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ちょうちょ

 森の中で丸太に座りながら、俺はバスケットの昼飯を食べる。

 麦芽パンみたいなモサモサした舌触り。飲み込むのがつらい。


 夢でも腹が減るのは、俺が普段から食い意地が張っているからか?

 深層心理までそれってのは、なんかなあ……


 急に喉が詰まって胸を軽く叩いていると、妖精の少女が皮袋の水筒を渡してくれた。

 たっぷり入っているのがわかる。


 俺は、大きめのマヨネーズ型容器についた木栓を抜く。

 左手で皮袋の側面を挟み込んで押しながら、中の液体を吸い上げた。

 少し甘い。例えるなら水に蜜を混ぜた味だ。


 口内の残ったパンを、その飲み物でかみながらふやかし、柔らくなった頃に飲み込む。

 こんどは喉に引っかからず、胃のあたりまで落ちていった。


「ありがとう」


 俺は、お礼を言って皮袋を返す。

 小さい身体の少女は、微笑んでその水筒を抱きかかえた。


「おい、大丈夫か?」


 自分の背丈に近いモノを、浮かんだだまま持っている。


 さっきは焦って気にする余裕も無かったが、冷静に考えると落すんじゃないか?


 だが、そんな俺の心配は杞憂だった。

 

「妖精族は握力が強いんですよ。あと、体重の何倍もの荷物を持って飛べますし」


 それを聞いて、俺は妖精族の職業の一つに、郵便・宅配業務があった事を思い出す。

 確かに昼飯のバスケットも、彼女が1ダースは入りそうな大きさだしな。


 佐鳥さんのアバターを持つ少女は、目の前を浮遊しながら、俺が食べる様子をにこにこと見ている。

 彼女の服装からすると、初夏あたりか。

 残念ながら森の奥には風も吹かないが、特に暑くは無かった。


 今はちょうどお昼時らしく、日光も真上から差してくる。

 軽やかに浮かぶ少女の翅が、その光を三稜鏡(プリズム)の様に反射して七色の影を描く。


 俺は、夢ならではの美しい光景に目を奪われていたが、噛みかけのパンに意識をもどした。

 

「プ、プワソンさんは食べないの?」


 俺だけが食べる事にも気が引けるしさ。


「大丈夫です。食べてきましたから。グリズリーさんこそもっと食べて下さいね」


 赤い髪の少女は気さくに手を振って返事をしてくれた。

 俺は、このアバターが佐鳥さんの作成したモノだと思っているが、中の人の性格はどうも違う様だ。


 まあ、俺の夢なんだから「中の人なんていない」のかも知れないがな。

 とりあえず、話をあわせる事にして、早く目が覚めるのを待とう。


「食べてきたって事は、近くにプワソンさん家があるんだね」


「グリズリーさんの家でもあるでしょ。一緒に作ったじゃないですか」


 その言葉触発されたのか、昨日2回目のログインをした直後の一件を思い出す。

 けげんな表情の相手には、あいまいにうなずいてごまかす。

 そのガーネットの瞳を見ていると、佐鳥さんの得意げな声が、頭の中に聞こえてきた。


  ◆ ◆ ◆


「苦労したんですよ。この森へ来るまで」


 バイト終了後、いつもなら管理用ブースで熟睡するはずが、言い負けた俺。

 何故かまた佐鳥さんの部屋にきて、ネトゲをする羽目になった。


 バイト明けの早朝だが、まだ俺に眠気はやってこない。

 その理由は、佐鳥さんがシャワーを浴びる前にテーブルの上に置いた、ビンテージの赤のせいだ。


 俺は親のカタキの様にそれを睨みつけると、芳醇な味わいを想像して、無意識に出てくる唾を飲み込む。


 内心の葛藤は佐鳥さんがバスルームから出て、髪をドライヤーで乾かすまで続いた。

 そして俺はついに全身全霊の努力で、コルクを抜かずにそのワインを元の場所に戻させたのだ。

 

 ふっ。俺だって成長してるってとこをみせないとな。


 そして欲望に打ち勝った高揚感のまま、1ヶ月ぶりにログインしたら、キャラクターが街中の宿屋ではなく、森の小屋に出現した事に驚いた。


 アバター作成後、俺達が最初に選んだ場所は、全ての種族に中立な街だったはずだ。

 その場合、その街の宿屋の一室に出現する事になるのだ。

 一月前、俺もたいがい酔っ払っていたが、なんとかその辺りまでは覚えている。


「なんでこんな北方山脈の麓の森にいるんだよ」


 俺が尋ねると、佐鳥さんは嬉しそうに説明しだした。

 今夜のパジャマは、ひよこじゃなくて体中でカエルだった。


 後ろのフードには飛び出し気味の目玉と大きな口。

 かぶりものタイプらしい。佐鳥さんはカエルの顔を横に引っ張って頭から被る。


「似合ってます? 可愛いです?」


 今日はテーブル用の椅子へ座り、ノートをいじる俺。

 そのすぐ横で、絨毯にぺたりと腰を下ろしたまま、俺を見上げて尋ねる佐鳥さん。

 半分以上顔が隠れて、ぎょろりとしたカエルの目玉は妙な迫力があった。


「ああ」


 なんだ、この悪趣味さ。

 それでも佐鳥さんが無垢な子供だったら可愛いかもな。


 もちろんおれはそんな事はこれぽっちも言わず、適当に流すと「だからなんでこんな場所にいるんだよ」と話を戻した。


「先輩のゴブりんは、いわゆるやっちまった系キャラですよね?」

 

 カエルが説明を始めた。

 

「そうだな」


 受け狙い系ともいう。

 だけどそりゃ佐鳥さんが無理やり人間族に似せようとするからだろ。

 あとゴブリンのアクセントが変だぞ?


「なので、やたらと街でPKされるんですよ」


 PK。プレイヤーへ殺傷行為またはその行為者。


 でもまあ、相手もこれがメインのアバターとは思わねえよなあ。

 ゴブリンという時点でPK上等と取られてもしょうがない。


 なにしろゴブリンという種族は、魅力値が最低、というかマイナス。

 だからこのネトゲでは通常発生する街中の殺傷行為者へのペナルティが無い。 

 街のNPC警備兵も見てみぬふりって事だ。


 つまり。他のプレイヤーにとって、ゴブリンを選んだプレイヤーへはPKし放題。

 ……なんでこんな仕様が未だに残ってるのか、本当に不思議だが。


「そもそも、俺のキャラを勝手に宿屋から出さなきゃ……ああそうか」


 俺は佐鳥さんに文句を言いかけ、すぐに理解した。

 最初のビギナー宿屋は現実の時間で一時間立つと、自動的に街の中央にある噴水公園へ強制転送されるのだ。


「まあ、街出るまでにふざけて3回PKされましたよ」


 LV1ならワンキルだろ。よく3回で済んだな。

 俺は対人戦闘上等のネトゲにしては、そんな回数で済んだのは幸運だと思った。


「てか、さっさとログアウトしてよかったのに」


 俺が投げやりにそう言うと、佐鳥さんはとんでもないとばかりに首をふる。

 かぶったカエルの顔もぶんぶんと回って、なんか気味が悪いんだが。


「嫌ですよっ。初めてネットで先輩とデート!なんですから」


 頬を両手ではさんで照れる仕草の佐鳥さんに、俺は醒めた視線を注ぐ。


「だからとてもショックでしたよ。初デートで先輩が奇声を発して血まみれになる度」


 なんか、カエルの姿で言われてもなあ。

 あと、「ぐぎゃ」とか「げぼっ」とか、俺がダメージ食らった時のアクションを真似んでいいから。


 まあ、俺という中の人は、その時すでに酒に酔って撃沈してたけどな。


 そんな俺の生温かい雰囲気にはこれぽっちも気づかず、小さくガッツポーズをする。


「もちろん、PKの名前は覚えて、あとから殲滅皇女で懇切丁寧にお礼参りをしてやりましたけど」


 ……そいつら引退してなきゃいいけどな。









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