パラレルワールド
重い気持ちのまま、家路を急ぐ。かばんの中には遠い昔の不確かな約束の証。志穂は、
「これは倉本さんが持たなければならない物ですわ、お返しいたします。今日はそのためにわざわざお越しいただいたんですもの」
と言って、戸惑う夏海にそれを渡したのだ。実際、志穂がそれを持っていたところで、夫の心がずっと自分のところになかったことを思い知らされるだけだろうし、だからと言って夫の最期を一緒に過ごしたそれを無碍に捨てることもできないに違いない。
それにしてもこんなに愛し合っていたのに掴めなかった……お互いの手。隣り合わせて歩いていたはずなのに、届かない。まるで自分だけが違う次元に飛ばされてしまったようだ。パラレルワールドに迷い込んでしまったとでもいうのだろうか。だから、この世界のどこにも自分の帰る場所はないと感じてしまうのかもしれない。
……だけどね龍太郎、女の私には、あなたのように何もかもうっちゃって「あの頃」に戻ることもできないわ。
家に戻った夏海はいつものように家事をこなして夜、雅彦が先に寝てしまったことを見計らって、填めていた結婚指輪を薬指から外し、代わりに想い出の指輪を填めて床についた。
マーさん、今日だけ……今日だけは私をあの頃に行かせて頂戴。夏海は気持ち良さそうに上下する、夫の背中を見つめながらそう呟いた。
神山でございます。
以上で、夏海編が終わりました。
次回から、龍太郎と最期を共にした指輪の残留思念が見せる龍太郎の軌跡、「指輪の記憶」編をお送りします。
龍太郎の死の真相に迫ります。