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かえるのうた

 俺は佐鳥さんに向かってぼやいた。


「そこまでしなくていいじゃね」


 そんな俺の回答が気に入らなかったのか、俺が座る椅子ににじり寄って佐鳥さんが抗議する。

 ずりずりと絨毯の上をほふく前進する姿は、素人の俺が見てもなかなか堂に入っていた。


 リアルでサバゲーでもやってんのか?


「だって、大切なデートに乱入されたんですよ? ウキウキ&繊細な心は傷だらけになりましたよ?」


「それで、俺のアバターはPKされる度、霊安室に戻ってたのか?」


「ビギナー用の身代わり人形を持ってたので、とりあえず其れで街の外まで逃げて、そっからは私の魔法でランダムテレポです」


 佐鳥さんの説明を理解して俺は、まあ、そんなもんかとうなずく。


 このネトゲは死亡すると、教会の霊安室に転送される。

 そこで種族によって復活の方法が違うのだが、まあ、とにかく生き返るわけだ。

 

 ただ、PvPが基本のこのゲームでは死亡頻度が高い。

 それによる経験値損失は低い方だが、それでも回数を重ねるとキツイし、なにしろロストを気にしていては、満足な対人戦闘が出来ない。

 

 それで、基本無料のこのゲームでは、本人の身代わりになる人形型が有料アイテムとして販売されている。

 これを持っていると、1個につき死亡時1回分の経験値損失が無いのだ。

 

 敵におそわれたプレイヤーは、死亡する直前人形が光る。そしてウインドウで教会への強制帰還か、その場での戦闘継続かを選ぶわけだ。

 ただどちらにしても残ったHPは1なので、仲間かPOTで回復してもらう必要がある。

 またこの人形は予備は倉庫保管しか出来ないので、戦場に残った場合、次の死亡は経験値損失を意味した。


 そして今回の俺の様な初心者キャラにもそのアイテムがプレゼントされる。

 そうでないと廃ユーザーの猛者共に遊び半分で狩られてしまうだろう。


 しかも初心者用人形は10回まで経験値損失を無効化する。

 ただしLV15で消えてしまうし、売買も出来ないという制限はあった。


 佐鳥さんはこの人形を使って街の外へ行き、後は魔法テレポート可能な街の外に出て、一気に逃亡したというわけだ。


「だけど、私もLV1だったんで、行き先を決めるスキルが無くて。魔力切れを何回も有料POTで補って、やっと北壁の森までたどりついたんですよ」


 膝元にきて俺に寄りかかるカエルを、やれやれという態度で見下ろしかけ……俺はさりげなくノートパソコンに視線を戻した。

 

 コイツの被り物パジャマ、ぶかぶか過ぎっ!


 カエルのフードに隠れた佐鳥さんの頭を押さえつけると「何するんですかあ」とヒレ付きの両手で抵抗するので、俺は「なんか羽織れ」と命じた。


 俺の言葉を聞いた佐鳥さんは力を抜くと、下を向いて黙った。

 しばらくすると「ふふふふふふ」と綺麗な声で笑い出す。


 おい、気持ち悪いぞ。


「先、輩」


 あげくに生キャラメルが舌先で蕩ける様な口調で、俺を呼びやがった。

 俺は椅子に掛けた自分のライトグレーの春コートを手にする。


「これでも着てろ」


「照れ屋さんなんだから」


 俺はそれ以上言わせず、佐鳥さんに、スプリングコートを思い切り押付ける。

 くしゃくしゃの布が顔に当たったのか、「ふがっ」と声を上げてひっくり変えった馬鹿ガエル。


 俺がそれ以上このネタに乗らない事がわかったらしく、佐鳥さんは座ったまま、渋々コートに両袖を通す。

 大きめのパジャマの上からでも余裕のサイズだった。


「ボタンをはめろ」


 続けてそう指示する俺を無視して、長い袖から緑の指の先だけを出して驚いていた。


「先輩の身体ってやっぱり大きいですよねえ」


 そう言いながらコートの襟を持ち、クンクンと仔猫の様に鼻をひくつかせる。


「先輩の匂いです。幸せでのぼせそうです」


「脱げ」


 この匂いフェチのストーカーが。


 俺はすぐに佐鳥さんからコートを剥ぎ取ろうと、屈んで手を伸ばした。

 すると、今までのゆったり感が嘘のような敏捷さで、カエルは部屋の反対側へ遁走した。

 

 マジでぴょんぴょん跳ねて逃げやがった。


「先輩に襲われるっ」


 立ち上がって近くまでいった俺に、佐鳥さんは言葉と裏腹に楽しげな表情で、さも恐ろしそうに怯えたフリをする。

 それを見ていた俺は、心底どうでも良くなったので「クンクン禁止だ」と告げて椅子まで戻った。


「その後はどうしたんだ?」


 俺が質問を再開すると、ヤバイモノでも吸ったように、楽園に漂う仕草のカエルは、コートの両袖で顔の下半分を覆い、これ見よがしにまたクンクンさせていた。


「もういいから」という俺の脱力感あふれる突っ込みにもかかわらず、しばらくヘブン状態の佐鳥さん。

 やっと満足したのか答えてくれるが、その際「じゃあまた後でクンクンします」と付け加えるのは忘れなかった。


「この森はめぼしいアイテムも採集できないので、プレイヤーもめったに来ません。二人で愛の巣を作るにはうってつけかと思いまして、家を建ててました」


 何が愛の巣だ、余計な事すんな。


 前回佐鳥さんのパソコンでアカウント取った時点で、勝手に操作される事は予想済みだった。

 でも1回きりなので、あとは野となれ山となれな気分だったことも確かだ。


 しかし、目の前で好き勝手される様子を見せられると、アバターとはいえ、俺の分身がストーカーに操られるのは絶対嫌だった。

 どんどん酷くなってきた状況説明に、両手の指で顔の側面をもみながら、俺は聞きたくない質問をする。


「これ以上、俺のアバター使って勝手してないだろうな?」


 すると佐鳥さんは、これ以上無いような幸福感に満ちた微笑とともにささやく。


「えへへ。あと一つだけ……」


 その答えを聞いた俺は、自らのこめかみがビキンと音を立てた気がした。







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