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Parallel(パラレル)  作者: 神山 備
第一部Parallel
52/71

秀一郎の真実 1

「昨日はゴメンね。僕、どうかしてたね」

翌朝、志穂は龍太郎にそう言って頭を下げられた。

「謝らないでください」

咄嗟にそう言った志穂に龍太郎は首を傾げた。志穂は謝られたくはなかった。二人はれっきとした夫婦なのだし、もう彼とは別れていて気遣うものなど誰もいない。それを自分が夫に言えないだけなのだ。

「私たち一応だけど夫婦ですよね。それに……」

志穂が『彼とは別れた』とはっきりと口に出そうとしたその時だった。

「でも、彼に悪いよ。いくら子供が出来ないって言ったって、そんな問題じゃないよね」

龍太郎は前日の夜に耳元で囁いたあの事をまた口にしたのである。

「そのことなんですけど、一体どういうことなんですか?」

まるで龍太郎は志穂が知っていて当然という風なので聞き辛かったが、それでも彼女はおずおずと夫にそのことを尋ねた。

「あ、そうか……まだ説明してなかった? おばあ様やあの人には絶対に知られてはいけないことだからって、肝心の志穂さんに隠してたらダメだよね。

実はね、僕は子供のころにかかった病気の後遺症で、精子の数が極端に少ないんだ。普通成人男性の一割満たないって言ってたかな。だから、自然に子供を持つなんてことあり得ないんだよ。解かった?」

龍太郎の突然の告白に、志穂は一瞬耳を疑った。しかもそれを話す龍太郎の顔には微塵の苦々しさも漂っていない。それが志穂には尚更不思議に思えた。

「だからね、僕は志穂さんにそのことでも謝らなきゃならないかな。僕がこんな形だけの結婚を申し出たのは、あの人の志穂さんのお父さんへの報復手段というより、あなたに彼との関係を続けてもらうことで、結城の跡取りを産んでほしかったんだ。戸籍上の妻のあなたの子供なら、実際はどうあれ法律上は僕の子供になる。彼には本当に申し訳ないんだけど、それが本当の理由なんだ。僕の事、ひどい男だと思うでしょ」

龍太郎はそんな重い理由を、それこそ小学生が先生にばれたいたずらを告白するように語った。

「いいえ、思いません」

「そう?」

「龍太郎さんがその……私となんてお嫌なのでなければ、また……そうすればできた時に自分の子供だとより思えるんじゃないんでしょうか」

そして、子供が出来ないと知ってしまった今、志穂は尚更龍太郎に彼と別れた事実を言う事が出来なくなり、妙な誘い方で自分から誘いをかけてしまっていた。

「本当にそんなんで良いの? そんなこと言ったら本気にしちゃうよ、僕」

それに対して、龍太郎はいたずらっぽく笑ってそう返した。微笑みながら頷く志穂に、龍太郎の方が逆に驚いていた。それでも

「志穂さんが良いなら遠慮なく。じゃぁ、もっと早くに言えばよかったな。昨日は、期待以上だったし」

と、口元を少し緩くしながらそう告げたのだった。

 

 こうして若干回り道はしたものの、結城夫妻のごく普通の結婚生活が始まった。

 志穂はますます龍太郎を愛した。彼女は子供が欲しいと望んだ夫の希望を何とか叶えたいと思った。しかし、夫は人工的な策を施してまで儲ける気はないようだった。


 志穂はその悩みを、女子高時代のクラブの先輩の女医、広波弥生に相談した。もちろん、結婚が偽装だったことは伏せたが。

「まぁね、あれは女性側にかなり負担がかかる治療だからね、そういうの解かってて気を遣ってくれてんでしょ。お宅のご主人って紳士だもんね」

それが弥生の答えだった。

「そうなんでしょうか」

その答えに志穂は首を傾げた。確かに嫌われていないとは思っている。しかし、愛されているという実感もない。

「でも、一割弱ねぇ。専門家はやっぱ人工授精が望ましいって言うかな。でも、ないことはないと思うよ」

「えっ?」

「奇跡。実際に私が検査した訳じゃないから、その時も今もご主人がどんな状態なのか判らないし、こんなこと言うべきじゃないのかもしれないけどね。人間の体なんて一定じゃないからさ。良くも悪くもなるし、無精子状態じゃなきゃ好条件が重なれば奇跡だってあり得るってことよ」

「ホントですか!」

もしかしたら奇跡を起こせるかもしれない。そう聞いた志穂は思わず弥生の前に身を乗り出していた。

「ま、慌てなさんな。それにはね、まず志穂ちゃんとご主人二人の体調を整えること。ご主人はもちろんだけど、受け皿が良いだけでもずいぶん確率を上げると思うよ。

あと、基礎体温を測って、確実に狙う。無闇に回数踏んでも、あまり効果はないと思うから。

それから、これも大事なんだけど、このことは御主人には内緒ね」

「何故ですか?」

「こういうことに男ってのはホント、ナーバスだからね。緊張するとそれだけで確率下げちゃうのよ」

そう言うと、弥生は豪快にカラカラと笑った。

「その点ね、女は強いよ。命だって平気でかけられる。私は内科医だけどさ、産んだら死ぬぞって脅しをかけてもまず退かないんだよね。結局こっちが産婦人科に泣きついて、こっちまでスタンバって産んだってケースもあったよ。だからさ、志穂ちゃんもがんばりな」


 そんな弥生のアドバイスと、志穂の真剣な祈りが通じたのか、それから約半年後、志穂は龍太郎の子身籠ることが出来たのだった。



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