「なんで、こんな事してるか教えてもらえるかい?」


「街にいたときから気になってたんですけど、グリズリーさんの頭の上に、私の魔力の跡がはっきり残ってるんですよ。それこそ貼り付けた様に」


「そうなんだ」


「はい。なんでかなーと思ってたんですが、試しに私がやりそうな事はこんな感じかもと」


 記憶が無いので、本人にも確信はないって事か。

 それでも自分がどんな性格かは分かるもんな。


 だけど、と俺は可笑しくなってしまい、「くくく」と声をもらして立ち止まる。

 少女は、さっと飛び上がると俺の眼前へと浮揚し、けげんそうだ。

 だから俺は、余計我慢できなくてたずねてしまった。


「プワソンさんって意外と子供?」


 だって、ロボットですよ。ロボット。

 まあ、正直俺は大好きだけどね。漢の浪漫だし!

 だけど、妖精族の少女だとやっぱり笑える。


 からかい気味に俺が突っ込むと、彼女はむくれた顔で反応した。

 

「な、何いってるんですか、種族の成人の儀は終えてますっ」


 そうして後ろを向いた。

 対の翅の間に流れる、長い髪の美しいグラデーション。

 下に行くほど濃密な紅色になるその艶は、俺の目を釘付けにした。


「子供の妖精族は、毛先の色が薄いですけど、成人は逆に先に行くほど濃くなるんですっ」


「わかった、わかった」


 興奮する妖精をなだめようと、俺は彼女の赤と朱の髪をそうっと人差し指でなでる。

 すると、彼女はぶるっと震えて背中を丸めてしまった。


 俺は、ゆるやかな曲線に合わせて、ゆっくりとさする。

 

 これで落ち着いてくれればいいんだけど。


「あ、あの、背中は」


 どこか焦った声で、俺の指から逃れるプワソン。

 振り向いた少女は、きれいな顔を髪にも負けぬほど染めていた。


「あー、ごめん。そんなつもりは無かったんだけど」


 妖精族同士の求愛行動を思い出し、俺が頭を描きながら謝ると、彼女は首を振った。


「い、いえ、いいんです。その、胸が熱くなりました」


「そ、そう?」


 俺もなんだか照れて、熱くなってきた鼻をこする。


「やっぱり、私達は夫婦なんですね。腕輪を見ても、今ひとつ実感が湧きませんでしたけど」


 そして嬉しそうに、彼女は肩掛けバッグを閉めた紐を緩める。


「だからこそ、大精霊様は、私達に祝福を下されたのでしょう」


 その中には、毛布の様な起毛の布につつまれた小さな丸いモノ。

 淡く光るそれは、生命の鼓動と同じ周期で鳴動している。


「私達の赤ちゃんを」


 プワソンは愛しそうに卵を抱きしめ、今にも頬ずりしそうな勢いだ。

 俺は、ネットカフェでの佐鳥さんの台詞と、俺のアバターで勝手にやった行動が実になった事実を確認した。


 夢の中でも怒髪天を衝くというのが、こういう事だと実感できる。


「先輩の子供ができました」


 あんの、ストーカアアアアアアアアアアアアア。









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