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Parallel(パラレル)  作者: 神山 備
第二部指輪の記憶
63/71

関わる役者が代わらなければ……

 海のいない週末の夜は長かった。僕はそれに耐えかねて、健史に電話していた。

「休みにお前が電話してくるなんて珍しいな。倉本と喧嘩でもしたのか? どうせまたお前が、彼女にわがまま言って困らせてるんだろ」

かけたのが僕だと判ると、健史は笑いながらそう言った。

「ああそうだよ、僕がわがまま過ぎて、僕たち終わっちゃったよ」

僕はつっけんどんにそう返した。

「終わっただなんて物騒な言い方だな。一体何で揉めてんだ、言ってみろ」

健史は僕たちがいつものように他愛のない喧嘩をしただけだと思っているみたいだった。

「…」

「犬も喰わない喧嘩の愚痴を聞かせるつもりで電話したんじゃないのか?」

さすがに、健史でも話せなくて口ごもる僕に、彼はそう言って茶化した。

「ねぇ、健史は今でも海が好き?」

「なんだ、藪から棒に。はいはい、今でもしつこく好きですよ、とでも言えば良いのか?」

そして唐突な僕の質問に、彼は面倒臭そうにそう返事した。健史はそうやって僕にはいつだって海への想いを隠さなかった。それでも僕が彼女を手離せないと思っているからだ。

「僕の代わりに海を幸せにしてやってよ。お願いだから」

「はぁ? バカなこと言ってんじゃないよ。夫婦喧嘩に俺まで巻き込まないでくれ」

僕の提案に、健史は呆れ声で返した。

「僕は本気なんだけど。僕と離れた後、他の奴に海をとられたくはないけど、君になら……だからね。僕はどこまで行っても海を幸せになんかできないんだ」

「バカ野郎! お前何考えてる!」

でも、僕が本気で別れようとしていると判った途端、健史はそう言って怒鳴った。

「倉本はな、誰よりお前といるのが幸せなんだよ。ホントにまぁ、一体どんな喧嘩をすればそんな寝ぼけたことが言えるのか。何があったんだ、龍太郎」

健史に再度尋ねられたけど、やっぱり、こんなこと誰にも言えない。僕がいつまでも答えないでいると、

「言わなきゃ分んないだろうが。お前、何も言わないで俺にお前のお古を押しつけるつもりか」

と、健史は言った。ふざけた言い方をしているけど、それは僕たちの事を本当に心配している様な口調だった。

「子供……」

それに対して僕は蚊の鳴くような声でぼそっとそう答えた。

「子供? 子供が出来たのか? なら、お前にとっちゃ万々歳じゃないのか」

「違うよ。できないんだ」

僕が悲痛な思いでそう告白すると、健史は少しの間の後、ホッとしたようなため息をついてこう言った。

「はいはい、何だそういうことか。お前、何焦ってんだよ。お前の事だから社長にぐうの音も出ない形でデキ婚なんか画策してんだろうが。どうせ、お前らは今でも夫婦みたいなもんじゃん。良いじゃんか、できるまで待ちゃ。でも、それじゃ倉本が不安になるかのか。それで喧嘩? バカバカしい」

そして、僕たちがただ、「既成事実」に焦って喧嘩を始めたのだと思って、ゲラゲラと笑い始めた。

「ダメなんだ。いつまで待ってもできない。僕が原因で……」

「待ってもできない? お前が原因って……それ何だよ」

しかし、そうじゃないとようやく解かって、健史は当惑したような言葉を返した。


「三年、子無きは去れ」

「おいおいそれって、何だ」

僕が続けて言った言葉に健史は困惑した声で返した。

「僕たちが縦しんば周りを押し切って結婚したとしても、たとえそのことが僕に原因かあるとしても、海は何かと一族に何かと値踏みされて、挙句の果てには子どものできないことで追い出される。これが僕たちの現実だよ」

「僕たちの現実って……お前何時代の話をしてんだよ。今、平成だぞ。へ・い・せ・い」

「関わっている役者が代わらなければ、昭和が平成になろうがそんなこと何も変わりはしないよ」

「そりゃそうかもしれないけど、そこまで取り越し苦労することないと思うぞ。悪いことは言わないから、早いこと倉本に詫びの電話入れとけ」

それでも健史は、僕の酔いが醒めれば、僕たちはまたよりを戻すと簡単に考えてる様だった。


「そうだ、電話で思い出したよ、電話番号替えたんだ。今度の番号は……」

しかし、つい今しがた変更した電話番号を健史に告げると、

「お前、本当に本気なのか?」

と、彼は急に声を荒げた。

「僕は、最初から本気だって言ってるでしょ。だから、僕の事はもう気にしないで海の事を……今まで我慢してくれてたんでしょ? あ、ただね、海には子どもの事言わないで。彼女には僕がいろんな娘をつまみ食いしてた様に言ってあるから。本当の事がばれないようにしてくれれば……」

その瞬間、電話の向こう側の空気が凍るのが僕にも判った。

「龍太郎、お前ホントに倉本にそんなことしたのか!」

そして、健史は僕の鼓膜が破れるんじゃないかというような声で怒鳴った。

「お、お前……それが倉本にとってどんなに失礼で残酷なことか、解かっててやったのか!」

彼の声は怒りに震えていた。

「それに、俺がYUUKIの社員でお前との接点が消せない以上、俺との付き合いにはお前の影が付きまとう。そんな俺の許でこれから倉本が幸せになれるとでも思うのか? じゃぁ何か、お前は俺に今の仕事を捨てて、あいつを取れとでも言うのか!」

「いや、健史にはいてほしいよ。今の企画は君なしではあり得ない」

「じゃぁ、別れるのはお前の勝手だ。だけどな、俺にまで妙なことをふってくるのは止めてくれ、迷惑だ!」

健史はそう言うと、一方的に電話を切ってしまった。


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